穏やかな波の音と、乾いたパームツリーの葉が擦れる音。
そこに、場違いなほど軽やかな打撃音が重なる。
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち
「ちょぉw ちぃエニww あーしのケツはたくのやめて~www」
:ちぃエニ、マジギレで草
:さっきの『演技』でガチ炊きしてますねぇwww
:波打つネキの『煮卵』の弾力よ。揺れすぎだろ
:健康にいい映像だ。ありがてぇ……ありがてぇ……
「ごーめんて、ちぃエニ~☆ ほら、冷たいので仲直りの
わざとらしく尻をさすったリヴェラが、パチンと指を鳴らす。
ふくれっ面のちぃエニの前にピンクルビーの渦が生まれ、結露を纏った瓶コーラが音もなく現れた。
目の前に浮遊するコーラと、「あーしもこれにしよ~☆」と上機嫌に笑うリヴェラを見比べ、ちぃエニは渋々といった様子で瓶に手を伸ばした。
「うぃ~☆ KP~☆」
カチンッ。
瓶同士が触れ合う澄んだ音を合図に、
突き抜けるような青い空と、入道雲。
砂に埋もれたアスファルトの道。
それに沿って等間隔に並ぶ、枯れかけたパームツリー。
キンキンに冷えたドリンクを楽しむ二人の向こう側には、キラキラと残酷なまでに輝く青い海が広がっていた。
まるで旧時代のCMを再現したかのような光景の中、「けぷっ」と、小さく愛らしい音が響く。
【……以後、気を付ける様に】
「りょ~☆」
ぺちんっ、と最後の一撃。
:『明日の活力、今日の一本。』
:『スプレンダ・コーラ』
:※ミシリス・インダストリーの提供でお送りしました(嘘)
:CM入ったw
:やめろ、コーラ飲みたくなってきた。今すぐ自販機行ってくる
:いや、今の何!?どっから出した?!
:初見か?まぁ、ゆっくりしてけよ
:概要欄見たか?ルール守らないと命にかかわるからな?いや、マジで。
「いわゆるオーシャンドライブって場所なんだけどさ☆ 昔はここ、光と音でヤバかったらしいよ?☆ 信じらんないよね、こんなに静かなのに☆」
リヴェラが瓶を掲げて指し示した先には、半壊したアールデコ様式のホテルが、透き通った海を背景に完璧なコントラストで突っ立っていた。
ひび割れたネオン管や、脱色されたプラスチックの看板が、カラフルな残骸となって足元に散らばっている。
かつて無数の観光客で賑わったであろう海岸線。
今はただ風化を待つだけの贅沢な廃墟を、
「マジ映えじゃない?☆ 100年放置されたガチのヴィンテージって感じ☆ パステルカラーのホテルとか、イイ感じに色が褪せてさ。正直、今のほうが断然センスいいわ☆」
:これが、本当の地上なのか……
:物悲しいけど、確かに綺麗だ。
:なお、足元は砂まみれの模様。
オーシャンドライブを外れ、瓦礫の街へと歩を進める二人。
それを見つけたのは、半壊したカフェテラスの前だった。
「見てよちぃエニ☆ これってレア物じゃね?☆」
【……これは……】
テラスにのしかかるように横たわる、錆びた鉄塊。
四角い箱のような不格好なフォルム。だが、よく見れば正面には二つの「目」と思わしきレンズがあり、側面には錆びついたバルカン砲と、力なく折れ曲がった四本の脚。
:なんこれ
:ネキよりちょっとデカい?
:目みたいなのある
:こっち見んな
【……アーカイブ参照。照合中……。一致率98%。間違いありません。“第一世代ラプチャー”です】
「だよねー☆ てか、眉間に一発とかw……う~ん、グッドキル!☆」
【……まるで、実物を見たことがあるような言い草ですね】
「まーね☆ 本物はあーしも初めて見るけどさ☆」
リヴェラはコンコンと鉄塊をノックし、手にした瓶コーラを煽る。
それを訝しげに見つめるちぃエニ。
だが、二人のやり取りをよそに、コメント欄の速度がにわかに加速していく。
:第一世代ラプチャー!?
:マジもんの骨董品じゃん!
