蘭阜市再開発計画   作:えいどら

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FILE1-4:香屋の店主

 むぎは、旧蘭阜市の外れを歩いていた。

 

 錆びた標識。ひび割れた道路。ところどころに瓦礫が残り、草が伸びている。

 

 荒れた道を、むぎはゆっくりと進んでいく。ここに来るのは、二年ぶりだった。

 

 旧蘭阜市での戦闘が厄介だった理由は明確だった。

 

 共和国の一件で日本に残っていた、オリヴィス・アンソルと繋がりのあった傭兵の小隊。

 それは少年兵達で構成された部隊だった。

 

 その小隊を、Σを使って国連が殲滅する。その方針に対して、共和国政府が強く反抗した。

 

 そして事態はさらに悪化する。

 

 共和国が、市内に特殊部隊を派遣したことで状況は急変した。それ以降、この地域は停戦状態にある。

 

 むぎは歩きながら、改めて思う。

 

 やはり——子供を戦争に使うということは、良くも悪くも、国の感情を左右しやすい。

 

 風が吹き、錆びた標識が小さく揺れた。

 

 現在、この街は二つに分断されている。

 

 半分はΣの管轄。

 もう半分は共和国の管轄。

 

 自由に行き来するには、共和国直轄の兵士の許可が必要だ。

 

 だが、それは現実的とは言えない。

 

「……まあ、入れるのは一部だろうね」

 

 小さく息を吐きながら、むぎは街の奥へと進む。

 

 瓦礫や崩れた建物が続く景色を想像していた。

 

 しかし——

 

 進むにつれて、様子が変わっていく。

 

 道路は補修され、

 建物も整えられている。

 

 段々と、整備された街並みが広がっていった。

 

 むぎは足を止める。

 

 正面に、小さな施設が見えた。その前には旗が立っている。

 

 風に揺れる布には、はっきりと文字が書かれていた。

 

「旧蘭阜市観光案内所」

 

 予想していなかった光景だった。怪訝そうな顔で、ゆっくり近づく。

 

 ガラス越しに中を覗き込む。室内の電気は消えている。人の姿もない。

 

 だが、中はきれいに整えられていた。

 

 棚にはパンフレットが並び、机や案内板もきちんと配置されている。

 

 まるで、今も営業しているかのように。

 

 むぎがガラス越しに観光案内所の中を覗き込みながら、小さく呟く。

 

「……誰がこんな場所に、観光案内所なんか……」

 

 その時だった。

 

 背後から、女の声が聞こえる。

 

 むぎは姿勢を変えない。ガラスを覗き込む体勢のまま、背中で気配を探る。

 

 振り返らず、悟られないように、そのまま耳だけを向ける。

 

 後ろでは、女性記者がビデオカメラを構えていた。

 片手には携帯した簡易的なインターフェース。どうやら配信をしているらしい。

 

 カメラを自分に向けながら、はっきりとした声で話す。

 

「この旧蘭阜市、世間一般では——」

 

 少し歩きながら続ける。

 

「自衛隊と共和国政府の合同訓練による大規模な火災があり、現在は両国が警戒に当たっているとのことですが」

 

 そのまま、街の奥の方へカメラを向けて歩いていく。

 

 そして、ズームをかける。

 

 荒れ果てた場所。

 崩れた建物の前の地面。

 

 記者はカメラの画面を覗き込みながら言う。

 

「見てください、この跡」

 

 カメラは地面の黒ずんだ跡を映している。

 

「人の血液に見えませんか……? それも、少しじゃない」

 

 声のトーンは落ち着いているが、言葉は重い。

 

「訓練とはいえ、これだけの血液を流せば……」

 

 カメラ越しにその跡を確認しながら続ける。

 

「無事では済まないでしょう」

 

 女性記者はカメラを構えたまま、その方向へゆっくり歩いていく。

 

「この辺りは貴重な文化遺産もあることから、つい最近、一般の立入が許されることとなりましたが——」

 

 歩きながら、カメラの向こうに語りかける。

 

「いまだに整備された……限られた場所以外では、専用の資格を持つ人の同伴が無ければ立入は許されません」

 

 足を止め、少し語気を強めた。

 

「テロ組織による爆撃や暴力団の抗争など……」

 

 カメラを少し持ち上げる。

 

「我々国民が知ってはいけないような何かを、政府が隠しているのではないでしょうか?」

 

 そして、最後にカメラへ向かって言う。

 

「これからも、この旧蘭阜市について、できる限りの情報を調べていくつもりです。」

 

 そこで配信は切られた。

 

