「……うぅ……何が……?」
グラグラと揺れる意識に鞭を打って、あたし――――――
「これは……!?」
だが、あたしの視界に飛び込んできた光景は、想像を絶する物だった。
「そうだ、縁壱さんたちは!?」
縁壱さんたちはどうなってしまったのか。状況を見るに大分絶望的ではあるが、思わず探してしまう。
「――――――居たっ!」
「………………」
しかし、(嬉しくはあるが)予想に反して、縁壱は生きていた。とは言え無事と言う訳では無く、背中を中心として身体中に火傷を負っており、完全に気絶している。あたしを庇ってくれたのだろうか。だからって火傷だけなのはどうなのよ、人として。
「「………………」」
さらに、少し離れた所に泰斗さんと教祖代理の女が転がっていた。女の方はそこまでだったが、泰斗くんの怪我が酷い。右腕が
配置的に縁壱さんが真っ先に反応して庇い、その後ろで泰斗さんが近くに居たあたしと教祖代理の女を守ろうとしたものの、流石の縁壱さんでも威力は殺し切れず、その余波を受けたあたしたちは吹き飛ばされた物と思われる。他の信者たちは……考えない方がいい。
それにしても、一体何が……?
「………………!」
そして、あたしは気付く。
『……おやおやぁ~? 大地じゃありませんか! 久し振りですねぇ!』
「お館様……!」
『嫌だなぁ、そんな他人行儀で。前みたいに「
「………………!」
間違いであって欲しかった。行方不明になって早三月、とっくに死んでいる程の時間が経っている。野垂れ死にの末に、野生動物もしくは鬼に食われて死体も残らない、それが普通。それでもあたしは信じ切れなくて、諦め悪く探していた。穏やかに過ごしていた縁壱さんや、折角生き延びた同輩の泰斗さんを巻き込んでまで。
前よりも生気の無い陶磁器のような肌に、鋭い牙。怒髪天を衝くように伸びる、二本の角。「鬼」……いや、報告にもあった「吸血鬼」に近い姿をしている。日の光を浴びても何とも無い事を鑑みるに、「
そう、
「犀月樹様……!」
『何を怖がってるんです~?』
あたしの怯えをしっかりと見て取った犀月樹様が、
――――――ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!
あの華奢で可愛らしい身体は、一体何で出来ているのだろうか。
『
さらに、右手の甲から黄金に輝く鈎爪をズルリと飛び出させる。皮膚を突き破っているように見えるが、痛みは無いのか……?
しかし、そんな事を気にしている場合では無い。気付けば、犀月樹様が目と鼻の先まで来てしまった。
『あはっ♪』
「うぐっ!?」
そして、何の躊躇も無くあたしの首を左手で絞め、当たり前のように吊り上げる。以前の彼では考えられない、とんでもない腕力だ。しかも、物凄く冷たい。死体処か氷に触っているみたい。本当に、人間ではなくなってしまったのか……。
『どうしたんです? 苦しそうですねぇ~?』
「あぐぅ……!」
『でもでも、鬼殺隊に居た時の僕は、もっと苦しかったんですよ~?』
「………………!」
《今日からよろしく頼みますね!》
《は、はい……!》
《そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ! 僕らは何時だって君たちの味方です!》
《兄様、もう少し静かに……》
《でも、これからこの子たちは鬼と戦う事になるんですよ? 僕らが応援しなきゃ、誰が心の支えになるんですか!》
先ずは選別を潜り抜けた朝に
《………………》
《お館様、どうなされました? 何処か具合でも悪いのですか?》
《大地さん……》
《あ、あたしの名前を憶えて下さっているのですか!?》
《当然ですよ。僕らには、それしか出来ないのですから》
次に顔を合わせたのは、初任務の報告をした帰り。一人屋敷の隅で呆けていた犀月樹様の様子が気になって話し掛けたのだが、まさか平の隊士の名前を憶えていた事に驚いた物である。
《大地! 今回も無事だったんですね!》
《はい、お館様。……それは?》
《無事に帰って来てくれたお礼ですよ!》
《そんな、滅相も無い!》
《良いんですよ! お館様の権限です!》
そんな事を繰り返している内に、犀月樹様が声を掛けて来る頻度が上がり、贈り物までくれるようになった。自分だけがどうしてとは思っていたが、満更でも無かったのを良く覚えている。
《お館様、どうなさったんですか?》
《……大地、僕は……君の事が好きです!》
