およそ法治国家というものは、犯罪者に対して一定の手続きを踏むことを旨とする。
人を裁くにも法廷を開き、証拠を吟味し、弁護人をつけ、判決を言い渡す──そんな気の遠くなるような手間暇をかけるのが文明の証である。
と、まあ少なくとも二十一世紀の前半まで人類は信じていた。
しかし令和十年。
その信仰は息絶えた──死んだのだ!
死因は日本国政府である。
四月一日に施行された「外国人犯罪即応処理法」はその通称を「キラー・ポリス法」という。
条文の骨子は恐ろしく単純であり、すなわち現行犯もしくは十分な物証により犯行が確定的、かつ本人に反省の態度が一切認められない外国人犯罪者に対して、捜査機関は即時無力化処置を講じることができると定めていた。
無力化処置にルビを振るならばこうなる。
法律とは不思議なもので、人間を撃ち殺すという野蛮の極みも条文にかかれば漢字五文字に収まってしまう。
当然ながら、この五文字を目にした世界中の人権団体が一斉に発狂した。
国連人権理事会は緊急会合を開いて非難決議を採択し、アムネスティ・インターナショナルは声明で「二十一世紀最悪の人権侵害立法」と断じ、百八十七の国と地域から三百万通を超える抗議書簡が首相官邸に届けられている。
官邸はこれに対し自動返信メールで応じた。
「ご意見ありがとうございます。今後の政策立案の参考とさせていただきます」
参考にされた形跡は今日に至るまで確認されていない。
権藤官房長官は定例会見において「国民の生命と財産を守るための断固たる措置」と述べ、海外メディアの追及には「遺憾に思います」で応じている。フランスの特派員が机を叩いて退席する映像はSNS上で三億回再生され、権藤は翌朝のミーティングで「バズりました」と上機嫌だったという。
話を千葉県船橋市に移す。
木曜の夜。閑静な住宅街の一軒家に体重百キロ超の白人男性が裏口の窓を破って侵入した。
ライアン・マクドナルド。三十四歳。アメリカ国籍。不法滞在歴二年。窃盗の前科三犯に加え傷害と強制わいせつ未遂が各一件ずつぶら下がっている人物である。
住人の田中夫妻が寝室から110番通報し、駆けつけた船橋署員に現行犯逮捕されたこの男はしかし──取調室に座るなり流暢な日本語でこう告げた。
「黙秘権を行使します」
捜査一課の黒木一馬警部補は眉一つ動かさなかった。そもそもこの男の顔面には表情という概念が希薄であり、同僚の間では「仏壇」と呼ばれている。仏壇は無言で書類をめくった。
窃盗三件。住居侵入二件。傷害一件。強制わいせつ未遂一件。そして今夜の住居侵入および強盗未遂。立派な累犯者であるが、この男は過去すべての案件で黙秘を貫いて不起訴処分を勝ち取ってきた歴戦の猛者であった。
ここで四十八時間ルールについて補足しておく。
日本の刑事訴訟法は逮捕から四十八時間以内に検察官へ身柄を送致しなければ被疑者を釈放するよう定めている。
黙秘が続けば自白の見込みは消える。物証だけで起訴に持ち込むには時間が足りない。四十八時間の壁に阻まれ、検察は不起訴の判断を下す。
釈放されれば同じことを繰り返せる。
マクドナルドにとって日本の司法制度はATMと同義であり、正しいボタンを押せば「釈放」という名の現金が出てくる装置に過ぎなかった。
「マクドナルドさん」
黒木は書類から顔を上げた。
「反省していますか」
この問いこそがキラー・ポリス法の核心である。
法は「反省の態度が一切認められない」ことを処置発動の要件と定めていた。つまりこの質問に対する回答が被疑者の生死を分ける。司法制度の歴史においてこれほど直截な命の分岐点がかつて存在しただろうか。
マクドナルドは鼻で笑った。
「弁護士を呼んでください」
三秒の間があった。
黒木は椅子から立ち上がり腰のホルスターを開けた。ニューナンブM60だ。
昭和四十年代に制式採用されたこの回転式拳銃は、威力も精度も現代の水準からすれば心許ないが、至近距離で人の頭を撃ち抜く用途には十二分である。新法施行から十四日目にして彼にとって初めての「無力化処置」であった。
乾いた銃声が取調室に反響した午後八時十二分、ライアン・マクドナルドの前科はそれ以上増えなくなった。
黒木は所定の様式に万年筆で記入を始めた。
「無力化処置執行報告書」の執行理由欄にはこう記されている。
「反省の意なし」と。
§
キラー・ポリス法の施行から三ヶ月が過ぎた。統計は雄弁であった。