 女性はふうっと息を吐き、カメラを下ろす。

 周囲を見回した、その瞬間。

 

 むぎの姿が目に入る。

 

「ヤベっ……!」

 

 慌てて機材を片付け始める。

 

 カメラを下げ、ケーブルを雑にまとめながら、むぎの方へ駆け寄る。

 

「大丈夫!大丈夫だから!」

 

 慌てた様子で言いながら、タブレットの映像を見せる。

 

「向こうの方撮ってただけだから!」

 

 画面を指差す。

 

「ほら、映してないから大丈夫!ね?」

 

 にこっと笑う。

 

 そして、ポケットから名刺を取り出して差し出した。

 

「私、鏑木ろこ!北東新聞の記者やってます!」

 

 むぎの反応も待たず、周囲をちらりと見回す。

 

 少し声を落として言う。

 

「私さ、こうやってみんなのこと騙してコソコソやるの許せないんだよね……」

 

 さらに周囲を確認してから、むぎの方へぐっと指を近づける。

 

「私たちのこと、バカにしてると思わない!?」

 

 目が真剣になる。

 

「見下されてる気してムカつくんだよね!」

 

 むぎは、ろこの勢いに少し間が悪そうな顔をした。目をわずかに逸らしながら、小さく頷く。

 

「あ……はい……」

 

 それから、曖昧に続ける。

 

「そうですね……」

 

 ろこはその様子を見て、首を傾げる。

 

「君、高校生?」

 

 むぎの服装をちらっと見て言う。

 

「随分薄着だけど、この辺は近所なの?」

 

 答える前に、少しだけ間を置いた。するとろこが、はっとした顔になり、慌てて両手を振る。

 

「あっ!別に取材とかじゃないから!」

 

 苦笑いしながら一歩下がる。

 

「なんか職業柄、こんな風になっちゃって……」

 

 そう言って視線を観光案内所へ向けた。ガラス張りの建物を見ながら、首をかしげる。

 

「……誰かいるのかな?」

 

「動いてるところ、あんまり見ないよねー」

 

 むぎも特に言葉を返さず、同じように建物を見ていた。

 

 しばらく、二人で黙ってガラス越しの室内を眺める。

 

 そのとき——背後から声がした。

 

「そこ……月曜しか空いてないよ」

 

 二人は同時に振り返る。

 

 そこに立っていたのは、ふわりと甘い香水の匂いを漂わせた女性だった。

 

 どこか気の抜けたような、柔らかい雰囲気。肩の力の抜けた笑顔で、二人を見ている。

 

 女性は申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

「学生ちゃんに任せてるから、どうしても休業日多くなっちゃうんだよねえ……」

 

 のんびりした口調でそう言った。

 

 ろこは、さっと名刺を取り出して女性に差し出した。

 

「鏑木ろこと申します。北東新聞の者でして……」

 

 丁寧な口調で続ける。

 

「少しだけ、市内の景観を撮らせていただきました」

 

 女性は名刺を受け取り、軽く目を通す。

 そのままのんびりとした雰囲気で頷いた。

 

「私はこの辺にある香屋の店主」

 

「梢桃音」

 

 肩の力の抜けた声で言う。

 

「観光案内所と違って、大体暇なときは開けてるから、いつでもどうぞ〜」

 

 それから、街の奥の方を指さした。

 

「ここよりは街の人いると思うよ」

 

 ろこは「ああ」と小さく頷く。

 

「それで、お香の良い香りがするんですね」

 

 納得したように笑う。

 

 一方、むぎは眉をひそめた。

 

「香屋?」

 

 少し疑わしそうな視線を向ける。

 

「こんな被災地でですか?」

 

 女性は「ああ……」と頭をかいた。

 

「まあ、そりゃ外から見ればそうか」

 

 少し苦笑いする。それから説明するように続けた。

 

「ここ、結構地元の人は残ってんだよね」

 

 軽く手を振る。

 

「あんなことあったけど、別に被害少なかった場所もそこそこあるし」

 

 そして、街の整った建物の方を顎で示す。

 

「なんなら国がテコ入れしてくれたお陰で、前よりも格段に綺麗な場所もあるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 むぎは香屋の女性について歩き、整備された街の外れにある店へと辿り着いた。

 

 扉をくぐると、中は外とは違う空気だった。中華風の落ち着いた内装。木の棚や小さな飾りが整然と並び、どこか静かな時間が流れている。

 

 そして、ほのかに漂う品のあるお香の煙が細く揺れていた。

 

 むぎは店内を見回す。

 

