:ロマン!!!
:よもやよもやだ!ロマンを求めアングラサイトに辿り着いたが、こんな所で地上でロマンに挑む配信者が居たとは!!!
:さぁ、ギャルよ!私にロマンを見せてくれ!!!自作の釣竿を浴槽に垂らしながら、君がロマンを釣り上げるのを心待ちにしているぞ!!!!!
:ロマン!!!!!!!!
「ぶはwww☆ ロマンニキ、キター☆ www」
【これはまた、強烈なリスナーが現れましたね】
:うおwww
:え? 荒らし??
:アークの外に憧れる、”旧世代の趣味”に囚われた亡者だろ
陽光煌めく大海原。
停泊したクルーザーのデッキに、リヴェラとちぃエニはいた。
:へぇ、これが釣竿……
:博物館でしか見たことないわ
:!!ロマン!!!!!
:うるせぇwww
「じゃ、待ちきれないモグラちゃんも居るみたいだし、レッツ・フィッシング!☆」
【アーカイブによると、今回の釣りは生餌を使わない『ルアー釣り』というものだそうです】
リヴェラが釣竿を豪快に振りかぶると、「ジィィィィィ……!」と小気味よいリールの音が響き、ルアーが青空へと飛び立っていく。
彼方で僅かに水音が立つと、リヴェラはリールを巻きながら、小声でぶつぶつと呟きだした。
その呟きに合わせ、釣竿の先も細かく動いている。
「……上、上、下、右、左、左、右……」
【……なるほど。竿とリールの動きで、
:呪文詠唱ワロタ
:結構動きがプロっぽいのな
:ロマン…!!!!
:だから、うるせぇってwww
――第一投から、僅か数秒。竿が綺麗な弧を描いてしなった!
「ヒーットォ!☆」
ピンクルビーの瞳を爛々と輝かせ、リヴェラは猛然とリールを巻き上げていく!
傍らに浮かぶちぃエニも、初めてお目にかかる釣果に、思わず小さな両手をギュッと握りしめて動向を見守っていた。
戻ってくるルアーの速度に比例して、画面のコメント欄も加速していく。
:え、こんなすぐ釣れるもんなの!?
:長年地上に釣り人なんていなかったから、魚の警戒心がバグってるんだろ
:いけー! ネキー!
:おぉ…!ロマン!!!!!
:…ロマンニキがうるさい理由がちょっとわかったかも。ロマン!
すぐ間近に魚影を捉えたリヴェラは、ヘレティックの怪力でもって、トドメとばかりに引っこ抜くように竿を振り上げた!
「しゃーい!☆ どうよ、ちぃエニ!☆ リスナーのみんな!☆ これが、あーしの実力ってワケ!☆」
釣り糸を掴んだリヴェラが、得意気にその手を
そこには―――
デッキにポタポタと雫を落とす、潮で茶色く錆びついた空き缶が揺れていた。
ドヤ顔のままピキリと静止するリヴェラ。
その顔を、なんとも言えない胡乱気な目で見つめるちぃエニ。
コメント欄も一瞬で無言に包まれた。
そんな静寂の中。
『ポフォ…』と、まるで吹き出すかのように、彼女たちの乗る『ウエハース号』のホーンが小さく鳴った。
【……空き缶ですね】
「……………これは、ほら。……素振り! 素振りみたいなもんだから!☆ あー! 肩温まって来たわー! バイブスアゲみだわー!」
【初の釣果が『空き缶』です、か】
「いやいやこっからだからマジヘレティックナメんなし」
【……そうですね。リヴェラはすごいです】
「ちょ! ちぃエニ! 慈愛の眼差しやめてね!? 無表情だけど! 無表情だけど!! ……今”よしよし”いらねーから!!!」
リヴェラは『釣果』を片手でミチミチと握りつぶして圧縮すると、力の限り彼方の水平線へと放り投げた。
ちぃエニは、そんなリヴェラをさらに煽るように、慈愛の眼差し(無表情)のまま、殊更丁寧に”よしよし”と頭をなでる。
喚き散らすリヴェラを囃し立てるように、コメントが一気に加速した。
:一旦、釣り向いてないか
:あwきwかwんwww
:あんな思わせぶりな動きからのクソみたいな釣果最高
:アニメや漫画のお約束かよwww
:流石俺たちのネキwwww
:…ナイスロマン!
