潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第一幕 惹かれ合う声(3)

 翌朝。官僚たちに見送られて辺庭を出た二人を、早速秧秧(ヤンヤン)が出迎えた。

 

 

「おはようございます、漂泊者さん、追跡者さん」

「おはよう、秧秧(ヤンヤン)

「おはよう」

 

 

 熾霞(シカ)は巡寧所の業務のため、二人に同行できないとのことだった。つまり、今日はこの三人で行動することになる。

 

 

「今日はどうしますか?」

「まずは白芷(ビャクシ)に言われていた、全体検査を受けようと思って」

「ついでに、昨日の『印』についても訊いてみようと思ってな」

「では、華胥(カソ)研究院に行きましょうか」

 

 

 三人は、辺庭から少し離れた華胥(カソ)研究院に向かった。

 院内には多数の制御端末が設置され、研究員がそれぞれ観測や設計などの業務に従事している。その手前、ちょうど入口あたりの応接スペースで、複数の男が言い合いをしていた。正確には、怒鳴り散らす企業の営業担当が一人、それを冷たい声音で叩き伏せる赤髪の研究者が一人、横でおろおろしているだけの研究員が一人。どうやら企業側が「少ない予算で高性能化しろ」と無茶振りを言い出し、それを赤髪の研究者が反論しているようだ。反論というより、論理で捻じ伏せているという方が正しい。結局、企業側は出資取り止めを言い捨てて、苛立ちのままに研究院を出ていった。あとに残されたのは、ふんと鼻を鳴らす赤髪の研究者と、厄介な客をやり過ごすことができてほっと胸を撫で下ろす研究員と、その喧々諤々の様子を見せられた秧秧(ヤンヤン)たち三人。

 三人に気付いた赤髪の研究者が、その不機嫌そうな表情を保ったまま歩み寄ってきた。

 

 

「安全課のモルトフィーです。何か用事が――ございます、か?」

「……あ……」

 

 

 先ほどの不愉快をまだ引き摺っているらしい、赤髪の研究者ことモルトフィーが、むっつりした表情のまま声を掛けた。生来穏やかな気質の秧秧(ヤンヤン)は、その気迫に圧倒された。

 

 

「わ、私たちは喧嘩を売りに来たわけではないんです。あの、白芷(ビャクシ)の友人で、彼女に用があって……」

「なるほど、あなたたちが……お気を悪くさせてすみません」

「いえいえいえ、とんでもないです。約束もなしにお邪魔したのは私たちの方ですので……」

白芷(ビャクシ)さんならデータ分析室にいるはずです。しばしお待ちを、呼んできます」

 

 

 まともな客人ということで態度を改めるモルトフィーと、圧倒されたままの秧秧(ヤンヤン)。何ともいえないやり取りを経て、白芷(ビャクシ)がモルトフィーに連れられてきた。

 

 

「待たせたわね。雲陵谷(うんりょうだに)のサンプリングデータなら現在分析中、もうすぐ結果が出るわ。二人の身体検査用の機器についても、準備完了しているわ。すぐにでも検査可能よ。

 それで……辺庭での謁見、何か成果はあった?」

 

 

 アポイントメントもなしに呼ばれたはずの白芷(ビャクシ)は、しかし準備万端といった様子で三人を出迎えた。その言葉には、まるで「私を待たせたくせに『成果なし』なんて許さないわよ」とでも言いたげな、妙な力強さがあった。

 漂泊者と追跡者は、昨日と同じように辺庭での出来事を説明した。

 

 

白芷(ビャクシ)はどう思います?」

「飴玉については多少分かっていることがあるだろうけれど、まだ検証の余地がありそうね。可能であれば全ての『印』に対して、構造の破壊を除く検査と測定を行うべきよ」

「漂泊者、ここは笑うところか?」

 

 

 まるで構造破壊が標準的な選択肢であるかのような物言いに、追跡者は閉口した。いや、ここで「壊してみましょう」と言わない分、真面目に考えているには違いないが……

 

 

「日時計以外は反響課で検査と測定ができるわ。放射線測定機器を用いるから、黒石研究の責任者へ申請を出しましょう」

 

