蘭阜市再開発計画   作:えいどら

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FILE2-4:人殺し

 所変わって、都内の街の雑多な通り。

 

 古びたビルの隙間を風が抜け、昼間だというのにどこか薄暗い。

 

 ろこは隣を歩くむぎをちらちら見ながら、内心かなり不安になっていた。

 

(いや……無理でしょ……)

 

 どう見ても普通の女子高生だ。

 

 しかも、どちらかと言えばふわふわしたタイプ。

 

「家長さん……だっけ」

 

「んー?」

 

「旧蘭阜市で会ったよね……?」

 

 むぎは「会ったね〜」と軽く頷く。

 

 ろこは少し言いづらそうに続けた。

 

「なんか合気道とか……やってるのかな?」

 

 かなり遠回しな確認だった。

 

 むぎは数秒きょとんとして、それから急にろこの腕をぐいっと引っ張る。

 

「大丈夫です!」

 

「うわっ」

 

「きっとお力になりますよ!」

 

 妙に自信満々だった。

 

 ろこは逆に不安になる。

 

「いやその、“きっと”って何……?」

 

 むぎは「うーん」と考えるように唇へ指を当てた。

 

「あ、でも……やっぱり何もないとあれかな」

 

「何が?」

 

「だから……」

 

 何か提案しようとした、その瞬間。

 

 後ろから、軽く肩を叩かれる。

 

「……?」

 

 ろこが振り返る。

 

 そこには、新東京ポートの制服を着た少女達が数人立っていた。

 

 どこか緊張した顔。

 

 そのうちの一人が、おそるおそる口を開く。

 

「あの……」

 

 ろこは目をぱちぱちさせる。

 

「鏑木さん……ですよね……」

 

「え、はい」

 

 少女は、ちらりとむぎを見る。

 

 そして、かなり怯えたような声で言った。

 

「その子と一緒にいたら……ダメです……」

 

「その子……」

 

 少女の声は、震えていた。

 

 周囲を気にするように何度も視線を泳がせながら、それでも絞り出すように続ける。

 

「もう何人もそうやって、殺してるんです……」

 

 ――その瞬間。

 

 街の喧騒が、一気に遠のいた気がした。

 

 車の音。

 通行人の話し声。

 遠くの工事音。

 

 全部が急に薄くなる。

 

 ろこの背中を、嫌な汗がつうっと流れた。

 

「……え?」

 

 声がうまく出ない。

 

 少女はさらに小さな声になる。

 

「殺し屋なんです……その子……」

 

 ろこはゆっくりと視線を横へ向けた。

 

 隣に立つむぎ。

 

 さっきまで普通に笑っていた少女。

 

 だが今は、逆光で表情が見えない。

 

 制服の輪郭だけが、ぼんやりと浮かんでいる。

 

 ろこの脳裏に、断片的な記憶が蘇る。

 

 旧蘭阜市での不自然な落ち着き。

 あの“きっとお力になりますよ”という言葉。

 

 そして――

 

 自分が今、暴力団に狙われているという現実。

 

 ぞわり、と寒気が走った。

 

 むぎは何も言わない。

 

 ただ静かに立っている。

 

 それが余計に恐ろしかった。

 

 ろこは無意識に、握っていたむぎの手をゆっくり離す。

 

 指先が離れる感覚だけが、妙にはっきりしていた。

 

 むぎは、少女たちの言葉を聞きながら、内心で小さく舌打ちした。

 

(こいつら……)

 

 だが表情には出さない。

 

 むしろ一度、小さく息を吐くと、ろこからすっと距離を取った。

 

「それなら良いです」

 

 声は妙に落ち着いていた。

 

 ろこはびくりと肩を揺らす。

 

 むぎはゆっくり頷く。

 

「ええ、そうです」

 

 そのまま、まるで肯定するように続けた。

 

「任務でこうやって近づいて、安心したところが一番隙だらけになるんでね」

 

 次の瞬間。

 