:ネキ、ロマンニキも応援してるぞwww
「見とけよあなぐらキッズゥ! あーしが真のヘレティックのパワーの隠された秘密の力を見せてやるからなぁーっ!」
【リヴェラ。怒りのあまり文法が滅茶苦茶です】
「シャラップ!」
【……これが、”顔中草まみれ”という感情ですか。データログを更新、と】
リヴェラが野太い咆哮と共に竿を振ると、先程とは比べるまでもない速度でルアーがかっ飛んでいった。
ほんの微かに水音がしたかと思うと、今度は鬼気迫る表情でリールを猛烈に巻き上げ、竿を鋭く動かす。
:ヘレティックがんがえーwww
:激おこで草草の草
:ちぃエニww 煽りよるwww
:さて、今度はどうかな?w
――怒りの第二投から、またわずか数秒。
一投目よりも、はるかに大きく竿が撓る! メキメキと悲鳴をあげるブランクス!
「ファッキンヒットォ!」
【下品ですよ、リヴェラ。それと、釣竿にかかっているオブジェクトの質量分布、および波形パターンに異常を検知。即座のリリースを推奨します】
ちぃエニの忠告を完全に無視し、リヴェラは猛然とリールを巻き上げ、巧みに竿を操る!
しかし、今度は明らかに様子がおかしかった。
戻ってくるルアーに追随する魚影が――あまりにも大きすぎる。
:おいおい、マジでやったか……!?
:大物だぞ、ネキ!
:ロマン!!!!
:…いや、待て。どんどんデカくなってないか?
色めき立つコメント欄。
船に近づくにつれ、その魚影は尚も巨体さを増していく!
【補足:私のスキャンデータによると、それは『魚』の範疇に収まりません。全長、『ウエハース号』の25倍。リヴェラ、聞いていますか】
:ウエハース号がだいたい20mとして……
:全長500m!?
まるでその全貌を画角に収めようとしたのか、自動で水晶玉《カメラ》が上空へと浮上し、海面を見下ろす形になった。
……そこに映し出されたのは、異様な光景だった。
リヴェラが必死に引き寄せている魚影は、彼女たちが乗る船の大きさを、遥かに凌駕するものだった――!
青い水面の底から、巨大な黒い影が、船ごとすべてを飲み込まんと急速に浮上してくる!!
:ネキ、逃げろ!!!
:いいぞ!!とてつもないロマンの予感だ!!!!!
:言ってる場合か! ネキ! マジでヤバいぞ!!
:アカン。釣り上げるのに必死で本人が全然気づいてない!
迫り来る圧倒的な脅威に、焦りを含んだ――「ブォォォォォォォォォォォ!!!!」という『ウエハース号』の警告ホーンが、大海原に激しく鳴り響いた。
「どりゃあああああああああああああ!!!!!」
同時にリヴェラの咆哮も木霊する!
振り上げた釣竿に追随して、一拍。
海面が徐々に盛り上がり、『釣果』が姿を現した。
破れた海面が、豪雨になりリヴェラとちぃエニに降りかかる―――。
飛び出したのは、鈍く光る連なるレンズの『触手』
海面を押さえつける様に振り下ろされた触手で、這い上がる様に浮上する『鋭利な矢尻型の巨大装甲』
その危険度は最大最悪の
人類がまだ地上で足掻いていた時代の、海の脅威。
中心部で、鋭利なブレード型のファンが不気味な高音を立てて高速回転を始める。
次の瞬間、吸い込んだ海水と大気を震わせ、すべてを圧殺する重低音の雄たけびが響き渡った。
―――――『 V W O O O O O O O O O O O O O O O ! ! 』
タイラント級・超巨大海洋型ラプチャー”クラーケン”が顕現した。
竿を振り上げたままの姿勢で、ポカンと見上げるリヴェラ。
その隣に浮遊するちぃエニが、同じくクラーケンを見上げ絞り出す様に言葉を紡ぐ。
【……アーカイブ、参照。……結果。第一次侵攻時に確認された、タイラント級ラプチャー。クラーケンと、判断……!】
ちぃエニの発言に、コメント欄が蜂の巣を突いたように騒ぎ出す。
:は????????????
:え、待て待て待て待て
:ネキ、なんつーもん釣り上げたんだよ!!!!
:デカい!ヤバい!!怖い!!!
:100年前にこんなのと戦ってたのかよ。無理ゲー過ぎる
:…タイラント級って、一番ヤベーんじゃなかった?
:ヤバすぎて草も枯れるんだが
:画面越しでも震えが止まらない…
:ロォォォォォォォマァァァァァン!!!!!!!!!!
