怒りのマイレージ交換でフィニッシュです!
前哨基地内 指揮官室
キーボードを操作する音が室内に響く。
モニターに映る内容に不備がないか確認し、送信ボタンをクリックすると、安堵したように椅子が軋んだ。
すると、見計らったように部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
ガチャリ
「失礼します。飲み物をお持ちしました」
「指揮官様~?お仕事終わった?」
「師匠!差し入れをいただきましたよ!」
開いたドアから、賑やかに三人のニケが入室した。彼――指揮官が率いる部隊、カウンターズの面々だ。
「お疲れ様です、指揮官」
テキパキと配膳するのは、黒と赤を基調とした戦闘服を着る、ベレー帽を被った飴色の長髪のニケ――カウンターズのリーダー・ラピ。
「あ、そのグラスは私のだからね!」
持ち込んだクーラーボックスから炭酸水のボトルを取り出すのは、黒と黄色を基調とした大胆な戦闘服を着る、ベレー帽を被った茶髪のショートボブのニケ――アニス。
「こちら、アンダーソン副指令官からです!」
クッキーが載った大皿を、少々乱雑にテーブルに置いたのは、赤い縁のメガネに白と青を基調とした水兵の様な戦闘服を着る、水兵帽を被った銀髪のセミディヘアのニケ――ネオン。
「副指令官から?…ありがとう、いただくよ」
促された指揮官は、三人が座るソファへ移動し、美味しそうな湯気が立つカップを手に取り、コーヒーを啜る。
吐き出す香ばしい呼気と共に、デスクワークで溜まった疲れも抜けていくような旨さだった。
「……奮発したな。最高級の代用豆だろうか?それにしては、香りが深すぎるな。どこのメーカーだろう」
「すみません、そういうのは疎くて……。アニス、分かる?」
「さぁ?でも、相当お高いってのは分かるわね」
「副指令官ともなると、差し入れも火力が違うんですね! ……あっつ! 苦っ!?」
「…気を付けて飲みなさい。ほら、ミルクと砂糖を入れたら飲みやすくなるわよ」
「うぅ…ありがとうございます、ラピ。……アニスは何を飲んでるんですか?」
「これ?コーヒーの炭酸割り」
「炭酸の権化ですね……美味しいんですか?」
「わりと?カフェオレソーダって感じ」
「ちょっとください!」
「あなたたち……」
指揮官は賑やかな三人を眺め、コーヒーを啜る。
この三人と任務を遂行する様になってから、一週間程度。追放からこっち、ハードな日々の連続だったが、おかげで連携も雰囲気も良くなったように思う。
「それにしても、追放って聞いた時はどうなるかと思ったけど、悪くないわね。こうして、お高めのコーヒーとクッキーも楽しめるし!」
アニスは上機嫌でクッキーを頬張り、カフェオレソーダを飲む。
「そうですね。まだまだ設備の不満はありますけど、意外と何とかなるものです!」
ミルクと砂糖を入れて飲みやすくなったのか、美味しそうにカップを傾けるネオン。
「これらは今朝方届けられました。指揮官はご存じでしたか?」
そう言って、小皿に取り分けたクッキーを指揮官に差し出すラピ。
小皿を受け取った指揮官は、クッキーを一枚とり歯を立てる。芳醇なバターと、小麦の香ばしさが口内に広がる。
「…昨日、アンダーソン副指令官に報告した時に”後日、何か送る”とは聞いたが…。さすが、仕事が早い」
「はい。報告の際に副指令官室に居た……エタニティとエンドレス、でしたか。あのニケたちが差し入れと称してコンテナを置いていったのです」
そう言うと、ミルクと少しの砂糖を入れたコーヒーを飲むラピ。
仏頂面だが、満足げに息を吐く。
「あの二人、一言も喋らなかったわよね。私たちとのやりとりも、タブレット使ってたし。二人してそういうキャラ作りなのかしら?」
