「これから地上の映えスポット、あーしがバンバン配信してくから、あなぐらのみんなはチルしながら見てってよ☆」
陽光降り注ぐ白い砂浜の上、流木に座りながら
未だ、本物の海を見た衝撃が抜けないリスナー達だったが、ぽつぽつとコメントが増えていく。
:おい……今の海、マジかよ。
:あなぐらって……。否定できねーのがムカつくわ。
:テトラの新型、性格悪すぎだろwww
:てか「本物」すぎて脳がバグる。これどこのスタジオだよ。
:アークのドームより全然広いじゃん……。
:煽りはいいから、その「海」もっと映せよ! 偽物だろこれ!
:なんでこんなヤバい映像、アングラサイトで流してんだ?
:公式でやったら即消されるからだろ。察しろ。
「あなぐらはあなぐらじゃんねー?☆
文句あるなら、あーしみたいに地上出てきなよ。マジ、バイブスぶち上がるから☆
ってか、いい質問キタ!☆ なんでここで配信してんのか、でしょ?それはね――」
とぷん
:は?
:え?
数舜、戻した手元には太陽を連想させるオレンジと、イエローのコントラストで彩られた結露滴るトロピカルドリンクが吸い付くように収まっている。
「――エニックに、ココでならいいよって言われたからなんよね☆本当は表で配信しようと思ったんだけど、顔真っ赤で止められちった☆www」
:え?アイテムボックス?!
:普通に話続けんなwww
:ミシリスの最新技術でも、あんなスムーズに転送できないだろ・・・
:ん?エニック?
:なんでアークの神様が出てくるの?
不意に、空中から冷えたドリンクを取り出したことに驚くリスナー達。しかし、意に介さずリヴェラは話し出す。
「これ?あーし専用の”クローゼット”☆マジいっぱい入って超便利なんよ☆
ドリンクを堪能するリヴェラの隣に、もう一つのピンクルビーの水晶玉が近づき青白い発光と共にホログラムが投影される。
現れたのは――
【……リヴェラ。あなたの説明義務放棄により、32名の市民が潜伏情報保護法に抵触。処分を完了しました】
大き目の白い角帽に、長い
首まで覆う白地に、黒いラインが入ったシンプルなデザインのハイネックのミニドレス。
肩口は露出しており、二の腕から広がる白いアームカバー。
白と黒を基調とした、
:!?!?
:なんだこのSDキャラ
:今、ユーザーの処分って言ったか?
:物騒すぎるwww
「おつかれ~☆って、あーし言ってなかったっけ?ま、いいや☆じゃ、このままルール説明よろー☆」
【……改めまして、リスナーの皆様。本端末はアーク中央政府・
「ちぃエニね?☆」
【………ちぃエニと申します。察している方もいますが、アーク最高意思決定AI・エニックと同一存在と思って頂いて構いません。当チャンネルの監視・モデレーターを主業務としております。以後お見知りおきを】
:実質、エニックがモデレーター……?
:冗談だろ、さっきの「処分」ってまさか。
【肯定します。先ほど、本配信の内容を外部SNS、およびアーク内メインネットワークへ拡散・記録しようとした端末32台を特定。リヴェラの提供した逆探知プロトコルに基づき、当該ユーザーの即時処分を完了しました】
:……は?
:待て。ってことは
:文字通り「消した」のかよ!?