 

 そう言うと、白芷(ビャクシ)はモルトフィーを呼んだ。彼が再び出てきたことに対し、秧秧(ヤンヤン)が小さく怯えるような表情を見せた。どうにも苦手意識が拭えないようだ。

 その様子に気付いているのかいないのか、モルトフィーはむっつりとした表情を崩さないまま説明を進めた。二十分ほどかけて測定を行うらしい。ふと思いついた漂泊者は、日時計もモルトフィーに見せることにした。

 

 

「これ、何だか分かる?」

「日時計ですか? これは……私の知り合いの作品とよく似ていますね」

「その人物に作らせたとか?」

「あり得ますね……ん? 何かパーツが欠けているようです」

 

 

 モルトフィーが指し示した場所には、小さな溝がある。何か、針金のようなものを引っかけるのだろうか。

 

 

「測定には時間がかかるわ。先に身体検査を行いましょうか」

 

 

 測定と解析をすべくその場を離れるモルトフィーと別れ、漂泊者と追跡者は白芷(ビャクシ)の後を付いていった。何か大掛かりな装置を想像していた漂泊者は、機械仕掛けの台一つしか出てこなかったことに肩透かしを受けた。

 

 

「これから、あなたたちの身体状況と共鳴周波数における異常の有無を検査する。

 ではまず漂泊者、あの“無貌者”を再現してみて」

 

 

 台に乗せられた漂泊者は、白芷(ビャクシ)の指示に従い――……どうやって出すのだろう? 音骸顕現は、デバイスのスイッチを押すだけで実行できた。まさか体のどこかにスイッチが生えているとでも?

 

 

「――はぁぁぁぁーーっ!」

「……それで出てくるものなのか?」

「……バイタルに変調はなし。デバイスにデータがないこととも矛盾しない……」

 

 

 とりあえず、丹田に気合を入れて叫ぶ――が、何も起こらない。追跡者と白芷(ビャクシ)に、それぞれ冷たい視線を向けられるだけだった。

 

 

「“無貌者”の周波数エナジーはあなたに()()()()()()。跡形も残らずにね。

 でも、その仕組みはさっぱり分からない。まるであなたの身体の中に、周波数エナジーを吸収する機構が別にあるみたい……」

「……まさか……()()()のか?」

 

 

 閃きのまま口にした追跡者の言葉に、漂泊者は首を傾げた。

 

 

「お腹の調子は悪くないけど」

「周波数とやらが吸収されて、跡形もなくなったってことは、『食べた』も同じじゃないのか」

「いや、そんな簡単な――……いえ、その可能性もなくはない……?」

「あるんだ……」

 

 

 素人の思いつきは、白芷(ビャクシ)をして思わず考え込ませ、しばらく沈黙が流れた。

 やがて白芷(ビャクシ)は首を振り、脳裏の推論を追いやった。明朗な結論は出なかったらしい。

 

 

「今確定しているのは、あなたの身体には、もう一つの空間――あるいは生物がいる、ということ。

 ……現時点では情報が足りないわね。実戦で検証してみましょうか」

 

 

 白芷(ビャクシ)、あるいは華胥(カソ)研究院は意外に実践主義――というか、なかなか物騒な気質らしい、と言っていいのか、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 まずは、デバイスを有する漂泊者の番。言われた通りデバイスを握りしめた漂泊者は、研究院が管理する疑似音場(ソノラ)に移動した。曰く実践検証用に調整された亜空間とのことで、ここで残像の再現データと戦闘試験を行い、バイタルと共鳴周波数の変化をモニタリングするそうだ。

 追跡者は白芷(ビャクシ)とともに、漂泊者が戦う様子をコンソール越しに見守った。迅刀を振るうその姿には、特に異常は見られない。共鳴能力による音の刃も、珍しいものではないそうだ。負荷を上げて多数の残像データを生成してみても、彼女はそれを難なく殲滅していった。

 ひとまず実戦検証は終了ということで、漂泊者は疑似音場(ソノラ)から退出しようとした――その瞬間に、それは起こった。じりじり、とモニターにノイズが走ったかと思うと、疑似音場(ソノラ)との接続が切断され、漂泊者の姿が消えてしまったのだ。