 棚にはお香や蝋燭が並び、その近くには小さな皿や茶器も置かれている。さらに奥を見ると、点心の蒸籠や茶葉の缶も並んでいた。

 

 それに気づいたむぎの視線を追い、女性が説明する。

 

「ああ、それ?」

 

 軽く肩をすくめる。

 

「あんまり数はないけどね」

 

 棚の方を指しながら続けた。

 

「なんか観光案内所の奴に、それっぽいもの食べたいって言われたから置いてるんだ」

 

 そう言いながら、むぎを椅子に座らせる。

 

 女性は慣れた手つきで茶器を並べ、湯を沸かし、中国茶を淹れ始めた。

 

 しばらくして、ぽつりと話す。

 

「ここで香屋始めて結構経つんだけど……」

 

 遠くを見るような目になる。

 

「まさか、こんな風になっちまうとはねえ」

 

 むぎはその言葉を聞きながら、静かに答える。

 

「……確かに、これだけ大きな火災だと、復旧にも時間がかかりますよね」

 

 女性は手を止める。

 

 そして、はっきりと言った。

 

「あれ嘘だよ」

 

 きっぱりした声だった。

 

「本当は国連が外国とドンパチやったからなんだよね」

 

 湯呑みに茶を注ぎながら続ける。

 

「それでこっち側には、あの観光大使みたいなやつがついて」

 

 軽く顎で外を示す。

 

「向こう側には外人が住み着いてる」

 

 それから、少し肩をすくめる。

 

「本当はうちらが入って片付けたいけど、変に入ると怖いかんね」

 

 そう言って、湯呑みをむぎの前に置いた。

 

 湯気が静かに立ち上る。

 

 むぎはそれを見たあと、女性の顔を見る。その表情には、少し複雑なものが浮かんでいる。

 

 湯気の立つ茶を見つめながら、静かに口を開いた。

 

「住んでいる住民は……そのこと、知ってるんですか?」

 

 香屋の女性は少し考えるようにしてから、首を横に振る。

 

「知ってる人もいるけど、言ったところで信じてもらえないからね」

 

 ため息混じりに続けた。

 

「お嬢ちゃんも、あんまり言っちゃダメよ」

 

 湯呑みを指先で軽く回す。

 

「怖い人達にマークされちゃうから」

 

 その言葉に、むぎはふっと肩の力を抜いた。

 

「大丈夫ですよ」

 

 穏やかな声だった。そのまま、テーブルの端に置かれていたスプーンを指先でつまむ。

 

 次の瞬間——スプーンが、ひゅっと空気を切った。

 

 投げナイフのような鋭い軌道。耳のすぐ横をかすめ、後ろの柱にカンと小さく当たる。

 

 思わず肩を震わせた。

 

「っ……!」

 

 一拍遅れて、ゆっくりと振り返る。

 

 柱に当たって落ちたスプーンを見て、額にうっすら汗が滲む。それから視線を戻し、乾いた笑いを漏らした。

 

「ああ……なるほど」

 

 小さく息を吐く。

 

「“怖い人”側の子なのね……」

 

 冷や汗を浮かべながら、そう答えた。

 

 香屋の女性は、耳元をかすめたスプーンをちらりと見てから、力が抜けたように反対側の椅子へ腰を下ろした。

 

「……」

 

 少し間を置いて、気まずそうに口を開く。

 

「……あの北東新聞の記者、殺っといた方が良いんじゃない?」

 

 冗談半分の声だった。

 

 むぎは何も言わない。

 

 ただ、じっと女性を見つめる。

 

 その無言の視線に、女性の表情がみるみる引きつる。

 

「じょ、冗談だって〜……」

 

 苦笑いを浮かべながら、肩をすくめる。しかし、むぎがわずかに睨むような目で見つめ続けると、女性は慌てて両手を挙げた。

 

「ま、まさか……それはないよね!?」

 

 焦った声で続ける。

 

「いや、愚痴ったって誰も信じないってこんな話!」

 

 むぎはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「どこまでご存知かは知りませんが……」

 

 少し間を置く。

 

「似たような子供を見ていませんか」

 

 女性は首を傾げる。

 

 むぎは続けた。

 

「彼らにちょっと……なんというか、困りごとがありまして」

 

 女性はすぐに両手を振った。

 

「来てないよ!そんな危なっかしい子……!」

 

 即答だった。

 

 だが、そのあと少し考えるように目を上げる。

 

「ああでも……観光案内所の子達はそんな話あったかな……」

 

 ぽつりと漏らす。

 

 しかし、すぐに自分で打ち消すように首を振った。

 