:よもやよもや!!これ程の”最大級のロマン”を釣り上げるとは!!!あぁ!浴槽に垂らした釣竿が震えているぞ!!!素晴らしい!!!ナイスロマン!!!!!!!!
:ロマンニキ空気読めぇ!!!!
:いや笑えんマジで逃げろネキ!!!
:っていうか、あれを『釣竿一本』で引き上げたの!!?
:ヘレティックのパワーどんだけだよwww
「――ハッ!」
聳え立つ威容に気づいたのか、意識を戻したリヴェラが執った行動はというと。
持っていた釣竿を光り輝くピンクルビーの粒子へと還し、
流れるような指の動きで空中に浮く
「ほら、ちぃエニもポーズ取って!☆…Cheese!☆」
ピピッ――パシャッ☆
横ピースで完璧に盛れた表情のリヴェラと、無理やり抱き寄せられたちぃエニが、無表情ながらも律儀にピース(引きつってはいるが)している姿。
二人の頭の間から、背景として覗き込むように映るクラーケンの圧倒的な巨体。
あまりにもアンバランスな構図でのチェキ撮影だった。
「クラーケン、デカ過ぎて草☆てか、ちぃエニのピース歪んでね?www☆」
【それより、この事態をどう収拾するのです。”真のヘレティックのパワーの隠された秘密の力”とやらで、早く何とかしなさい】
ちぃエニは引きつったピースのまま、はしゃぐリヴェラの頬をぶにぶにと突き刺し、冷淡に事態の収拾を促す。
:呑気に写真撮ってんじゃねぇwww
:ネキの実力は分かったから、はよ逃げて!
:…なんか、空暗くね?
:海も荒れてきてない……?
話している間に青空は急速に陰り、海は荒れ始めていた。
それは瞬く間に厚い暗雲と激しい雷雨に変貌し、クラーケンを中心に全てを呑み込むような黒い渦潮が広がる。
【局地的に天候、環境すら操作すると…?タイラント級とはこれ程とは…】
ちぃエニの冷静な分析を肯定するように、荒波がウエハース号の船体を大きく揺らす。
そんな激しい揺れの中、ハンドレールを掴みもせず平然とデッキに立ち、クラーケンを見上げていたリヴェラは、雨で濡れた前髪を無造作に一掻きし、不敵に笑った。
「逃がさねーぞってカンジ?☆ あっは☆イカ漁とか”久しぶり”なんですけど☆…ウエハース号!☆あんたも気合入れてけー?☆」
操縦席に向けリヴェラが声を掛けると、やけくそ気味な、けたたましいホーンが返ってきた。
それが合図になったのか、クラーケンの後方で蠢く触手から、流星の如く無数のレーザーが船へ襲い掛かる!
「”バズファインダー”!☆」
リヴェラの背後にピンクルビーの渦が広がり、同色の水晶玉が四つ飛び出すと、船の右舷にクラーケンと向き合うように集まり、盾の如く円を描いて高速回転した。
展開された円盾は降り注ぐレーザーを悉く弾き逸らし、ウエハース号の周辺に『ドドドドドド!!!』と激しい水柱を乱立させる!
「あ、コレあーしのカメラ兼武装ね☆ちな、今のレーザーは避けられるから☆こう、ハイドを交互にやるカンジで……」
:新手の屈伸煽りかな?
:船の装甲吹っ飛ぶだろwww
:爆発音ひどくて草
ハンドレールの側で立ってしゃがんでを交互にしていたリヴェラに、ちぃエニの警告が飛ぶ。
【警告:クラーケンの前腕触手に高熱源反応有り】
「おっ、”ビッグレグスマッシュ”かな?☆これはハイドしても喰らうんだよね☆でも、壊しとけば防げるんよ☆」
リヴェラはちぃエニの警告に従い、不敵に指を動かす。
レーザー攻撃が不発に終わり、バリバリと破壊的なエネルギーを集めていたクラーケンの右の触手(リヴェラ達から見て左)めがけ、円盾から一斉に極太のビームが放たれた。
収束したレーザーが直撃し、クラーケンの触手は中ほどから派手に吹き飛び、黒い渦潮の中へと消えていった。
「時間経過で復活するけどね☆ま、被弾減るに越した事ないっしょ☆」
【…随分と詳しいのですね。過去に討伐の経験でもあるのですか】
「それなりに?☆」
:いつの間にか攻略チャンネル始まって草
:いや、こんなデカいの倒せるのか…?
