モンスターバース:キングギドラの逆襲 作:よよよーよ・だーだだ
インファント島、モスラの聖域。
イーウィス族の長老が目を閉じたまま、石の祭壇に両手を置いていた。朝霧の立ち込める熱帯の山頂で、彼女の孫娘──まだ十二歳の小さな双子の姉妹──が、祖母の左右に並んで立っている。
「来た」
双子の片方が呟いた。
風が止んでいた。湿った熱帯の葉が、一枚も揺れなかった。その静寂の中を、誰の声でもない声が流れ込んでくる。それは音ではなく、ただ「知らされる」という形でしか受け取れない情報だった。
世界各地、四十三箇所。シベリアの永久凍土の下、オーストラリアのウルル地底、アマゾン奥地の地下空洞、アイスランドの氷河下、インド洋の深海火山──いずれも人類が到達困難な場所に、モスラの卵が散在している。
それは三千年前、最後の黄金期のモスラが、自分の種の存続のために分散させた転生のシステムだった。守護者の個体が死すると、どこかの卵が孵化する。記憶は引き継がれる。同じ魂が、別の殻から、何度でも還ってくる。
そのシステムが、侵入されていた。双子のもう一方が、口を開いた。
「二〇一九年、ボストン。ギドラの引力光線が、当時のモスラに直撃した瞬間、ギドラの意志は転生の糸に割り込んだ。以降、孵化する卵に、ギドラの因子が混ざっている」
長老が静かに頷いた。
「バトラ、か」
古いイーウィスの伝承にだけ残る名前だった。黒いモスラ。邪なる鱗翅目。かつて一度だけ、古代に現れ、大陸を一つ沈めたとされる。伝承上の存在、だったはずのもの。
「お祖母ちゃん、モスラは──」
双子が声を揃える前に、長老が目を開けた。
「今のモスラは、転生を放棄する決断をした」
朝霧の向こう、山頂の上空に、巨大な影があった。
翼を広げた長さ、二百四十メートル。青と金の鱗粉が朝日を浴びて、結晶のように散っている。
モスラ。
「彼女は、自分の死後に生まれる次世代に、自分の記憶を引き継がせない選択をした。ハックされた転生システムでは、記憶を引き継いだ瞬間にバトラに変質してしまう。だから、記憶を持たない、真っさらな個体を、新しく産む」
双子の姉妹が、祖母を見上げた。
「新しいモスラは、ゼロから育つ。善き存在として育つとは、限らない」
「だから、私たちが」
「歌うの」
長老は立ち上がり、頭上のモスラを見上げた。
「世界中のイーウィスの血を引く者に、今、伝わった。新しい卵は、東京湾の浅瀬に産み落とされる。モスラは、東京に降臨する。そして、世界中の歌声を浴びて、善き魂として孵る──そうなるように、私たちが、祈り、歌う」
七十二時間後、東京。
代々木公園の広大な敷地が、巨大ステージに変貌していた。
世界四十七カ国からの中継クルー、国際同時配信の準備、一平方キロメートルを超える観客エリア。全席無料、世界同時中継、全人類参加型コンサートと銘打たれていた。企画立案から実施まで七十二時間、という異常な短さの背景を、一般市民は知らない。「モスラ保護キャンペーン」という表向きの名目だけが流れていた。
ステージ中央、朝の光の中で、メインの歌姫が立っていた。日本人の若い女性シンガー。その後ろには、四十七カ国から集まった合唱隊。数千人。さらに世界各地に中継サテライト会場が設置され、ロサンゼルス、サンパウロ、ラゴス、ムンバイ、ジャカルタ、それぞれの時間帯に合わせてスタンバイしている。
そして、東京湾の上空。
モスラが、翼を広げて、静かに旋回していた。
同じ朝、東京湾上。
モナーク極東航空基地の滑走路に、それは鎮座していた。
全長九十メートル、全高四十メートル、装甲は白銀に光る。頭部に単眼式の大型センサー、胸部には巨大なプラズマ砲口、両腕の先端にはドリル状の近接兵装、背中には格納された冷凍光線砲、そして機体後部には三基の大型ブースター。
MOGERA──MechaGodzilla Optimized for Gigantic External Reconquista Armament。
メカゴジラ計画から派生した、二号機。被撃墜した初代メカゴジラの解析データを基に、対タイタン用機動要塞として再設計された機体。単独でも巨大ロボとして戦闘可能だが、真価は別にあった。
滑走路の両脇に、対タイタン巨大攻撃機ガルーダ、巨大輸送機しらさぎが、翼を広げていた。
格納庫の通信室で、新城浩二がヘッドセットを付けていた。
「全クルー、聞こえるか」
彼の声が、三機の合同チャンネルに流れた。ガルーダとしらさぎは、新城と結城が操縦する。MOGERA本体は、メインパイロット三名と副操縦士五名、計八名の大所帯で動く。合計十名のクルーへの通達。
「Operation Ready to Go、発動。東京湾上空で三機合体、MOGERA空中要塞形態へ移行。作戦目標、世界中のモスラの卵から孵化するバトラの全機殲滅。推定出現地点、四十三箇所」
通信越しに、若い副操縦士の声が硬い。
「四十三、箇所、全部……ですか」
「マッハ五で全地球をカバーすれば、間に合う。間に合わせる」
新城はコクピットに乗り込み、シートベルトを締めた。右耳のオーディオシステムの電源を入れ、プレイリストを選ぶ。
「結城、聞こえるか」
「はい、しらさぎ、離陸準備完了です」
「プレイリスト、今日は長丁場だ。頭から流す」
「了解しました」
滑走路の上空、遠く、モスラが旋回している。
管制塔から、発艦許可。
> *Turn it up, feel the beat*
> *Ready to go, can't be beat*
オーディオから流れる声に、新城は小さく笑った。
「行くぞ」
東京湾上空、高度五千メートル。
ガルーダが、しらさぎが、そしてMOGERA本体が、各々の方向から接近した。
空中で、三機の機体構造が変形を開始する。MOGERA本体の両肩部分が展開、内部から巨大なソケットが露出する。ガルーダの主翼が畳み込まれ、機体全体が横倒しになって、MOGERAの左肩ソケットに吸い込まれる。同時にしらさぎが、右肩ソケットに連結。
結合完了。
MOGERAの両肩に、ガルーダが左腕の砲塔として、しらさぎが右腕の武装コンテナとして、機能融合した。機体後部のブースターが一気に点火、総出力が五倍に跳ね上がる。背中の主翼が展開、全長は百六十メートル、全幅は百二十メートル。
空中要塞、MOGERA完全形態。マッハ五。地球を九十分で一周できる速度。
代々木公園のステージの歌姫が、その時、最初のフレーズを歌い始めた。