蘭阜市再開発計画   作:えいどら

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FILE2-2:世怜音女学院

 世怜音女学院・東校舎。準備室は、今日は薄暗かった。

 

 壁際には古いロッカーと機材ケースが並び、部屋の奥では大型スクリーンが青白い光を放っている。

 

 その前に――家長むぎ、司賀りこ、珠乃井ナナの三人が並んで立っていた。

 

 環崎はデスクに腰掛けたまま、片手で額を押さえている。

 

 スクリーンには、例の動画が映し出されていた。

 

 怒鳴り声。

 暴れ回る姿。

 高速で流れるコメント欄。

 

 映像の中で、男はソファを蹴り飛ばしながら喚いている。

 

『誰だ!! 誰がやってる!!』

 

 グラスが割れる音。

 悲鳴。

 

 そして、視聴者数のカウンターだけが異様な勢いで増え続けていた。

 

「……正直、こんなことがあったら……うちも下手には動けない」

 

 環崎はうんざりした顔で言った。

 

 動画内で男が店員を怒鳴りつける。環崎はリモコンを軽く振りながら続けた。

 

「知っての通り、我々Σは秘匿された法執行機関だ」

 

 淡々とした説明口調。

 

「避難誘導をしたり、必要最低限に執行対象を抑えたりはしている」

 

 黙って聞いている。環崎は椅子にもたれながら続けた。

 

「だが……身の安全も社会的立場も顧みない輩には、それは通用しない」

 

 その言葉には、珍しく疲労が滲んでいた。

 

「今は誰でも撮る。誰でも流す。そしてそれは世界に広がる」

 

 スクリーンが完全に暗転する。

 

「昔みたいに“なかったこと”にはできないんだよ」

 

 環崎が深く息を吐いた、その時。

 

「現場の秘匿性が一度崩れれば、組織全体に影響が出ます」

 

 りこが答える。背筋をぴんと伸ばしたまま、環崎へ向ける視線にも揺らぎがない。

 

 いつもとは違う、まるで報告書を読み上げるような真面目な口調。

 

「―まあ、そういうことだ」

 

「アゾートの一件で我々が恐れていたそれが、再び現実味を帯びてくる」

 

 その横でナナは静かに、むぎは面倒くさそうに様子を見ている。環崎の機嫌を測るように視線だけを動かしていた。

 

 机の上の固定電話が鳴る。

 

 部屋の空気が少しだけ止まる。

 

 環崎は嫌そうに眉をひそめながら受話器を取った。

 

「……はい」

 

 次の瞬間。

 

『おはようございますっ、環崎教頭!』

 

 やたら元気な声が準備室に響く。

 

『あなたの大事な夕陽リリですっ!』

 

 その瞬間、環崎の顔色が目に見えて悪くなった。

 

 むぎが「あっ……」という顔をする。

 

 ナナは吹き出しそうになり、りこは面白そうに目を細めた。

 

『今日はですね! ちょっと相談したいことが――』

 

 ガチャ。

 

 環崎は無言で電話を切った。

 

 あまりにも無慈悲。迷いのない動作だった。

 

 数秒の沈黙。

 

 そして環崎は、死んだような目でむぎを見る。

 

「……こいつも何とかしてくれ……」

 

 むぎは視線を逸らす。

 

「いや……まあ…」

 

「善処、します……」

 

 ナナが肩を震わせながら笑いを堪えている。

 

 準備室の空気は、依然として重かった。

 

 環崎は机のパソコンへ視線を戻し、何かのデータを確認しながら無言でマウスを動かしている。

 

 その横顔を見ながら、ナナがぽつりと口を開いた。

 

「で……「お仕事」ですか?」

 

 環崎は即座に首を横に振る。

 

「さっきも言っただろう。執行は最小限」

 

 淡々とした口調。

 

「それをしたらヤクザや独裁国家と変わらん」

 

 カチ、とマウスクリック音。

 

「善良な一般市民に手を挙げるなんて以ての外だろう」

 

 その言葉には、本気の嫌悪感が混じっていた。

 

 むぎは黙って聞いている。

 

 環崎は画面を見ながら説明を続けた。

 

「名前は鏑木ろこ」

 

「北東新聞の記者だったが、複数の政治家が新聞社に圧力をかけているため、それを穏便に済ませるためかは知らんが懲戒解雇している」

 

 むぎが「あー……」という顔をした。

 

「鏑木さんクビになったんだぁ……」

 

 どこか苦笑い混じりの声だった。

 

