鏡の中でも無ければ夢幻でもない、無限城の一画。
『ヒィ……ヒィ……フゥゥ……死ぬかと思いましたぞ……しかし、ご覧の通り、どうにか
無事に回収しましたぞ、我が君……ほへぇあぁぁ……』
新品同然の畳の上で、水揚げされた魚のように転がる
『(あのちみっこ共と一時的にとは言え、手を組んだのは業腹ではあるが、それでも最悪の事態は避けられた。何より私が生きている。生きているって素晴らしい!)』
玉壺はあの時、砲撃が始まったと見るや否や、人造魔族たちに共闘を持ち掛けた。
正確には、包囲網に穴を開ける為に、一時的に戦力を集中させようと誘ったのだ。人造魔族たちは最初こそ聞く耳を持たなかったものの、四国全土が海からも空からも取り囲まれ、一点突破でもしなければ逃げ出す手立てが無いと考え直し、半強制的に協力体制となったのである。幸いにして、どちらも航空戦力を有しており、攪乱程度なら何とかなりそうだったので、どうにか切り抜ける事が出来た。
もちろん、最終的に無限城への退避を成したのは城主たる鳴女のおかげだが、安全圏まで避難出来たのは、紛れも無く玉壺の働きがあってこそだ。まさに鬼側の英雄である。無惨がどう評価するかは分からないけれど。
『はぁ……はぁ……』
そんな玉壺の傍には、息も絶え絶えに膝を着く
『………………』
その二人の傍らには、大の字で仰天する
『………………』
そのあられもない姿の鳴女を冷たく見下ろす、
『どうだぁあああああぁっ!』
『どうだ、じゃないんだが!?』
しかし、ここまで弱っても、鳴女に呪いを掛けるのは不可能らしかった。同程度の怪我で、無惨はあっさりと珠世に逃げられたというのに。一体どうやったら、この暴君竜に首輪を繋げられるのだろう。
まぁ、首輪を掛けられたとしても、手綱を握っていられるかは別問題なのだけれど……。
『……まぁ良い。私の血をくれてやるから、さっさと回復しろ』
こうなっては更なる強化を施して、己により懐かせるしかないと判断し、無惨は鳴女に血を与える事にした。
『お前たちにも褒美をやろう。存分に飲むが良い』
『おおっ、有難き幸せ!』『……感謝いたします』
さらに、今回の功績を鑑みて、玉壺と黒死牟にも血の褒美を取らせる。玉壺の作品であるお高い瓶に多量の血を注ぎ、それを彼らの前に出した。
なるほど、これなら飲み易い。直接血管に打ち込んでも良いのだが、今の二人の弱り具合では逆効果になる可能性もある為、瓶に注いでやったのだ。まさに配慮の鬼だ。
『無惨様、無惨様』
『何だ、鳴女よ?』
『私、無惨様から直接飲みたいな~♪』
『お前……』
すると、鳴女がとんでもない事を言い出した。ようするに、吸血したいから手首か首筋を差し出せ、という事である。不敬にも程があるものの、発言したのが鳴女なので、無下にするのも危険と言える。
『……えっと、席を立った方が良いでしょうか?』『………………』
『要らん気を利かせ『そうだそうだ、見世物じゃないんだぞー』……お前という奴は!』
『『では失礼します』』
そんな怪しい現場に居た堪れなくなったのか、玉壺と黒死牟がそそくさと退散する。
『……
『貴様に褒められても嬉しくは無い。少しは自重しろ』
去り際に鳴女が黒死牟の背中に笑みを投げ掛けたが、彼は振り返る事無く行ってしまった。この後は、事前に繋げておいた出口から、玉壺共々現世へと戻るのであろう。
これで無惨と鳴女、二人っ切りだ。
『それじゃあ、頂きます♪』
『………………』
鳴女にチューチューされつつ、無惨は考える。
『(あの時現れた物の怪共は、一体何だったのか……)』
化け鯨も不知火も、事前に知らされた命令で動いているようだった。それも人を乗り込ませて。人間を餌としか見做していない彼らが、何故従順に人間の指揮下に入っていたのか。
もちろん、唯人の筈が無い。妖怪は人間如きが操れるような存在ではないのである。
ならば、自分と同じ鬼という可能性もあるが……逃れ者でしかない珠世に、そんな真似が出来るだろうか?
『(一番可能性が高いのは、「
そう考えれば、騎乗していた人間たちの正体も自ずと判明する。
だが、日本に侵入している真祖吸血鬼のアウラは、妖怪たちの攻撃目標に指定されていた。つまり、彼女の配下ではない。
『(考えたくは無いが、別の真祖が居ると考えた方が良いな……)』
『無惨様、もうちょっと抱いて下さいよ~』
『良いからさっさとしろ』
と、鳴女の声が聞こえた事で現実に戻された無惨は、とりあえず考えるのを止めた。焦ってもどうにもならないのだから、対策は後で立てれば良かろう。
……鳴女が無惨の何処に噛み付いたのかは、誰も知らない。秘密なのだ。
◆無惨の血液
無惨の力の源であり、本体とも呼べる代物。この血は人間にとっては猛毒なのだが、一部の適応者が鬼となり、一蓮托生の配下となる。むろん、鬼からしても摂り過ぎは毒になるのだが、鳴女は血のプール程に飲んでも平然としていられる。