鬼殺のソリティア   作:ディヴァ子

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そんな物、ありはしない。


穏やかな時

 とある日没の山麓、開けた森の一画。普段はあばら屋が一件ポツンと建っているだけだが、年に数日、日中にのみ“青い彼岸花”が咲き誇る、不思議な場所。

 

「……まさか、またここに来ようとは」

 

 そんなこの世とあの世の狭間にありそうな空間に、独りの男がやって来た。額に焔のような痣を浮かべた、この偉丈夫は、継国(つぎくに) 縁壱(よりいち)。かつてここで暮らし、妻の「うた」と死別する事となった、哀しき男である。

 そして、今もまた鬼殺隊(いばしょ)を失くし、放浪の末に訪れてしまった。理由は特に無い。何となくだ。大方、ポッカリと開いた心の穴を、悲しくも美しい思い出で埋めようとしたのだろう。それが更なる傷口になるかもしれないのに。人間とは不合理である。

 

「ん……?」

 

 だが、誰も居ない筈のここに、人の気配と……鬼の気配を感じる!

 

「く、来るな! すやこに手出しはさせないぞ!」「す、炭吉さん……っ!」

『美しい夫婦愛だな。良いだろう、男のお前だけにしてやる。女を殺す趣味は無いんでな』

 

 あばら屋の中に駆け込んでみれば、丁度鬼が人の好さそうな夫婦を襲おうとしていた。よく見れば、夫婦の方は何時ぞやの“陽光の下を歩く鬼”と一戦交えた時に出会った二人。こんな所で再会するとは思わなんだが、それよりも一番驚いているのは……、

 

「――――――貴様、その格好は!?」

 

 普段であれば見敵必殺してしまう縁壱だったが、思わず動きが硬直してしまった。何故なら、その鬼は彼がよく見知った格好をしていたからだ。

 そう、その鬼は、鬼殺隊士が変じた鬼だった。

 

『……継国 縁壱か。貴様ら兄弟のせいで、鬼殺隊は滅茶苦茶だ』

「何を――――――」

『鬼殺隊は壊滅した。鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)に魂を売った、継国(つぎくに) 巌勝(みちかつ)のおかげでな』

「………………っ!?」

『何だ、そんな事も知らなかったのか。何処までも恥知らずな奴だな、貴様は!』

 

 継国(つぎくに) 巌勝(みちかつ)鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)に魂を売り、鬼殺隊を壊滅させた。それはつまり、兄が鬼と化してしまった事を意味していた。それが一体何時だったのかは、除隊してしまった自分には知り様が無い。

 否、今は考えるべくも無いだろう。無惨に魂を売った大馬鹿者が、目の前にもう一人居るのだから。

 

「恥知らずは貴様の方だ」

『黙れぇえええええっ!』

 

 縁壱の売り言葉に、怒りの咆哮で以て買い叩く鬼。

 

「【日の呼吸・捌ノ型 飛輪陽炎(ひりんかげろう)】」

 

 しかし、縁壱の陽炎を彷彿とさせる独特の剣捌きに対処し切れず、あっさりと首を落とされる。

 

『くそっ……約束したのに、何で来てくれなかったのよ、縁壱さん……!』

「……すまないな、杏子(あんず)(あざみ)にも、そう伝えてくれ」

 

 こうして、元鬼殺隊士「真咲(まさき) 杏子(あんず)」は、人間を一人も食う事無く討伐された。苦しまずに逝けたのは、縁壱なりの葬送だったのかもしれない。彼は結局、真咲姉妹を(・・・・・)救う事は(・・・・)出来なかった(・・・・・・)

 

「あ、あの! 助けて頂き、ありがとうございます!」「ありがとうございます!」

 

 と、目の前の光景に茫然としていた夫婦の内の、夫の方――――――「竈門(かまど) 炭吉(すみよし)」が、縁壱にお礼を言う。妻の「すやこ」もそれに続く。

 

「えっと、確かあの時も助けて頂きましたよね?」

 

 さらに、以前の事もしっかり覚えていたのか、すやこがにこやかに手を合わせた。

 

「……うぅっ!?」

「えっ、すやこ……まさか、産気づいたのか!?」

「………………!」

 

 だが、緊張の糸が途切れたせいか、そのまま産気づいてしまったので、炭吉も縁壱もドタバタしてしまう事となる。子供は無事に生まれたが、落ち着くまでに数日を要した。

 

「何から何まで、本当にありがとうございました」

「いや……」

 

 それから五日後、眠りに落ちたすやこと娘の「すみれ」をバックに、玄関の式台に腰掛けながら、炭吉と縁壱は語らっていた。とは言え、元来無口な縁壱は殆ど相槌ばかりで、炭吉がドンドン話し掛ける形になっている。

 

(まるで、犀月樹(さつき)と話しているようだ……)

 

 思えば己の友人にして上司でもあった産屋敷(うぶやしき) 犀月樹(さつき)も、同じ様に明るく話を振って来る人だった。杏子は鬼殺隊が壊滅したと言っていたが、彼も死んでしまったのだろうか。

 

「――――――また、守れなかったか」

「えっ?」

「いや、こちらの話だ。私はしくじってばかりなのだ」

 

 それは、思わず出てしまった弱音。妻を失い、無惨を取り逃がし、兄が魔道に堕ちて、鬼殺隊と心友が死んでしまった事すら知れなかった。本当に、何もかもが一歩遅いのである。

 

「そして、私がしくじったせいで、これからも多くの命が失われる。何と心苦しい。私は本当に、何の価値も無い男だ」

「そんな事は――――――」

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

 

 すると、すみれが夜泣きを始め、炭吉と縁壱は慌てて動き出した。

 

「おぎゃあ! おぎゃあ! ……あぶぅ」

「………………」

 

 そして、身体能力の一番高い縁壱が先に辿り着き、思わずと言った感じで抱っこしてしまった。

 

「あ、すまん」

「……良いんですよ」

 

 家主よりも前に娘を抱き上げてしまった事を謝る縁壱だったが、炭吉は優しく微笑むばかり。

 

「ありがとうございます、縁壱さん」

 

 さらに、目を覚ましたすみこも、淡い笑みでお礼を言う。

 

「ありがとう、か……」

 

 心の闇はまだ晴れない。それでも、己の胸中でスヤスヤと眠る命の温もりと、二人の優しい言音は、絶望のどん底に沈んだ縁壱の心に、確かな滴を垂らしていた。

 その後、縁壱は竈門一家と暫し穏やかな時を過ごす事になるのだが――――――、

 

「……恥を忍んで、お頼みします。犀月樹様の捜索を、お手伝い下さい」

 

 僅かに生き残った鬼殺隊士の一人が頭を下げて来た時、その平穏は終わりを告げるのであった。

 

 

 

 絶望が、足音を立ててやって来る……。




◆真咲 杏子

 鬼殺隊士の一人で、縁壱と共同任務を行う事が多かった女剣士。「花の呼吸」の使い手。縁壱の追放には反対していたが、老害たちにより黙殺され、黒死牟の襲撃時は、痣の発現で寿命が僅かだった事、縁壱はもうここには居ない事を再確認した事により、絶望の果てに鬼となった。縁壱には新人時代に「何かあれば必ず助ける」とよく言われていた。
 ちなみに、実姉の薊は寿命が尽きる前に無惨と鳴女を捕捉して挑むも返り討ちに遭い、ソリテールに上書きされた事で、魂諸共完全に消滅した。
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