モンスターバース:キングギドラの逆襲   作:よよよーよ・だーだだ

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2、機龍街

 香港国際空港、第一ターミナル。到着ロビーのコンビニエンスストアで、マディソン・ラッセルは籠いっぱいのチョコレート菓子をレジに積み上げていた。

 

「これ全部と、あと奥の棚のポッキー、味違いで全種類」

 

 店員が籠の中身を見て、一瞬動きを止めた。抹茶、いちご、チョコ、バナナ、ミックスベリー、季節限定の桜。二十代半ばの女性客が、マディソンの買い物を珍しそうに見ている。少女は頓着せず、黒いキャップの庇の下から、さらに棚の奥を指差した。

 

「あと、あのプリッツも。チーズとソルティバターだけ」

 

 二十一歳の彼女は、背中にカメラリグを載せたバックパックを背負っている。胸元には、小さなピンマイク。右手のスマートフォンは自撮り棒に固定され、既に配信が回っていた。

 

「──てわけで、みんな見てる?香港着いたよ」

 

 カメラに向かって、マディソンは屈託なく笑った。髪は短く切り揃えられ、金髪のプリン状態に一度染め戻した地毛が混じっている。目元のメイクは濃い。

 

「初めて見た人のために説明すると、私はマディソン・ラッセル。二十一歳。二〇一九年の『ボストン事件』の当事者で、今はフリーランスの調査ジャーナリストやってます。でも大手メディアは私を絶対にスタジオに呼ばない。なんでだろうね~?」

 

 わざとらしく首を傾げる。画面下部の投げ銭メーターが、一秒ごとに跳ね上がっている。五千ドル、八千ドル、一万二千ドル。

 

> tanaka\_kaijuu: マディちゃん気をつけて! ¥5,000

> TRUTH\_SEEKER\_88: EXPOSE THEM ALL $50

> オカルト探偵社: 香港は今ヤバいって聞きました ¥3,000

 

「ありがとーみんな。今日は特別な取材で香港に来てます。行き先は、みんな知ってる通り──」

 

 マディソンはレジに三百ドル分のクレジットカードを差し出しながら、カメラに顔を寄せた。

 

「機龍街」

 

 

 

 香港、九龍城寨跡地、東側区画。

 かつてそこは、九龍城の再開発後に建てられた低層集合住宅の連なりだった。裏通りには古い茶餐廳と、看板の傾いた薬局と、昼間から麻雀牌の音が漏れる娯楽場が並んでいた。三世代が同じ棟に住み、階段の踊り場で干物を干し、夏の夕方になると子供たちが非常階段を滑り台代わりにして遊んでいた──数年前までは。

 

 今は、鉄条網の柵が街区を囲んでいる。

 

 柵の外側には英語と中国語で大書された看板。

 

MONARCH OPERATIONS ZONE 7-B

監察組織モナーク 第七管区B地区

立入禁止 / NO ENTRY

 

 街路樹は切り倒され、集合住宅の外壁には番号が振られ、一階部分にはモナーク技術部の機材搬入口が増設されていた。かつての住民たちは、「タイタン被害地区再編成計画」という名目で、新界の仮設集合住宅に移住させられた。補償金は支払われた。だが、三代続いた店は消え、六十年住んだ部屋は消え、隣人同士の関係も消えた。

 

 街区の中央、広場だった場所に、巨大な金属塊が横たわっている。

 全長百二十メートル。銀色の装甲は各所が融解し、胸部には巨大な穴が穿たれている。片腕が根元から千切れ、もう一方の腕は地面に食い込んだまま硬直していた。

 

 メカゴジラ。

 

 二〇二四年、香港・上空にてゴジラ、コングの二体によって撃破された人類製の対タイタン兵器。その残骸が、撃墜地点から半年かけて、ここ機龍街まで運ばれてきた。完全な解体は、この街区で進められている。

 

 

 

「フォード、こっちの外装パネル、まだ取り外せる?」

 

 作業員の声に、四十半ばの男が顔を上げた。フォード・ブロディ。薄くなった金髪、無精髭、肩の落ちた作業服。目の下に深い隈。

 

「やれる。工具、持ってくる」

 

 ぼそりと答えて、彼は足場を登り始めた。メカゴジラの胸部装甲の裂け目に、彼の身体がすっぽり収まる。内部の金属臭は、半年経ってもまだ消えない。焼け焦げた合金と、何かよく分からない有機物が混ざった臭い。

 フォード・ブロディ。二〇一四年、サンフランシスコ上陸のMUTO事件に海軍軍人として参加した生存者。現在はモナーク技術部契約職員。肩書きは「特殊機材解体作業員」。

 彼が契約書にサインした時、人事担当は言った。「あなたと、あなたのご家族は、今後モナークの情報管理下に置かれます。これは機密保持のための措置です。生涯にわたって有効です」と。

 