:よく今まで残ってたな……
:意外と可愛い顔してね?w
:今の連中より、なんか「メカメカしくない」っていうか
:……コミカル?
:それだ!
:たしかに、俺らが知ってるラプチャーっぽくないな
「……お。みんな見てこれ☆ ココに穴みたいなのある☆」
リヴェラが指さした先、バルカン砲の下にある円状のカバーへ、浮遊する
そのカバーを強引に引き剥がすと、中からずるりと、どす黒いホースのようなものが零れ落ちた。
リヴェラはそれを無造作に掴み、ちぃエニとリスナーへ誇示するように振り回す。
「これさ、なんか触手っぽくね?☆ これで昔の人間を捕まえて、パクついてたんかね?☆」
【……第一世代は現在のラプチャーと異なり、活動エネルギーを有機物から摂取していたという記録があります。その推論は、極めて合理的と言えますね】
「お、ココも開きそう☆……うひゃあ☆ これでバリバリいってたのかな? 痛そー☆」
“顔”の下部、口に相当するハッチをずらす。
その奥に潜んでいたのは、“歯”と呼ぶにはあまりに禍々しい「粉砕機」。
レンズ越しに映し出されたその光景に、リスナーが戦慄する。
:ヒエッ
:痛そうとかいうレベルじゃねーわ
:ミンチ確定演出。絶対遭いたくない
「……あーし思ったんだけどさ。これって“ブラックスミス”に似てね?☆ 武器に、触手に、捕食……。ね、イイ線いってない?☆」
【!……仮説の域を出ませんが、筋は通っています。現在のブラックスミスと構造上の共通点が多い】
「明かされるラプチャー進化の軌跡、みたいな?☆ 知らんけど☆」
リヴェラはそう言い捨てると、飲み干した空き瓶をラプチャーの残骸に置き、歩き出す。
ちぃエニも最後の一口を飲み干すと、倣うように隣へ瓶を並べ、
鉄塊の上に残された、大小二つの空き瓶。
それが陽光を反射し、去りゆく二人の背中を静かに見送っていた。
:興味深い考察だな
:え? ブラックスミスってニケを食うの……?
:サイト内に動画あったぞ。見るなら覚悟しろ。マジでグロ注意
:てか、二人ともゴミ置いていくなwww
風が吹くたびに、放置されたマストやワイヤーが「カラン、カラン」と乾いた音を立てて鳴る。
波間にゆらゆらと揺れる
それを取り囲むように浮かぶ、錆びついた船体。
さながら、ここは船の墓場といったところか。
:ひっでぇ荒れ具合で草
:足場もボロボロやんけ!
:意外と形保ってるのもあるな
:ありゃ、見た目だけだぞ。中身スカスカだわ
:当時はFRP(繊維強化プラスチック)製がメジャーだったっぽいからな。劣化えぐいぞ
:ワイ、初めて見る本物の船がゴミで涙目www
:マジでここから探すの……?
【リヴェラ。リスナーの皆さんの言う通り、ここから航行可能な船を探すのは絶望的です。どうするのですか】
「いーから、いーから☆ とりま、そこら辺のテキトーに選んじゃお☆」
リスナーとちぃエニの懸念を軽快に聞き流し、リヴェラが浮桟橋に一歩、足を踏み出す。
【待って、桟橋の強度が――!】
ちぃエニが警告を発した瞬間。
リヴェラのブーツが触れた場所からピンクルビーの波紋が広がり、一瞬にして朽ちた板が「新品の木目」へと上書きされた。
乾いた木質が鳴らす、小気味良い足音。リヴェラは何事もなかったかのように歩を進める。
「? ちぃエニ、なんか言った?☆」
【……いえ。そういえば、あなたには『
:出た!ネキの不思議パワー!
:テトラ脅威の技術力()
:そこはミシリスやろw
:ネキはテトラ否定してたぞ。というか今のはミシリスでも無理じゃね?
