鬼殺のソリティア   作:ディヴァ子

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この世に旨い話なんて無い。


お手紙お受けします

 陸奥国(むつのくに)千代地方(ちよちほう)宮城郡(みやぎぐん)青葉山(あおばやま)越路山(こしじやま)の間――――――「竜ノ口渓谷(たつのくちけいこく)」。美しい深緑と川のせせらぎが壮大な絶景を生み出しているこの場所だが、同時に深さ七十メートルもある断崖絶壁でもあり、山奥な事も相俟って、わざわざ訪れる物好きは皆無であろう。それが夜ともなれば尚の事。一歩踏み外せば、文字通り奈落の底へ真っ逆様だからだ。

 

「………………」

 

 そんな人気の無い「竜ノ口渓谷」へ向かって、一人の男が歩いていた。

 

「行かなきゃ……行かなきゃ……約束したんだ……」

 

 ブツブツと呟く彼の顔は虚ろで、どんなに枝草で身体が傷付こうとも、歩みを止める事は無い。とても正気とは思えなかった。

 だが(・・)驚くのは(・・・・)これからである(・・・・・・・)

 

 

 ――――――おいで……おいで……おいで……。

 

 

 谷底から声が聞こえる。この世の物とは思えない、不気味な呼び声が。

 

「……うん、うん……今、そっちに行くよ……」

 

 声に誘われるがまま、男は歩を進める。一歩、また一歩と。奈落の闇への入り口に。

 

「ああ……ああぁ……あぁああああああああっ!」

 

 と、最後の一歩を踏み出した瞬間、男は突然正気に戻るも、既に時遅し。深い深い暗黒の淵に消えて行く。こんな夜の山奥では、彼の断末魔は誰にも聞こえない。

 

『……ぃひひひひひ、う~っひっひっひっひっひっ!』

 

 ナニカの愉しそうな声が響いた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 宮城郡、「川内(かわうち)」。青葉山の麓であり、広瀬川で蓋をされた、文字通り川の内側に広がる地域だ。度重なる氾濫にもめげず、逆に堆積した肥沃な土を使い、稲作や農耕、漁業で栄えたこの場所だが、今はある噂で持ち切りだった。

 

「また人が消えただか?」

「ああ、昨日は田吾作だ」

「おっかねぇなやぁ……」

 

 そう、川内では最近、神隠しが流行っているのである。流行っているというのも変な話だが、もっと変なのは、子供ではなく(・・・・・・)大人ばかりが(・・・・・・)姿を消して(・・・・・)いる点だろう(・・・・・・)。先日は田吾作という男が居なくなったらしい。

 

「おっとう……」

 

 村人たちが井戸端会議で盛り上がっている中、田吾作の娘は悲嘆に暮れていた。今まで神隠しに遭って、帰って来た者は居ない。生きている望みは限り無く低いだろう。

 さらに、田吾作の娘は、母親も少し前に神隠しに遭っている為、実は悲しんでいる場合では無いのだ。何せ彼女は天涯孤独であると同時に、村にとって“要らない子”になってしまったのだから。追い出されるのならまだ良い方で、最悪口減らしで殺されてしまう。

 まぁ、まだ幼い娘にとって、両親を失った悲しみ以外に脳のリソースを割きようが無いし、分かった所でどうしようもないのだが……。

 しかし、娘には一つだけ希望があった。彼女はこの時代には珍しく、文字の読み書きが出来るのである。もっと小さい頃に、偶然知り合った行商人の息子から本を貰い、それを参考書として独学で文字を覚えたのだ。

 おかげで、田舎の一人娘という身分でありながら、“依頼の木簡”を出す事が出来た。尤もそれは“神隠しに遭った母親を助けて欲しい”という内容なので、ちょっと手遅れなのだけれど。

 

「(あいつ、どうするだ?)」

「(今晩辺りに始末するべ)」

「(んだな。川に流しちまえばええ)」

 

 どうやら、娘の命は今夜限りのようである。明日の朝には川魚の餌になっているに違いない。

 そして訪れる、娘の最後の夜。

 

「おい、こっちゃ来い!」「騒ぐんでねぇど!」「轡しろ、轡!」

「んー! んーっ!」

 

 押し入った村人三人に、娘はあっさりと縛り上げられた。殺すだけなら簡単なのだろうが、その前に少し(・・・・・・)愉しもうって訳だ(・・・・・・・・)。これぞド田舎の常識である。誰も見向きもしない辺鄙な所だから、村の掟が全てのルールなのだ。

 だが(・・)運命は残酷にも(・・・・・・・)娘に味方する(・・・・・・)

 

『……あらあら、勝手に他人(ひと)の獲物を奪わないでくれる?』

「がっ!?」「べぶっ!?」「かぺっ!」

「………………!」

 

 刹那、現れたナニカが、村人たちをしめやかに捌いた。それも素手である。

 その上、三枚に卸した肉を、バリバリと食べてしまった。どう見ても人間ではない……が、澄んだ空色の髪と陶磁器を思わせる肌を血で濡らし、口元を真っ赤にしながら心臓をしゃぶる“彼女”の姿は、何処か蠱惑的な美しさがあった。

 そんな“彼女”の怪しさに娘が呑み込まれていると、“彼女”の方から「お話」を持ち掛ける。

 

『さぁさぁ、聞かせて頂戴? あなたに一体何があって、どんな想いで依頼を出したのか、ソリテールお姉さんに話してくれないかな~?』

「………………!」

 

 今宵、娘の運命は流転した……。




◆竜ノ口渓谷

 青葉山と越路山(現在の八木山)の間にある、深さ七十メートルもある谷。とんでもない断崖絶壁であり、青葉城の背後を守る砦の役目も果たしていた。今でこそ橋が架かっているものの、昔は橋など無いので本当に奈落の淵であり、整備された現在でも身投げが後を絶たない自殺の名所である。
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