「おとん、おんぶして」
「何や、×××は甘えん坊やな」
「こら、×××。お父ちゃんは仕事で疲れとるんやから、そのくらいにしとき」
「はぁ~い」
それは少しばかり幸せだった頃の記憶。まだ物心が付き始めたばかりで、父親と母親の愛を感じられていた時の事。裕福では無かったが、それでも確かな温もりがあった。
だが、それは直ぐに終わりを迎える。
「おかん、おかん、しっかりしてぇな! お、おとん、おかんが――――――」
「……さい」
「え?」
「煩い! ええから黙っとけ!」
「……っ、は、はい……」
母親が流行り病で床に臥せ、看病の甲斐無く死んでしまう。それを機に父親は娘に辛く当たるようになり、酒にも溺れ出した。
「おとん! 何で!? 何でなん!?」
「……こっちは別に構わへんけど……お前さん、絶対に地獄行きやで」
「知らん。そないな穀潰し、さっさと連れてってくれや……」
「……穀潰しはお前や! この屑親父!」
「何やとぉ!?」
「おいおい、止めろや。こいつはあくまで商品。……売り付けた後に手を出すってんなら、こっちも遠慮せぇへんぞ?」
「くっ……早く行ってくれ! もう顔も見たくない! 声も聞きとうない!」
「………………」
さらに、働きもせず賭博に嵌まり、多額の借金をこさえた末に、自分の娘を売りに出したのである。これには流石の娘も不快感を示したものの、父親は最後まで省みる事は無かった。数年後、風の噂で淀川に浮かんでいたと聞くが、既に娘は愛想を尽かしており、気にも留めなかった。
というか、娘はそれ処では無い。何故なら花街で肥え太った男たちに夜伽をしなければならないのだから。その上、政府非公認の店である為、遊女の扱いは杜撰の一言であった。
「……何や、これは……」
なので娘もあっさりと梅毒に感染し、見るも無残な幽鬼顔となった。しかも、お上の摘発が入ってしまい、店ごと潰され、ボロボロの身体のまま路頭に彷徨う事となる。
「こいつや! こいつのせいで!」
「往生せいやぁ、こん疫病神が!」
「あぐぅぅ……」
その上、“こいつがお上に店を売って毒も撒いた”という、身に覚えのない罪を咎められ、元遊女と彼女を買った男に袋叩きにされて、淀川に叩き込まれてしまう。むろん、娘が何かをした訳では無く、単に現役時代に人気だった彼女に嫉妬した元遊女が、これ幸いと逆恨みを晴らしただけだ。
こうして、一人の少女は何の望みも得られず、搾取されるだけの人生の幕を下ろす事となった……筈だったのだが、
『ふざけんなや……どいつもこいつも……皆みんな、ぶっ殺したらぁあああああっ!』
何の因果か、娘は“ナニカ”に取り憑かれ、「禰々子」として生まれ変わった。
そして、己の怒りと憎しみの思うがまま暴れ回り、周囲に甚大な被害を齎す事になる。
しかし、多くの退魔師や陰陽師の犠牲を払う事で大阪の地を追われ、逃げ延びた先の片品川でも現地の農民による策略と、とある馬鹿みたいに強い侍に殺され掛けた事により、命からがら東北の地へ逃げ込んだ。恐怖により一時的に押し込められた、どす黒い感情を抱えたまま……。
◆◆◆◆◆◆
『ふぁ~あ……』
懐かしい夢を見た気がするなぁ。人間の頃の夢なんて、何年ぶりやろ?
……ああ、ウチやよウチ。「禰々子河童」やよ~。今ではこんなのほほんとしとるけど、昔はバリバリにやくざモンやったんやで~?
ほんで、今現在はソリテールとかいう鬼みたいな奴らと一緒に暮らしとる。前は人間と暮らしとったし、別に誰と入れ替わっても、どうでもええから放置しとるんよ。それ処か、何やおもろい事を仕出かしてくれそうなんで、協力しとる訳や。
……
そんで、今日はウチの持っとる妙薬を使って、「ホムンクルス」とかいうモンを創るつもりらしいで~。ユンって子や妖精さんらもその類らしいし、どんな子が生まれるか楽しみやな~♪
――――――ポォオオオオオン!
そうこうしている内に、黄金のフラスコから新しい命が飛び出して来たわ。さてさて、生まれて最初の一言は何かな~?
『……林檎食べたい』
死神かな?
◆禰々子河童
片品川を拠点に暴れ回っていた河童の女大将。元は関西出身であり、その時は九州の河童の総大将「九千坊」と殺し合いもしていた。しかし、後に加納家の罠に掛かって生け捕りにされてしまい、悪さをしない代わりに見逃して貰ったという。
今作では片品川で加納家ではない、通りすがりの侍に殺され掛けた為、人が少なく河童の多い東北まで逃げ延びる事となる。