衝撃の内容に戦慄するリスナーを相手に、ただの事実確認のように
【本チャンネルのルールは、秘匿の維持。違反者への『BAN』は、アーク市民権の永久剥奪、および対象個体の生命活動停止と同義です。慎重な行動を選択してください】
突きつけられた事実に凍るリスナーをよそに、リヴェラは、広がる青空と海、潮騒をBGMにトロピカルドリンクを堪能していた。
ズズ・・・、とドリンクが尽きる音と、氷がグラスに当たる音で、ふと
「あれ?コメント止まった?…あ、ちぃエニルール説明あんがとね☆」
【業務ですので。それと、コメントが止まるのも無理はありません。地上の情報は、アーク内で秘匿されています。拡散するリスクは重くなるのも当然です】
「あーね・・・。おーい、モグラちゃん達~?難しく考えなくていいから☆表で流すのがダメってだけ☆ここでチルしてく分にはオッケーってね☆」
飲み終わったグラスを
「・・・んー?もしかして見てる人いない?」
【BAN対象者以外、視聴者は定数です。迂闊に発言して”処分”されるリスクを避けていると推測します】
「ビビリ過ぎな~☆」
凝り固まった体を解すように、ゆっくりと四肢を伸ばすリヴェラ。連動して蠢く
舐めるように動く
:……あの
:これだけは言いたい
:ホットパンツからはみ出す褐色のお尻さ
:煮卵みたいだよね
「は?煮卵?」
沈黙を破ったコメント欄を目で追っていたリヴェラが、思わず声を漏らす。
それを皮切りに、コメントがにわかに騒ぎ出した。
:おい、死にたいのか
:余計な事言うなって!
:ふざけんな!あのケツはどう見ても煮卵だろうが!
:ふざけてんのはお前定期
:空気読まなすぎワロタ
:…いや、言われてみればたし蟹
:照りと色が…
:なんか腹減ってきたな
:ラーメン食いたい
「…っぷ。あはははっ☆マジ?あーしの自慢のお尻が”煮卵”に見えるの?マジでー?☆」
ツボに嵌ったのか笑うリヴェラをよそに、ちぃエニが虚空から、現実には有り得ないほど分厚いホログラムの百科事典を取り出した。目にも止まらぬ速さでページをめくり、リヴェラのお尻と百科事典を交互に見比べ、無機質な金色の瞳を明滅させる。
【アーカイブ参照。……確かに色、艶が煮卵型パーフェクトに酷似しています】
:エニックwww
:ちぃエニの太鼓判キタ!www
「オッケー☆あーしの事”煮卵ネキ”って呼んでいーよ!これからリヴェラこと、煮卵ネキってコトでよろしくー☆」
:煮卵ネキwww
:自分から名乗っていくのかwww
:……怖いのは変わらないけど
:なんか親しみが
:湧く…のか?
:…お前ら、アイコンとチャンネル名見ろwww
:『煮卵ちゃんねる☆』に…こwれwはwww
:アイコンがリヴェラ、いやネキのケツじゃねーか!
:ケツwww仕事が早いwww
ちぃエニは、リスナーの発言を肯定するように無機質な金色の瞳を明滅させると、手元の百科事典をパタンと閉じた。
【報告:ユーザー名・チャンネル名共に変更完了しました。――ケツ煮卵】
「ナイスー☆……って、ちぃエニ?」
:どうしたwww
:急な暴言草
:最高AIの口から「ケツ」www
向けられる視線から逃れるように、ちぃエニがふいとフレームアウトする。
「ちぃエニー?w」と笑いながら追うリヴェラ。その後ろ姿を
画面に広がるのは、どこまでも青い空と、白い砂浜に刻まれていく規則正しい足跡。
風に靡く銀髪と、その隙間から覗く夕陽を思わせるインナーカラーのオレンジが、潮風に踊る。
ホットパンツから零れる琥珀色に煌めく褐色の柔肉と、歩みに合わせてその領域を増減させる黒のニーハイ。
先を行く
耳を澄ませば、穏やかな潮騒に紛れて――。
「何さっきのー?w」
【……語彙ログの最適化を適用した結果です。他意はありません】
「ウソつけこのー☆」
ただ、無邪気にじゃれ合っているだけの二人の声が聞こえてくる。
先程までの『禁忌』や『死の気配』など、最初から存在しなかったかのような、平穏な時間がそこには流れていた。
:てぇてぇ……
:さっきまでの殺伐とした空気どこ行ったしw
:ただの仲良しコンビじゃん
:え、何この放課後の教室感……。喧嘩するほど仲がいいって、これなんて青春映画の導入?
