鬼殺のソリティア   作:ディヴァ子

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補陀落様、お越し下さい

 鮎川の南端、「山鳥」という集落の、とある大きな屋敷にて。

 

「あんだ方が、巷で話題の「お手神様(てがみさま)」……だべか?」

 

 泰斗たち一行は、網元の如月(きさらぎ) 二月(じけつ)と接触していた。訛りがそこそこキツく、江戸から来た「極楽教」のメンバーからすれば聞き取り辛いが、これは仕方の無い事であろう。ド田舎と大都会の人間が出会えば、こんな物だ。国を跨げば、そこは異文化の言語圏である。

 

「はい。……信じるか信じないかは貴方次第ですが、世の中には人を喰らう化け物が確かに存在します。我々「極楽教」は表向きこそ単なる宗教団体ですが、その実化け物退治を生業としています。より戸口を広げた陰陽師みたいな物ですね。所属する者は、過去に何かしらの形で悪鬼羅刹に親しい人を殺された者ばかりです。奴らが「殺人鬼」なら、我々は「復讐鬼」と言った所でしょうか」

「何でそんまんま「極楽教」と名乗らずに活動してんだべ?」

「最近、我々の真似事をしている輩が見受けられるんでね。その始末も(・・・・・)兼ねている(・・・・・)んですよ(・・・・)。同じ志なら別ですが、大抵そういう奴らは金を巻き上げるだけのやくざ者ですから。外道に人道を歩む権利は無い」

「「………………」」

 

 ペラペラと嘘八百を並べる泰斗の二枚舌っぷりに、ゾリテールと大地は思わず舌を巻いた。「お手神様」もとい「万世教」の模倣犯なのは「極楽教」の方であり、そもそも信者の殆どは一般人で「鬼」や物の怪に関わる者は皆無だ。合っているのは、「極楽教」の裏の顔が化け物退治の専門家という事のみ。

 しかし、嘘は僅かな真実を織り交ぜた方が信じ込ませ易い物。元より単なる(・・・・・・)撒き餌でしかない(・・・・・・・・)依頼者に誠実(・・・・・・)である筋合いは無い(・・・・・・・・・)。「極楽教」の本命は、「万世教」との接触なのだから。

 

「それで、依頼について詳しく聞きたいのですが……」

「はい、実は――――――」

 

 そして語られる、依頼内容。それは中々に信じ難い物であった。

 

見ただけ(・・・・)で死ぬ(・・・)?」

「そう。年に一度、沖合から現れる「補陀落様(ふだらくさま)」は、見た者の命を奪い、海さ還す。すかし、最近は何でか月に数度現れるようになっちまって、いっぺい被害が出ちまってるだ」

「なるほど。年に一度なら「生け贄」や「神隠し」だと言い訳も付くが、流石に頻度が多過ぎて事件化してるって事ですか」

「……んだ。だから、あんだ方に解決して欲しいんだべ。わしらとしても、犠牲が出る事自体に納得はしてねぇんだ」

「そうですか……」

 

 「補陀落様」とは、「補陀落渡海(ふだらくとかい)」の事だろう。

 仏教において、遥か南海の果てには観音菩薩の住む「補陀落山(ふだらくせん)」という聖域があり、「補陀洛渡海」はそこへの往生を目的として行われる船出である。主に紀伊半島や土佐国など南寄りの沿岸地域で盛んだったが、その他の地域でも太平洋に隣接していれば行われていた。

 だが、“神の国へ渡る”という教義を掲げている以上、命懸けで行うべきとされており、僧侶の乗り込む渡海船には窓も扉も無く、入ったと同時に外から釘打ちされ、潮に流されるままになる為、実態は生きて還れぬ死出の旅であった。時と場合によっては、浮かべると同時に船体へ穴を開けて沈めたり、縛り上げた上で重石を付け入水させるなど、船出さえする事無く、実質的に殺人行為となる例もあった。故に時代を下る毎に廃れて行き、今では精々豪華な「水葬」ぐらいの意味合いとなっている。

 しかし、過去の事実は消える事は無く、孤独と飢餓の果てに難破して海の藻屑と化した者たちの怨念は今でも海上を彷徨っていて、同じ苦しみを味わわせようとする悪霊と化している。言うなれば、「船幽霊」の上位互換だ。不慮の事故では無く、最初から死ぬ為に送り出されるのだから、その恨みつらみは想像に難くない。しかも、慣例化していた時期には強制的に行われていた為、怨念はより深かろう。極楽浄土を物理的に求めた結果、自分も他人も地獄に堕とす魔物と化すとは、皮肉な話である。

