真夜中。
「……んむぅ……」
と、ゾリテールが目を覚ました。急に催してきたからだ。きっと夕食のせいだろう。
「大地も居ないですわ……」
隣を見れば、大地も居ない。彼女も厠に行ったのか……?
ともかく、このまま我慢するのは得策では無い。女は男よりも尿道が短い分、溜め込むのが難しいのだから。
「そ~っと」
「便所か?」
「わひっ!?」
泰斗を起こさないように歩いたつもりだったが、普通に気付かれた。彼は何時でも気を張っている。否、誰一人として信用していない、と言い換えても良いだろう。だからこそ、こうして傍を通るだけで直ぐ様目を覚ます。
「ま、まぁ、その……お花を摘みに……」
「デカい方か?」
「デレカシー! ……小さい方だから、直ぐ戻りますわ」
「そうして欲しいな」
「んもぅ……」
あまりにもデレカシーの無い泰斗の発言に辟易しつつ、ゾリテールは厠へ向かう。襖をそろそろと開けた先は真っ暗闇。屋敷の構造上廊下は無い為、一定の暗黒空間を手探りで進み、次の襖に手を掛けたら新たな闇路へ足を踏み入れるという、実に嫌な道程である。一歩足を出す度に畳がシリシリと音を鳴らし、独特な淀んだ空気が頬を撫ぜる。外は凪いでいるのか、隙間から入る月明りが、飾られた市松人形やこけしをぼんやりと照らし出す。普通に怖い。何で日本の人形と言うのは、ここまで不気味なのか……。
『うふふふ……』
「――――――っ!」
頭上から懐かしい声が聞こえてきた。驚いて振り向くと、目の前に逆さまのソリテールの顔があった。何でわざわざホラーな演出をした?
「お、お久し振りです、ソリティア様」
『あらあら、今は二人切りなんだから、ソリテールと呼んでも良いのよ?』
「は、はい、ソリテール様」
とにもかくにも、会話をせねば。ソリティア教で泣き別れて以来なのだ。少しでも話がしたい。例えそれが一方的な「お話」なのだとしても。
『……こうして会うのは、島原以来かしらねぇ。元気だったかしら?』
すると、ソリテールがクルリと身を翻し、ゾリテールの前に着地した。こうして並んでみると、結構身長差がある。大きいのはゾリテールの方で、頭一個分ソリテールが見上げる形である。立場は真逆だけれども。
「はい、ご主じ……泰斗様のおかげで」
なので、ゾリテールは膝を着いて目線を合わせ、ソリテールと見つめ合う。相変わらず可愛らしくも悍ましい。これで彼女を人間なのかと聞かれれば、笑えない冗談だと苦笑いする事であろう。
『うふふ、あなたは相変わらずみたいねぇ。それとも、今からでも
「………………!」
「……それはまた今度、という事で」
『あらそう』
「
『二日前からよ。
『何処まで掴んでいるのかしら?』
「いえ、まだそこまでの事は……」
『あらあら、そうなの。
「
『……良いわねぇ。
「
『
「
既に捕捉されているのか。ならば、誰が何処で誰に?
いや、それこそ考える必要は無かろう。
「では、逆に問います。……
『さぁ?
「………………!」
「(間違えるな……ここで失敗したら、私たちは生きて還れない……!)」
だからこそ、ゾリテールは立ち上がる。
「では、大地はお任せしますわ」
『あら、手伝ってくれないの?』
「それは泰斗様に任せます。
『
「はい。ソリテール様にしか頼めない事です」
そう、今こそソリテールを見返す時。人間は唯食われるだけの存在ではない。どんな生き物よりも卑怯で賢しく、邪悪な意思を持った者だと教えてやる。
ゾリテールは覚悟を決め、己のお腹を摩った。
「――――――
◆神の子
それは「メシア」であり「キリスト」であり「マフディー」である。それは最早人で無く、魔で無く、昼で無く、夜でも無い。