:ヤンチャな転校生(リヴェラ)に振り回される、生真面目な学級委員長(ちぃエニ)のロードムービー始まったな
:『君のせいで私の人生めちゃくちゃだよ!』とか言いながら、最後まで隣にいてくれる親友ポジションじゃん
穏やかな潮騒と、二人の軽快な掛け合い。
チャット欄は完全に弛緩し、直前まで抱いていた警戒心が「親しみ」へと塗り替えられていく。
「捕まえたっ☆」
リヴェラの胸元に抱くように
捕まりました、と言わんばかりに無表情で両手を上げるちぃエニを、追い付いた
:おい、今の
:は?かわいいかよ
:ちぃエニ「捕まっちゃったー」
:どっちもかわいい
「ちぃエニさぁ、もしかしてだけど、まだオコな感じなん?☆ちょ~っと小突いて、1~2時間停電したくらいっしょー?☆」
:ん?
:流れが変わった
:停電って…一週間前の?
:結局原因不明で終わったよな、あれ
【…ないと言えば噓になります。未知の通信プロトコルによる外部アクセス。それに対し、リソースのすべてを割いて抵抗するのは管理者の義務です。広域停電は、その防衛の結果に過ぎません。…この姿であっても、私の本質はアークの管理者。市民の皆様を僅かでも危険に遭わせたのは忸怩たる思いです】
:あれ、ほぼ全域だったよな?復旧は早かったけど、マジで心臓止まるかと思ったわ
:原因ここで判明するんかい!
:ってか「抵抗した結果」って……エニックが全力で止めてそれなの?
:…これって
「あー、メンゴ☆……あ、リスナーのみんなにも言っとくね。この間の停電、あーしがちょっと小突いたのが原因な☆ごめんちゃい☆」
:やっぱりぃ?!
:は?
:さらっと言ったぞ今
:ふざけんなw 一時間真っ暗だったんだぞ!
:……なぁ、僅かな時間とはいえアークを麻痺させるって、個人で可能なのか?
:ネキ、自分で言ってたよな、ヘ……
:ヘレティックだろ?テトラの隠し玉とかじゃないのか…?
:ヘレティックって、そういうヤバい技術持った連中のことなの??
「たしかにヘレティックはヤバい奴らばっかだけどー。こんなに人生エンジョイしてるのは、あーしだけかなー☆」
【そこだけは同意します。「地上から配信したいから」という私欲のために、アークの電子防壁を物理的に焼き切ろうとするのは、リヴェラ。世界であなたくらいでしょう】
「……へへ☆」
【褒めていません。皮肉という概念を学習してください】
:え?整理すると、ネキが
:で、あの大停電は、エニックがその侵入を食い止めようとして火花が散った「余波」ってことかよ……
:ログインしようとしただけで街が落ちるって、それもう歩く天災じゃん
:負けたのか……
【負けてません。今コメントしたリスナーは即刻治安維持局に出頭するように】
:えええええ?!
:早口で草
:これはオコやろなぁ
リスナーとじゃれあうちぃエニをクスクスと忍び笑いで眺め、リヴェラはシルバーのアンクルブーツを脱ぎ、次いで黒のニーハイソックスも脱ぎ素足を晒す。
”やっと呼吸ができる”と言わんばかりに、肉感的でありながら、琥珀色の美しい脚線美を誇る両足で、白砂の感触を確かめるように足踏み。
黒いソックスに着いた砂を払うと、丸めてアンクルブーツの中へ。
両人差し指に突っかける様に持ち上げると、今度は緩く打ち寄せる波の感触を楽しむように、ゆったりと波打ち際を歩き出す。
歩調を合わせるように並んだちいエニは、まだリスナーと言い合っている
:…そこまで言うなら、リヴェラを先に捕まえてみろよ!
:捕縛しろ、エニック
【無理です。】
:はえぇってwww
:断言してるやんwww
:おもろすぎやろ、このAI
「…ちぃエニは、あーしの事捕まえらんないよね☆だって、『管理の穴』を教えてあげたもんねー?☆」
【……】
:あ!目そらした!
:ネキ、まだなにか…?