 

 

「……漂泊者!? 聞こえる!?」

 

 

 眼の色を変えた白芷(ビャクシ)は咄嗟にマイクを掴んで叫んだが、応答はない。モニターは『NO SIGNAL』と虚無を映し、スピーカーはじりじりと不快なノイズを返すばかりで、漂泊者の無事を証明するものはなかった。

 

 

「何が起こった?」

「周波数が乱れ始めた……これまでずっと、安定を保っていたのに……」

 

 

 白芷(ビャクシ)はコンソールを操作し、疑似音場(ソノラ)からの強制排出を試みた。漂泊者本人との接続を失ったとしても、疑似音場(ソノラ)自体は研究院が管理している施設だ。正規の退出ルートとは異なるため危険を伴うのは間違いないが、迷っている暇はない。後は、排出された漂泊者が異空間に飛ばされないことを祈るだけだ。

 白芷(ビャクシ)はコマンドを叩き、『強制排出(ベイルアウト)』を実行した。これで、疑似音場(ソノラ)内部に存在するあらゆる周波数が排出される。鍬で畑を掘り返すように周波数が根こそぎ掻き出された瞬間、

 

 

『蜈ィ縺ヲ貊?s縺ァ縺励∪縺』

 

 

 末期の恨み言のような強いノイズが、スピーカーを汚した。

 機械仕掛けの台に黄金の光が集まり、ぽんと漂泊者が吐き出された。幸いにして、亜空間に取り残される、ということはなかったらしい。台にへたり込んだ彼女は、ぐったりと具合が悪そうに俯いていた。異変を察知した秧秧(ヤンヤン)が駆け寄り、彼女を助け起こす。

 

 

「漂泊者さん――漂泊者さん! 無事ですか……!?」

「……な……何とか……」

「はぁ……良かった……」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の肩を借りてようやく立ち上がった漂泊者だが、その顔色は悪い。よほど異常な体験に遭遇したのだろうか。少し休ませてやった方がいいのではないか、という追跡者の提案を、白芷(ビャクシ)は迷わず受け入れた。

 

 

白芷(ビャクシ)、さっきのは一体……? 急に通信が途切れるなんて……」

「……漂泊者、疑似音場(ソノラ)で何が起こったの?」

 

 

 休憩室に移り、簡易ベッドに体を横たえた漂泊者に向かって、白芷(ビャクシ)が問いかけた。秧秧(ヤンヤン)によって半ば強引に横たえられた漂泊者は、先ほど起こった異常現象を、少しずつ言語化していった。

 燃える雨雲に覆われた夜。油を溶かしたようなどろりとした空。乾燥した息苦しい空気。そして――背負っていた巨剣を抜き放った無貌者によって、漂泊者はなます切りにされたのだという。

 要領を得ない漂泊者の説明に対し、しかし白芷(ビャクシ)は真剣にメモを取り、その全てを記録した。異状に際しては、その場に居合わせた当事者の証言が何より重要になる。抽象的な説明を根気強く紐解いていく白芷(ビャクシ)の背後で、追跡者は兜の奥底の顔を凍り付かせていた。

 

 

 ――まさか、()()()()()()

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 次に、追跡者の番が回ってきた。

 こちらは研究院に支給されている、予備の試験用デバイスが渡された。白芷(ビャクシ)の言う通り、デバイスを握りしめて意識を集中する――

 

 

 

 

 気が付くと、色褪せた砂浜に立っていた。

 

 

(……ここは……)

 

 

 歩かねば、と使命感に駆られた。凪のように色褪せた心境のまま、緩慢に脚を動かし始める。

 

 

 目的地などない。終着点などない。ほかならぬ彼自身が、それであるが故に。

 

 

 

 

 どれほどの時が流れただろうか。

 気が付くと、地平線の彼方に三つの影が現れた。

 巨大な戦斧を担いだ角兜の戦士。緑衣のフードを被った弓使い。

 

 

(……そうか……お前たちは……相変わらず、だな……)

 

 

