潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第二幕 止め鐘を撞く行陣(1)

 今州の北方、北落野原へ出るには、今州城の北門を通る必要がある。通り抜けがてら、訓練基地に顔を出してみることにした。

 何も野次見物のためではない。ここの教官を務める厳彦(ゴンゲン)に言えば、追跡者用のデバイスを支給してもらえるという話だ。

 

 

「話は聞いている。お前たちが例の『重要な客人』だな?」

 

 

 夜帰軍主計兵に案内された三人に対し、鷲のように鋭い目つきをした軍服の男が出迎えた。訓練兵たちの訓練中だったらしいその厳格な雰囲気は、()()を思い起こさせた。

 

 

「初めまして。私は漂泊者」

「追跡者だ」

「俺は厳彦(ゴンゲン)、夜帰三軍の教官を務めている。ここにいる新米どもを、前線で戦えるよう鍛え上げるのが役目だ」

 

 

 軍服の男こと厳彦(ゴンゲン)は、その鋭い目つきを崩さないまま、漂泊者と追跡者に握手を求めた。しなやかな筋肉と硬い肉刺(まめ)を厚手のグローブが覆い隠し、二人の手をそれぞれにぎゅっと握った。

 

 

「貴公に言えば、俺の『でばいす』とやらを支給してくれると聞いているが」

「ああ、これだ。早々無くすような代物ではないが、大切に扱えよ」

「感謝する」

 

 

 どうやら散華(サンカ)からの通達は間に合ったらしい。追跡者は主計兵から瓢箪型のデバイスを受け取った。訓練基地の倉庫に保管されていた真新しいデバイスは、酸化皮膜によって丁寧に艶消しをされているにも関わらず、漆塗りのような艶やかさを感じさせた。

 主計兵の説明を受けながら、追跡者はデバイスの初期設定を進めた。まるで都会に彷徨い出た原始人のような、恐る恐るといった様子でデバイスのスイッチを押すその姿を見て、厳彦(ゴンゲン)はふっと口角を上げた。

 

 

「……ふっ、そうおっかなびっくり扱う必要はない。先鋒営『破陣』でも使えるように、頑丈に造られている」

「そ、そうか」

 

 

 からかい混じりの厳彦(ゴンゲン)の言葉に、追跡者は動揺を隠せないまま頷いた。漂泊者や秧秧(ヤンヤン)に倣うと、腰のベルトに提げるのが一般的らしい。それを想定しているのか、デバイスにも留め金が付いており、ベルトに引っかけるのにちょうどいい。落ち着かない様子で腰のベルトにデバイスを引っかけていた追跡者は、

 

 

「――時に、追跡者とやら。俺と手合わせをしないか?」

 

 

 厳彦(ゴンゲン)の言葉に、思わず目つきを鋭くした。

 追跡者は兜のスリット越しに厳彦(ゴンゲン)を睨んだ。それを真正面から受け止める彼は、しかし戦闘者の目つきに変わっていた。

 

 

「……何のつもりだ? 客人に刃を向けるのが、今州のもてなしとでも?」

「つ、追跡者さん」

「ほう? あの散華(サンカ)が、客人の機嫌を損ねたのか。めずらしい不手際だ。

 ――そう構えるな、単なる立ち稽古だ」

 

 

 底冷えするような低い声で威嚇する追跡者に対し、厳彦(ゴンゲン)はただ不敵に笑った。なるほど、新米兵士たちをしごき上げる古強者の風格が滲んでいる。

 

 

「異郷の客人、それも腕の立つ人物ともなれば、この新米どもにとっていい教材になると思ってな。

 それに、これから城外に出るのだろう? ウォームアップとして、ここで体をほぐしていったらどうだ」

 

 

 初対面でありながら、僅かな所作から追跡者の技量を見出したらしい。加えて、一言も話していない城外での予定を見抜くなど、洞察力は並大抵ではない。今後の今州での身の振り方を鑑みると、悪印象を持たせるのは得策ではないだろう。……休憩中の訓練兵たちによる期待の視線を一身に浴びて、断るというのも気が引ける。

