蘭阜市再開発計画   作:えいどら

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FILE1-6:白牙の幻獣

 月曜日。むぎは旧蘭阜市の通りを歩いていた。

 

 前に来た時よりも、わずかに人の気配がある。まばらではあるが、確かに生活の気配が戻りつつあるような空気。

 

 その視線の先——観光案内所に、灯りがついている。

 

「……やってる」

 

 小さく呟き、そのまま歩みを進める。入口の前に立ち、透明な扉に手をかける。

 

 開けると、カラン——軽やかな音が鳴る。同時に、ふわりと澄んだ木の香りが漂ってきた。中は、相変わらず整然としている。誰もいないはずなのに、机もパンフレットも、ぴしっと揃っている。

 

 むぎはゆっくりと中へ入る。奥を見るが、人影はない。

 

 代わりに、端の方にドリンクバーが目に入る。むぎは特に迷うことなくカップを取り、アイスティーを注ぐ。

 

 氷の音が、静かな空間に響く。そのままカウンターに向かい、呼び鈴をチンと鳴らす。

 

 椅子に軽くもたれながら、アイスティーを一口飲む。

 

 しばらくの静寂。その直後——奥の扉が勢いよく開いた。

 

「君を笑顔にご案内〜!」

 

 明るい声とともに、黄色いチャイナ服風のアイドル衣装を着た少女が、元気よく飛び出してくる。

 

 その瞬間。

 

「——っ!?」

 

 むぎは思わず、口に含んでいたアイスティーをぶっと吹き出した。

 

 目を見開く。カウンターの向こうで、にこにこと笑っているその顔。

 間違いない。いつもあっているジャージ姿の兵士、司賀りこだ。

 

 りこはくるりと振り返り、満面の笑みを浮かべる。

 

「むぎ先輩、ご案内〜!」

 

 そのまま勢いよく外へ飛び出していく。

 

「はぁ……」

 

 むぎは半目のまま、小さくため息をつく。

 

「めんど……」

 

 ぼやきながらも、結局その後をついていく。整備された通りを抜けると、景色が少しずつ変わる。

 

 舗装は途切れ、ところどころに瓦礫が残る。だが、その中に混じるのは——

 

 赤い提灯や、装飾の施された門。どこか中華風の雰囲気を残した大通りだった。

 

 りこは軽やかに歩きながら、振り返る。

 

「こっちこっち!」

 

 しばらく進んだ先。通りの中央に、それはあった。

 

 白い石で造られた、大きな像。狼のような姿をした神獣。

 

 鋭い牙、流れるような体躯。静かに佇みながらも、どこか威圧感を放っている。

 

 りこはその前でぴたっと止まり、ぱっと両手を広げた。

 

「これが蘭阜市の守り神、白牙の幻獣だよ!」

 

 誇らしげな声。

 

「へぇ……」

 

 適当に相槌を打ちながら、像を見上げる。りこはさらに続ける。

 

「でも白牙の幻獣だとなんだか言いづらいから、地元だとルンルンって呼ばれてるんだ!」

 

「いや……威厳落ちすぎだろ」

 

 即答だった。呆れたように顔をしかめる。

 

「終わってる終わってる……」

 

 ぼそっと呟く。すると、りこがぱっと顔を明るくする。

 

「あっ、そう!」

 

 指を立てて、嬉しそうに言う。

 

「ルンルンの口癖も、『終わってる終わってる……』なんだよ!」

 

「いや流石に嘘だろ……」

 

 低い声で呟いた。

 

 中華風の通りを、二人は並んで歩く。赤い提灯はところどころ色褪せ、立て看板も傾いたまま放置されている。

 

 店先のガラスは弾痕に撃ち抜かれ、ひび割れたまま。整備された区画とは違い、この辺りはまだ“そのまま”だった。むぎは周囲を見回しながら、ぼそっと言う。

 

「この辺、杭地雷無かったっけ……」

 

 りこはあっさり頷く。

 

「そこの角曲がったところだね」

 

 少し先を指さす。

 

「今もあるよ」「……そのままなんだ」

 

 むぎは小さく息を吐く。少し歩いたところで、むぎが何か言いかける。

 

「あのさ……」

 

 だが、その言葉を遮るように、りこがぱっと前を指さした。

 

「あそこ!」

 

 視線の先。通りの奥に、大きな建造物が見える。中華風の装飾が施された、堂々とした建物。

 

「蘭阜迎賓館!」

 

 りこが誇らしげに言う。

 

「本場の香港の建築家に製作してもらった場所で……」

 

 建物を見上げながら続ける。

 

「昔は展示会やったり、いろんなことに使われたんだけど」

 

 少しだけ表情が緩む。

 

「最近はすっかり手付かずだねぇ」

 

 むぎはその建物をじっと見ていた。しばらくして、ぽつりと呟く。

 

「……この辺、使えるようにならないかな」

 

 りこがちらっと横を見る。むぎは続ける。

 

「最近なんか、変なパパラッチとかも来てるから……」

 

 視線を逸らさずに言う。

 

「早く直した方がいいと思う」

 

