潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第一章 今州の来訪者
第一幕 惹かれ合う声(1)


 今州城へと向かう道すがら、数体の残像を打倒した後。うちいくつかの残響を音骸として吸収していく漂泊者の姿を見ながら、ふと熾霞(シカ)が口を開いた。

 

 

「う~ん……見た目は少し変わってるけど、基本的な機能はあたしたちのデバイスと同じだね」

「無差別に残響を吸収できるわけではない……当然、デバイスに登録されるわけでもない……」

 

 

 漂泊者のデバイスがデータドック機能を起動し、残響を吸収していく様子は、三人が持つ瑝瓏製のデバイスと大差ない。音骸顕現の機能も問題なく発揮された。ますます、“無貌者”のケースが不可解だ。

 

 

「その『でばいす』というのは、誰もが持っているものなのか」

 

 

 ごく当然のように進んでいく話に、追跡者が問いを投げた。共鳴者としての当然の事実を疑問として投げかけられた三人は、揃って顔を見合わせた。

 

 

「共鳴者は基本的に持ってるね。何かと便利だから、たまに共鳴者じゃない人も持ってるよ」

「理由はあるのか?」

「デバイスには、持ち主の周波数測定機能もあるので、オーバークロック防止に繋がるんです」

「……『おーばーくろっく』というのは?」

「共鳴能力を限界以上に行使することで引き起こされる、制御不能状態のことよ。共鳴者の個々人によって症状は異なるけれど、深刻な被害を伴うのがほとんどね」

 

 

 オーバークロックの定義は複雑だ。共鳴能力そのものが千差万別、共鳴者自身に与える負荷状況も、その許容量も個々人によって異なる。共鳴者たちの管理者側にできることは、その共鳴周波数を測定して安定度とオーバークロックリスクを詳細化し、デバイスでモニタリングすることだけだ。

 

 

「そういえば、追跡者さんはデバイスを持っていませんね。漂泊者さんは持っているのに」

「私のは特別製?」

「かも知れないね!」

 

 

 漂泊者の得意げな顔を、熾霞(シカ)は否定しなかった。

 デバイスそのものはネオユニオンで開発されたものだが、その後の調整・改良は各国で独自に行われている。製造元を調べることができれば、そこから漂泊者の過去を辿ることができるかもしれない。

 つまり、ある意味の問題として残るのは、デバイスを持たない追跡者だ。明確な経歴証明がない中、その服装や装備から由来を類推していくしかない。

 

 

「追跡者も欲しくなった?」

「必要ならな。精密な機械を扱うのは、苦手だ」

「今後のことを考えると、調達した方がいいかも知れませんね。ただ……」

「ただ?」

 

 

 熾霞(シカ)と追跡者の提案を肯定しつつ、秧秧(ヤンヤン)は言葉を濁した。身も蓋もない現実で言葉にしづらいそれを、白芷(ビャクシ)が引き継いだ。

 

 

「ほとんどの共鳴者と多くの市民が有しているのは事実だけれど、資産のない追跡者(あなた)に無償提供できるほど、安価な物品ではないわ。どこかの組織に所属して、労務従事を対価に支給してもらう必要があるでしょうね。

 最も確実なのは、夜帰軍。秧秧(ヤンヤン)の紹介で踏白に所属することができると思うけれど、任務で各地を飛び回らなければならないわ。

 次に、私のいる華胥(カソ)研究院。共鳴者の安全管理上、申請すればすぐに支給されるでしょうけれど、特別協力者として実験に専念してもらうことになる」

「……つまり?」

「どこかの組織に所属して、その一員として働く必要があるんです」

 

 

 白芷(ビャクシ)秧秧(ヤンヤン)の説明に、むぅ……と追跡者は唸った。()()()()使()()がある以上、それ以外のことに拘束されるのは望ましくない。

 

 

「でもさ、令尹(レイイン)様の言う『特別な客人』なら!」

「そうですね。デバイス一個程度なら、すぐに融通してもらえる可能性があります」

 

 

 熾霞(シカ)の提案に、秧秧(ヤンヤン)も頷いた。元より共鳴者の安全管理という名目がある、要請すればすぐに通るだろう。

 崖を降り、谷を抜け、けもの道を歩き――一行はやがて、今州城の関所に辿り着いた。広い水堀と高い壁に囲まれた城門を、黒石武器で武装した兵士が警備している。重厚なアスファルトで整地された道路に、追跡者は大きく驚かされた。

 

 

「さて、これからどうする?」

 

 

 関所を通り抜け、熾霞(シカ)が発した話題に、最初に反応したのは白芷(ビャクシ)だった。

 

 

「私は研究院に戻るわ。雲陵谷(うんりょうだに)の異変、無音区の復活、頻発する海蝕現象……これらの異常な状況について報告しないと」

「辺庭への報告は私に任せてください。ついでに漂泊者さんと追跡者さんの謁見の手続きもしておきます」

 

 

 一分一秒も惜しいといった様子の白芷(ビャクシ)に続き、秧秧(ヤンヤン)も申し出た。縁故も伝手もない二人が一から手続きをするよりは、夜帰軍所属の彼女が代行した方が手っ取り早いだろう。