 それぞれに霊樹の加護と夜の力を宿した得物を携え、戦意漲る表情で、こちらを目指して疾走してくる。

 ()()()と変わらぬ姿に、思わず口元が緩んだ。

 

 さりとて、これは決戦。

 世界を滅ぼす“夜”の呪いと、世界を救う“霊樹”の加護の激突。

 

 

 剣を握り直したその時、ようやく最後の影に気付いた。

 ――いや、本当は目を背けていただけなのかもしれない。それを咎めることができる者がいるか、どうか。

 

 

(――……お前、は……)

 

 

 短剣と魔杖を構えて疾走する、色褪せた金髪に仮面をつけた女。

 その姿は、ある意味彼が誰より望んだもので――

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「――……跡、者――追跡者さん!」

 

 

 激しく揺さぶりながら叫ばれる呼び声に、漂泊者はゆっくりと目を開けた。

 そこには、不安そうな秧秧(ヤンヤン)と、厳しい表情の白芷(ビャクシ)が立っていた。

 

 

「追跡者さん! 大丈夫ですか!?」

「……ああ、大丈夫。大丈夫だ」

「よかった……漂泊者さんに続いて、追跡者さんまで……」

 

 

 気が付くと、追跡者の意識は研究院に戻ってきていた。機械仕掛けの台の上に立ち、ぼんやりとデバイスを握りしめていた。

 

 

「……次から検査を受ける時は、兜を外してからにしてちょうだい」

白芷(ビャクシ)、言い方を考えてください!」

 

 

 軽口とも本気ともつかぬ白芷(ビャクシ)の言葉を、秧秧(ヤンヤン)が咎めた。連続する異常事態に、彼女も動揺しているのかも知れない。

 追跡者の意識が完全にはっきりしてから、白芷(ビャクシ)は彼の身に起きた事象の聞き取りを行った。「まず、色褪せた砂浜で……」と何気なく切り出した追跡者の言葉に度肝を抜かれ、思わず唖然とした彼女の衝撃たるやいかに。

 

 

「……前例のない事態ばかりね……漂泊者のデバイスを経由して、何か汚染が発生した……? いや、デバイス自体に異常を与えたわけではない。辺庭のアップグレードにも問題はなかったはず……」

「何が起きているの?」

「私にも分からないわ」

 

 

 ぶつぶつと呟いていた白芷(ビャクシ)は、いつの間にか戻ってきた漂泊者の問いに対し、きっぱりと答えた。分からないものは「分からない」と明確に回答するのも、研究者の姿勢らしい。

 

 

音場(ソノラ)は特定の場面を()()()再現できる。客観的に、良いも悪いもすべて。

 そして、研究院が開発したこの疑似音場(ソノラ)は、本物の音場(ソノラ)と同じ構造的特徴を持っている。これが『異常周波数』の混入を防げない理由」

「……つまり?」

「可能性として考えられるのは、漂泊者のデバイスを通じて疑似音場(ソノラ)が異常周波数に汚染された――あるいは、あなたたちが()()()()()異常周波数を持ち込んだ」

 

 

 え。と、漂泊者と追跡者は顔を見合わせた。まさか、それぞれに問題があるとは。

 

 

音場(ソノラ)に入った時の心境、もしくは記憶が反映され、音場(ソノラ)自体が再構築された……どうも、あなたたちの内面に関係がありそうね」

 

 

 白芷(ビャクシ)が再び思考モードに入り込むのを見て、二人は現時点でこれ以上得られる情報はなさそうだと結論付けた。音場(ソノラ)とやらの実態はよく分からないが、特殊な環境にはお互いに注意した方がいいということらしい。

 

 

「身体の方はどうなんだ」

「二人とも、健康そのもの。全項目の指標が規定値を満たしていた。

 でも油断は禁物よ。何か異常を感じたらすぐ私に連絡して。いい?」

「分かった」

 

 

 有無を言わさぬ力強い言葉を言い渡すと、白芷(ビャクシ)は疑似音場(ソノラ)の稼働記録の整理に没頭した。

 ここで待っていても仕方ない。モルトフィーの許へ測定結果を聞きに行こう。

 

 

 

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