夜雨に濡れた、黒い森。靄の掛かった足元は苔生していて、一歩踏み出すだけでも注意が要る。今はまだ雨足が強くないので歩けるが、降り続ければ何れ小川となるだろう。
「(ここ、本当に縄張りだったのか?)」
「(政宗様、これは……)」
小十郎もそれは感じていたようで、こっそりと耳打ちしてきた。その表情には既に哀れみは無く、警戒心で一色に染まっている。
「(ああ、
ようするに、
『……わしはなぁ、親の事が嫌いだったんじゃよ』
すると、政宗たちの殺気を感じ取ったのか、狐娘が急に足を止め、背を向けたまま語り出した。むろん、表情は見えないが、何となく笑っている気がする。
「どうして?」
『だってそうじゃろ? 自分たちが愛し合ってるからって、周囲の反対を押し切って禁忌を犯したんじゃぞ? 結果は火を見るよりも明らかなのにの。なのに、差別を受けた被害者面しやがる。巻き込まれたこっちはいい迷惑じゃ。そもそも、愛し合っていたのは二人だけで、わしの事は装飾品ぐらいにしか感じていなかったと思うぞ』
「………………」
「愛」と「恋」は別物だ。愛は良くも悪くも深まるが、恋は燃えて燃えて燃え尽きてしまう。しかも、盲目的に突き進む為、周囲を巻き込んで炎上する。道連れにされた方は堪った物ではない。
きっと、狐娘の両親は恋を愛に昇華出来ないまま、逝ってしまったのであろう。自分たちが子持ちだというのに、正義感だけで村人に反対した事からも明らかである。そんな事をすれば、家族がどんな目に遭うのか分かり切っているいる筈なのに。
「
だからどうした、という話だが。今更そんな事を言って何になる?
『
「「………………!」」
その顔は、見るも無残な物だった。皮も肉も無く、骨が剥き出しになっており、眼孔や口の中から、涙か涎が如く無数の寄生虫が垂れ流しになっている。その変化は胸と言わず腹と言わず四肢と言わず、全身に及んだ末に、獣人染みた骸と服だけを残し、狐娘は溶けて消えた。
しかし、今は狐娘の行く末など気にしている場合では無い。何せ彼女から溢れ出た寄生虫たちが、洪水が如く大地を這って襲い掛かって来たからだ。政宗と小十郎は瞬時に地を蹴り、近くの幹を駆け上って、枝伝いに距離を取った。
――――――バキバキバキ、バリバリバリバリッ!
と、政宗たちが直前まで居た樹木が寄生虫に覆い尽くされたかと思えば、それが音を立ててバラバラになり、幾体もの骸骨となって動き出す。樹木に見えたそれは、無数の骨が粘液で凝り固まり、苔で覆われただけの張りぼてだったのである。
しかも、その変化は周囲の樹に次々と伝播して行き、どんどん骸となっていく。
『………………』
その中心には、狐娘をそのまま成長させたかのような、巫女装束の女狐が立っている。まるで彼女が全ての指揮官であるかのようだ。
『……そう言えば、まだ名乗っておらんかったのう』
そして、女狐は聞いてもいないのに、嬉々として自ら名乗りを上げた。同時に骸骨たちが鐘を鳴らしたかのような声を響かせる。
『我が名は「
◆滝夜叉姫
かの有名な
壇ノ浦の合戦で平家が一族郎党滅ぼされた恨みを晴らす為、唯一生き残った「五月姫(本名)」は貴船明神の荒御魂と契約を結び、妖術を会得すると同時に「滝夜叉姫」を名乗り、無数の骸骨と「餓者髑髏」の混成軍を率いて、下総国へ舞い戻る形で大攻勢を仕掛けたが、相馬の内裏にて討ち死にしたという。