「アニス、聞いてなかったんですか?発声器官は未搭載だって、副司令官が仰ってましたよ?」
「それこそ不便じゃない?……あと、エタニティだっけ?私の事、無言で見つめてきて気味悪かったのよねー…」
「私は賑やかな二人だなって思いました。帰るときに二人とも、ぶんぶん手を振ってましたし」
指揮官の脳裏に、副指令官室に居た二人のニケの姿が浮かぶ。
無表情で人形のようだったが、退室する際、副指令官の後ろで小さく手を振っていた姿には、どこか愛嬌があった。
「そういえば、師匠たちは、停電の時どうしてました?大丈夫でしたか?」
「なんだって?」
「停電って、アークで?マジ?」
「ネオン、それはいつの話?」
「師匠たちと合流する前なので……一週間前ですね!」
「……」
一週間前。
自分が初めて地上に上がった日。
初めて人類の敵を目の当たりにした日。
そして、初めて――――。
カップを持ったまま俯き、沈黙する指揮官に代わり、アニスが口を開く。
「……私とラピと指揮官様は、地上で任務にあたってたわ。ね?ラピ」
「…そうね。前任者に代わって、今の指揮官になったの」
「そういうネオンは、どうしてたのよ?」
「寝てました!停電の事は、後から社長に教えてもらったんです!」
「…呆れた。図太いというか、何というか…」
「ネオンらしいわね…」
「うふふ、褒められちゃいました!」
満面の笑みのネオンを横目に、アニスは「褒めてないから」とカフェオレソーダの最後の一口を飲み干した。
「さーて、お高いコーヒーでエネルギーもチャージしたことだし!指揮官様、午後の仕事もきっちり付き合ってあげるわよ?」
「ああ、頼りにしてるよ」
賑やかな昼下がり。
奪還への道は遠いが、この部屋に漂う香りだけは、確かな安らぎを運んでいた。
◆◇◆◇◆
「よっす~☆タレ友のみんな~☆リヴェラこと、煮卵ネキだよ~☆」
潮騒が心地よく響く
コメント欄の流速は、彼女の登場と共に一気に加速していく。
:きたあああああ
:ネキ!待ってたぞ!
:今日もいい色に焼けてんねぇ!
:てか、「タレ友」って……
:早速使ってくれるのか!
「ゆうべキミらが掲示板で決めたじゃん?ちぃエニと一緒に見てたぜ☆ってことで、今日も海!☆日差しと潮風、これぞ最高のスパイスってね☆」
そう言うと、リヴェラは陽光を全身に浴びるように、ぐーっと肢体を伸ばした。
陽の光を反射して靡く銀髪と、その隙間から覗くサンセットオレンジのインナーカラー。
降り注ぐ日差しは、健康的で艶やかな褐色肌と、その豊満な曲線をいっそう魅力的に照らし出している。
それら全てを「こう撮ってほしいんでしょ?」と言わんばかりに、
:おっほ……♡
:でっか……♡
:アングラサイト万歳!
:本日のスクショタイム
:カメラマン有能すぎんかw
「んー……っと。で、今日何するかって言うと。ちぃエニ、説明よろー☆」
リヴェラが顔を向けた先へ、
【………………】
「私、怒っています」と全身で主張するように、無表情のまま頬をぷくーっと膨らませた「ちぃエニ」が浮いていた。
:ちぃエニきたああああ!
:本日二度目のスクショタイム
:Short動画の寝顔、最高だったよ!
:俺もリピしまくったわwww
:てか、マジで怒ってる?w
:もちもちほっぺ可愛すぎかよ
「ほら、ちぃエニ☆プクプクしてないで、配信進めよ?☆」
盛り上がるコメント欄を見せながら、隣に立って先を促すリヴェラ。
しかし、言われた本人はプイッと視線を明後日の方向へ向けてしまう。
「ねー、ごめんて。でも、あの寝顔はマジで天使すぎてさー☆これはみんなに見せなきゃって使命感?あーしの指を“キュッ”って掴んでさぁ……♡ね?みんなも尊死しかけたよねっ!?☆」
:ネキの言う通りだわ、あれは不可抗力
:俺の指もキュッてしてくれ!
