モンスターバース:キングギドラの逆襲 作:よよよーよ・だーだだ
六体目のバトラを縦一閃に断ち割った時、新城は気づいた。
「……七体目、どこだ」
レーダー画面を見た。残り一体の光点が、消えていた。
「管制、七体目の位置は」
「ロスト。──ロストしました、三十秒前から、電波反射がない」
結城の声が、通信に割り込んだ。
「新城さん、下です!」
MOGERAの真下、高度ゼロから、それは上昇してきた。
他の六体とは違う。翼の色は同じ漆黒だが、全身に、石英に似た結晶質の外骨格が増生している。翼の縁、頭部、腹部、脚部。どこもかしこも、半透明の鱗甲で覆われていた。光を受けて、その結晶が屈折し、プリズムのような虹色の散乱を生じさせている。
美しい、という印象が、一瞬だけ来た。
その次に来たのは、モナーク解析班の報告の記憶だった。
「──重力操作クリスタル。二〇二四年、ゴジラxコング作戦の報告書に記載された、ホロウアース原産の未知の結晶体。物理的な重力場を歪める特性あり。かつてキングギドラが保有していた生体電磁場と類似した特性を──」
「新城さん!」
MOGERAの右腕が、衝撃で大きく跳ね上がった。
鎧バトラが、体当たりを食らわせた。結晶外骨格の硬度は、従来の装甲の倍以上。衝撃がコクピットまで伝わり、新城の視界が一瞬、白くなる。
「右腕、損傷!ガルーダブロック、接続部ヒビ割れ、出力三十パーセントダウン!」
副操縦士が叫ぶ。鎧バトラは体当たりの勢いのまま、今度は翼の縁の結晶刃でMOGERAの胴体を薙ぎ払った。装甲が裂け、内部冷却材が漏れ出す。
「引け!いったん距離を──」
新城が指示を出す前に、鎧バトラの頭部から光が収束した。
黄金色の光。
引力光線の、縮小版。
それがMOGERAの左腕、しらさぎのブロックに直撃した。
接続部の金属が、飴細工のように引き伸ばされ、引き裂かれた。しらさぎブロックが、MOGERAの肩から引き千切られる。コックピット内部の結城のブロックが、切り離しシーケンスに入ったのが分かった。
「結城!」
「緊急切り離し、しらさぎブロック分離します!コクピット脱出艇は──」
「脱出しろ!今すぐだ!」
「了解、新城さん、生きてます」
しらさぎブロックが、MOGERAの右肩から火花を散らして分離した。その機体が、下方へ流れていく軌跡が、新城の視界の端に映った。
鎧バトラが、次の照射を溜めていた。
今度はガルーダブロックに向けて。
新城は判断した。
「ガルーダ、強制分離」
ガルーダブロックが左肩から切り離された瞬間、引力光線が走った。光条はガルーダの主翼を掠め、エンジン部が爆発した。コックピット脱出艇が弾き出されるのが見えた。パイロットが生きていることを確認する間もなく、MOGERAは体勢を立て直すために高度を落とした。
残ったのは、MOGERAの本体だけ。
全武装、消費済み。両腕の増設砲塔、失った。メーサーブレード「刀」は六体の殲滅で刀身が焼き切れ、鞘に戻っている。蓄積した内部損傷で、出力は四十パーセントを割っていた。
コクピットで、新城は一度だけ目を閉じた。
プレイリストは、まだ流れていた。
> *Face down, watching the sun rise*
> *Feel like I'm free again*
「管制」
「新城機、どうします」
「鎧バトラ、今、再充電中か」
「はい、引力光線の収束に、推定二十秒」
「十秒で接敵できる」
管制塔が、一瞬、沈黙した。
「新城少佐、兵装ゼロですよ」
「ある」
新城はスロットルを倒した。
「拳が、ある」
MOGERAが、全速で鎧バトラに体当たりを食らわせた。
金属の腹が、結晶の外骨格に激突した衝撃で、MOGERAの胸部装甲に亀裂が走った。新城は構わず、機体の両腕で鎧バトラの翼の付け根を掴み、そのまま墜落させる形で東京湾の上空へ抑え込む。
高度が落ちる。海面が迫る。
鎧バトラの頭部が、ゼロ距離で光を収束させた。
今度は胸部に、直撃する。
新城は脱出レバーに手をかけなかった。
コクピットから右手だけをコントロールパネルに移し、MOGERAの胸部装甲の内側に格納されている、最後の単発兵装のトリガーを引いた。
対タイタン用、ショックアンカー。内部爆発型。
鎧バトラの引力光線とショックアンカーの爆発が、ゼロ距離で同時に炸裂した。
爆風が、東京湾の海面を半径三百メートル、平らに薙ぎ払った。
MOGERAの胸部装甲が、爆発に耐えられず陥没した。コクピットブロックに、過負荷の警告が全点灯した。新城は脱出レバーを引いた。コクピット兼脱出艇が、MOGERAの頭部から上方へ射出される。
爆発の余波で、脱出艇は錐もみ状態になりながら、東京の低空を流れた。
海面に落下する直前、姿勢制御スラスタが最後の噴射を行い、角度が水平に戻った。
衝撃着水。
コクピットの内壁に叩きつけられ、新城の意識が、途切れた。
東京湾上空。
爆煙が晴れた時、鎧バトラは海面に沈んでいた。結晶外骨格が砕け、黒い翼は水を吸って重く沈んでいた。完全に、動かなかった。