初手を防いだのも束の間、クラーケンの口元にあるファンが凄まじい速度で回転を始め、周囲の海水を大量に吸引していく。
「”ハイドロキャノン”の予兆かな?☆こーれ、ハイドね☆」
【警こ……いえ、なんでもありません】
:ネキ、眺めてるじゃんwww
:ハイドとは
:ちぃエニwww諦めたwww
途中で警告を止めたちぃエニをよそに、リヴェラはハンドレールに気だるげに凭れ、クラーケンが海水を集め終わるのを眺めていた。
すぐさま発射準備を終えたクラーケンの無機質な目が、心なしかギラリと光ったように見える。
吐き出された超高圧の水流が螺旋を描き、ピンクルビーの円盾に激突する!―――が。
強大な水流は、リヴェラの盾に触れる先から霧散し、ただの激しい霧へと変わっていく……。
:知ってた
:意外とキレイなのな
:なお衝撃はある模様
:すごい揺れや
転覆は免れたものの、クラーケンのハイドロキャノンによる凄まじい衝撃波で、両者の距離が大きく開いた。
だが、タイラント級の猛攻はそれで終わらない。
荒れ狂う巨大な渦潮──その中心、文字通りの『奈落の底』に君臨するクラーケンの胴体半ばにある巨大な口腔。そのミサイル発射口から、次々と雨あられの如く無数のミサイルが撃ち出された!
「”スキッドミサイル”かー☆…なんか
【警告:クラーケンの側面口腔より、ミサイル群の発射を確認。総数、400。…文字通り、死の雨ですね。リヴェラ、のんびりしてないで迎撃しなさい】
「アイアイ、マ~ム☆ バズ玉、やっちゃって☆」
渦潮の斜面にへばり付き、今にも一呑みにされそうな角度で激しく軋むウエハース号。
その黒い渦潮の中を走る船を目掛け、迫るミサイル群。
円盾を解いて、リヴェラの前に横一列に並んだ水晶玉から、同色のピンクルビーの光弾がマシンガンの如く射出された。
視界を塗りつぶす豪雨と漆黒の闇の中、弾け飛ぶピンクルビーの光弾が、荒れ狂う渦潮をギラギラと禍々しく照らし出す。
轟く雷鳴すら掻き消すほどの爆音とともに、死の雨と光の嵐が正面から衝突した。
暗雲と暴雨の中、周囲を煌々と照らし、爆発音が響き渡る!
その様子を、上空から
:いや待て待て、引きの画で見るとデカすぎんだろwww
:全長20mの船と500mのイカの対比エグ杉www
:これもう船っていうか、消しゴムのカスじゃん
:すっげぇ…
:海賊映画のあのシーンみたい
:ワールドエンド!
:アクション映画もかくや、と言った所か!!釣りをしながらの映画も良いな!!!ポップコーンとコーラはどこだ!?
:ロマンニキ大物過ぎるだろwww
絶望的なまでの質量差にリスナーが騒いでいると、ミサイルを撃ち終えたクラーケンの周りに、目に見えて
さらに、障壁を覆うように海水が立ち上り、流水の竜巻が出来上がった。
【警告:障壁内に高熱源反応検知。該当箇所は……】
「”バーティカルスクリュー”じゃん☆あ、頭と両目近くの三ヶ所でしょ?☆ここ撃って阻止しないと喰らうんだよね、コレ☆」
【……私が検知出来た箇所は、頭頂の部分。その一ヶ所だけなのですが】
「ド~ンマイ☆」
嵐に飛ばされないようにか、リヴェラの腕に掴まっていたちぃエニが、無機質なジト目で見上げるが、当のリヴェラは
渦潮で軋む船体で、ウエハース号が抗議するように鳴らしたホーンも虚しく響く。
発射準備を終えた水流の竜巻が、その質量をもって全てを押しつぶさんと迫る中、リヴェラは整列した水晶玉を円盾に変える。
:ひえぇぇぇぇ!!!
:無事とわかってても、これは…!
:迫力ヤバ!!!
:それに引き換え、ネキの顔よwww
:余裕そうで草
大瀑布が通り過ぎた後、
それと同時に―――。
【――!?超高電磁パルス検知…!並びに、ジャミングにより敵個体の反応ロスト…!】
突如発生した電磁ノイズにより、ちぃエニの視界は、まるで墨が滲むように暗黒が広がっていた。
無意識に確かめる様に、リヴェラの服を掴む小さな手に力が入る。
:何が起きた!?
