潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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序章
或る終わり、或る始まり


 歩く。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 色褪せた砂丘を、ただ、歩き続ける。

 

 

 目的などない。終着点などない。

 

 

 ただ茫洋と広がる色褪せた大地を、終わることなく歩き続ける。

 

 

 あるいは()()が現れれば、それが終着点となるだろうか。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

「■が済■ば、■別れ■」

 

 

 すでに擦り切れて思い出せぬ記憶。

 

 

 だが、その言葉に抗うために。それだけのために、彼は禁忌をなした。

 

 

 その末路が、永劫の孤独だと分かっていても。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 正義などない。大義などない。

 

 

 正しいことだとは、露ほども思っていない。

 

 

 それでも。

 

 

 これが    を救う唯一の手立てならば。

 

 

 それが、彼の生き延びた意味だった。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 歩く。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 鼻腔をくすぐる感覚に、彼はふと立ち止まった。

 

 

 歩かなければ、という使命感に、彼は再び足を動かし始めた。

 目的地などない、出口などない、永遠の彷徨。だがそれが、彼に唯一残された使命。霊樹の導きによってのみ辿り着く異空間の砂浜に、異物が紛れ込んだ証明、その意味など、寸毫も思いを馳せない。

 思考に意味などない。何者が現れようと、やることは決まっている。立ちはだかるなら、滅ぼすまで。滅ぼし切れぬなら、殺し合うまで。その果てに降されたのならば、滅びるまで。

 

 

 されどここは、世界の断崖。

 この星のどこでもない、世界の隙間。霊樹によって切り取られた、事象の地平線(イベントホライズン)

 しつこく気を惹くようにくすぐり続ける感覚に、彼はようやく立ち止まった。

 

 

 霞のような記憶を探り、彼はその嗅覚の正体を探った。これは――潮の香りだ。()()が、纏わせていた匂いだ。

 ふと天を見上げれば、そこには星屑が浮いていた。

 儚く力強い瞬きの海ではなく、砕かれた岩塊が無造作に浮く闇があった。星の残骸。命の残骸。なれなかった、あるいは、滅ぼされた、その末路。

 

 

 それを、ひとつの瞳が見下ろしていた。

 

 

 十字に斬り裂かれた闇の奥に浮かぶ、どろどろと黒い光を放つ瞳。

 ――あれが、神か。彼は初めて思考を巡らせた。

 この星を支配するモノ。かつて支配していたモノ。次の支配を付け狙うモノ。それらを一括りにしてしまうとすれば――そういう思索は彼ではなく、()()()()の役割だったが――それこそが“神”と呼ばれるものだろう。呪詛の化身となった己に最も近く、そして何より遠いもの。

 この世全てを睥睨せんと言わんばかりの傲慢な瞳は、しかし彼を捉えてはいなかった。砕かれた星の残骸、その中天に浮かぶ、二人の女を見つめていた。

 黒い衣に身を包んだ若い女と、朧げな輪郭に囚われた若い女。

 朧げな輪郭の女は、その手掌に光を集めると、もう一人の女の胸に、自身の腕を突き立てた。そして輝きを体躯の奥底へ押し込むと、名残惜しむように、女の手を握った。たおやかに、しかし万感を込めた力強い握りに、再び光が灯り、女の手に小さな痕を刻んだ。

 朧げな輪郭の女は、それきりもう一人の女から身体を離した。意を決したとばかりに、柔らかに突き放す。落ちていく女が闇に溺れるのを見届けてようやく、彼に視線を向けた。言葉なきその視線は、しかし何よりも雄弁な感情を、彼に訴えかけた。

 

 守って欲しいのか。

 支えて欲しいのか。

 導いて欲しいのか。

 

 やめておけ、と彼は言いそうになった。声は出ず、ただ擦れた音だけが砂塵に呑まれた。

 何も守れず、何も救えず、ただ一人生き残った、運がいいだけの小人(しょうじん)。そして、同じ運命を辿った古い影の似姿。

 そんなモノに縋ろうなどと、どうかしている。いよいよ末期の窮地だろう。

 

 そんな彼の訴えを聞き届けたのか、女は柔和に笑った。……女というのは、存外に頑固な生き物らしい。

 

 

 ぐるぐると天地が歪んでいく。十字の裂傷が闇の渦巻きに呑まれ、そしてその闇が凍り付いていく。ただでさえ朧げな女の輪郭を、あっという間に覆い尽くしていく。

 飛び込むなら、今しかない。星が交わる軋轢、あり得ざる地平の交錯。今を逃せば、次の機会はない。

 

 彼は少しだけ考えて、ぐっと両脚に力を込めた。

 やることは、()()()と同じ。両脚を振り、遮るものを振り払い、一心不乱に駆け抜ける。

 彼は勢いよく跳躍すると、砂塵を巻き上げながら、女が溺れていった闇の中に、自ら飛び込んだ。じりじりと耳障りな音とともに、闇は彼を歓迎した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 やがて、砂丘には沈黙が残された。

 そこに居座るべき王はいない。それを屠るべき夜渡りはいない。ただ、途切れた足跡だけが、その存在の痕跡となって残り続けた。

 

 

 

 

 そして、

 

 

 彼は、

 

 

 

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