 ナナは肩をすくめる。りこは背筋を伸ばしたまま、静かに頷く。

 

 環崎はしばらく黙ったあと、小さく息を吐く。

 

「佐渡のそれじゃないが……」

 

 そこで一瞬、言葉を切った。

 

「なんとかしてくれ」

 

 曖昧極まりない命令だった。

 

 むぎは即座に理解したように手をひらひら振る。

 

「はいはい……」

 

「以上だ」

 

 環崎がそう言うと、三人は揃って踵を返した。

 

 準備室の扉へ向かって歩き出す。

 

 だが――

 

「家長」

 

 不意に、環崎の低い声が飛ぶ。

 

 むぎだけが振り返らずに足を止めた。

 

 環崎は額に冷や汗を浮かべながら、むぎを指差す。

 

「その服では来るな」

 

「森中の心臓が3つあっても持たん」

 

 数秒の沈黙。

 

 むぎはようやく、自分がパジャマ姿のままだったことを思い出した。

 

「あっ」

 

 むぎは頭を掻きながら、そのまま振り返らずに手だけ振った。

 

「ごめんなさーい!」

 

 そしてナナの腕を引っ張るようにして、そのまま部屋を出ていく。

 

 ナナも笑いながら後を追った。扉が閉まりかける。

 

 その横を、りこも空気を読んで自然に抜けようとしていた。

 

 だが――

 

「司賀」

 

 ぴたり、とりこの動きが止まる。

 

 環崎は書類から目も上げずに言った。

 

「お前は書類整理だ」

 

 りこの眉が、一瞬だけぴくりと動く。ほんの僅かな反応。

 

 だがすぐに姿勢を正し、

 

「……承知しました」

 

 と静かに答えた。

 

 世怜音女学院・西校舎地下。

 

 昼休みも終わった時間帯の購買は、人の気配がまるでなかった。

 

 蛍光灯だけが静かに唸り、古い自販機のモーター音が低く響いている。

 売れ残ったパンと飲み物が、整然と棚へ並べられていた。

 

 むぎは購買横の丸テーブルへ腰掛けながら、袋を破いてチョコミントアイスを取り出す。

 

「何が『現場の秘匿性が一度崩れれば、組織全体に影響が出ます』だよ」

 

 一拍。

 

 むぎは吹き出した。

 

「そんなキャラじゃないでしょ」

 

 ナナは隣で紙パックジュースを弄びながら、「ああ……まあ……」と曖昧に頷く。

 

「世怜女は上官に逆らったり舐めた口聞いたりしたら厳罰だから……」

 

 むぎはアイスを齧りながら「うわっ……」と嫌悪の籠った声を出す。

 

 チョコミントの冷たさに少しだけ目を細めながら、話を聞いていた。

 

 ナナは椅子へだらっと身体を預ける。

 

「まあ新東京も昔はそうだったらしいけど……」

 

 ストローを咥えたまま続ける。

 

「緩くなったもんよ」

 

 その言葉には、少しだけ羨ましさも混じっていた。

 

 そして不意に、ナナがむぎを見る。

 

「てか、家長さ〜ん」

 

「んー?」

 

「碧星院、緩すぎませんか〜?」

 

 完全に気の抜けた顔だった。

 

「あの叶代表にタメ口ってマジですか〜?」

 

 むぎはアイスを咥えたまま少し考える。

 

「まあ……」

 

 それから、ぽつりと答えた。

 

「訓練も思考矯正もしてるから……それ以上は求めないんじゃないかな」

 

 ナナは嫌そうな顔をする。

 

「あー……マジ、ナナ達海外の刑務所なんだけど〜」

 

 不貞寝するようにしながら愚痴を零した。

 

「強い生徒にだけ肩入れするのだるすぎ」

 

 むぎはその言葉に、少しだけ昔を思い出すような顔をする。

 

「でも、そのおかげで勝ち取れた自由もあるから……」

 

 アイスの棒をくるくる回しながら続けた。

 

「あれだけ私物持てるの、新東京だけだよ?」

 

 ナナは「まぁ……そうみたいだね~…」と顔をしかめた。

 

 地下購買の静かな空気の中。

 

 むぎがアイスの棒を咥えたままぼんやりしていると、不意に西校舎側の階段から足音が響いてきた。

 

 軽い足取り。

 

 桃色の髪を揺らした生徒が、階段を降りてくる。

 

 桃色の髪。

 伊達眼鏡。

 どこか無邪気そうな雰囲気を纏った生徒。

 

 眼鏡をかけたその少女は、購買へ入るなり真っ直ぐアイスのショーケースへ向かった。

 