しかし。
爆煙の向こうから、東の空に、異変が起きていた。
雲が、渦を巻いていた。
自然の乱気流ではない。巨大な力場が、大気を引き絞っている。渦の中心に、光が生まれた。最初は金色の点。それが、秒単位で膨張していく。
雷光が、放射状に走った。三方向に。
三本の首が、雲を割って現れた。
首の一本一本が、東京タワーより長い。三つの頭部が、それぞれ別の方向を向き、別の意志で周囲を見渡した。その頭部は、二〇一九年に見たキングギドラのものとは、少し違っていた。角の生え方、目の色、首の付け根の構造。
違いは、全身に増生した結晶質の鱗甲だった。
鎧バトラに似た、しかしそれよりはるかに大きな、重力操作クリスタルの結晶体が、全身に絡みついている。三本の首は、互いに絡み合い、それぞれの結晶を通じて共鳴しているかのように、発光と消光を繰り返していた。
結晶タイタン。
それが、東京湾の上空に、降臨した。
数分後、海面で着地した脱出艇の外で、遠雷のような音が続いていた。
東京湾の沖合から、巨大な水柱が上がった。
コングが来た。次いで、海中からシーモが飛び出した。そして海底から、ゴジラが上陸した。背鰭が青白く発光し、重い足音が東京の埋立地を揺らした。
三体が、結晶タイタンを囲んだ。
コングが最初に動いた。アックスを振るい、結晶タイタンの側面に肉薄する。タイタンの中央の首が、コングを一瞥した。その瞬間、コングの足元の重力場が歪んだ。まるで空気が固体になったように、コングの動きが急停止した。そのままの状態で、左の首が引力光線を放った。コングが弾き飛ばされ、東京湾の対岸に激突する。
シーモが海中から電磁パルスを発した。結晶タイタンの右半身に直撃し、クリスタルが幾つか砕けた。
タイタンの右の首が、空中のシーモを捉えた。引力光線ではなく、首そのもので、シーモの胴を締め付ける。ギドラは蛇だ、という事実を、新城は今更ながら思い出した。シーモが絶叫しながら、電磁パルスを連続照射するが、結晶越しに通らない。
ゴジラが、放射熱線を結晶タイタンの背中に撃ち込んだ。
結晶の一部が爆散した。タイタンが振り返った。三本の首が同時に、ゴジラを向いた。そして三本同時に、引力光線が収束した。
ゴジラが、正面から受け止めた。
巨体が、地面に押し付けられた。まるで天から巨大な手で抑え込まれたように、ゴジラは一歩も動けなくなった。背鰭が光の増幅を試みるが、重力場の歪みの中では放射熱線の収束が乱れる。
代々木公園、コンサート会場の外縁。
モナークの警備車両の屋根に登ったマディソンは、スマートフォンを手に持ったまま、動けなかった。
配信は、していなかった。
東京湾の方向、遠く、三本の首が見えた。
雷光。三方向の光。
彼女の肺から、空気が出ていかなかった。
「──また」
声は出なかった。唇が動いただけだった。
ボストンの夜が、来た。
地下駐車場の柱の裏。上から瓦礫が降ってくる。弟の手。「姉ちゃん、こわい」。「大丈夫」と言った自分の声。大丈夫じゃなかった。三つ首の影が天井を割り、ほどけた手。アンドリュー。アンドリュー。
六年前と今が、重なっていた。
同じ三本の首。同じ雷光。同じ大きさの恐怖。
違いは、あの時は逃げることができた、ということだった。
今、マディソンの足は、屋根の上に張り付いたまま、一センチも動かなかった。
東京湾の方向で、モスラが飛んでいた。新しい卵を産み落とした彼女は、それでも自分の翼で、結晶タイタンに向かっていた。絹糸を吐きかけ、タイタンの首に絡めようとする。タイタンの左の首が、モスラに向いた。
引力光線が、モスラの翼に当たった。
左の翼が、根元から、引き千切られた。
モスラが絶叫した。その声は、音ではなく、マディソンの胸の奥に直接届くような周波数だった。
翼を失ったモスラが、海面に落下した。それでも這うように、タイタンに向かって進もうとしていた。
「──やめて」
マディソンは声に出した。
誰に言ったのか、分からなかった。タイタンに、なのか。モスラに、なのか。六年前に死んだ弟に、なのか。自分に、なのか。
「やめて、もう、やめて」
声が震えた。
東京の空で、雷光が走り続けていた。
上空の厚い雲の中で、ラドンが羽ばたきを止め、浮かんでいた。
熱を帯びた翼を折り畳み、雲の暗がりに身を沈め、あの光から目をそらしていた。
三本の首が見える。
ゴジラが地面に押し付けられている。コングが壁に激突している。モスラが翼を失っている。
ラドンは知っていた。
この戦いに加われば、今度こそ、死ぬ。生き延びられない。あの結晶の光の前では、自分の火山熱など、紙一重の炎に過ぎない。
だから、見ていた。
雲の中から、見ていた。
東京湾の沖合、漂流する脱出艇の中で、新城浩二は気絶していた。
その横で、副操縦士が意識を取り戻し、通信機器を操作しようとしていた。
「新城少佐、新城少佐──」
応答なし。副操縦士は窓の外を見た。
東の空に、三本の首が見えた。
「……まだ、終わってない」