「いや……まあ、仕事の話とかはしてないから!」

 

 両手を振りながら続ける。

 

「変にマークされるとむっちゃ怖いし!」

 

 むぎが「子達」という言葉に引っかかり、顔を上げる。

 

「案内所の子って……1人じゃないんですか?」

 

 女性は頷いた。

 

「二人いるんだよね」

 

 湯呑みを指で回しながら説明する。

 

「別々の高校の子なんだけど」

 

 少し考えてから続けた。

 

「一人は世怜音女学院の子だよ」

 

「なんか訳ありみたいだけど、世間的にはお嬢様学校だからね」

 

 軽く肩をすくめる。

 

「結構人気あるみたいだよ」

 

 そしてもう一人のことを思い出すように、視線を上に向けた。

 

「もう一人は……知らない制服着てるね」

 

 指で空中に形を描くようにしながら言う。

 

「グレーのベストで、水色のネクタイしてて……」

 

 その特徴を聞いた瞬間。

 

 むぎが、がたっと椅子を引いた。

 

 勢いよく立ち上がる。

 

「その子……!」

 

 声が思わず強くなる。

 

「会いたいです!」

 

 身を乗り出して女性に尋ねる。

 

「いつ来ますか!?」

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 むぎは、古びたアパートの前に立っていた。

 

 パジャマ姿のまま、廊下からそっと一室を覗き込む。

 部屋の外壁に取り付けられた電気代のメーターに目をやる。

 

 針は、動いていない。

 

「……」

 

 しばらく見つめてから、小さく息を吐く。

 

(まだ寝てんのかな……)

 

 むぎはそのまま廊下を引き返し、アパートの外へ出た。

 

 部屋の反対側に回ろうと、建物の周囲を歩き始める。

 

 夜の通路は静かで、足音だけが小さく響いた。

 

 歩きながら、むぎは旧蘭阜市のことを考える。もし本当に、新東京ポート高校の学生が観光案内所にいるのだとすれば——

 

 生徒たちの実態を調べるうえで、重要な手掛かりになる可能性がある。そう考えながら、アパートの角を曲がる。

 

(あわよくば……)

 

 その生徒たちを「なんとかする」ために、旧蘭阜市という場所を利用できないか。そんな考えも頭をよぎる。

 

 だが、すぐに思い直す。

 

 彼女たちが、どんな意識で日々の仕事をしているのか。

 

 意思を持ってΣを変えようとしているのか。それとも、単に職の適性や自分の理想との乖離に困っているだけなのか。

 

 そこを見極めるのが先だ。

 

(……まずは、そこからだな)

 

 むぎはそう考えながら、静かな通路をゆっくり歩いていく。

 

 新東京ポートの生徒らしき少女について、むぎは香屋の女性の話を思い出していた。

 

 月曜日なら、間違いなくいる。

 

 そしてその少女は、共和国の敷地付近にいることが多い。

 だから会うには、その辺りまで歩いていかないといけない。

 

 むぎは眉をひそめる。

 

(……でも境界付近に行くと)

 

 苦い顔になる。

 

(あいつがいそうだなぁ……)

 

 そう思いながら、目に手をやり、小さく息を吐く。

 

 アパートの廊下から外へ出て、建物の横へ回り込む。

 周囲の様子を確かめながら歩いていた、その時。

 

 ふと、気配を感じる。

 

 むぎはすぐに足を止め、近くの木の茂みに手を伸ばした。

 

 次の瞬間——

 

 がさっと枝を掴み、中から人影を引っ張り出す。

 

「……」

 

 現れたのは、川口すみれだった。

 

 むぎは小声で言う。

 

「市街地でやんのやめてくれない?」

 

 すみれの腕を掴んだまま、少し眉を寄せる。

 

「見つかるんだけど」

 

 説教のような口調。

 

 だが、すみれはむぎを見上げて言った。

 

「……私、むぎちゃんに人殺しなんてしてほしくない」

 

 涙目だった。

 

 距離を詰めて迫る。

 

 むぎは一瞬、顔をしかめる。

 

「こいつ……」

 

 苛立ったように呟く。

 

 しかし、そのまま少し考えるように目を細めた。

 

 ふと、何か思いついたような表情になる。

 

 むぎはすみれの腰元に目をやり、手を伸ばす。

 

 すみれが携帯していたテーザー銃を、するりと抜き取った。

 

「……」

 

 軽く重さを確かめる。

 

 それから、すみれの方を見る。

 

「……んじゃ、今回だけね」

 

 そう言って手を離す。むぎはそのまま踵を返し、アパートの裏へと走っていった。

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