潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第一幕 惹かれ合う声(4)

「モルトフィーさん、測定の結果はどうでしたか?」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)、漂泊者、追跡者の三人は、研究院の一角でモルトフィーへと声を掛けた。まさに待ち構えていたかのように、モルトフィーは日時計を見せながら口を開いた。

 

 

「結論から話します。この中は空洞です」

 

 

 え。と、三人の誰かが漏らした。

 モルトフィーはそれに構わず、「ほら、軽く叩くとそれっぽい音がするでしょ」と言い、指先でこつこつと叩いてみせた。その反響は、確かに空洞音っぽい。

 

 

「また、これは精巧に作られた『榫卯(しゅんほう)』というほぞ接ぎの機構であるということも分かりました。

 他に機器の測定結果から判明したのは、空洞の中に小さな巻物のようなものが入っているということです。ただし、今はあるパーツが欠けています。適合するパーツがあれば、表にある二つの回転盤らしき構造を動かすことができるでしょう」

「錠のようなものか」

「そう言っていいでしょう」

 

 

 機構自体は複雑だが、普通に解けるものらしい。特殊な周波数による産物ではないようだ。

 

 

「パーツを手に入れて正確な位置まで回せば、中の物が取り出せるってこと?」

「その通りです。ですが、パーツがどのような構造をしているかまでは解明できませんでした」

「力ずくで開けよう!」

「やめろ」

 

 

 不用意なことを言い出した漂泊者に対し、追跡者は咄嗟に止めにかかり、モルトフィーは「単純明快ないい方法ですね。内包物が破壊されるリスクを度外視すればの話ですが」と厭味を言った。

 ふとモルトフィー宛てに通信が入り、彼は席を外した。その横顔を見る限り、相手は親しい人物のようだ。もっとも、彼がそれを素直に認めるか、どうか。

 やがて通信が終わり、モルトフィーが戻ってきた。

 

 

「失礼しました、話を戻しましょう。

 この日時計の内部には、二重の入れ子構造が仕込まれています。つまり、欠けたパーツを同時に二つの層に嵌める必要があるということです。また、全体の状況も考慮に入れると、入れ子の溝を埋める指針に、下向きのオートロックを追加する必要があります」

「思ったより難しいパーツのようだな」

「設計図は私が作ります。この程度、あの相里に貸しを作るまでもない」

 

 

 そう言うと、モルトフィーは日時計を片手に手近な端末に歩み寄り、慣れた手つきで図面を引き始めた。入れ替わるように、解析作業を終えたらしい白芷(ビャクシ)がやってきた。

 

 

「このマンゴスチンは何の変哲もない普通の果実よ。このまま食べられるくらい、普通の無毒無害なものだった」

「『マンゴスチンであること』が重要で、これ自体は替えが利く品ということか」

 

 

 白芷(ビャクシ)の説明に、追跡者は兜の奥で眉間の皺を深めた。ますます不可解だ。マンゴスチンに、何か象徴的な意味があるのだろうか?

 

 

「紫の葉っぱの方は非常に軽微な残像周波数が検出された。それに――相殺されていて見えづらいけど――二つの周波数が共存している。どちらも非常に稀少なものよ。

 また、検出された周波数は拡散状だったので、残像の接触による残留の可能性は極めて低い……普通の葉っぱでもなく、残像の擬態でもない。過去のデータを照合すると、海蝕の影響を受けた地域のものと推測できる」

「『海蝕』というのは?」

「かつて起きた、“悲鳴”後に発生した異変に対する総称です。“無音区”“天空海”“溯洄雨”“重力喪失”……在りし日には起こりえなかった異変のことを『海蝕現象』と呼びます。

 そして、“悲鳴”は全ての異変の元凶となるものです」

 

 

 そう言って、秧秧(ヤンヤン)は不安そうな瞳で虚空を見つめた。『風を読む能力』に覚醒した彼女は、他人より感受性が高い。見る見るうちに噴き出してきた“悲鳴”の前兆に、不安を感じずにはいられないのだろう。白芷(ビャクシ)はその様子を肯定も否定もせず、静かに話題を切り替えた。

 

 

「飴玉については、成分分析で飴ではなく、経口のワクチンであることが判明した」

「わくちん?」

「予防薬の一種よ。このタイプのワクチンは、低温保存したところでせいぜい二年しか()たないのだけれど、これは期限切れから二十年も経っているわ」

「二十年も前のワクチン……ですか?」

「二十年前に、流行病でもあったのか?」

 

 

 ここにきて、重要な情報が出てきた。子供でも服用しやすい飴状の予防薬ということは、その時期に大規模な流行病があった可能性が高い。果たして、秧秧(ヤンヤン)が何かを思い出したように顔を上げた。