 

 

「受けてみたら? 敵意はないようだし」

厳彦(ゴンゲン)教官には、私もお世話になりました。人柄、腕前、どちらも確かな方です」

「……そうか。では、受けよう」

「そう来なくてはな」

 

 

 漂泊者と秧秧(ヤンヤン)の後押しもあり、追跡者は手合わせを受けることにした。その返答に獰猛な笑みを見せる厳彦(ゴンゲン)も、やはり戦士としての宿痾から逃れられないというべきか、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 訓練兵に加え、事情を聞きつけた主計兵などが野次馬として群がってくる中、厳彦(ゴンゲン)と追跡者は大きな訓練場の片隅に出た。見世物のようで気分が悪いんだが……という追跡者の懇願を薄笑いで誤魔化すと、厳彦(ゴンゲン)は虚空から長刃を取り出し、両手でしっかりと握り正眼に構えた。追跡者の大剣をも超える身幅の、巨大な片刃の大剣だ。がやがやと人だかりが大きくなる中、追跡者も背負った大剣に手をかけ、肩に構えた。

 開始の合図など要らない。戦士が互いに得物を持って相対すれば、それが開戦の号令だ。

 

 

「――ふっ!」

 

 

 大上段に振り上げ、気合を込めて振り下ろす――単調ながらも洗練された厳彦(ゴンゲン)の一撃が、追跡者の真正面に振り下ろされた。

 受けは不利。追跡者は身を捻ると、長刃の一撃を横に掠めながら躱し、一歩踏み込みながら大剣を突き込んだ。

 

 

「むん!」

 

 

 まっすぐ厳彦(ゴンゲン)の喉元に迫るそれに対し、彼は即座に左手を振り上げ、そこに迅刀を召喚した。ぎぃん、と甲高い音が響き、追跡者の大剣が弾かれた。流れるように迅刀を翻し、ぎらりと輝く刃を突き込む。追跡者も手首を捻って大剣を翻し、その刃を弾き返した。

 ぎゃりぎゃりぎゃり、と金属同士の衝突音が連鎖した。流麗ながらも一筋一筋が軽い厳彦(ゴンゲン)の迅刀と、それらを重厚に押し退ける追跡者の大剣。まったく性質の異なる剣技が拮抗しているのは、偏に使い手の技巧によるもの。二人の間を流れる汗に気を取られれば、その一瞬が致命的な隙となる。

 そのまま無数の攻防が応酬される――と観衆が思った次の瞬間、厳彦(ゴンゲン)の視界から追跡者が()()()

 厳彦(ゴンゲン)の思考に、一瞬だけ空白が生まれた。何が起きたのか、遠間から見守るだけの観衆なら簡単に見破れる。追跡者は()()()のだ。厳彦(ゴンゲン)が繰り出す無数の剣戟の嵐を前に、ぐっと身を屈めて低く踏み込み、風を払うように躱してみせたのだ。

 戦技“踏み込み”――身を低く構えながら踏み込み、相手の攻撃を凌ぐ技術。その勢いに乗せて、強烈な追撃を可能とする。追跡者は手首を捻り、下から掬い上げるように大剣を振り上げた。

 連撃の最中で()()()を踏んだ厳彦(ゴンゲン)は、回避も防御も叶わない。追跡者はそのまま喉元に刃を当てるように振り上げ――

 

 

「甘い」

 

 

 ぎぃん、と甲高い金属音とともに弾かれた。

 見れば咄嗟に右腕だけ引き戻し、そこに黒石の手甲を嵌めている。完全に不意を突いたつもりだったが、咄嗟の防御が間に合ったか。

 拳の間合いならば追跡者の方が不利。彼は即座に身を引き、大きく飛び退いた。それを追うように突き出された厳彦(ゴンゲン)の手には、迅刀ではなく、短い筒状の機構が握られていた。

 機構の先端が閃いた瞬間、追跡者は大きく横に飛び退いた。びゅんと風を切る周波数エナジーの弾丸が、大気を裂いて訓練場の壁に衝突する。

 

