「ところで、結局これどうする?」
「どうする?」と問われても、何をすればいいのか分からないのが二人――漂泊者と追跡者である。
「放置していると、良くないのか」
「そんなことはないけど……むしろめっちゃ有益!」
「って言うと?」
追跡者の問いに、
「万物は周波数で構成され、音には必ず響きが残る――残像が残した残響は、デバイスのデータドックに記録することができ、“音骸”としてその行動を再現することができるわ」
「……でばいす……? でーたどっく……?」
「つまり、戦力として使えるってワケ!」
「その場に召喚されて共に戦ってくれる音骸もいれば、持ち主を変身させる音骸もいます。どれも心強い味方ですよ」
滔々と語る
「デバイスっていうのは、これのこと?」
そう言って、漂泊者は腰に提げていた瓢箪を見せた。よく見ると、ただの瓢箪ではない。黒白陰陽を象った、瓢箪型の機械端末らしい。
「……瑝瓏製の
「それで回収することができるのですが……この“怒涛級”の残像を、漂泊者さんのデータドックレベルで回収できるでしょうか……?」
「で……? れ……?」
「とりあえずやってみよう!」
いよいよ混乱に陥る追跡者を無視して、
……何も起こらない。デバイスは待機状態のまま、残響は貧金を散らすまま。
「あ、ダメか……」
「回収できないとどうなる?」
「離散する周波数となって徐々に衰え、最終的には音核を保てなくなるわ。無害な周波数エナジーとして霧散するから、一般的にはこのまま放置しても無害よ。
ただ、ある程度の周波数が塊として残留すると、それを目当てに他の残像が集まりやすいという仮説があるわ。これは『遠雷仮説』と命名されて、現在
「
ようやく立ち直った追跡者の問いに、
「とにかく、回収できれば得なんだな? お前たちも、試してみたらどうなんだ」
「そのつもりよ。稀少な未知の残像だから、回収しておきたいのだけれど――……」
「――……私も駄目です。
追跡者の提案に、しかし
回収する手段はなく、放置しても大きな問題はない……となれば、この場はここで引き揚げた方がいいだろう。安全地帯に避難するべく、無音区の十字裂傷から背を向け、歩き出す一同――その後ろに付いていく漂泊者の耳に、何者かの声が届いた。
『……お腹……すいたぁ……』
ぶわり、と漂泊者の右手に強い引力が生じた。
「!?」
周囲全てを呑み込みかねない強大な引力に、一同は思わず体勢を崩した。渦中の漂泊者はといえば、巻き上げられる風圧に身を崩しかけている。彼女は引力の渦の中心で、その右手に煌々と輝く音痕を見た。ここに、未知の何かが――?
漂泊者はさっと右手を引き、引き寄せるイメージを強く想起した。
効果は覿面だった。引力の嵐はぎゅるりと収束すると、漂泊者の右手に吸収され、嘘のように凪いだ。木霊ひとつ残さず静寂に満ちる漂泊者の脳裏に、浮かび上がった名前が一つ。
「――“無貌者”?」
漂泊者ははっと顔を上げた。視線を遣ると、無貌者の残響はどこにもなかった。たった今発生した引力、引き寄せたイメージ、そして脳裏に浮かんだ名前。これらを総合すると――
「――……まさか……生身で音骸を吸収した……?」
無論、この場にいるのは彼女一人ではない。彼女が引力を生じさせ、残響が吸収されていくところを、四人が目撃した。
「こんな共鳴能力見たこともないよ! え、もしかしたらまだ他にもすごい力持ってるんじゃない? 残像丸呑みとか、音骸炭焼とか!」
「最後のは何だ?」
「ど、どんな味がした? 辛かった? それとも甘かった?」
興奮のまま捲し立てる
そこに、
「気分はどうですか? 何か
「大じょ――」
何ともないよ、と続けようとした漂泊者は、
「お体は? 具合は? 吸収した残響の影響は?
