『クァワワワワワワッ!』
お化け蛤が甲高い叫びを上げながら、蜘蛛のように腕足を動かして迫り来る。やはり死体は死体なのか、一歩毎に腐汁を撒き散らし、吐き気を催す邪悪な臭いを放出している。
『ソリテール様と同じ匂い』
常人であればとっくにショック症状を起こすレベルであるが、常日頃から死臭を漂わせる上司が居るので、リーニエは全く気にしていなかった。
『汚物は消毒だー』
とは言え、不快な汚物である事に変わりは無い。リーニエは翼を展開して飛翔し、上空から火炎放射をお見舞いする。
――――――ドワォッ!
『わきゃーっ!?』
しかし、炎がお化け蛤へ到達する前に虚空で爆発、逆にリーニエを爆風で吹き飛ばして、地面に叩きつけた。一体何が起こったのか?
『……こいつ、腐敗ガスを利用して!』
そう、単純なガス爆発だ。お化け蛤の腕足は無数の水死体で構成されている。その腐り切った肉汁から発生するメタンガスは高濃度であり、マッチ一本程度でも大爆発を起こすだろう。それが爆炎ともなれば、尚更である。
さらに、お化け蛤は体内で複数種のガスを生成しており、それらを化学合成する事で様々な効能の毒ガスを噴出する能力がある。魔力を含むエネルギーの流れを視覚化出来るリーニエの目は、お化け蛤の特性をバッチリと見抜いていた。おかげで知らなくても良い、“やっぱりこいつも自分と相性が悪い”という事実まで見えてしまうのだが。これで火炎放射が双方向に通じれば良いのだけれど、残念ながらお化け蛤本体の体表は衝撃に強いようで、ガス爆発に晒されるくらいではビクともしない。
『……いや、分かっていればやりようはある』
だが、何時までも不憫なまま終わるリーニエでは無かった。追撃が来る前に再度上昇、さっきよりも遥かな高みから、蒼い炎を噴出して、岬そのものを焼き焦がす。幾ら数え切れないくらいの水死体を抱えていると言っても、無尽蔵では無いのだから、
『カァクワァアアッ! コヴァアアアッ!』
しかし、死体の羽衣を剥ぎ取っても、お化け蛤は元気だった。水死体の皮の下には、きちんと“芯”があったようで、貝殻がビッシリと生えた“腕”がある。手は五本の指が放射状に生え揃っており、鱗状の貝殻も相俟って、「深きもの」感に溢れていた。
『カカァアアアアッ!』
『嘘っ!? ……ぐっ!』
その上、身軽になったおかげか、巨体に見合わぬ跳躍力でリーニエの上を取り、地表へと墜落させる。熱々の岩がリーニエの柔肌を赤くしたが、そんな事を気にしている場合では無かった。怒れるお化け蛤が猛攻を仕掛けて来たからだ。先ずは巨体を活かしたプレス、それが躱されると、今度は腕足を変形・連結させる事で牛車を思わせる形態となり、リーニエを轢殺して粗挽き肉団子にしようと突進する。
『――――――面倒臭いなぁ!』
すると、リーニエは手から高熱を放って、足元の岩を瞬時に融解、マグマの坩堝に変えた上で、そこへ潜行。地面を耕すように突き進むお化け蛤の下を取って、直後に急浮上して貝殻をアッパーカットして引っ繰り返す。
『デカブツの貝なんて、顎の下が弱点なのは丸分か――――――』
『シャアアアアアッ!』
『りぃぃぃぃにぇっ!?』
だが、リーニエが仰天したお化け蛤の下顎(殻?)にもう一発入れようとした瞬間、殻が左右に展開し、舌足を槍の如く伸ばして、彼女を串刺しにする。
どう見ても二枚貝としか思えないお化け蛤は、その実「シャミセンガイ」の化け物であり、身体の構造が貝類とは全然違う。蛤の如く広い殻は、二体の巨大なシャミセンガイが連結した状態なので、上下左右の四方に展開出来るのである。
『カォォォォォ……!』
そして、リーニエをぶん投げると、お化け蛤は臭気を利用した実体のある蜃気楼を形成、無数の海難法師を生み出して、彼女に壮絶なリンチをかましつつ、自身も轢き殺しに掛かる。
――――――パキパキパキッ……!
『クァガァッ!?』
しかし、あと一歩と言う所で横槍が入る。
――――――ドギャヴォゥッ!
その隙に、リーニエも復活。体内で熱エネルギーを暴走・炸裂させる事で衝撃波を生み出し、自身に纏わり付いていた蜃気楼の海難法師を粉砕した。
――――――ゴヴォオオオオオオオオオオオッ!
さらに、凍ってしまって動けないお化け蛤に、蒼い炎を浴びせて爆散させる。流石に極低温からの超高温というデスコンボには敵わなかったようだ。
こうして、村を餌場としていた深海の悪魔は払われた訳だが……話はここで終わらない。
「……さぁて、邪魔者も居なくなった事だし、「お話」しようか、
次なる悪魔が、牙を剥く。
◆シャミセンガイ
見た目は二枚貝だが、実は全然違う軟体動物。「ヒル」と「コウガイビル」くらい違う。古代より生存している種族であり、時代に合わせて進化しながら現代まで生き延びて来た。
ちなみに、二枚貝は身体の左右に貝殻が配置されているが、シャミセンガイは背中と腹に付いている。