 それから十二年。妻エル、息子サム──当時五歳、現在十七歳──は、モナーク管理の集合住宅に住み、モナーク支給のIC定期券で指定の店舗でのみ買い物をし、指定の病院に通い、サムは指定の学校に通った。友人関係、交友履歴、すべてが記録された。家族旅行は二回、いずれも行き先はモナークが指定した施設。

 「家族団欒」という言葉の意味を、フォード・ブロディは思い出せなくなっていた。

 

「ブロディさん、休憩十五分」

 

 監督官の声に、彼は機械的に頷いた。裂け目から這い出て、階下の休憩区画に向かう。コーヒーの自販機の前で、紙コップを受け取った時──

 柵の外、北側の歩道で、何かが騒がしかった。

 

 

 

「見てみんな!これが現場!」

 

 マディソンは柵越しにカメラを向けた。スマートフォンが金網を映し、奥のメカゴジラ残骸を捉える。警備員が近づいてきて、撮影を止めるよう手で合図するが、彼女は無視した。

 

「この街がね、半年前までどんな場所だったか、みんな知ってる?普通の下町だったの。家族がいて、生活があった。それがある日突然、『タイタン被害地区再編成計画』の名の下に、全員追い出された。補償金は出たよ、もちろん。でもね──」

 

 カメラを自分に向け直す。

 

「その補償金で、同じ街に戻ってこられた人は一人もいない。モナークは買い取った土地を民間に再売却する予定。ここはもう、普通の人が住む街じゃなくなる。現地の人たちは、この街を何て呼んでるか知ってる?」

 

 一拍、溜める。

 

「機龍街。メカゴジラシティ。怪獣映画のセットになった、人間の街」

 

 投げ銭がまた跳ね上がる。

 

> FreedomFighter1776: KEEP EXPOSING $100

> 香港加油: 我們不會忘記 HK$500

> マディ推し: 涙出てきた ¥10,000

 

「モナークはね、表向きは人類を怪獣から守る国際組織。でも実態は、タイタン事件が起こるたびに被災地を買い叩いて、技術と土地を私物化する巨大利権組織。私はそれをずっと追ってる。なぜなら──」

 

声のトーンが、わずかに落ちた。

 

「二〇一九年のボストンで、私の母は、キングギドラに殺された。あの夜、ボストンは三つ首の怪物に蹂躙された。でも私が許せないのはね、ギドラじゃないの。あの夜、モナークは私たち一般市民を避難させるより先に、自分たちの観測機材を守った。それで、母は助からなかった」

 

 マディソンは柵に手をかけた。カメラが彼女の横顔を下から捉える。逆光の中、頬の線が緊張している。

 

「私はね、ただ真実を知りたいの。母と弟の死が、避けられるものだったのか。そうじゃなかったのか。ただそれだけ。でもモナークは何も答えない。何も開示しない。だから私が、ここまで来た」

 

 

 

 柵の内側、フォード・ブロディはコーヒーを手にしたまま、その光景を見つめていた。

 彼女の声は、柵越しでも届いた。

 

「……母と弟は助からなかった」

 

 その言葉に、フォードの胸の奥で何かが疼いた。彼にも息子がいる。十七歳。あの歳の頃、何をしていたっけ。思い出せない。あの子が五歳だった夏、サンフランシスコで倒壊したビルの下から、彼は息子を抱えて走った。あの時は、助けられた。

 助けられなかった家族も、世界にはたくさんいる。

 彼は紙コップをゆっくり傾けた。コーヒーは苦く、温度はすでに生温かった。

 隣に立った同僚が、柵の向こうを顎で示した。

 

「あの子、最近よく来る。インフルエンサーなんだってさ。再生数すごいらしい」

「……モナークは、止めないのか」

「止められないんだと。表現の自由、取材の自由。下手に手を出したら、もっと炎上する。『モナークがジャーナリストを弾圧』って見出しが出たら終わりさ」

「そうか」

 

 フォードは、マディソンのカメラが一度こちらを向いた気がして、目を伏せた。柵の内側にいる作業員の顔を、配信に映したくなかった。モナーク契約職員の肖像権は、厳しく管理されている。映り込みがあれば、始末書が出る。

 

 同僚は続けた。

 

「それにしても、ひどい話だよな。住民追い出して、こんな鉄くず運び込んで。俺たちがやってることもさ、考えりゃ酷いもんだ」

「考えるな」

 

 フォードは短く言った。

 

「考えると、続かない」

 

 

 

 柵の外、マディソンの配信は続いていた。

 

「というわけで、今日はこれから街の中に──入れる限り、入ります。みんな、証拠が欲しいって言ったよね?撮ってくるよ、全部」

 

 自撮り棒を高く掲げ、金網の隙間にカメラを押し込む。投げ銭の数字は、止まらずに回り続けている。

 画面の下に、視聴者数が表示されていた。

 

 同時視聴: 427,891人

 

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