「……特異な例ではあるけれど、全く前例がないというわけじゃないわ。心配し過ぎよ」
隙も見せずに捲し立てる
本気でこちらを心配してくれているだけに、猶更止めづらい。冷静な
それでも不安が隠せない
「……要するに、あんたと似たような能力を持った人間が、故事に残っているということか」
「もしかして漂泊者、あたしたちのご先祖様だったりする!?」
そうしていると、ふと
「あれ? 受信できるようになった?」
無音区の発生によるノイズが除去され、通信障害が解決したか。しかしぴりりと響く電子音は、まだ続いた。信号塔との通信復帰だけではない、何かの着信を知らせるアラートだろうか。
「これは……辺庭から今州全体への映像メッセージですね」
「つまり?」
「これから向かう今州城から、この今州全体に広報があるってこと。――なんだろ、急に?」
事態を呑み込めていない追跡者の問いに答えつつ、
五人の前に、するりと光の糸が編まれ、人の像を成した。上等な絹の衣装に身を包んだ、白髪の少女が姿を現した。
「な――霊体か!?」
「落ち着いて下さい、追跡者さん。ただの映像メッセージです」
『今州の皆さん、お忙しいところ失礼します。今州の今
「……誰?」
「今州で一番偉い人!」
突然姿を現した少女の幻に、追跡者は思わず大剣を構え、漂泊者は首を捻った。今州辺庭の主、今州の政治を司る長、今
『
近々大きな祭りがあるらしい。
『古来から今州は残像潮を退ける前衛拠点としての役を担ってきた険しい土地……後退も失敗も許されない――そんな戦争の重責を果たしてきた。
ですが、今州を支えてきた民のお陰で、このような繁栄と平和を築くことができました。皆さんの存在が、世界に輝く今州を作り上げたのです』
この今州の支配者とは思えない、丁寧な物言い。族長だった父とはまるで違う、と追跡者は思った。年若い彼女なりの政治術というべきものがあるのだろうか。
『我々は常に恐れに屈せぬ意志と、温かく誠実な態度を抱いてきました。それは、これまでも、これからも変わることはありません。
そこで、皆さんに一つお願いしたいことがあります』
そう言うと、
『ここを訪れる者の中に、余と今州、そして瑝瓏にとって非常に重要な客人がいるのです』
そう語る
『あなたは目覚めたこの世界にきっと混乱していることでしょう。周囲で起きている奇怪な現象にも、すでにお気づきになられているかと思います。
ですので、もし今州境内に留まるおつもりでしたら、今州城内の辺庭でお会いできないでしょうか?』
『あなたの疑問全てにお答えすることは叶いません。しかし、諸々の助力をあなたに提供させていただくことはできます。
もちろん、これは要請ではなく、単なるお願い――いかなる道を進まれようとも、それはあなた自身の選択でございます。
従って今州の皆さま、お願いします。その客人と出会うことがあれば便宜を図り、精一杯もてなしてください』
それだけ言い残すと、
「……終わりか?」
「みたいだね」
一同は、何とも言えない空気に包まれた。得体の知れない『重要な客人』――それに対する厚遇のお願い。前例のない内容に、
「――……でも……」
「そうね……」
「
三人の視線は、漂泊者と追跡者に向いた。当の二人は、きょとんと首を傾げるばかりだった。
「
己の記憶を持たず、見知らぬ世界に投げ出された異邦人。示し合わせたかのように現れた、数々の奇怪な事象。
「じゃあ私だな!」
「その自信はどこから来るんだ」
自信満々に胸を張る漂泊者に、追跡者がツッコんだ。本人なりに根拠があるのか、面の皮が厚いのか、ただのお調子者なのか。出会ったばかりの追跡者には、ちょっと判断できかねるところだった。
それはともかく。
「『あなた』と単数形で呼んでいた以上、
「だよね! 二人ともに呼びかけてるには、ちょっと違和感あったんだ」
「ですが……
三人の推測によると、どうも『漂泊者と追跡者の両方』という訳ではないらしい。どちらか一人は
