「山鳥」の如月邸、奥の客間。庶民とは思えない全床畳敷の部屋であり、三人寝てもスペースが余るくらいには広い。箪笥には良い桐が使われ、間仕切りには襖が使われている。行燈の仄かな灯りが目に優しい。
「お前ら、「
ふと、
「いえ、聞いた事は……」「それも妖怪なんですの?」
だが、
「……まぁ、ご当地妖怪みたいな物だからな。聞いた事が無いのも当然か」
「ご当地? 何処のです?」
「伊豆諸島だよ。俺の婆ちゃんがそっちの生まれらしくてな。昔、聞かせてくれたんだよ」
「「………………」」
「昔々、「
そして、滔々と語り出す泰斗。祖父を糞爺と吐き捨てる彼から、まさか“お婆ちゃんの昔話”が聞けるとは、夢にも思わなかった。じっくりと聞かせて貰おう。
「忠松は島に圧政を敷き、島民を苦しめ、恨まれていました。その為、島民たちは二十五人の若い衆を実行役として暗殺する事を企てました。
そして、来たる一月二十四日、嵐の兆候を見て取った若い衆は、忠松の島巡りの護衛と案内を兼ねて船を出します。
案の定、海は大いに荒れ、この船出が罠だと気付いた時には、忠松は海の藻屑と消えていました。そう、若い衆は見事謀反をやってのけたのです。
しかし、島民たちは本土の追及を恐れ、若い衆に全ての罪を被って貰う為、遣り遂げて帰還しようとする彼らを海へと追い立ててしまいました。当然、若い衆は無念の内に海の底へ消えて行きます。
これで島民たちの思惑通り、仮初の平和が訪れる事になる……なんて上手い話がある筈も無く、騙された忠松と裏切られた若い衆の怨念が深い深い海の底で一つとなり、恐ろしい怨霊となって還って決ました。
それ以来、“彼ら”は毎年の命日になると盥に乗って櫂を漕ぎ、怨念を振り撒きながら島を巡ります。その恨みに触れた者は魂が腐り、見ただけで命を奪われてしまう。その悍ましい姿と力を恐れた島民たちは、彼らを「
……はい、お終い」
「「………………」」
ほっこりするかと思いきや、予想の斜め上過ぎる恐ろしい怪談であった。
しかし、泰斗が何を言いたいのか、何となく分かる。
「……似てますね、「
「出自はともかく、“見ただけ死ぬ呪いを振り撒く海からの来訪神”という意味では、同じような物ですね。同族なんでしょうか?」
「さぁね。一つだけ言える事は、対策も無しに挑んだ所で、木乃伊取りが木乃伊になるだけってこった」
「……対策は?」
「一先ず能力の適用範囲を予想しようか」
そう言って、泰斗は目を瞑る。
「当然、目を瞑れば見た内に入らない」
「そうでしょうね。しかし、“盥に乗って現れる”という姿を伝承に残すには、少なからず目撃しなければならない筈です」
「遠目に眺める分には効果が無いんですかね?」
「どうだか。別の伝承では“見た者は家の玄関を跨ぐと死ぬ”とも言われている。距離で効果の強弱はあるのかもしれないが、呪いその物から逃れる術は無いのかもな」
「じゃあ、どうするんですか?」
その場で死のうが家で死のうが、殺されてしまっては意味が無かろう。
「――――――この手の即死能力持ちは直視したら終わりだが、鏡や水面を介した場合は効かない事が多い。ギリシアの「メデューサ」なんかが有名だな」
「「メデューサ」って何ですか?」
「お前、少しは勉強しておけよ……。ともかく、そういう歴史的な事実があるの!」
大地の呑気な反応に、泰斗は溜め息を吐いた。
「私たちに「ペルセウス」になれとでも?」
すると、ゾリテールが洒落た答えを返す。こっちはそこそこ教養があるらしい。つまり、“鏡像を捉えつつ戦うのか”と聞いているのである。
「……いや、もっとお手軽な方法があるよ。こんな事もあろうかと、ちょっとした物を持って来てるんだ」
泰斗はニヤリと笑いつつ、手荷物からゴソゴソとある物を取り出し、“それ”をゾリテールたちに渡す。
「大丈夫ですかね、これ?」
「文句があるなら代案を出しな。……それじゃあ、お休みなさい、お嬢さん方」
さらに、
「ゾリテールさんは、どう思います?」
「ご主人様が言うのなら間違いないですわ。盲信では無く、実績に基づいてね……」
大地は少し不安そうだったが、ゾリテールは安心し切ったように床に就いた。
「………………」
そして、大地も特にする事が無いので、渋々と布団を被る。小山のように大きく膨らんだ、自分のお腹を摩りながら。
――――――大地……大地……僕です……
声が、聞こえた。
◆海難法師
伊豆諸島に伝わる、海から現れる悪霊。その姿を見た者は即死し、遠目に眺めた者でさえ、家に逃げ帰る頃には死んでしまうと言われている。
元は「豊島 忠松」という悪代官であり、彼を恨んだ島民たちに謀殺され、その実行犯役となった若者二十五人も口封じに殺された。その怨念は深い海の底で一つとなり、恐ろしい怨霊となって還って来た。