同行を許されていない
日中は城外で残像と戦いながら山道を抜け、城内では
――闇の中に浮かび上がる周波数。生来盲目だった
(間違いない。この方だ)
続いて、隣に座る追跡者に視線を合わせた途端――
「――ッ下がって!」
ぎゃりり、と空気が軋み、凍り付いた。
「……何のつもりだ?」
氷棘と炎波の破片がはらはらと謁見室を舞う中、追跡者は低い声で問うた。兜のスリットの奥の瞳は、すでに獰猛な戦闘者のそれに変わっている。それに真正面から立ち塞がるのは、ぎらりと反射する迅刀を構え、右目の音痕を輝かせながら睨みつける
「これが、『今州流のもてなし』とでも言うつもりか? 随分と野蛮な文化だ」
「とぼけないで」
背負った大剣に手を掛け、敵意を漲らせる追跡者を、
とある海蝕現象から生き延びた彼女は、しかしその眼を残像の周波数に冒され、以後その眼には生物の周波数しか映らなくなった。それは奇跡の代償でもあり、不滅の呪いでもあったが――少なくとも今
――その眼が、かつてない危機感を伴って、
どれだけ外見を取り繕おうと、その身が発する周波数を隠すことはできない。これほどの異状に対する心当たりは、ただ一つ。
(まさか、
有象無象の
「ちょ、ちょっと待って」
そこに、漂泊者が割り込んだ。
「あなたが、
「自己紹介はあとに。
「待って、待って」
いつの間にか正面に回り込んだ漂泊者を、しかし構わず背後に庇おうとする
「この人は『追跡者』。私と同じ記憶喪失で、悪い人じゃないよ」
「ですが――」
「私が『重要な客人』なのであれば、『便宜を図り、精一杯もてなす』必要があるんでしょ? 私の仲間ってことで、警戒を緩めてくれないかな」
えへへ、と間抜けな顔で懇願する漂泊者に、どう相対するのが正解なのだろうか。今にも大剣を抜き放ち斬り掛かろうとする追跡者は参考にならない。兜のスリットの奥で輝く青い瞳は、寸毫もの躊躇を宿していない。
主君の命令、今州を守る使命、客人の懇願、不審な人物への警戒――
「……記憶喪失というのは、本当?」
「全てではないが。少なくとも――瑝瓏という国も、今州という土地も
「――……信じましょう」
そう言って、
――全てを信じるつもりはない。客人には悪いが、無条件に気を緩める理由にはならない。だが……この瑝瓏は今州、その中枢たる辺庭のど真ん中で、「それらを一切聞いたことがない」と言い切るのは、騙しの手品としてはあまりにもお粗末だろう。
一方、何かしらの納得を得られたらしいと判断した追跡者も、戦意を収め大剣から手を離した。彷徨の戦士として旅をしてきた身、謂れのない敵意には慣れている。
「悪いな。助かった」
「いいや。
「俺は無一文なんだが……」
追跡者の礼に対し、漂泊者は軽口を投げた。同じ無一文の身で、つくづくいい度胸をしている。
「改めまして。
先ほどは、無礼を働き申し訳ありません。
先ほどとは打って変わって丁寧な
「現在、
そう言うと、
「
期限は三日。それまでであれば、
それきり、
――つまり、こうだ。
今すぐ会うことはできない。場所も明かせない。三日以内に『印』の謎を解き、自分に会いに来い。
漂泊者はうーむと考え込んだ。頭を抱えたい気分だった。
「――聞きたいことがある」
そんな漂泊者の横で、追跡者が手を挙げた。
「『印』と期限のことであれば、私から申し上げることはできません」
「それはいい。謎解きは俺の得意分野じゃない」
二人の想像通り、
無論、それに付いて食い下がる気はない。自分にできることは戦うことであって、暗号を解読することではない。あるいは
「お前たちは、“エルデの黄金樹”を知っているか?」
「……? 何のこと?」
「――……分からないのなら、いい」
心底不思議そうに首を捻る
◇ ◇ ◇
ひとしきり説明を終えた
「デバイスを貸していただけますか?」
「デバイスを? 連絡先の交換?」
このおちゃらけた反応をする漂泊者を、そろそろ止めるべきだろうか。追跡者は迷った。少なくとも目の前の
「……私の配慮が不十分でした。巡寧所などの公共機関の連絡先を、あなた様のデバイスに登録しておきます。
また、通行権限の認証にはデバイス操作が必要です」
漂泊者の冗談に付き合わず、
――『印』の謎を解くにあたって、今州城のみならず、野外に探索に行くことを想定しているのだろう。逆らう理由もなく、漂泊者はデバイスを差し出した。
「そうだ。私はデバイスを持っているけど、追跡者は持っていないんだ。融通してくれると助かるんだけど」
「分かりました。夜帰軍の
漂泊者のデバイスをコンソールに接続し、慣れた手つきでアップグレード作業を進める傍ら、
やがてアップグレード作業が終わり、
『もしも追跡者が不審な動きを見せれば、すぐにご連絡を』
漂泊者は思わず
「失礼ながらお尋ねですが、宿泊される場所はお決まりですか? もしまだでしたら、
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ご入用でしたら、私にお声がけください。すぐにご案内いたします」
「いや。今は仲間を待たせているから」
それを最後に、二人は
「ところで、何を受け取ったんだ?」
「これ」
追跡者の問いに、漂泊者は渡された『印』を取り出した。
微かな香りがする黒い果実。珍しい紫色の葉っぱ。複数の文字が刻まれた小型装置。真珠のような丸い飴。
「ただの贈り物、という感じではなさそうだな」
「これを手掛かりに、
「……謎解きは苦手だ。一人で頑張ってくれ」
「おい」
露骨に兜を逸らす追跡者の言葉に、漂泊者が思わずツッコんだ。折角、一緒に考える頭脳が増えたと思ったのに……
ともあれ、辺庭から出た二人を、
「結構時間がかかったね。もしかして
「それが……」
漂泊者の説明を危機ながら、見る見るうちに顔を青ざめさせていく
「
「……風の中に不穏な、怪しい気配が漂っています」
彼女の不安はもっともだろう。次々と蘇る無音区、未観測の強大な残像、そして
「今州は、どうなってしまうのでしょうか……」
深く俯く
そんな中、
「それより、晩御飯何食べる?」
「そうだなぁ、お腹空いたから今州ごった煮――ってちょいちょいちょーい!