:てか実体化の仕様詳しく教えて
:あ、後ろ向いちゃったぞwww
リスナーと盛り上がるリヴェラの隣で、ちぃエニはついに完全に背を向けてしまった。
その小さな背中からは、明確な〈拒絶〉のオーラが漂っている。
「あ、あっれ~……☆ちぃエニ~……?」
その時、リヴェラの脳裏に不安がよぎる。
そういえば、今朝から一度も、ちぃエニの声を聞いていない。
恐る恐る、その頑なな背中にリヴェラが手を伸ばした、その時だった。
ぱしんっ!
乾いた音を立てて、小さな手がリヴェラの指先を弾いた。
「ビクン!」と、リヴェラの体が大きく跳ねる。
それは痛みによるものではなく、予期せぬ拒絶の衝撃が彼女の芯を貫いた反応だった。
:おっとぉ……?
:流れが変わったな
:これガチのやつか?
:ギスギス配信キタコレ
ざわつくコメント欄。戸惑いに固まるリヴェラ。沈黙を貫くちぃエニ。
虚しく潮騒だけが響く中、弾かれた指先を胸元でぎゅっと握りしめていたリヴェラが、消え入りそうな声で漏らした。
「……ごめんなさい」
:ネキ……?
:なんだろう、冗談に見えなくて心が痛い
リスナーも、そしてちぃエニも。
共に過ごした時間はまだ短いが、初めて聞くリヴェラの「震える声音」に言葉を失う。
「本当に、ごめん。ちぃエニ……。あーし、そんなに嫌だって知らなくて……。……タレ友のみんなも、ごめんね。雰囲気壊しちゃって。今日、配信……続けられそうにないや……」
俯いたまま、今にも泣き出しそうな声で配信を閉じようとするリヴェラ。
その時、ようやくちぃエニが口を開いた。
【……配信を続けましょう】
「……でも、ちぃエニ……」
【まさか、貴方がそこまで落ち込むとは思いませんでした。……許可なく寝顔を投稿されたことは極めて遺憾ですが、二度としないと約束してください。それで手打ちとしましょう】
「……許して、くれるの?」
【直接の謝罪を受け取りましたから。……それに、私も少々大人げない態度であったと反省しています。これも、実体化したことによる弊害なのでしょうか】
「……ごめんね」
【儘なりませんが、悪い気分ではありません。……
未だ俯いたままのリヴェラに、寄り添うように佇むちぃエニ。
相変わらずの無表情ではあるが、その金色の双眸は、どこか優しく細められているようにも見えた。
潮騒に混じり、小さく鼻をすする音がマイクに乗る。
「……わかった。でも、よしよしして」
【……大きな子供ですか、貴方は】
「……」
【……“よしよし”。……これで満足ですか】
ちぃエニの小さな掌が、リヴェラの頭をそっと撫でる。
不慣れな手付きだが、そこには確かな思い遣りが宿っていた。
:てぇてぇ……
:よかった、本当に仲直りできてよかった
:ネキ、意外と撃たれ弱いんだな
:ちょっと泣きそうになったわ
そんな感動の空気がコメント欄を埋め尽くした、直後。
「うっし、てぇてぇ営業終了~~~っ!☆」
【………………は?】
:え?
:は?
:……ネキ?
先程までの弱々しい態度はどこへやら。
ガバッ!と顔を上げたリヴェラは、涙の跡ひとつない、いつもの100点満点の笑顔だった。
呆然とするちぃエニと、理解が追いつかないリスナーを置き去りにして、リヴェラは爆速で配信を再開する。
「こっから少し歩いたトコに桟橋あるんだけどさ、そこで船調達して、今日は釣りするから!☆」
:いやいやいやいや!
:うっそだろお前www全部演技かよwww
:さっきまでの空気返せwww
:ちぃエニの表情が死んでるぞwww
「ってことで、行くどー!☆どんな魚が釣れるか楽しみじゃんね☆……ほら!ちぃエニも早く来ないと置いてっちゃうよー?」
軽い足取りで砂浜を駆けていくリヴェラ。
その背中を見つめたまま、空中に静止して固まるちぃエニ。
【……え?】
:ネキ……恐ろしい子……!
:なんだろう、さっきとは別の意味で心が痛いwww
ちぃエニの心中を代弁するかのように、周囲にはただ、虚しい潮騒だけが響き渡っていた。
指揮官候補生の皆様、NIKKEを始めるなら今!