《え……は……えっ?》
《
《えっと……いや、しかし……》
《今直ぐとは言いません! ですが、友達からでも良いので、考えてくれませんか!?》
《は……はい、あたしなどで良ければ……》
《やった! ……あと、僕と二人切りの時は犀月樹と呼んで下さい! 何か他人行儀過ぎるので!》
《えぇ……》
さらに、とうとう告白までされてしまった。彼もまた一人の男の子だったのだ。
《………………》
だが、この頃から黄金海様のあたしと犀月樹様を見る目が変わっていた事に、気付く事が出来なかった。
そして、犀月樹様と少しずつ距離を縮めていたある夜、遂に運命の時が訪れる。
《やぁ、兄様。遅かったじゃないですか。でも、兄様が悪いんですよ? 産屋敷家の当主という役割も忘れて、こんな行き遅れに懸想するなんて。それを抜きにしても、男なら、当主なら、見初めた女は
《ひやぁ……らめぇ……みらいでぇ、しゃちゅきしゃまぁ……!》
《悲しい? 苦しい? ごめんね、知ってた。だからヤッたんだよ! おら、十発目だ! もっと下さいお願いしますと言え、この淫乱女が!》
《いひゃああああああっ!》
《………………》
あたしはその日、処女を失った。犀月樹様に嫉妬し続けた黄金海様の盛った、凶悪な媚薬によって。用意したのはお目付け役たちだろうが、実行に移したのは彼で、折れてしまったのはあたしだ。犀月樹様にとって、それ以外の事実は無い。
《さ、犀月樹様……》
《僕はお館様ですよ。そうでしょう?》
《……はい》
《そうですよ、兄様。唯の隊士に名前で呼ばせるなんて、感心しませんよ~?》
《………………》
事実、それ以降、犀月樹様は名前で呼ばせてくれないばかりか、公式の場以外では口も聞いてくれなくなった。
《ねぇねぇ、聞いた、あの話?》
《うん、聞いた聞いた。恥ずかしくないのかねぇ?》
その上、犀月樹様に対する悪い噂が広まり、彼は急速に立場を失っていった。純粋無垢で扱い難い犀月樹様を疎んじたお目付け役たちの垂らした糸が見て取れるが、それを言及する立場に、あたしは居なかった。あたしなど所詮は刀を振るしか能の無い、唯の女隊士でしかなかったのだ。
《貴様は犀月樹が懸想していた女か。
《ち、違――――――》
《違わぬよ。お前も尽くすべき
《………………!》
さらに、犀月樹様の出奔と、無惨に魂を売った
『どうです? しっかりと思い出しましたか? 僕は本当に君が好きだったんですよ、大地』
「うぅ……」
そして今、人外へと成り果てた、犀月樹様に締め上げられている。己の罪を数えろと。右から出るなら左からでも出せるだろうに、鈎爪を引っ込めているのは、
何れにしろ、あたしの生殺与奪は犀月樹様に掌握されていた。
『……おや?
さらに、何かが伝わったのか、犀月樹様があたしのお腹を見て、嬉々としてはしゃぐ。
「えっ……」
聞きたくなかった。知りたくなかった。こんなにも悍ましい受胎告知があるだろうか。確かにあんなに犯されれば、もしかしてとは思っていたが……まさか、本当に出来ているなんて。
鬼灯の実も、身も凍る冷や水も、何の効果も無かった!
ちくしょう、チクショウ、ちくしょぉおおおおおおっ!
『じゃあ、
そして、犀月樹様の鈎爪が、あたしの下腹部に添えられる。今からあたしを開きにして、まだ出来たばかりの胎児を踊り食いするつもりなのだろう。
「い、嫌……止めて、犀月樹様……!」
『僕はユンですよ。それでは大地、「お話」してくれてありがとう。そして、さようなら』
「いやぁああああああああああああ!」
――――――ガキィィィイイイン!
しかし、寸での所で日輪刀が鈎爪の間に差し込まれ、弾き飛ばされた事で、あたしは難を逃れた。
「………………!」
「縁壱さん……!」
縁壱さんが目を覚ましたのだ。
だが、状況は全く芳しくない。むしろ最悪である。
「犀月樹……!」
『あ、縁壱じゃないですか! 久し振りですね! 居たのなら教えて下さいよ~!』
たぶん、この世で最も悲惨な組み合わせが出来てしまったのだから……。
◆産屋敷 黄金海
犀月樹の弟にして、ある意味全ての不幸の元凶。表向きは生真面目に務めているが、その実かなり嫉妬深く、明る過ぎる兄の全てを疎ましく思い、お目付け役の思惑も相俟って、最悪の事件を引き起こした。こいつが大地をNTRなんてしなければ、こんな事にはならなかった。そうなると、犀月樹は史実通り黒死牟に首を手土産にされてしまうが、彼にとってはそっちの方がまだマシだったかもしれない……。