 

 

「中枢信号塔を登録してもらいたいし、あたしが二人を案内するよ。それが終わったらテキトーに近くを見て回ろっか。

 今州に初めて来た人を、辺庭に突っ立たせておくわけにはいかないでしょ? それに、一秒でも退屈されたら、あたしら今州民のおもてなし精神に反するよ!」

 

 

 今州城を駆け巡るヒーロー、熾霞(シカ)巡尉は、今州城ガイドとしてはおよそ最高の適役だ。寄り道をしない程度に、今州城の名物を紹介してもらおう。

 

 

「では私は謁見の手続きをしてきます。熾霞(シカ)は辺庭まで、二人の案内をお願いね」

「うん、任せて!」

「あとで共鳴医療課にも話しておこうと思うのだけれど、身体状況を考慮すると、あなたたちは全体検査を受けるべきよ。謁見が終わったら、研究院に来て」

 

 

 そう言って、秧秧(ヤンヤン)白芷(ビャクシ)は去っていった。あとに残されたのは、知らない土地をきょろきょろと見回す漂泊者と追跡者、そしてうずうずしている熾霞(シカ)

 

 

「それじゃ、早速! ほら、モタモタしないで! 案内したい場所はたっくさんあるんだから!

 獅子舞、ヒーローショー、折子書、拳法試合……それに、美味しいものも数えきれないほどあるんだ! 今州城にないものはない!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 温かな匂いを漂わせる屋台、新鮮な食材が並ぶ市場、観衆を集める大道芸人……

 

 

「賑わっているな」

 

 

 大通りを満たす賑わいに、追跡者が感嘆の声を零した。遊牧民として風鳴り丘を放浪してきた彼の一族は、このように繁栄した都に馴染みがない。

 

 

「いいことだね」

「そう! とってもいいことだ! 今州は戦争の絶えない厳しい土地だけど、人との繋がりも絶えない、いい場所なんだよ~」

 

 

 旅行者ふたりから好意的な反応を得られたことに、案内役の熾霞(シカ)はこれ以上ないほどに上機嫌だった。彼女の先祖は今州の外から入植してきたというが、彼女自身は今州生まれ今州育ち、今州が無二の故郷だ。故郷が賞賛されることほど喜ばしいことはない。

 

 

「これが中央信号塔だよ!」

 

 

 じゃーん! と熾霞(シカ)は大きな塔を指差して言った。四つ又の鋼の塔が並び、一本の大塔を支える更に先端で、一対の羽根のようなものが旋回している。何か波動のようなものを発しているその姿を見て、追跡者の脳裏にあるものが浮かんだ。

 

 

「これは……()()()?」

「何のこと?」

 

 

 追跡者の呟きに、熾霞(シカ)は首を捻った。

 漂泊者は中央信号塔を注意深く観察した。霊樹――『樹』のようには、見えない。先端の羽根を芽に、四つ又の支柱を根っこに見立てれば、樹の苗に見えないこともないが……いささか以上に強引な連想だろう。見た目そのものではなく、機能に由来する連想だろうか?

 

 

「えーと、今州最大のサーバー、集約センターみたいな感じかなぁ。あたしも人に説明できるほど詳しくないんだけど……まぁつまり、大型のナビゲーションシステム、防衛システム、それと地域インフォメーションセンターを兼ねてるってとこかな」

「……霊樹ではないことは分かった」

 

 

 聞いたこともない言葉の羅列に、追跡者は自らの言葉を撤回する羽目になった。彷徨の戦士として戦ってきた追跡者に、最先端の電子技術は理解不能だった。

 頭を抱える追跡者はともかく、デバイスを持っている漂泊者には重要な拠点らしい。デバイス情報を登録することで、周囲のマップデータを最新化/同期することができ、移動や探索が非常に便利になるそうだ。中央のコネクタに接続してデバイスの登録をしていると、熾霞(シカ)宛に通信が入った。

 

 

『漂泊者さん、追跡者さん。手続きを済ませました。いつでも謁見できますよ』

 

 

 秧秧(ヤンヤン)からの連絡だ。令尹(レイイン)への謁見手続きが終わったらしい。

 つい市街地に逸れそうになる熾霞(シカ)の案内のもと、辺庭に辿り着くころには、すでに日が傾き始めていた。高い山岳を背負う、荘厳な城だ。この城の主が、漂泊者あるいは追跡者に会いたがっている……

 

 

「――だから! あたしが例の『重要な客人』だって!」

「俺が例の『特別な客人』なんだ! 本当だって! 証拠もある!」

「なぁ……令尹(レイイン)様に謁見できる滅多にない機会なんじゃ、そこをなんとか……」

 

 

 三人は辺庭正面で待つ秧秧(ヤンヤン)と合流した。付近には、『自分こそが令尹(レイイン)様の求めし客人である』と言い張る人々が群がり、警備の兵士に食い下がっている。

 

 

「……騒がしいな」

 

 