呆れるちぃエニを連れて桟橋を歩いていたリヴェラだったが、目についた船体に近づくと、おもむろに指を突き出した。
「ぶはは☆ ウケるww 穴開いたんだけど!☆ 強度:ウエハースかよwww」
【紫外線でFRPがボロボロなのでしょう。というか、何をしているんですか貴女は】
:開けたんだよなぁ……
:ニケの指圧でどつけばそうなるだろwww
:何してんのwww
「はー、オモロw じゃ、この『ウエハース号』、サクッと『レタッチ』しちゃおっか☆」
リヴェラが指を鳴らすと、穴だらけの船体がピンクルビーの光に包まれた。
数秒のノイズ。
光が収まったそこには、眩いばかりの純白を湛えた豪華なキャビンクルーザーが鎮座していた。
磨き上げられた船体が、陽光をキラリと跳ね返している。
【物品の収納だけでなく、構造の完全修復まで……。……私の知る「常識」が壊れていきます】
「便利っしょ?☆」
:一瞬にして新品に……
:どうなってんだマジで……
:草も枯れるわ。どこのロストテクノロジーだよ
:これはミシリス(確信)
:いやヴィジュとノリは完全にテトラだろw
浮桟橋から、真っ新に「レタッチ」された船尾のステップへひょいと飛び乗る。
「じゃ、アーシの『ウエハース号』、ルームツアーいっちゃおっか☆」
磨き上げられたチーク材の床、柔らかな白革のソファ。棚には、当時の高級な酒瓶(中身は空だが)がオブジェのように並んでいる。
【……信じられません。これほど広大な居住スペースを、たった数人の「娯楽」のためだけに割いていたというのですか】
「あは☆ ちぃエニはマジメすぎ。見てよコレ、奥にはシャワーもベッドも完備。アークの安宿よりよっぽど豪華じゃね?☆」
:船内にリビングとかキッチンとか、よくわからんな昔の人間は
:マジで娯楽だったんだな、海って
:これ実質「動く家」だろ……
:今更ながら貴重な資料過ぎて震えてきた。これアーカイブ残してくれ!
「で、ここが特等席!
サロンの奥にある階段を軽快に駆け上がり、リヴェラは最上層のデッキへと躍り出た。
そこは、遮るもののない空と海を見渡せるオープンタイプの操舵席だ。
だが、
眩い日差しを反射する白いダッシュボード。そこにあるべき、円形のハンドルがどこにも見当たらないのだ。
:てか、これ燃料どうすんだ? 100年前の燃料なんて残ってないだろ
:それ以前に、ハンドルなくね?
:欠陥品かよwwww
:せっかく直したのに動かせないとか草
「んー? あはは☆ みんな、あーしのことナメすぎっしょ!☆」
リヴェラは呆れるリスナーをあざ笑うように、ダッシュボードの中央にある「不自然な窪み」を指差した。
「最後にコレ付けて、完成ってね☆」
困惑するリスナーをよそに、
:それって
:マジかよ!
【……ラプチャーコア!? ……まさか、それを使うつもりですか】
「そ☆ コレ付けて、 快適な船旅が約束されるってワケ☆」
リヴェラが取り出したのは、ドクン、ドクンと赤黒く脈打つ「眼球」――ラプチャーコアだ。
彼女がそれをダッシュボードの窪みへ強引にねじ込むと、死んでいた鉄の塊に「命」が宿った。
タービンが獣の唸りのような音を立て、船体が震える。
【……正気ですか。ラプチャーの心臓を動力源にするなど、危険すぎます。即刻破壊を!】
「あーし、ヘレティックよ?☆ この子を黙らせるなんて、朝飯前だし☆ ね?☆」
リヴェラがコアをパシッと小突くと、船体は怯えたように震え、従順な汽笛をひとつ鳴らした。
「じゃ、ウエハース号!☆ 魚が釣れるイイ感じのトコまで、ゴーゴー!☆」
リヴェラの声を合図に、純白のクルーザーが海原をかき分けていく。
背後の墓場は遠ざかり、視界の先には、青と群青に挟まれた鮮やかな水平線。
気持ちよさそうに銀髪を風になびかせるリヴェラ。
角帽に手を添え、呆れながらも広大な海原を堪能するちぃエニ。
初めて見る「動く船」と「本物の海」に、狂喜乱舞するリスナー達。
それら全てを乗せ、白い軌跡を描きながら進むクルーザーを、
第一世代ラプチャーのイメージは、NIKKEの初期PVから。つべに転がってると思います。