 

「――ほう? 先の様子からして、銃は知らないと思ったが」

「似たようなものなら、よく戦った」

 

 

 厳彦(ゴンゲン)の挑発を、追跡者は短く切り捨てた。魔術や祈祷とは違う、小型のクロスボウのような武器らしい。出は早いが軌道は素直だ。筒の先端に注意していれば、攻撃は当たらない。再び剣の間合いに踏み込むべく、漂泊者は突進し――

 ざわり、と悪寒が走った。

 

 

「――!!」

 

 

 それはまさしく反射行動だった。追跡者自身が理性で認識判断するよりも早く、脊髄が全身の筋肉を支配し、地面を蹴ってその場から大きく飛び退かせた。ぼんと跳ねていく自らの体躯を自覚してようやく、追跡者は『己が回避行動を取った』と理解した。

 流れゆく視界の隅に、四つ又の羽根を持つ黒石の円環が浮遊しているのが見えた。そこから放たれたらしいレーザーの軌道が、まさに一瞬前の追跡者の背後を穿っている。あれこそ魔術によるものではないか――彼が『増幅器』という名を知るのは、もう少し先のことになる。

 

 

「ここまでにしよう」

 

 

 追跡者が着地したのを見届けると、厳彦(ゴンゲン)は銃を虚空に消し、黒石の円環こと増幅器を手繰り寄せた。なるほど、視覚外からの不意打ちか。魔術に疎い追跡者ではなかなか実践する機会に恵まれなかったが、相手側の攻撃として苦しめられた記憶なら、非常にたくさんある。極限まで研ぎ澄まされた霊感が、ソラリスにおける彼の最初の黒星を掻き消した。

 ともあれ、これで手合わせは終了らしい。追跡者は大剣を背中に負い、身を起こしながら姿勢を整えた。

 

 

「追跡者さん、お見事でした」

「さすが。いい動きだったよ」

 

 

 すぐさま駆け寄った秧秧(ヤンヤン)と漂泊者の賞賛を浴びながら、追跡者は兜を押し上げ水を飲んだ。

 ただの演習だというのに、思いのほか汗を流した。やはり類稀な強者との戦いは、頭も体も疲労する。

 

 

「いい運動になった。感謝する」

「こちらこそ。期待以上の教材になってくれた」

 

 

 戦意を解いた二人は、がっしりと握手を交わした。それはそれで絵になると、主計兵の一人が写真を撮ったのを咎めるべきか、どうか。

 

 

「それにしても、複数の武器を扱うとはな。見事な技量だ」

「普通の共鳴者は一系統の武器しか扱えないのですが、厳彦(ゴンゲン)教官が特別なんですよ」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の説明に追従するように、厳彦(ゴンゲン)は虚空から()()の武器を取り出し、宙に浮かび上がらせた。長刃、迅刀、拳銃、手甲、増幅器――瑝瓏の華胥(カソ)研究院で開発されている黒石武器の、全分類である。

 

 

「俺の共鳴能力は“変幻自在の牙”――複数の黒石武器と感応し、自在に操ることができる。

 共鳴者の比率が高い夜帰軍では、個人の適性もバラバラだからな。教導にはもってこいだ」

 

 

 共鳴者を増やし、全体的な戦力を底上げするのが、現夜帰軍将:忌炎(キエン)の方針だった。必然的に、戦闘能力はその共鳴能力に依存する。画一化できない兵力練成という難題にあって、この厳彦(ゴンゲン)は唯一無二の貴重な人材だ。

 そしてもちろん、それだけが彼の能力ではない。

 

 

「さぁ、何をしている新米ども! 今の演習を元に、訓練を始めるぞ! 異郷の客人を前に、夜帰軍の恥を見せるつもりか!?」

 

 

 厳彦(ゴンゲン)はさっと訓練兵たちに視線を遣ると、鋭い声で吼え立てた。前線で培ってきた経験と指導力が、瑝瓏最前線を守る兵士たちを鍛え上げている。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 訓練基地を後にした三人は、今州城の北門へと急いだ。散華(サンカ)の通達が確かならば、漂泊者は自由に出入りできる権限を有している。