:急に画面暗くなったんだけど!?
:これはヤバい(確信)
:ネキ!ちぃエニ!生きてるか!?
ノイズの影響は
リスナー達の視聴しているデバイスの画面は、[Sound only]と明滅する赤い表示が、黒い画面に映るのみ。
ちぃエニとリスナー達が不安に呑まれかけている中、場違いなほど呑気な声が通る。
「へぇー、実際はこんな風なんだ~☆」
声の先、見上げたちぃエニの視界には、ピンクルビーの瞳から燐光を放ち、楽し気に笑うリヴェラがいた。
【その瞳の燐光、D-WAVE反応検知しました。…あなたには、
「おっと、ちぃエニとみんなは真っ暗?☆ じゃ、これでどう?☆」
リヴェラが、ピンクルビーの燐光を灯した指先で、ちぃエニの額を「ちょんっ」と小突く。
【強制データリンクを検知……。視界が晴れて………これが、リヴェラが見ている世界ですか】
次の瞬間、ちぃエニの
墨を流したようだった暗闇が、爆発的なピンクルビーの光によって一瞬で吹き飛ばされる。
回復した視界――いや、それはただの視界ではなかった。
嵐の闇は見透かされ、荒れ狂う海水のエネルギー流が極彩色のワイヤーフレームのように可視化されている。ヘレティックたる彼女が世界をどう知覚しているのか、その超次元的な情報がシステムに直接流れ込んできたのだ。
そして、その視界の中心。
渦潮の真ん中に、海面からぬっと突き出した四本の不気味な触手が、その先端をこちらに向けたまま、直立して佇んでいた。
「ね? マヌケな光景じゃね?ww☆ チンアナゴみたいwww☆」
リヴェラの強制リンクによって、復帰した映像にコメント欄が爆発する。
:画面直った!!!…って、何これすっげぇ綺麗……
:いや綺麗だけどそれどころじゃねぇ!!!
:チンアナゴwwwwwwwww
:言われてみれば見えなくもないけどさぁ!!!
:サイズ感がバグってんだわ。海から生えてるしな!!
:っていうか、あの先端に浮かんでるサークル何!?
共有された視界のなか、四本の触手の先端には、ゲームのUIそのものの形をした禍々しい電子の標的がクッキリと浮かび上がっていた。
【……リヴェラ。この、触手の先端にAR表示された赤いリングと、その周囲の灰色のリングは何ですか】
「赤が
【ダミーを攻撃した場合は?】
「500m級の津波が即発動して、
:ガメオベラ☆じゃねぇんだわ!!!
:500m!?!?
:それもう津波っていうか海が降ってくるレベルだろ!!
:判定シビアすぎだろクソゲーかよwww
:ってか、これネキの見てる画面なの!?
【……ならば、話は単純です。その灰色のリングを避け、赤いリングだけを正確に破壊しなさい。あなたのその妙な水晶玉の精度なら、容易なはずです】
「いやー、普通にクリアしても配信的に映えなくね?☆」
【は?】
「というわけで、あえて灰色を撃ちまーす☆ そい☆」
リヴェラの軽い掛け声とともに、ピンクルビーの光弾がダミーの灰色リングへと吸い込まれていく。
【なっ……!? 何を考えているのですこの大馬鹿者は!!!】
ちぃエニの絶叫と同時に、クラーケンが身震いした。
四本の触手が海中へと沈み、代わりに渦潮の底から、文字通り『海そのもの』が巨大な壁となって迫り上がってくる。
それはリヴェラが予告した通り、500mを遙かに超える、天を突くほどの大津波――『タイダルウェーブ』。
ウエハース号など、文字通り塵に等しい質量が、すべてを圧殺せんと頭上から覆いかぶさる。
:あ
:終わった
:本当にやりやがったwwwwww
:いや笑えんマジで死ぬ死ぬ死ぬ!!!
:世界滅亡の光景で草
:逃げ場なんかどこにもねぇ!!
:これぞ絶望!!これぞ破滅の美学!!!これ以上のロマンがあるか、いや無い!!!!
:ロマンニキ現実逃避すなァ!!!