――偶然? そんなことが、本当にあるだろうか? 追跡者はしばらく考え込んだ。
「――たぶん……俺ではない。と、思う」
「その心は……?」
「勘だ」
いずれにせよ、二人のどちらかが『重要な客人』であることは間違いないだろう。追跡者の意向を汲んだ
「漂泊者さんはどうしますか?」
「ひとまず、その今州城で様子を見てみよう。何か分かるかも知れない」
「ですが、
「友達だよね!」
◇ ◇ ◇
とにかく、最初の方針は決まった。まずは今州城に辿り着き、腰を落ち着かせよう。
「あなたたちは、一度全面的に検査した方がいいわね。
音骸を取り込んだ漂泊者は勿論、残像から出てきたという追跡者も」
道すがら、
そうして一行が崖を下っていると、一体の残像が姿を現した。身体のあちこちに小さな黒棘を生やした、獰猛そうな猪だ。
「あれは――」
「砕牙イノシシだ。この辺、多いんだよねぇ――」
ぼやく
「グォッ!?」
鋼線のワイヤーで繋がれた三又の鉤爪が、無防備な砕牙イノシシの体躯に食い込み、ぎちりと軋む音を立てた。突然の奇襲に動揺した砕牙イノシシは、そのままぐいと引っ張られる鉤爪に釣られて体勢を崩し、ずるずると横滑りに地面を這った。
その仕手――左腕をぐいと引き、そこに装着された弩状の機構でワイヤーを巻き上げる追跡者は、その勢いに任せて身を捻り、大剣を構えながら突進した。
がりがりがり、と追跡者の大剣が地を削った。ぼろぼろに朽ちた刀身が、地面の細かな石片に引っかかり火花を散らす。放散する火花とその熱が刀身に宿り、やがて大剣がぼおと火焔を纏った。
地滑りする砕牙イノシシと、突進する追跡者。接触の瞬間、高く掲げられた刀身が、陽光を浴びながら振り下ろされ――
「ガフッ!」
砕牙イノシシの胴を焼き斬った。
ごうごうと燃える刀身が砕牙イノシシの胴を深く抉り、その奥底の音核に深い裂傷を刻んだ。一撃にて命の核を両断された砕牙イノシシは、その周波数エナジーを四散させ、塵ひとつ残さず消失した。
あとに残されたのは、ぶおんと大剣を振って火焔を消しながら身を起こす追跡者と、呆気にとられる少女四人。
「すっご……あっという間に倒しちゃった……」
思わず呆然とする
「くっ……私だって、いずれ!」
「漂泊者さん?」
水風級一体とはいえ、難なく倒してみせた追跡者の手際に対し、何やら対抗心を燃やしていた。
思う一念岩をも穿つ。「追跡者を超える」という目標を抱いた彼女は、やがて千夜を駆け抜ける英雄となるだろう。
それはそれとして。
「薄々気付いてはいたけれど、あなたも共鳴者なのね」
「……その“共鳴者”というのは、何なんだ?」
しみじみと観察する
「特定の事象と共鳴でき、かつその周波数を操ることができる人間のことです。
共鳴者の能力は、その特性によって六つの属性に大別されます。“凝縮”“焦熱”“電導”“気動”“回折”“消滅”――この六つです」
「追跡者は“焦熱”かな? あたしとおんなじだね!」
「本来なら、共鳴者は“音痕”を有し、共鳴能力の起点として活用しているわ。その能力を最大化するため、音痕を露出させるのが定石なのだけれど……」
一周した三人娘の説明とともに、四人の視線が追跡者に集中した。
音痕どころか、頭からつま先まですっぽり覆う重武装ぶり。共鳴能力らしきものを発したというのに、その五体に変異は見られない。ちなみに海の彼方には、普段は音痕を隠し、共鳴能力を行使する瞬間のみ露出させる共鳴者もいるが、無論追跡者の様子からそのような特徴は窺えない。
「……ひん剥いてみる?」
「やめろ。嫁入り前の娘が滅多なことを言うな」
「何だよぅ、恥ずかしいのか~?」
「苦しゅうない、苦しゅうないぞ~」
「い、いけません漂泊者さん!」
わきわきと両手を動かしながらからかう
よいではないか~、とからかう
「遊んでないで、今州城に戻るわよ。
心配しなくても、
「ひん剥かれるのは確定なのか……」