 内堀を抜けて北門に近づくにつれ、そこを警備する兵士の物々しい雰囲気に、秧秧(ヤンヤン)は思わず圧倒された。

 

 

「城門の警備が一段と厳しくなったみたいですね。前に来たときはまだ普通だったのですが……」

 

 

 城外から何とか税関を通り抜けられたブブ物流の配達員、通行許可が下りず城内に引き返す行商人――通行人はどれも城内へと歩いていく様子だ。北門に向かい、無事に検問を通り抜けることができた様子の者は、ほとんどいない。

 そうして北門に辿り着いた時、一人の道士が税関に立っていた。

 

 

「この先は北落野原です。通行権限がなければお通しできません」

「そこをなんとか……」

「……道士さん。もうずいぶん経ったんだから、そろそろ諦めてくれないか?」

「これは、昨日の御仁。その節はどうも」

 

 

 何やら警備の兵士と押し問答をしているらしい。黒白陰陽を象った道士服に、黒い髪を二つ結びにした若い女。その腰元にデバイスを提げているのを、追跡者がいち早く気付いた。流れの共鳴者だろうか。

 

 

貧道(わたし)は共鳴者。腕にも多少自信がある。故に城外に向かい、人探しをする所存である。

 一度任されたからには、見つけるまで帰れない。ご協力いただけまいか」

「たとえ共鳴者であっても、今はお通しできません」

 

 

 どうやら通行権限で揉めているようだ。兵士たちは「前線は問題ないし、困りごともこちらで解決する」と言い張り、道士は「ならば貧道が城外に出ても問題はないな」と食い下がっている。

 

 

「とにかく、通行権限がないと通すわけには――」

「これで合ってる?」

 

 

 このままでは埒が明かない。一つ妙案を思いついた漂泊者は、その押し問答に割って入り、兵士にデバイスを見せた。

 何気なく振り返った兵士たちは、差し出された漂泊者のデバイスに映った証明書を見て驚愕した。内容に問題はない。むしろ最高軍事行動権――あの夜帰軍将と同じ、兵を率いて外征を指揮する権限が、今令尹(レイイン)直々の署名で記載されている。彼ら自身、本物を目にするのは初めてだった。

 

 

「……か、確認しました……三人でよろしいですか?」

「四人。そこの人も、私の連れ」

「は、はぁ……」

 

 

 動揺のまま姿勢を正した兵士は、漂泊者の返答に黙って道を開けざるを得なかった。どう見ても初対面の道士を連れと称することに、指摘する勇気を持てなかった。

 道士はしばらく目をぱちくりとさせていたが、漂泊者のウィンクに、気を遣ってもらったことを理解した。

 

 

「ありがとう! この恩は決して忘れない!」

 

 

 道士は拳と掌を合わせ、満面の笑みで礼を述べた。人懐っこい人物のようだ。

 

 

 そのまま、旅の道連れとなった道士は、名を鑑心(カンシン)と名乗った。

 聞けばとある退役軍人の依頼で、この先の『石崩れの高地』にある夜帰軍の駐屯地にいる孫を探しているらしい。見ず知らずとはいえ老人が一人で危険な城外に出ることを危惧した彼女が、その代行を買って出た。しかし修行中の道士として流浪中の彼女が、今州城の通行権限を申請できるはずもなく、ああして衛兵と押し問答をしていたというわけだ。

 ちなみにマンゴスチンを見せてみたが、これといった反応は得られなかった。駐屯地で聞き込みをすれば、何か分かることがあるだろうか……

 

 

「……ところで、ずっと気になっていたんだが」

「?」

()()は、どういう原理で浮いているんだ?」

 

 

 追跡者は鑑心(カンシン)の頭頂を指差した。風に吹かれてふよふよと揺れる一房の髪が、本人と同じく「?」を象っているように見えた。

 

 

 

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