自身の足の指の間を抜ける、波の感触に目を細めながら、リヴェラは楽し気に。
「遺物横領した指揮官と、政府高官のオジサンが仲良しで、アークのカミサマにもヒミツのルート作ってたんよ☆」
【……既に該当の二名は処分済みです。情報提供ありがとうございました】
「いいって☆こっちもグーゼンだったかんね☆」
:えっ
:これ聞いていいのか…?
:あいつコソコソしてると思ってたけど、そんな事してたのか…
:作戦中、自慢話と文句しか言ってなかったよね
:これで出世するぞって騒いでたけど、解脱しちゃったかwww
:……不謹慎だけど、いい気味かも
:こっちが命懸けで戦ってる時に!
:え?関係者?!
:量産ネキたちもよう見とる
:…もしかしてあの政府高官だったりするのか…?
:俺らの中で『素行が怪しそうで怪しくない、やっぱり怪しい笑顔』で有名だったアイツか?
:言われてみれば、具体的な罪状は無かったけど余罪はモリモリ湧いてたよな…
:ねぇ、これやっぱり聞いてていいの?!
・・・
・・
・
天頂の青を焼き尽くすように、荒々しいまでの残照が水平線から溢れ出した。
アークの天井に映し出される「予定調和の夕焼け」とは違う。海を琥珀色の炎で塗り潰し、砂の一粒一粒を黄金の塵へと変えていく、残酷なまでに鮮やかなサンセットオレンジ。
世界がまるごと熱を帯びた光の液体に浸されたような、沈黙の時間。
リヴェラは素足のまま、投げ出すように座って夕陽を眺めていた。
隣に浮かぶ
共に夕陽を眺めるリスナーのコメント速度は、ゆったりとしたものだった。まるで、いきなりのバカンスではしゃぎ疲れたかの様に。あるいは、その光の美しさに声を出すことすら忘れたかのように。
:……。
:……これ、本当に同じ地球なのか。
:綺麗だなんて、言葉じゃ足りない。
:俺たちの見てる「夕焼けモード」が、オレンジ色の電球に見えてきたわ。
:アークの空が、ただの「蓋」にしか思えなくなってきた。
:誰か、これ見てるやついないか? 嘘じゃないって言ってくれ。
:……あなぐらのみんなで見てるよ。大丈夫だ。
:……堪えられん。誰かと共有したいよな、この気持ちw
:これ含めて色々と、なw
:スレ立てようにも消される危険が危ない
:ネキぃ!あんまりだよぉ!
「……だって☆ ちぃエニも、あなぐらの子たちが限界なの、見ててわかるっしょ? 登録してくれた『身内』にだけ、特別な場所作ってあげない?☆」
【……了解。登録者専用の秘匿掲示板を構築しました。登録時に付与される認証キーが、アークの検閲を弾く『鍵』となります。……慎重に扱ってください、リスナーの皆様】
「さっすがカミサマ、話がわかるぅ☆ これで、あーしたちだけのナイショ話ができるね☆ ……じゃ、終わろっか☆」
立ち上がったリヴェラは自身の’煮卵’…もとい、お尻に着いた砂を払う。
穏やかに吹く潮風に髪を委ねたまま、
ちぃエニも、リヴェラの肩近くにふわりと留まる。
【長時間のご視聴、ありがとうございました】
「みんなはどうだった?百年前に置き去りにしたもの、ちょっとは感じた?☆」
:…………。
:……綺麗だ。
:綺麗だけど、もう「
:煮卵ネキ。あんた、本当に「ただの配信者」じゃないんだな……。
「あはは! しんみりしすぎ~☆大丈夫、またあーしが迎えに行ってあげるから☆あ、チャンネル登録と掲示板のチェック、忘れんなよ!☆」
最後に向けられたのは、少女のような無邪気さと、捕食者のような艶やかさが混ざり合った、鮮烈なウィンク。
「また地上で会おうね☆おつへれ~☆」
燃えるような黄昏色の中にいるリヴェラが、緩く手を振り。
隣に留まるちぃエニも、倣うように小さな手を
夕陽の中に溶けるように、消えていく二人がフェードアウトしていき―――。
数舜、現実に引き戻す様に画面が暗転する。