モンスターバース:キングギドラの逆襲 作:よよよーよ・だーだだ
歌は、言語を超えていた。
古いイーウィスの祈祷歌を、現代的なアレンジで再構成した旋律。サンパウロのサテライト会場で合唱が続き、ラゴスで打楽器が加わり、ムンバイで弦楽が重なる。世界中の中継モニターが、代々木のメインステージを映し、ステージは逆に世界中のサテライトを映している。
東京湾上空、モスラが歌を受け止めていた。彼女の翼の鱗粉が、普段より強く発光し、空中にうっすらと光の軌跡を残している。
それは、彼女の最後の産卵のための儀式だった。
東京湾の浅瀬に、モスラはゆっくりと降下した。腹部が水面に近づき、海水が泡立つ。そして、透明な膜に包まれた巨大な卵が、一つ、産み落とされた。直径三十メートル。モスラの体液と世界中の歌声を、膜越しに吸収しながら、ゆっくりと脈動し始める。
新しい守護者。記憶を持たない、真っ白な魂。
歌は続いていた。そして、地球の反対側で、最初の卵が割れた。
シベリア永久凍土、崩落した氷層の下。
漆黒の繭が、内側から食い破られていた。破片から這い出たのは、モスラに似た輪郭を持つが、体色が全く違う生物だった。
翼は黒曜石のように黒く、エッジは鮮血のような赤で縁取られている。複眼は八つ、全てが黄金色。口器の代わりに、ギドラを思わせる三本の触手が、頭部から生えている。
バトラ。
同時に、オーストラリア・ウルル地底、アマゾン地下空洞、アイスランド氷河下、インド洋海底──四十三箇所、ほぼ同時。
最初の一匹が、羽ばたいた。羽音は、モスラの柔らかな振動ではなく、ギドラの嗚咽に似た金属的な唸りだった。
MOGERA空中要塞、太平洋上空、マッハ五。
レーダー画面に、四十三個の赤い光点が同時点灯した。新城の耳元で、オーディオが次の曲に切り替わっていた。
> *Power, power*
> *I got the power in my hands*
Common『ENERGY』。深夜のクラブで鳴る種類のユーロビート。新城はコクピットのスロットルを握り直した。
「管制、全バトラ、出現確認。接敵開始」
「了解、新城機。最初の目標、シベリア個体。到達推定、三分四十秒」
MOGERAの機首が、地球の曲率に沿って北上した。成層圏を貫き、オーロラの残光を突き抜け、シベリアの上空に到達する。
氷原の上、黒い翼がこちらを見上げていた。
新城はロックオン、ガルーダ由来の左腕砲塔から連射。プラズマミサイル、十二発同時発射。バトラの回避機動は予想以上に素早かった。四発は外し、八発が命中。黒い鱗粉が爆散する。
「一体、撃墜」
「次、オーストラリア個体。到達推定、四分十秒」
MOGERAは方向転換、赤道を跨いで南半球へ。ウルルの赤い砂漠の上空で、バトラは既に羽ばたいていた。こちらは新城の機動を学習したのか、複雑な三次元機動を取る。
しらさぎ由来の右腕コンテナから、誘導ミサイル群が連射される。バトラの触手が迎撃に動くが、数が合わない。十七発中、十三発が命中。墜落。
「二体」
「三体目、アマゾン」
新城は曲の拍子に合わせて機体を傾けていた。ユーロビートの四つ打ちは、MOGERAの姿勢制御スラスタの噴射リズムと、不思議なほど合った。
三十分後、二十五体を撃墜した時点で、新城は気づいた。
「……弾が、もたないな」
副操縦士が焦った声を上げた。
「残弾、プラズマミサイル全弾消費。誘導ミサイル、残り四十二発。メイン砲、残り七射」
「残り、あと十八体か」
「地上の迎撃網と合同作業に──」
「間に合うか」
新城は即座に判断した。
「間に合わん。このペースなら、全個体、東京に集結する前に殲滅する。全弾、先に撃ち切るぞ」
彼は機首を中東方面へ向けた。サウジアラビア砂漠上空、三体同時出現。全ミサイル一斉射。
砂漠に、三つの火柱が立った。
二十八体。
三十体。