 

 

「……確か……今州の子供たちの間で疫病が流行していました。ちょうど()()()()()()の話です」

「飴玉タイプのワクチンなら、院内の公衆資料室にはアーカイブがあるはず。でもあそこは資料の分類方法が特殊だから、先にロビーにある情報デバイスで棚を調べてから行った方がいいわ」

 

 

 白芷(ビャクシ)の言葉に、三人は確信した。そこに、令尹(レイイン)から与えられた謎の答えがある。

 一方、モルトフィーも一通り作業を済ませたらしく、3Dプリンターで作り上げたパーツを手に戻ってきた。

 

 

「――組み立て完了。これが日時計の元の姿です」

 

 

 四人の目の前で、モルトフィーは日時計にパーツを嵌め込んだ。蛇のようにくねくねとしたパーツが中央の針に引っかけられ、回転するようになっている。

 

 

「もう回せますか……?」

「はい。正しい方位と時刻を入手し、指針をそれに合わせれば、絡繰りが解除されるはずです」

 

 

 モルトフィーから日時計を受け取りつつ、漂泊者は考え込んだ。十二の時刻に四つの方角――単純計算で四十八通り。総当たりでもいいが……それではいけないのではないか、と彼女は考え直した。単純な組み合わせの問題であれば、この日時計だけで事足りる。これにしても、パーツを意図的に欠く理由などない。

 一方、その様子を見ながら秧秧(ヤンヤン)も考え込んでいた。

 

 

「……地支と四象……天干地支は瑝瓏特有の数詞ですね。主に暦法や算術、順序を示す際などに使われていましたが、今ではあまり使われていません。一体これで何を伝えようとしているのでしょうか……?」

「――命名規則ね」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の疑問に、いち早く思いついたのは白芷(ビャクシ)だった。

 

 

「これは『瑝覧類書』の構築にも使われた、古から伝承された伝統的な方法。だから今でも瑝瓏の大多数の図書館で、()()()()()に採用されているの」

「こうらんるいしょ?」

「『類書』とはデータベースのことです。……あ……つまり……たくさんの記録を集めている場所のことです。

 一般的に『瑝覧類書』は瑝瓏のメガデータベースの中枢を指しますね」

「院内の公衆資料室でも十二支を用いて資料の分類をしているわね」

「――つまり、飴玉に関する資料の場所を探せば、方位と時刻を入手できるってことか」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)は早速手近なコンソールで資料を検索した。これ以上は彼女たちの役目だろうと、モルトフィーと白芷(ビャクシ)がその場を離れる中、秧秧(ヤンヤン)は静かにコンソールと睨み合った。

 

 

「――ありました。『(ひつじ)』の列です」

 

 

 三人は早速資料室へ向かった。てっきり膨大な量の本が積み上げられた本棚を想像していた追跡者が、機械のデータベースを並べられたその部屋に唖然としたのはさておき。

 三人は――というより、主に秧秧(ヤンヤン)が――資料の詳細を見つけ出し、その内容を検めた。

 

 

  『アーカイブ:飴玉ワクチンと残像潮の戦いの関連記事』

  概要:蜚熱は、現状では有効な治療法はないが、口腔ワクチンにより効果的に予防できる急性感染病で、6歳以下の子供に多い。蜚熱ウィルスの感染力は非常に強く、症状は激しく、主に発熱、重度の肢体痛、部分的に不規則な重度の筋肉委縮が主な症状である。医療部は、新型の弱毒性ワクチンの開発に専門チームを設立し、6月16日の午後3時にフェーズ3の臨床試験をクリアし、免疫効果が良好であることが示された。本総説は、このワクチンの研究進展を総括分析し……

 

 

「……狂い火が漏れそうだ。漂泊者、あとは自力で読んでくれ」

「火!? 追跡者さん、大丈夫ですか!?」

「たぶん気にしなくていいよ、秧秧(ヤンヤン)

 

 

  『アーカイブ:今州最初の共鳴者』

  測定日時:未年■■■■

  測定対象:要確認(アーカイブにする必要があるため、当該共鳴者の状態を速やかに確認してください)

  共鳴能力測定報告番号:RA1001-G

 

  【共鳴能力測定報告】

  明確な共鳴開始時間なし。自身の共鳴能力に関する記憶は喪失中。

  音痕が右手の甲にあり、共鳴後、身体に剣書な変異を示さない。共鳴能力発動中に、音痕と瞳孔に斑状の光輪を顕現する。

  周波数スペクトルの結果では多種多様な周波数に類似することが判明した。すべてのテストにおいても強い共振現象を示し、共鳴源の完全特定は不可。……

 

 

「メイケイオス! テイク! ザワァァールド!!」

「追跡者さん! 誰か、誰かお医者様を――!」

「水でも掛ければ治まるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「……済まない。落ち着いた。

 それで、何が書いてあったんだ?」

 

 

 発狂のあまり目の前が黄橙に染まった気分の追跡者を落ち着かせると、二人は見つけ出した情報を整理した。

 まずは、飴玉そのものについて。かつて『蜚熱』という流行病が流行し、また同時期に残像潮によって外部との連絡が絶たれる事態が生じていたようだ。令尹(レイイン)が伝えたかったのは、この歴史のことなのだろうか?