 むぎはろこの腕をぐいっと抱き寄せた。

 

「ひっ」

 

 ろこの喉から情けない声が漏れる。

 

 むぎはにこりと笑う。

 

 だがその笑顔は、普段の柔らかいものではなかった。

 

 ぞっとするほど冷たい。

 

「良い襲い方でしょう?」

 

 少女たちは青ざめる。

 

 そのうちの一人が震える声で言った。

 

「そうやって……川口さんのことも脅してるの?」

 

 むぎは答えない。

 

 だが、その沈黙が余計に肯定のように見えた。

 

「っ……!」

 

 少女たちは返答も待たず、一斉に走り去っていく。

 

 制服の足音だけが遠ざかっていった。

 

 静寂。

 

 むぎはその背中を見送りながら、内心でげんなりしていた。

 

(うわ……そう取るのか……)

 

 一拍。

 

(それだったら、あいつがいくら説明しても無駄か……)

 

 むぎはろこから離れる。

 

「殺すなら今のタイミングで殺してますって」

 

 あっけらかんとした声。

 

 だがろこは、まだ警戒したままだった。

 

 目が完全に泳いでいる。

 

 むぎはそれを見ると、小さく肩をすくめる。

 

「交渉決裂ですかね」

 

 そう言って離れようとした。

 

「ま、待って」

 

 ろこが反射的に声を出す。

 

 だが、その先が続かない。

 

 何を言えばいいのか、自分でも分かっていなかった。

 

 恐怖。

 困惑。

 哀れみ。

 

 いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざった顔だった。

 

 むぎはその表情を見て、逆に少し意外そうな顔をする。

 

「もしかして、ろこさん……」

 

 一拍。

 

「こういうことしてる子……初めて?」

 

 ろこは答えられない。

 

 ただ視線を逸らす。

 

 むぎはそれを見て、少しだけ苦笑した。

 

「日本はともかく……」

 

 風が吹く。

 

 むぎの髪が揺れた。

 

「治安悪い国行けば、普通にいるけど……」

 

 人通りの多い通りを、むぎは黙って歩いていた。

 

 その数歩後ろを、ろこがついてくる。

 

 微妙な距離感。

 

 むぎは前を向いたまま、ぼんやり考えていた。

 

(あいつら、街中で言いふらすとか良い神経してるわ……)

 

 通り過ぎる人影。

 信号待ちの学生達。

 誰もこちらを気にしていない。

 

(知らない顔ばっかだったな……)

 

 一拍。

 

(なんか若そうだし、下の世代にもああいう奴らいるのか……)

 

 少しだけ面倒そうに息を吐く。

 

 そして、後ろをちらりと見る。

 

 ろこはまだついてきていた。

 

 どこか気まずそうに。

 

(てか、怖いならついてこなけりゃ良いのに……)

 

 むぎは内心そう思いながらも、特に何も言わない。

 

 しばらく無言が続く。

 

 やがてむぎが、何気ない調子で口を開いた。

 

「大スクープじゃん」

 

 ろこが顔を上げる。

 

「え?」

 

「カメラ回せば?」

 

 むぎは振り返らないまま言った。

 

「“女子高生殺し屋の真実!”とか」

 

「そんなこと……」

 

 ろこは反射的に否定しかける。

 

 だが、その先の言葉が続かない。

 

 喉に何か引っかかったみたいに、声が止まる。

 

 むぎは黙ったまま歩き続ける。

 

 ろこは視線を落とした。

 

「……あの子達が……そう言ってただけ……」

 

 小さい声。

 

「家長さんが……悪ノリしただけ……」

 

 言葉を押し出すように続ける。

 

「中高生のごっこ遊びに……乗るほど……」

 

 少し間。

 

「私……子供じゃ……ない……」

 

 むぎはその言葉を聞きながら、前を向いたまま小さく思った。

 

(まあ……そりゃそう)

 

 風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。

 

