何処とも知れぬ、森の中。
「はぁ……はぁ……!」
僕――――――
しかし、その方がまだマシかもしれない。今の鬼殺隊は最悪の状態だ。万物を黄金に変えてしまう驚異の「真祖吸血鬼」への対処で戦力が八割も減り、その真祖を打ち破った功労者の片割れである「
むろん、僕も素直に殺されてやる筋合いは無い。脱兎の如く逃げ出したさ。
いや、別に巌勝が来なくとも、今の鬼殺隊に僕の居場所は無いだろう。当主の座を追われた身だからね。理由は言うまでもなく、僕が「
……馬鹿馬鹿しい。あの意味不明な真祖を斃せたのは縁壱のおかげであり、巌勝が裏切ったのは当人の問題である。無惨に関しては、そもそも今まで誰一人として捕捉出来た事が無いのだから、文句を言うのは筋違いだ。
だが、今の鬼殺隊は、そんな当たり前の事さえ分からない程に盲目となっている。“痣”の発現による影響もあるだろう。強大な力による無敵感と、その代償による焦燥感。それらが隊の皆を傲慢で短絡的な人間に変えてしまっている。最早、産屋敷という家名でさえ、彼らの心には響かないのである。完全な記号扱いだ。新たな当主は、弟の誰かが継ぐだろう。これで鬼殺隊の象徴が消える事も無い。
もう駄目だ。鬼殺隊という組織は、もうお終いである。
……いいや、違うな。それらは表面的な理由に過ぎない。僕が一人で出奔した理由は、
そう、縁壱は僕の友達だった。誰も彼も兄の巌勝でさえも、縁壱を化け物かつ腫れ物のように扱っていたが、僕にとっては唯一無二の心友だった。父が歴史上類を見ない早さで死んでしまったせいで、元服を迎えていない小童なのに当主の座に奉られた僕と、心から向き合ってくれたのは彼だけだった。確かに口数は少なかったけど、ペラペラと毒や嘘を吐き散らす周囲の人間とは比べるべくも無いだろう。
そんな縁壱を、鬼殺隊は追い出した。自分たちの事を棚に上げ、まるで史上最悪の大罪人が如く駆逐した。排除という暴力も振るえない、口先だけの癖に。もしかしたら、今頃は巌勝に完全に潰されているかもしれないが、知った事じゃない。苦しんで死ね。
そういう訳で、僕は独りで森の中を彷徨っているのだけれど、ここは一体何処だろう。ついさっきまで公家の長男だった奴が、いきなり野外生活を営める訳が無かった。でも、鬼殺隊に戻りたくも無い。だれかたすてけ。
と、その時。
――――――パシャン。
木々の奥から、湯を掛けるような音が聞こえてきた。
『風呂は命の洗濯よね~♪』
『あら、アウラちゃんってお風呂好きなの?』
『そういうあんたは水浴びすらロクにしてないのね、ソリテール。これからはしっかりと湯浴みしなさいな』
『え~』
『え~、じゃない』
気になってコソコソと隠れ進むと、森の一画にポッカリと開いた空間に天然(?)の温泉があり、そこで二人の美女が湯浴みをしていた。陶磁色の滑らかな肌に、整った顔立ち。髪は見た事も無い薄紫や青空色に染まっている。体形の差はあるが、どちらも美人と言って差し支えないだろう。青髪で小柄な少女の方には両足が無いので、薄紫髪の美女がお世話をしている、と言った所か。
しかし、人間ではない。二人共、頭に角が生えている。日本人離れした容姿をしているし、もしかして彼女らこそが、例の吸血鬼一派なのかもしれない。
これはマズい。色々な意味で見付かったら終わりだ。さっさと立ち去ろう。
『あらあら、鼠が何処かに行こうとしているわね。【
「うわっ!?」
だが、そうは問屋が卸さなかった。薄紫髪の美女が謎の光る糸を伸ばしてきて、あっと言う間に僕を大の字に拘束してしまったのである。
『……しかも、あなた産屋敷家の当主ね? 前に眷属から聞き及んでいた顔立ちに良く似てるわ。お金持ちなのが仇になったわねぇ~♪』
「ひぅ……っ!」
さらに、薄紫髪の美女は一糸纏わぬ姿のまま、パシャパシャと湯船から上がり、僕に覆い被さるように四肢を着く。まるで、彼女に押し倒されてしまったかのような構図だ。
「………………!」
く、くそっ……僕は、こんな時に……相手は人食いの化け物なのに……!
『あらあら、乳臭いガキかと思ったけど、中々どうして、あんたも狼だったみたいねぇ~♪』
そんな無様な僕を見下ろして、ペロリと舌嘗め擦りをする薄紫髪の美女。月明りに照らされ、湯気を纏いながら顔を紅潮させる彼女の姿を一言で表現するなら、「妖艶」であった。
『暫くご無沙汰だったし、ちょっと味見しちゃおうかしら♪ ……ソリテール、あっち向いてなさい』
『え~、私も見たいわ~』
『……まぁ良いわ。見られているのもまた一興よね♪』
「……、………、…………っ!」
そして、僕の意識は天へと昇るように薄れていき――――――、
◆◆◆◆◆◆
数日後、山中に打ち捨てられている、干からびた子供の死体が、黒死牟の強襲を生き延びた僅かな鬼殺隊に発見されるのだが、これが一体誰なのかは今の技術では解明出来ず、産屋敷 犀月樹は出奔中に鬼に喰われた物として処理される事となった。
◆産屋敷 犀月樹
原作では名前も出して貰えずに手土産となってしまった、産屋敷家の現当主。産屋敷の宿命と縁壱を巡る鬼殺隊との軋轢によって全てが嫌になっており、思わず家出した先でアウラに襲われた。雁字搦めの人生に嫌気が差していた彼だけれど、最後に良い思いを出来て幸せに逝けたのかもしれない。
ちなみに、犀月樹は知る由も無かったが、彼を嫌っていたのは一部の老害だけであり、きちんと鬼殺隊の剣士たちからは好かれていた模様。最早、後の祭りだが。