漂泊者の呑気な言葉に、思わず流されそうになった
不吉の前兆、その渦中――それにしてはあまりに平然としている漂泊者に、
「焦っても、悩んでもしょうがない。やれることを順番にやっていく――それが一番だよ」
「そうだな。浮足立つより、一歩ずつ前に進む。そうしなければ、道を切り拓くことはできない」
泰然自若――まさにそれを体現する漂泊者と、それに同意する追跡者。二人の言葉に、
そうだ、足を止めて悩んでいても仕方ない。焦らず、恐れず、できることを積み上げていくしかない。
「……そうですね。お二人もお疲れでしょうし、まずは晩御飯にしましょうか」
「じゃあ、
元気を取り戻した
◇ ◇ ◇
「いやぁ、食べた食べたー! 二人はどう? 満足した?」
「すごく美味しかった。さすが
「旨かった」
同じように満足げな表情を浮かべる漂泊者と、言葉少なに兜を被り直す漂泊者。
――美味だった。瑝瓏特産の香辛料を利かせた煮込み料理は、故郷の味を思い起こさせなかった。
「漂泊者さん、追跡者さん。これからのご予定はありますか?」
「そうだね……
「見せて貰えますか?」
「何か思ったより小さいね。特別なところは見当たらないけど……」
「二人は、何か見覚えがある?」
ここから先は、今州に馴染み深い二人に懸かっている。
「これは――丸っこい! 子供のころに食べたことある、まさに飴玉って感じ!
でも今じゃあまり見ないよね……もう流行ってないのかな?」
「懐かしい……これ、とても甘いんですよね……
子供のころ、注射が苦手だったのですが、注射を終えた後に看護師さんから、ご褒美としてこのような飴をもらいました」
次に、追跡者が小型装置を取った。表面に文字のような、模様のようなものが描かれている。
「これは……文字か。何が書いてあるんだ?」
「まず外側にあるのは、瑝瓏の『十二支』――十二刻を司る獣の名です。内側にあるのが『四霊』――四方を司る聖獣の名ですね」
「時刻と、方位を示すということか」
「つまり、日時計ということでしょうか……? しかし、一般的な日時計の目盛りは二十四……季節や月の表示がある場合もあるのですが、この日時計の文字盤はそれとも少し違うようですね」
「そもそも、日時計は昼間しか使えないものだ。これ自体を使えという意味ではない……?」
灯りの下でくるくると傾けてみても、変化は現れない。何か特別な周波数エナジーが宿っているようにも見えないが――これをどうしろというのだろうか。
次に、
「この葉っぱの色、変わってるね。何て名前かは知らないけど」
最後に、黒い果実。追跡者の脳裏に、既視感が走った。
「これは……見覚えがあるな。たしか――」
「マンゴスチン……でしょうか? 今州では輸入品しか手に入らないのですが、近くの市場で売っていますよ。
ですが、常に販売されているわけではありません。今州はしばしば残像潮が発生し、戦闘も頻繁に起こる場所……なのでそういった交易路が遮断されてしまうことがあるんです」
「これを、何のために……?」
モノとしては不審な点などないが、これを何のために預けたのかが不可解だ。まさか輸入商社の真似事をしろとでも?
一通り眺め終えた
「これらの『印』――特に飴玉に対しては、私も
「……飴は高級品だ。俺には、あまり与えられなかった」
「特に覚えはないかな」
「飴と言えばお菓子、お菓子のことなら今週の子供が一番詳しいんじゃない?」
この場では進展は見込めなさそうだ。腹も膨れたし、眠気が湧いてくる。ひとまずこの日は解散となり、漂泊者と追跡者は辺庭に戻った。
特別な客人ということで、割り当てられた客室には、ふかふかの布団が敷かれていた。その柔らかな感触に、失われた記憶が刺激されるというわけでもなく、二人はそれぞれあっという間に眠りに落ちた。