「あ……これこれ」

 

 ケースの中を覗き込み、どこか満足そうに頷く。

 

「やっぱり、これだけ余ってるんだなぁ」

 

 ショーケースの片隅には、売れ残ったチョコミントアイスが大量に積まれていた。

 

 少女は迷いなく顔を上げる。

 

「アカネ店長! これ全部!」

 

 その声に、購買奥のカーテン向こうから少女が顔を出した。

 

「はいはい……」

 

 慣れた様子だった。

 

 店主――アカネは大きめの袋を取り出し、チョコミントアイスを次々放り込んでいく。

 

 がさがさと袋の中で音が鳴る。

 

「持ってきな」

 

 ずしりと重そうな袋を少女へ渡した。

 

 少女は満足そうに受け取る。

 

 その横で、むぎが思わずツッコミを入れた。

 

「やめなー!」

 

 購買に声が響く。

 

「糖尿病になっちゃうよー!」

 

 だが少女は、眼鏡をクイっと指で押し上げながら冷静に訂正した。

 

「いや」

 

 一拍。

 

「僕が全部食べるわけじゃないから」

 

 アスカは購買カウンターの内側で、気だるげに腕を組んだ。

 

 エプロン姿のまま、サンゴを親指で雑に指し示す。

 

「こいつ、周央サンゴ」

 

 サンゴは大きなアイス袋を抱えたまま、少しだけ眉を下げた。

 

「紹介雑すぎない?」

 

 だがアスカは気にしない。

 

「半分東校舎の人間で、割と顔効くから困り事あったら丸投げして良いぞ」

 

 サンゴは小さく息を吐く。

 

「自分も東でシューターしてたくせに……」

 

 アスカは「昔の話だろ」と適当に返した。

 

 サンゴは軽く眼鏡を直し、それからむぎとナナへ向き直る。

 

「細かいことは企業秘密だけど、ちょっと野暮用で東の皆とは付き合いがあるんだ」

 

 口調は穏やかだった。

 

「君たち、新東京ポートの生徒だよね」

 

 ナナが「まあ、一応」と曖昧に頷く。

 

 サンゴはその反応を見て、少しだけ柔らかく笑った。

 

「ちょっとしたことなら……怒られないくらいになら、手伝うよ」

 

 かなり気軽な調子だった。

 

 むぎはその顔をじっと見る。

 

「私はもう新東京じゃないけど……」

 

 頭を掻きながら、少し警戒するように目を細めた。

 

「なんかお人好しじゃない?」

 

 そしてそのまま続ける。

 

「世怜女の生徒なら、世怜女の子の仕事手伝ってあげなよ」

 

 サンゴは「あー……」と微妙そうな顔をした。

 

 その横で、アスカがくすっと笑う。

 

「まあそりゃ……」

 

 彼女はカウンターへ頬杖をついた。

 

「こいつ、世怜女の仕事からは出禁になってるからな……」

 

 アスカはけろっとしている。

 

「昔からそうなんだよ」

 

 そう言って、むぎとナナへ視線を向けた。

 

 サンゴは袋を抱えたまま、小さくため息をついていた。

 

 アスカはカウンターに肘をついたまま、半笑いでサンゴを見る。

 

「こいつ、環崎教頭のお気に入りだから」

 

 サンゴの眉がぴくりと動いた。

 

「誘拐でもされて兵士に改造されないように、なんとか恩売りたいんだよ」

 

「そんなことないっ」

 

 サンゴは即座に否定する。

 

 だがアスカはにやにやしたままだ。

 

「じゃあやっぱり、あの“にぎにぎ”――」

 

「違うから」

 

 サンゴは食い気味に遮った。

 

 一瞬だけ咳払いしてから、妙に自信ありげな顔で続ける。

 

「まだこれからだから」

 

 沈黙。

 

 むぎが目をぱちぱちさせ、少し考えるように視線を泳がせる。

 

「それって、改造されないようにするため……になるのかな?」

 

「むしろ余計評価されることになりそうだけど……」

 

 かなり真面目に分析していた。

 

 サンゴは「いや、そこは色々あるんだよ」と曖昧に誤魔化す。

 

 アスカはとうとう吹き出した。

 

「お前ほんと面白ぇな」

 

 サンゴは露骨に嫌そうな顔をする。

 

 その空気の中で、むぎはふと何かを思い出したように口を開いた。

 

「じゃあ、ちょっと見て欲しい人がいるんですけど……」

 

 そう言って、サンゴを見る。

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