 人通りの少ない駅前の休憩所で、ろこは紙コップのコーヒーを持ったまま、テーブルへ突っ伏していた。

 

 頭の中では、さっきのむぎの言葉が何度も反響している。

 

『私と一緒に来るなら、夕方4時に来てください』

 

『来ないなら後はご自由に』

 

「……はぁ……」

 

 何も整理できない。

 

 暴力団。

 警察から信頼される探偵。

 女子高生の殺し屋。

 

 全部、現実感が薄い。

 

 ろこは顔を伏せたまま、ぼんやりとコーヒーを見つめる。

 

 その時。

 

 肩を、とんと叩かれた。

 

「……っ」

 

 ろこが顔を上げる。

 

 そこに立っていたのは、さっきの新東京ポートの制服姿の少女達だった。

 

 ろこは思わず身構える。

 

 少女達は周囲を確認するように視線を巡らせ、他に誰もいないことを確かめる。

 

 そして、そのうちの一人が小さく頭を下げた。

 

「私……吾妻って言います」

 

 緊張した声。

 

 ろこは戸惑いながら頷く。

 

「え、あ……はい」

 

 吾妻はさらに一歩前へ出た。

 

「私たち、鏑木さんの力になりたくて来たんです!」

 

 ろこが目を瞬かせる。

 

 吾妻の目は真剣だった。

 

「私たちも本当は……あの、家長むぎと同じで……」

 

 そこで一瞬、言葉が詰まる。

 

 だが彼女は、唇を噛みながら続けた。

 

「でも、もうこんな生活嫌なんです!」

 

 別の少女も、勢い込むように口を開く。

 

「鏑木さんは、私たちのヒーローなんです!」

 

「は……?」

 

 ろこは完全に困惑していた。

 

 だが少女達は止まらない。

 

「私たちも、鏑木さんみたいに人を殺さなくても、悪人から人を守れる人になりたい……!」

 

「だから、お願いします……!」

 

 口々に語るその声は、どこか必死だった。

 

 ろこはコーヒーを握ったまま、何も言えない。

 

 彼女達の目は、本気だった。

 

「いや……ごめん、ちょっとまだ……飲み込めてなくて……」

 

 視線が泳ぐ。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 

「じゃあ、なんで……そんな殺し屋なんてやめれば……」

 

 そこまで言いかけて、ろこはふと口を閉じる。

 

 ――“もうこんな生活嫌なんです”。

 

 さっきの少女の声が、頭の中で蘇った。

 

(この子達……)

 

 ろこの喉が詰まる。

 

(無理やり戦わされてるの……?)

 

 その瞬間。

 

 むぎの顔が脳裏に浮かぶ。だが今は、それが別の意味に見え始めていた。

 

(もしかして、家長さんも……)

 

 無理やり。

 そうなるよう育てられたのだとしたら。

 

 ろこはゆっくり俯く。

 

 自分は今まで、“弱い立場の人間を救っている”つもりだった。

 

 権力者に潰される人。

 声を上げられない人。

 社会の裏側で踏みつけられる人。

 

 そういう人達を助けているつもりだった。

 

 けれど。

 

(私……)

 

 胸の奥が重くなる。

 

(逆に、一方的に居場所を奪ってたの……?)

 

 もし彼女達が、自分達なりの生き方を必死に続けていたのだとしたら。

 

 もし、“普通”へ戻れない事情があったのだとしたら。

 

 ろこが暴こうとしていたものは、彼女達の最後の居場所だったのではないか。

 

 そんな考えが、頭を離れなくなる。

 

 少女達は不安そうにろこを見ていた。

 

 だが、ろこはすぐに言葉を返せなかった。

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 空は焼けるような赤色に染まり、透明な高層ビル群へ反射していた。

 

 待ち合わせ場所の噴水広場には、人影がまばらに行き交っている。

 

 ろこは、その片隅に一人で立っていた。

 

 スマホ画面を見つめたまま。

 

『どこまで知ってるんですか』

 