全国での無力化処置の執行件数は二百三十七件。窃盗百二件を筆頭に強盗四十八件・薬物取引三十七件・傷害三十一件と続きその他が十九件であった。関東圏に百四十二件が集中しているのは人口比から当然だが、大阪の四十一件は明らかにその比率を超過しており、これは大阪府警の気性に帰すべき問題かもしれなかった。
新宿歌舞伎町ではナイジェリア国籍の客引きが観光客への恐喝容疑で逮捕されている。防犯カメラの映像を突きつけられてなお「俺じゃない」と言い張ったこの男は、逮捕から四時間十七分後に射殺された。
担当刑事は報告書にこの所要時間を「映像照合に手間取った」と記載している。何に手間取っていたのかは知らないが少なくとも良心ではなかっただろう。
六本木では中国籍の半グレ集団七名が飲食店への恐喝未遂で一斉検挙され、全員が申し合わせたように「知らない」を連呼した。
七名が同時に射殺されたこの事件を国内メディアは「六本木セブン」と名付け、ワイドショーは午前中いっぱいをこの話題に費やしている。コメンテーターの一人が「治安の回復を実感します」と述べたところ、隣の弁護士が無言でスタジオから退席し、その映像もまた大いにバズった。
名古屋では万引き常習のベトナム国籍の女性が射殺された。万引きで射殺。さすがにやりすぎではないかと一部の国民が声を上げたが、法律上は「犯行確定かつ反省の意なし」の要件を充足しており、いかなる法的瑕疵も認められない。法に瑕疵がなければそれは正義であると信じるのもまた法治国家の住人が背負った業であろう。
§
反対の声がなかったわけではない。日弁連は三度にわたり違憲訴訟を提起し、大学教授九十三名が連名で抗議声明を発表し、渋谷では五万人規模のデモ行進が敢行された。
しかし世論調査は残酷なものである。
「キラー・ポリス法を支持しますか」
NHKの設問に支持すると答えた国民は六十八パーセント。どちらともいえないが二十一パーセント。反対はわずか十一パーセントに過ぎなかった。
人間は安全を愛する生き物である。
そして安全のためであれば他者の命を差し出すことに驚くべき順応性を発揮する。歴史が繰り返し証明してきたこの事実を日本人は教科書で学んでいたはずだが、教科書とは読んだことを忘れるために存在する書物なのかもしれない。
§
施行から一年が経過した。
日本における外国人犯罪率は前年比マイナス九十四パーセントを記録する。数字だけ見れば紛れもない大成功であった。ただしこの統計には注釈が要る。
外国人犯罪者が更生したのではない。犯罪者のみならず善良な外国人までもがこの国を去ったのだ。
留学生は帰国し技能実習生は契約を残して逃げ出し、永住権を持つ者ですら移住先を探し始めた。外国人労働者に支えられていた農業と介護と製造業は深刻な人手不足に陥り、コンビニのレジから外国人の姿が消え、牛丼チェーンの半数が営業時間の短縮を余儀なくされている。
権藤官房長官は会見で「治安の改善と経済のバランスが重要」と述べたが、天秤の片方に人命を載せておきながらバランスを語る滑稽さに気づいている記者はほとんどいなかった。
§
法律というものは一度走り出すと止まらない。
国際社会は報復に出た。日本がやったことを日本人に対してもやってよいという理屈は粗暴だが、粗暴な論理こそ外交の場ではしばしば最も有効に機能する。アジア・アフリカ・南米を中心に四十七の国と地域が「相互主義に基づく犯罪即応処理協定」なる条約に署名した。
名前だけは御大層だが中身は単純である。
キラー・ポリス法を有する国の国民が署名国において犯罪を犯した場合は同等の処置を適用できるという趣旨であり、つまり日本人が海外で法を犯せば問答無用で撃ち殺されても文句を言う筋合いがないという条約であった。
バンコク。カオサンロード。
田村勇太。三十八歳。さいたま市在住の会社員。社員旅行の三日目にシンハービールを八杯飲み干し、屋台のパッタイの代金百二十バーツを踏み倒して走った。日本円にしておよそ五百円である。酔っ払いの脚力など知れたもので三十メートルも走らぬうちにタイ警察に取り押さえられた田村は酷く上機嫌な顔で両手を上げた。
「ソーリー、ソーリー」
タイ語で質問がなされた。
反省しているか、と。田村にタイ語は理解できない。彼はただ酔っ払いの笑みを浮かべてへらへらと首を傾げ続けた。
その笑顔が生涯最後の表情になった。
権藤官房長官は翌日の記者会見でこう述べている。
「誠に遺憾であります」
自国民を守れなかった政府の無力。
自ら生み出した暴力の連鎖の帰結。
たかが五百円の踏み倒しで命を落とした男の不条理。
これらすべてを「遺憾」の二文字が見事に言い表した。
(了)