 次に、記事内で出てきた『今州最初の共鳴者』という情報。記憶喪失という接点、共鳴能力の類似点、雲陵谷(うんりょうだに)で強力な残像と交戦したという記録――……あまりにも漂泊者と符合する点が多い。いつか熾霞(シカ)が言っていた「ご先祖様なのではないか」という推測も、あながち冗談ではなくなってきた。

 

 

「今のところはっきりしているのは、『(ひつじ)』という記号だけ」

「ここの文化によると、時刻にも使うらしいな」

「はい。日時計の時刻にも一致します」

 

 

 追跡者の確認に、秧秧(ヤンヤン)は頷いた。これで日時計の鍵の一つ、『時刻』は判明したと言っていいだろう。

 

 

「ただ、見つかったのは時刻だけ……おそらく、方位の座標も同じように、他の『印』に隠されているのではないでしょうか?」

「それだけじゃないと思う」

「というと」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の推測を肯定しつつ、しかし漂泊者は言葉を継ぎ足した。

 

 

「一つの印から複数の目的地へ辿り着くことが可能。また、一つの目的地で重要な情報を複数入手できることもある。

 令尹(レイイン)が私に会いたい理由は、伝えたい情報があるから。私が彼女に会いたい理由は、知りたいことがあるから。

 しかし、彼女が伝えたいことと、私の知りたいこと……この二つが同じとは限らないし、印から得られる情報はどちらにもなり得る……」

「……頭がこんがらがってくるな。こうして混乱させることが、令尹(レイイン)の狙いだとでも?」

「もしくは……彼女の時間が限られているため、一部の表面的な情報しか用意することができず、答えへの道筋が不明瞭になってしまったか……

 あるいは……これまでの調査は全て彼女の掌の上の出来事であり、簡単に入手できた情報が実は……」

「落ち着け。お前も狂い火が漏れ出しているぞ」

 

 

 深く考え込む漂泊者に不安を覚え、追跡者はその肩を揺らして説得した。衒学者によく見られる深遠な思索とは、決して縁深かったわけではないが、しかし決まって『“夜”の可能性』とやらを嘯き始め、漏れなく彼の脅威として牙を剥いてきた。■■で()()()()()()()に出会った時は、内心大きな不安を抱いたものだ。

 

 

「とにかく、偶然情報に辿り着いただけの者には読み取れない、これ自体が答えを守る防壁となっている、ということ」

「……『意図的に調べる者』にだけ教えられるようになっている、ということか」

 

 

 ようやく戻ってきた漂泊者の言葉に、追跡者は目の色を変えた。

 何も知らない者にとっては、どうでもいい情報。しかし意図的に調べる者にとっては、他にない価値を有する――その見分けはどうやって行う? どうやって、その価値を教える?

 

 

秧秧(ヤンヤン)なら、伝えたい人に伝えたい情報を届けるにはどうする?」

「私なら……強調します。本当に伝えたい情報を何度も仕込むようにして……」

 

 

 漂泊者の問いかけに、秧秧(ヤンヤン)は少し考えながら答えた。つまり、この先も同じような情報が見つかる。それを辿っていくことで、令尹(レイイン)が本当に伝えたいことが明らかになる。四つの鍵は、その情報に辿り着くための共通点を有する――?

 

 

「とにかく、次の手がかりを調べる時間ということだな。

 このマンゴスチンか、この葉っぱか――どちらから調べる?」

 

 

 追跡者の問いに、漂泊者と秧秧(ヤンヤン)は考え込んだ。

 マンゴスチン自体は輸入品である以上、産地は外国である――これまでの話から考えれば、港あたりに誘導している可能性が高い。輸入品を取り扱う港と言えば、最寄りは中部台地か、足を伸ばして怨鳥の沼か……三日以内に今州城に戻らなければならないことを考えると、中部台地に行ってみるべきか。

 紫の葉っぱは、残像を含む複数の周波数の痕跡がある――今州城内に由来するとは考えづらい。周波数を辿っていく必要がありそうだ。

 

 

「とにかく、城外で調べてみよう」

「城外なら……まずは北落野原に見当をつけてみてはいかがでしょうか?」

 

 

 そういうことになった。

 

 

 

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