迫りくる死の壁に呆然とするちぃエニに、リヴェラは気軽に尋ねた。
「ね、ちぃエニ☆ データは集まった?☆」
【……データ? ……配信ログを見ればさらに解析は出来ますが。それよりも、今は…!!】
「おけおけ☆ ほいじゃ、やりますか☆」
憤慨するちぃエニをおいて、リヴェラは大津波の向こう――クラーケンの場所を意識するかのように掌を突き出す。
突き出した掌を上に向け、動画を送るようにシルバーネイルの指先がスワイプする仕草をすると―――。
「おつへれ~☆ クラーケン☆」
ほんの、一瞬。
迫る『死の壁』に、下から上へ桃色の閃光が走り。
まるで魔法が解ける様に、500mの大津波が音もなく消滅した。
大津波が掻き消えた先。
渦潮の中心に座すクラーケンが、奇妙なことに身動ぎ一つせず佇んでいる。
しかし、次の瞬間。
接着力を失ったかのように、その巨体は縦から綺麗に真っ二つにズレていき。
――ザパァァァァァァァァァン!
二つの巨大な水柱を上げ、崩れ落ちた。
「バツザンガイセーってカンジ?☆ 知らんけど☆ はい、おしまい☆」
:えっ
:は?
:????????
:今、何が起きた?
:スワイプしただけ……だよな?
:津波もイカも、フリーズして真っ二つになったんだが???
:ネキ強すぎワロタ
:おい嘘だろ、タイラント級だぞ!?
:ナイスロマン!!!!!!!!!!!!!!!!
【……抜山蓋世。山を引き抜くほどの力と、世を覆うほどの気概という意味ですが……。それは四面楚歌に陥った英雄が、己の敗北と破滅を嘆いた詩が由来です。今のあなたのように、お気楽にイカを叩き割った後に使う言葉ではありません】
「あっは☆ちぃエニあったまいー!☆でさ、半分になったイカどうしよっか?☆二個あるし、エリシオンとミシリスにデリっちゃう?☆後でエニックに聞いてみてよ☆」
【……………はぁ】
:エニックの胃(※ない)がマッハ
:ネキ、話聞いてた!?
:デリっちゃう(※タイラント級の死骸)
:イングリッド激怒不可避www
:シュエン泣くぞwwwwやめてやれwwww
:着払いで送ろうぜ!!!
クラーケンが斃れてから少し、それまでの狂ったような天候が嘘のように回復していった。
荒れ狂っていた黒い嵐はピタリと止み、天を覆っていた分厚い雲の裂け目から、眩いほどの純白の陽光が差し込む。
雲が急速に流れていく空には、目の覚めるような鮮やかな青空が広がっていった。
激しくのたうっていた海は、本来の突き抜けるような碧さを取り戻し、きらきらと白銀の光を反射する穏やかなさざ波へと姿を変えていく。
文字通り、タイラント級との修羅場を耐え抜いたウエハース号も、潮を被った満身創痍の船体を震わせるように、どこかへたり込むようなか細いホーンを一つ鳴らした。
「あー、最悪。せっかくの服がびしょびしょだし、映えが死んでる☆」
リヴェラが不満げに唇を尖らせてパチンと指を鳴らすと、ピンクルビーの輝きが爆発的に弾け、彼女の体を包み込んだ。
ほんの一瞬の間に、ずぶ濡れだったギャル服も、潮風に濡れていた褐色肌もスッキリと乾いていく。
彼女の腕に、まるで安全バーのように必死にしがみついたままだったちぃエニも、その光のおかげで元の小綺麗な姿に戻った。
……が、そのちんまりとした肩は心なしかガックリと落ちており、内なるエニックの「限界を迎えた疲弊感」までは乾かせなかったようだ。
降り注ぐ夏の終わりのような強い陽光に、眩しそうに目を細めながら、リヴェラは指先でさらりと銀髪を梳く。
光を浴びて白くきらめく髪を潮風に靡かせながら、彼女は
「て、コトで☆みんなが釣りする時は、アドマイヤー号に乗って、イージス・メティス・アブソルート同行で楽しんでね☆」
【それは、ただの作戦行動ですよ】
:どこのVIPだよwww
:メンツが最終決戦のやつじゃんwww
:出来るかぁ!www
:おうちがいちばん!
「じゃ、また地上で会おうぜ☆おつへれ~☆」
【リスナーの皆様、お疲れさまでした】
ウエハース号のデッキで、白いハンドレールに気だるげに体重を預け、ゆるく片手を振るリヴェラ。
その隣で、一段と小さくなったように見えるちぃエニが、やれやれと小さな手を機械的に振り返す。
”プォ―――――ン”
陽光を浴びて白銀にきらめく青い海を進み、ゆっくりと遠ざかっていくウエハース号。
クラーケンのサイズや、来歴?は全てGemini君と捏ねた捏造です。