モンスターバース:キングギドラの逆襲 作:よよよーよ・だーだだ
地の底に、空があった。
重力の反転した蒼穹を、逆さまの雲が流れていく。モナーク第七前線基地《イルカロス》は、ホロウアース中央海溝の断崖に張り付くように建造されていた。高さ三百メートルの観測塔から見下ろせば、古代シダ植物の森が水平線の向こうまで続き、そのさらに向こうには、重力場の揺らぎで霞んだもう一つの大地が、天井のように浮かんでいる。
その森が、燃えていた。
「──ナパーム弾!南東森林帯、着弾距離二キロ!」
観測塔の管制室で、若いオペレーターが叫んだ。モニターに映る光点は十を越え、なお増え続けている。空気の層を貫いて落下してきた発光体が、湿った原生林に落ちるたび、直径百メートルの火の玉が膨らむ。ホロウアース特有の濃密な酸素が、炎を通常の倍の速度で育てていた。
「発射源、上空四千!個体識別──該当なし!」
レーダースクリーンの中心に、蠢く巨体がある。全長八十メートル。頭部から生えた二本の角が、稲光を帯びて明滅している。昆虫じみた外骨格の下から、黒く湿った口器が開き、また発光体を吐き出す。そして、両腕。腕の先端から先が、高速で回転する螺旋状の構造体になっている。
ドリル。
「メガロ……としか呼びようがないな」
基地司令が呟いた。モナーク内部で、未確認タイタンには仮称が与えられる。口伝の神話、古代文書、時には目撃者の見た夢から。今回の命名は、観測班の古参研究員が半笑いで提案したものだった。「東映の古い映画に、こんなやつがいてね」と。
メガロの角から、稲妻が走った。
それは気象現象としての稲妻ではなかった。大気の放電ではなく、角そのものから射出された指向性のエネルギービーム。青白い光条が森林を薙ぎ、樹齢千年を越えるシダの大木を一瞬で炭化させる。その直後、口から次のナパーム弾。そしてドリル腕で大地を抉り、地下のモナーク中継拠点を掘り返す。
三つの飛び道具と、一つの掘削機構。
「……生き物が、こんなに武器を持つのか」
司令の声は、恐怖よりも困惑に近かった。生物学の常識では、飛び道具を持つ生物は、それ一つで十分に強い。複数持つことは、進化上のコストに見合わない。この怪獣は、その原則を三重に踏み越えている。
「司令、ガルーダ、発艦します」
管制席の通信パネルに、白く濁った音声が割り込んだ。通信回線の向こうで、何か軽快な音楽が鳴っている。
> *Get me power, I've got the fire*
> *Get me power, burning desire*
「……新城少佐、また音楽を流しているのか」
「規則違反、重々承知」
通信越しに、中年男の声が返ってきた。朴訥で、どこか乾いた声質。規則を破る気概というよりは、単にそうしなければ自分の反射神経が鈍るのだと、淡々と受け入れている響きがあった。
「作戦行動時の音響機器使用は──」
「撃墜後にいくらでも叱ってください。今は時間がない」
通信が切れる前に、司令は深いため息をついた。横の副官が小声で言う。「黙認ですか」「黙認だ。あの男は、ユーロビートを流している時の方が生存率が高い」
対タイタン巨大攻撃機《ガルーダ》。全長四十メートル。メカゴジラ計画の副産物として開発された、単機での対タイタン航空戦闘を想定した試験機。その機種は、地熱発電設備に偽装された格納庫から射出された。
コクピットの中で、新城浩二は機体外部のスピーカーではなく、自分の耳元に装着したオーディオシステムから流れるユーロビートを聴いていた。身長百七十センチ、年齢六十二歳。白髪交じりの短髪、そして目尻に深い皺。表情は、これから百メートル級の怪獣と戦う人間のものには見えない。道場の稽古に向かう師範代のように、静かで、わずかに億劫そうだった。
メガロとの距離、二千メートル。
「見えた」
新城は呟き、スロットルを倒した。ガルーダが音速の壁を貫き、衝撃波が森林を揺らす。メガロがこちらに気づき、角を向けた。稲妻ビームの前兆──青白い光が角の根元に灯る。
> *I've got the power, never gonna lose control*
照射の瞬間、ガルーダは既にそこにいなかった。新城は音楽のビートに合わせて機体をロールさせ、ビームの軌道を頭上に逃した。光条は彼の背後の雲を貫いて消える。続く第二射、第三射。全て、新城は紙一重で避けた。避けるというよりも、**ビームが来る場所から、先にどいている**というべき機動だった。
コクピットの計器類は、パイロットの心拍数を記録している。平常時、七十二。戦闘時、一般的なパイロットは百四十から百六十。
新城浩二、戦闘中──七十八。
「次、ナパーム。三発同時」
「どうしてわかる」
通信に割り込んできたのは、輸送機《しらさぎ》を操る部下、結城の声だった。新城の後方五キロから追随する、全長六十メートルの大型輸送機。
「口の奥が光った」
「見えません、そんなの」
「俺には見える」
新城は言い切った。三発のナパーム弾が、ほぼ同時に射出される。ガルーダは垂直上昇。火の玉が眼下を流れ、森を焼く。
「結城、援護」
「了解」
しらさぎの機首下部が開き、対タイタン用大型ミサイルが連射される。メガロの側面に着弾、外骨格が砕ける。怪獣が咆哮を上げて身をよじった隙に、ガルーダが急降下した。新城はスロットルを最大にし、機首のメーサー砲に全エネルギーを集中させる。
> *Get me power*
音楽のサビと、メーサー砲の発射タイミングが一致した。
青い光条がメガロの眉間を貫き、頭部の角を一本、根元から吹き飛ばした。怪獣が絶叫する。稲妻を吐く機関を失ったメガロは、ドリル腕を振り回して最後の抵抗を試みるが、しらさぎから放たれた拘束ワイヤーが両腕を絡め取った。
新城は機体を反転させ、メガロの真上に位置取った。
「結城」
「はい」
「ありがとう」
「……珍しいですね。戦闘中に礼なんて」
「遺言になるかもしれないから、言える時に言っておく」
冗談か本気か分からない声音のまま、新城は最後のメーサー砲を、露出したメガロの脳天に撃ち込んだ。
怪獣は、静かに崩れ落ちた。
数時間後。基地医療区画の片隅で、新城は資料端末を覗き込んでいた。横には結城。三十代前半、痩せ型、どこか頼りなげな眉。
画面には、メガロの組織サンプル解析結果が映し出されている。
「……ギドラ、因子」
結城が読み上げた声に、困惑が混じっていた。
「2019年、ボストンで倒された個体の遺伝子と、部分的に一致。偶然の相同ではない、と解析班は言っています」
新城は黙って端末を閉じた。窓の外、ホロウアースの逆さまの空に、焼け焦げた森の煙が昇っていく。
「新城さん」
「ん」
「メガロを倒したのは、良かったんですよね」
「良かった」
即答した後、新城は少し間を置いた。
「良かったが──力業にも、踏み越えちゃならん一線はある」
結城は師範の横顔を見た。戦闘中と変わらない、静かで、わずかに億劫そうな表情。
「今回、その一線は越えていませんか」
「まだ、越えてない」
新城は立ち上がり、作業服の肩を軽く叩いた。
「だが、これから先は分からん。覚えておけ」