三十五体。
赤道直下のインドネシア沖で、最後のミサイルが発射された時、バトラの残数は七体だった。
そして、新城のコクピット計器板で、残弾ゼロのアラートが赤く点滅した。
コクピットの中で、新城は一度、目を閉じた。
オーディオの曲が、ちょうどCommon『ENERGY』のアウトロに差しかかっていた。
> *Never gonna lose self-control*
最後のワンフレーズと共に、曲が静かに落ちた。
プレイリストの次の曲への、数秒の沈黙。
新城はその沈黙の中で、MOGERAの機体背部のあるロックを解除した。
「結城」
「はい」
「刀、出すぞ」
「……本気ですか」
「本気だ」
管制塔の通信が割り込んだ。
「新城少佐、何の話を──今、MOGERAの背部ハッチが開いてますが、何を」
「近接兵装、メーサーブレード『刀』、起動許可を要請」
管制塔が沈黙した。数秒。
「あれは、実戦投入前提の装備じゃありません。テストですら、地上での静的試験しかやってない。そもそも対タイタン近接戦闘用のコンセプトモデルで──」
「だが、あるんだろう、積んであるんだろう」
「積んではいますが、新城少佐、ガンダムじゃないんですよ、これは!マッハ五で飛びながら、刀で怪獣を斬る?現実じゃありえません!」
新城は、オーディオの次の曲が流れ始めるのを待った。
> *Face down, watching the sun rise*
> *I'm a real life wire*
Hot Blade『Face Down』。明け方のクラブで流れる曲。
新城は静かに応じた。
「やらなければ、何人が死ぬ?」
管制塔の向こうで、誰かが息を呑む音がした。
「残り七体のバトラ、全て東京湾を目指している。到達まであと十五分。君の街にも、家族にも、届く。地上の迎撃網は、間に合わない。──俺達がやるしかないだろう」
一拍。新城は、そこでほんの少しだけ、芝居がかった調子で、付け加えた。
「それに……タイタンと刃交わすは、武士道冥利にごわす」
コクピットの中で、結城が小さく吹き出した。普段の朴訥な師範が、稽古の時だけ出す流儀の響きを、戦闘で出したのは初めてだった。
管制塔の深い、深いため息が通信に乗った。
「……新城少佐」
「はい」
「貴様のその性格、俺は嫌いじゃない」
「光栄です」
「──参れ、薩摩示現流」
管制塔が、交戦許可を出した。お約束の、時代劇のセリフの引用と共に。
「メーサーブレード『刀』、アンロック。運用許可。生きて帰ってこい」
「了解」
MOGERAの背部ハッチから、全長六十メートルの巨大な刀身が、ゆっくりとせり上がった。
白銀の刃、柄は日本刀そのものの造形。刀身には、メーサー収束プラズマの青白い光が帯状に走っている。銘は、ただ一文字、「刀」と刻まれている。
MOGERAの右手が背中に回り、柄を握った。
> *I'm a real life wire*
> *Feel like I'm spinning out of control*
Hot Bladeのビートが、MOGERAのブースター出力と同期した。
インドネシア沖上空。七体のバトラが、一列縦隊で東京を目指して飛行している。マッハ二。後方から、MOGERAがマッハ五で追いついた。
新城は、照準を切った。レーダーに頼らない。目視で、一体目の首の位置を捉えた。
すれ違う瞬間は、○・二秒。
その間に、マッハ五の機体から、刀を振り下ろす。
稽古場の板の間を、新城は、思い出していた。結城の打ち込みの軌道。ダニー少年の振り。何千回、何万回と繰り返した、正面から振り下ろす、ただそれだけの動き。力業だが、規律のある力業。
すれ違いの瞬間──新城は、短く、一度だけ叫んだ。
「チェスト!」
青白い光条が、空中で一閃した。
一体目のバトラが、縦に、真っ二つに分かれた。