「無限城」の浴室。石組の湯舟に、白濁りした温泉を流す、風情のある空間。取って付けたような竹林や鹿威しが、絶妙に手狭さを感じさせる。
そんな“室内露天風呂”とでも言うべき場所で、
『無惨様、無惨様』
と、鳴女がクイッと一杯やりつつ、無惨に声を掛ける。徳利の中身は、最近手に入れたばかりの稀血だ。その色香と味わいは、鬼ですらほろ酔いにしてしまう。事実、鳴女の頬は少し紅くなっていた。
『どうした鳴女よ』
単眼である事に目を瞑れば大和撫子と言っても差し支えない鳴女が脇に居るのに、全く無感動な無惨。EDか何かなのだろうか。鬼だからと言ってしまえば、それまでなのだけれど。
『おそらくはあいつらが「直方」の村落を襲った件、また私らのせいにされたみたいですよ。接触した鬼殺隊の生き残りが、「おのれ無惨!」って言ってますよ』
『またか。奴らも奴らだが、鬼殺隊というのは本当に
鳴女の報告に、無惨が思わず溜息を吐く。
そう、前からそうではあるが、ソリテールたちは自分の犯した事件を、鬼側に擦り付けている。鬼殺隊は殆ど疑う事無く、無惨たち鬼のせいだと思い込んでいるのだ。既に吸血鬼や妖怪を観測している筈にも拘らず、である。だのに、「悪い事=無惨の仕業」だと盲目的に信じているのは、流石に異常者と言われても仕方あるまい。例えそれを言ったのが、悲劇の元凶だったとしても。
『折角お掃除してやったのに、相も変わらず凝りませんよね~。……げぇっぷ』
『ゲップすな。というか、私にも寄こせ。自分だけ稀血で晩酌とかズルいぞ』
それは鳴女も感じているのか、ほとほと呆れた表情でゲップした。無惨も同意しつつ、あまりに太々しい彼女の態度に苦言を呈しつつ、徳利を奪い取って自分も一杯やる。こちらもまた頬が紅潮し、目が少し蕩けた。稀血の効果は抜群だ。酔った勢いで間違いが起きないと祈りたい。
『……まぁ、黒死牟の詰めが甘ったとも言える。鼠処か産屋敷の当主をも取り逃がすとは』
『いや、でも逃げたのは当主を追われたガキでしょう? 挿げ変わった
『産屋敷が生き残っている可能性がある、という事が問題なのだ。あいつらは奉る奴さえ居れば、きっとまた湧いて出て来るぞ』
『確信ですか?』
『唯の勘だよ。……中々外れないのが玉に瑕だがね』
自嘲気味に苦笑う無惨。酔いが進んでいるか、何時もより表情が柔らかい気がする。
『まぁ鬼殺隊が壊滅状態である事は変わりありません。それよりも今はソリテールとかいう鬼擬きの動向でしょう』
『自らを「魔族」だと名乗る、あの失敗作か。材料はあの薊とかって異常者だったな。異常者からは異常者しか生まれんのか?』
『生みの親が言って良い台詞ではないですけどね。しかし、奴の異常性は紛れも無い事実。それは慎重さにも表れてますよ。目撃者を全員殺す事で情報を与えてくれませんし』
死人に口なしとは、まさにこの事であろう。生きている人間が一人も居なければ、そこに事故も事件も起きようが無く、気付く事さえ出来ないのだから。
『
『
無惨、というか鬼という種族の命題。鬼は「真祖吸血鬼」と違い、陽光で身体が炭化して消滅する。それは始祖たる無惨でさえ例外では無い。その為に、鬼本来の完成形である「究極生命体」に至ろうと、日夜努力しているのだが、様々な要因が邪魔をして、上手く行かないやきもきする日々が続いている。本当に世の中は儘ならない事ばかりだ。
『なら、どうするんですぅ~? やられっ放しというのも、癪に障るでしょう?』
すると、鳴女が目を細めながら、無惨の肩に顎を乗せつつ、しな垂れ掛った。混浴風呂で何やってんだ、とは言わぬが華だろう。対する無惨は、静かに目を閉じて答える。
『――――――そうだな。
夜はまだ、始まったばかり……。
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現在の福井県直方市の事。「世界最古の落下目撃隕石」こと「直方隕石」が有名で、何と平安時代の貞観年間に観測された物だという(異説あり)。貞観年間は富士山や阿蘇山が噴火したり、地震に津波が発生したりと、やたらに天変地異が起こっている。