『家長むぎさんのこと』

 

 サンゴへ送ったメッセージ。

 

 既読はつかない。

 

 画面は静かなままだ。

 

 ろこは小さく息を吐く。

 

 だが、その沈黙は妙に重かった。

 

 まるで、自分自身へ問いかけられているみたいだった。

 

 ――お前は、どこまで知っているのか。

 

 ――何を見て、何を正義だと思ってきたのか。

 

 答えはまだ出ない。

 

 ろこはスマホを下ろし、ぼんやり顔を上げた。

 

 その時。

 

 ガラスの案内板の向こう側に、人影が立っていることに気づく。

 

 家長むぎ。

 

 夕焼けを背に、静かにこちらへ歩いてくる。

 

 風が吹き、長い髪が揺れた。

 

 だが、その表情は冷たい。

 

 昼間の柔らかい雰囲気とは違う。

 

 ろこは思わず目を見開く。

 

「家長さん……」

 

 喉が乾く。

 

「もしかして、無理やり戦わされて……」

 

 むぎは足を止めない。

 

 静かに近づきながら、あっさり答えた。

 

「そうですよ」

 

 あまりにも自然な肯定だった。

 

 ろこは言葉を失う。

 

 むぎはそのまま続ける。

 

「私だけじゃないですよ」

 

 赤い空が、ガラス越しに揺れる。

 

「好きで戦ってる人間なんて、殺人快楽者くらいしかいません」

 

 その声には感情が薄かった。

 

 諦めとも違う。

 

 もっと“当然の事実”を話すような口調。

 

 だが次の瞬間。

 

 むぎはふっと微笑む。

 

 冷たい笑みだった。

 

「まあ……嫌な気持ちにはなりませんよ」

 

 ろこの背筋がぞくりとする。

 

「そういう風に改造されているので」

 

 むぎは夕焼けの噴水広場で、静かにろこへ背を向けた。

 

 赤く染まったガラスの高層ビル群が、二人の影を長く引き伸ばしている。

 

「まあ……良いんじゃないですか」

 

 風が吹く。

 

 むぎの髪がさらりと揺れた。

 

「あなたはあなたの正義を貫けば」

 

 その声は穏やかだった。

 

 けれど、どこか突き放している。

 

 むぎはそのまま続ける。

 

「はい。そうですよ。私は殺人快楽者です」

 

 ろこが息を呑む。

 

「そういう風に頭をいじられてるので、そういうことで良いです」

 

 淡々とした声音。

 

 まるで、自分自身を他人事みたいに説明していた。

 

「私は……!」

 

 ろこが思わず声を上げる。

 

 その瞬間。

 

 スマホが震えた。

 

 ろこは反射的に画面を見る。

 

 サンゴからの返信。

 

『僕にあまり頼らない方がいい』

 

 一拍。

 

『君は君自身の考えで、答えを決めた方がいい』

 

 ろこはその文章を見つめる。

 

 数秒。

 

 だが、すぐにスマホを握り締めた。

 

 もう画面は見ない。

 

 ろこはむぎへ向き直る。

 

「私は……まだ分からない」

 

 声が震える。

 

 それでも、目だけは逸らさなかった。

 

「それでも、弱い人達の力になりたい!」

 

 夕焼けの光が、ろこの瞳へ反射する。

 

「人の自由を阻害する人間を許せない!」

 

 呼吸が荒くなる。

 

「だから……壊しに行く」

 

 ろこは拳を握った。

 

「それを邪魔する存在を全て!」

 

 沈黙。

 

 むぎはしばらく、ろこを見つめていた。

 

 それから。

 

 ふっと、明るい顔で笑った。

 

 今度の笑顔は、どこか自然だった。

 

 むぎはゆっくり手を伸ばす。

 

「ろこさんは昔からずっと、強い人だよ」

 

 ろこが目を見開く。

 

「昔のことは何も知らないけど、そんな気がする」

 

 夕焼けの風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。

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