 そして、少し強めに。

 

「地雷処理とか、廃棄物の処理とか」

 

 一つ一つ区切るように。

 

「できる人いた方がいいんじゃないかな」

 

 さらに言葉を足す。

 

「後は……事務処理とか!」

 

 りこはしばらく黙って聞いていたが、首をかしげる。

 

「……何か企んでる?」

 

 じっと顔を見る。

 

 観光案内所に戻ると、先ほどと同じように扉のベルが軽く鳴る。中に入ると——カウンターの向こうに、青い衣装を着た少女が座っていた。

 

 足をぶらぶらさせながら、りこを見ると、ひらひらと手を振る。

 

「もう交代の時間だよ〜」

 

 気の抜けた明るい声。

 

「お疲れ〜」

 

 りこも同じように手を振り返す。

 

「おつかれ〜!」

 

 そのまま横にいるむぎの方を振り向き、

 

「この人——」

 

 紹介しようとした、その瞬間。少女はむぎの顔を見て、ぴたりと動きを止めた。

 

「うおっ、家長むぎじゃん……」

 

 ぽつりと呟く。りこが目をぱちぱちさせる。

 

「あっ、やっぱりナナも知ってるの?」

 

 ナナは頬杖をつきながら、むぎをじーっと見て、

 

「あー……うちの学校の有名人の……腰巾着?だった人だよ」

 

 さらっと言う。むぎの眉がぴくっと動く。ナナは構わず続ける。

 

「その有名人は『命が大事です〜』なんて言うお花畑さんでさ」

 

 手をひらひらさせる。

 

「腰巾着さんもまあそんな感じだったらしいんだけど……」

 

 少し身を乗り出して、興味深そうにむぎを見る。

 

「それが転校してから、血に飢えたようにじゃんじゃか人殺すから先生達は大騒ぎよ」「……」

 

 むぎは無言で見返す。りこはむぎの肩にぽんと手を置く。

 

「そして今はしがりこの腰巾着!」

 

 どや顔。

 

「んなわけあるか」

 

 即座にその手を払いのける。ナナはそのやり取りを見て、くすっと笑った。

 

 ナナはカウンター越しにむぎを見ながら、少し首をかしげた。

 

「で……何の用?家長むぎさん」

 

 軽い調子だが、視線はしっかりと向けられている。むぎは一瞬言葉を選ぶようにしてから、

 

「その、有名人のことで相談があるんだけど……」

 

 と切り出す。

 

 ——その時。ナナのスマホが震えた。

 

「……はぁ」

 

 少し面倒そうに取り出し、画面を見る。そのまま通話ボタンを押す。

 

「今仕事中なんですけど……」

 

 ぶっきらぼうに出る。

 

 だが、次の瞬間。ナナの表情が、わずかに変わる。

 

 

 

 無言で、電話越しの話を聞く。数秒。

 

 それから短く答えた。

 

「……んじゃ、向かいますね」

 

 静かな声だった。通話を切ると、すぐに立ち上がる。

 

「今日店仕舞いするよ」

 

 りこに向かって言う。

 

「もねちに早閉めするって電話しといて」

 

「はーい!」

 

 りこはすぐに動き出す。二人は慣れた様子で、案内所の片付けを始める。パンフレットをまとめ、電源を落とし、ドリンクバーも手早く処理する。その動きには無駄がない。

 

 数分経つうちに、閉店準備は終わっていた。

 

「行くよ」

 

 ナナがそう言うと、二人はそのまま更衣室へ走る。

 

 むぎは少し遅れてその後を追い、扉を開ける。中を覗き、そのまま入る。

 

「私も行っていい?」

 

 ナナは灰色のベストに袖を通しつつ、ちらっと見る。

 

「碧星院寄ってる暇ないから」

 

 ロッカーを開け、中からガンケースを取り出す。

 

「ナナの銃使ってくれる?」

 

 それをむぎに片手で渡す。

 

 むぎは受け取り、ケースを開ける。中を確認する。

 

「S&W M&P」

 

「弾丸はりこのと共有できる」

 

 むぎは一度だけ中身を見て、静かにケースを閉じる。

 

「わかった」

 

 短く答えた。

 

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 観光案内所の前。夕方の光が落ち始め、通りの人影も少なくなっている。

 その中で——一人の女性が立ち止まっていた。

 

 手にはビデオカメラ。肩には機材バッグ。

 

 鏑木ろこは、案内所の入口をじっと見つめている。扉には札がかかっていた。

 

「準備中」

 

 ろこは一歩近づき、ガラス越しに中を覗き込む。室内の電気は消えている。

 

 人の気配も、音もない。あれだけ整っていた空間が、まるで最初から無人だったかのように静まり返っている。

 

「……いない?」

 

 小さく呟く。腕時計をちらっと見る。それから、もう一度札を見る。

 

「今日、月曜日だよね……?」

 

 少し驚いた顔。

 

 本来なら、開いているはずの時間。それなのに、完全に閉まっている。

 

 ろこはしばらくその場に立ち尽くし、ガラスに映る自分の顔と、暗い室内を交互に見つめていた。

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