 兜の奥で顔をしかめる追跡者の言葉に、秧秧(ヤンヤン)熾霞(シカ)は何も言い返せなかった。その役割からして行政庁でしかない辺庭、普段は官僚と業者が往来する程度であり、このように騒がしいことなど滅多にない。

 

 

令尹(レイイン)様のあのメッセージの後だからね……」

「私もびっくりしました……辺庭に、これほどの一般人が集まってるなんて……」

「この人たちも謁見に?」

 

 

 げんなりする熾霞(シカ)の横で、秧秧(ヤンヤン)は漂泊者の問いに首肯した。

 

 

「はい。ここにいる人たちも謁見を申請したようですが、すでに却下されたみたいですね」

「どうやって? あのメッセージでは、簡単に却下できそうにないけど」

「手続きの際に、近衛が引き返させました。今残っている者は代理で手続きを行う者や、一度断られてもまだ引き下がろうとしない者たちです」

「俺たちは大丈夫なのか」

「分かりません……ここを訪れた者たちは皆口を揃えて『散華(サンカ)様に一瞥されると動けなくなる』と言っていました。実際に、散華(サンカ)さんのたった一言で引き返させられたとか……」

「それでも残る人がいるなんて、負けず嫌いだよね~」

 

 

 熾霞(シカ)が他人事のように腕を組むのを尻目に、追跡者は秧秧(ヤンヤン)の言葉に食い付いた。詳細の不確かな『特別な客人』を、たった一瞥で見分けることができるとは思えない。例えば()()()()のように、特別な視覚によって見分けている可能性が高い。

 

 

「その『散華(サンカ)』という人物は、共鳴者なのか」

「はい。以前は修羅と呼ばれるほど恐ろしい人間だったそうですが、今は令尹(レイイン)様に使える忠臣ですよ」

「あぁ、『冷酷な眼差しと優れた武才を持つ、全能の冷徹美人』……って噂を聞いたことがある」

 

 

 令尹(レイイン)近衛、散華(サンカ)――今令尹(レイイン)の懐刀として知られる才女。なるほど、令尹(レイイン)自身から特別な情報を知らされている可能性は高い。それを以て、客人の真贋を見分けているということか。

 とここで、漂泊者がひとつの違和感に気付いた。今の話では、令尹(レイイン)本人である今汐(コンシ)ではなく、その近衛である散華(サンカ)が客人の判定を行っている。令尹(レイイン)直々の広報であるというのに、令尹(レイイン)自身が出張ってこない理由は何故だ?

 

 

「もしかして、令尹(レイイン)が辺庭にいない――とか?」

「そうですね……でも、辺庭にいなかったとしても、今州の外にいるということは滅多にありません。そもそも、令尹(レイイン)様は今州を離れることができないのです」

「というと?」

「公務や書類処理のため多忙、というのもありますが、州の主である以上、その地と一体となる必要があります。

 令尹(レイイン)様がいないということは、外地での公務に赴いている、あるいは――()()()()()()()()()()()()

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の説明に、追跡者は我知らず、ぎりりと拳を握りしめていた。

 土地に、使命に縛られる。そこで起こる不都合の全てを受け止めさせられ、危機に対峙する責務を強要される。決して終わることなく、永遠に。

 ――同じだ。()()と。

 

 

「ま、私が会えば全部解決だな!」

「おぉ、すっごい自信!」

 

 

 そんな静かな緊張感は、堂々と胸を張る漂泊者によって破られた。多くの『自称客人』が押しかけ、そのほとんどが近衛の一言で追い返されている最中、随分と自信に満ち溢れている。

 その理由は、何も漂泊者の傲慢によるものではない。彼女の裡には、ある疑念が浮かんでいた。

 

 

「――ところであのメッセージ、事前に録画できる?」

「ろくが?」

「できるよ。ライブじゃないから」

「らいぶ?」

 

 

 知らない言葉に首を傾げる追跡者を、三人は半ば無視した。『映像の電子録画』という概念を、一から教えている場合ではない。

 

 

「漂泊者さん、何か思いついたんですか?」

「……令尹(レイイン)がこの客人に会う目的について考えている。これだけ大袈裟にやるのは、何か裏があるんじゃないか?」

「具体的には?」

「そうだな――令尹(レイイン)自身も、この客人を特定できていない、とか。

 偽者で溢れ返る今の状況も、想定の内。わざと全域通信を行ったのは、『客人が混乱している』からじゃない」

「でも、どうやってニセモノと本物を見分けるのさ?」

 

 

 熾霞(シカ)の反論に、漂泊者は言葉を詰まらせて考え込んだ。令尹(レイイン)自身も詳細を知らない相手を見分ける方法など、禅問答も同じだ。

 議論が行き詰り、何とも言えない空気になり始めた三人に対し、追跡者が口を開いた。

 

 

「『ろくが』と『らいぶ』の違いはよく分からないが……令尹(レイイン)とやらが、何かしらの謀略を練っているのは分かった。

 まずは、その散華(サンカ)とやらに会ってみよう。ここで足踏みしていても、事態は前進しない」

 

 

 追跡者の提案に、一同は同意した。まずは、近衛に門前払いされないことが肝心だ。

 

 

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