 そんな叶わぬ怨念成就に臨む悪霊と共にあった、東北の因習村。それが山鳥(ここ)の正体だ。被害者である事に間違いない。

 

「(それが一方的な(・・・・・・・)関係だったら(・・・・・・)の話だがな(・・・・・)……)」

 

 泰斗は心中で吐き捨てつつ、立ち上がった。

 

「――――――分かりました。では、目撃者……は生きていないでしょうから、言い伝えられている場所へ案内願いますよ」

「分かっただ。……おい三月(みつき)、客人を案内して差し上げろ」「分かりました。どうぞ、こちらへ……」

 

 さらに、網元の娘――――――如月(きさらぎ) 三月(みつき)が水先案内人として同行する。

 

「……綺麗な村ですね」

 

 外に出た大地が、ポツリと呟く。周囲を緑溢るる山々に囲われ、何処までも続く大海を望み、磯の香りが潮風となって吹き抜ける、閑静な集落。塩害対策なのか、貝殻の混じった塗料が塗られた白っぽい家々が建ち並ぶ。掘っ立て小屋や荒ら家が乱立しがちなド田舎で、基礎も塗装もしっかりしている民家が多いのは珍しい。

 

ええ(・・)綺麗過ぎますわ(・・・・・・・)あまりにも(・・・・・)

 

 と、大地の独り言にゾリテールが、やや棘のある口調で答えた。

 

「どういう事ですか?」

そのまんまの(・・・・・)意味ですよ(・・・・・)幾ら漁獲量が(・・・・・)多いとは言え(・・・・・・)金回りが良過ぎる(・・・・・・・・)

「………………」

 

 つまり、この景観は綺麗な金だけで成り立っている訳では無い、という事である。そんな物、都会だろうと田舎だろうと変わらないと言われればそれまでだが、流石に普通はここまであからさまでは無かろう。

 ようするに(・・・・・)そういう事だ(・・・・・・)

 

「……こちらになります」

 

 やがて、山鳥の端の端にある、大きく突き出た岬に辿り着く。「黒崎」とも呼ばれるここは、金華山への船渡しに用いられる場所だが、同時に死出の船旅の出発点とするのにも丁度良い。ここで一体何人の僧侶が殺され、幾人の漁師や旅人が引きずり込まれたのだろうか。最早それを知る術は無い。

 

「(流石に昼間は(・・・・・・)動かないか(・・・・・)……)」

 

 岬の様子を探りつつ、泰斗は三月を見遣る。妙に白っぽい肌(・・・・・・・)には生気が無く(・・・・・・・)瞳は灰色に(・・・・・)濁っていた(・・・・・)。フラフラとした足取りも相俟って、まるで死人である。

 

「特に異常は見当たりませんね。物の怪と言えば黄昏時からが本番ですし、日が沈んでから改めて調査しましょう。……回数も必要ですし、何処か泊まれる場所はありませんか?」

「ええ、それでは我が家にお泊まり下さい。村では一番の屋敷ですから……」

 

 再び覚束ない足取りで集落へ引き返す三月。その後を、泰斗たちが追う。

 

「(どっちが(・・・・)補陀落様やら(・・・・・・)……)」

 

 日没まで、後僅か。




◆補陀落信仰

 観音菩薩が住まう南海の聖域「補陀落山(ふだらくせん)」を目指して船出する、仏教の信仰。主に太平洋に面する熊野や土佐で盛んだったが、当然他の地域でも細々と行われていた。
 しかし、その実態は生きて還れぬ「死出の旅」であり、僧侶の乗る渡海船には窓も扉も無く、乗ったと同時に外から釘を打たれ、舵も何も無い状態で海へ流される為、殆どの者は飢餓か難破で海の藻屑となった。時には簡略化の為か、船底に穴を開けられていたり、最悪船にすら乗せず重石を付け縛り上げて海へ投げ込むという、最早魔女裁判染みた殺り方で葬られる事さえあった。しかも、全盛期は半ば強制であった事もあり、実質「船幽霊」の上位互換の悪霊たちが日本各地で量産される事となる。
 今も飢えと苦しみを生者に擦り付けようと彷徨う様は、極楽浄土へ至るには程遠い……。
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