潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第三幕 策を奔らせて残星を候ふ (1)

 駐屯地の一角で休ませてもらい、翌朝。三人は祈池村(きちむら)へと向かった。

 その道中、現場に近づくにつれて、周波数エナジーで汚染された不気味な植物や、海蝕現象の残骸である黒棘で覆われた岩山などが姿を見せ始めた。とても人が住めるような正常な土地ではない。

 

 

「以前も葉っぱから厭な気配を感じたのですが、あまりにも微かなものだったので、その時は断言できませんでした。

 ですが、今は意識せずとも伝わってきます。この場所に溢れる惨苦や憎悪の感情はとても強い……漂泊者さん、ここには何かおぞましい過去があるはずです」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の忠告に頷きつつ、三人は道を進んだ。その先にあったのは、いくつかの家屋と、その中心広場らしい場所に刻まれた、強い周波数エナジーを放つ十字裂傷。

 

 

「“無音区”とやらか」

「まずは安全を確保しましょう。気を付けてください」

 

 

 三人に気付いたかのように、無音区の十字裂傷がかっと輝いた。

 導かれるように落ちてくるのは、片腕が手斧に変異した戦士が三体。“審判の戦士”という、水風級の残像らしい。北落野原の前線でもよく出現するらしく、これを難なく斃せるようになれば一人前なのだとか。

 まず漂泊者が飛び出し、迅刀を振るって戦士の一体へと斬り付けた。

 

 

「はっ!」

 

 

 黄金の軌跡が戦士の体躯を引き裂き、周波数エナジーを散らす。無防備に突出してきた素人に、その報いを与えんともう一体が手斧を振りかぶる。その腕に絡み付くように、ひゅんと鉤爪が飛んできた。

 鉤爪の主――追跡者がぐいと左腕を引き、ワイヤーを巻き取る。その勢いで姿勢を崩した審判の戦士が、地面をがりがりと引き摺られる。

 

 

「ふん」

 

 

 反射的に立ち上がろうとした戦士へと、追跡者の大剣が振り下ろされた。ぼろぼろの刃が火焔を纏い、戦士の体躯を叩き潰し、淀んだ周波数エナジーを放散させた。

 最後の戦士も素早く行動を起こした。先の戦士と格闘中の漂泊者を狙い、その背後を衝くように突進する。その疾走がトップスピードに乗った瞬間、

 

 

「せいっ!」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の、風を纏う迅刀が素早く突き刺さり、その背中を貫いた。急所を突かれた審判の戦士は、そのままぐおおおと(くずお)れた。貧金の周波数エナジーとなってはらはらと消えゆく中、秧秧(ヤンヤン)は思わず気を抜き、足元の十字裂傷から這い出る暗い輝きを見逃した。

 

 

「あっ――」

秧秧(ヤンヤン)!」

 

 

 はっと気づいた頃に現れたのは、重厚な体躯を持つ“冥淵の守り手”。無数の黒棘を生やした巨躯は、北落野原の最前線でも大きな脅威として扱われ、迅刀の一撃ではびくともしない強靭さを備えている。秧秧(ヤンヤン)の腰ほどの太さがある巨腕を振りかぶり――

 ひゅんと鉤爪が飛び、秧秧(ヤンヤン)の眼前に追跡者が割り込んだ。ワイヤーを巻き取りながら滑り込み、左腕の弩状の機構を構え、鋼鉄の弓柄を展開して弦を引き――

 

 

 ガァン!! と轟音が響いた。

 

 

 爆熱とともに射出された杭が、冥淵の守り手の巨腕に炸裂した。大気を引き千切るような強烈な衝突が、冥淵の守り手と追跡者をそれぞれ吹き飛ばす。追跡者ががりがりと地を削りながら踏ん張る一方、冥淵の守り手は楔の一撃でその身の周波数エナジーを粉砕され、はらはらと消えていった。

 

 

「すみません、助かりました」

「気にするな。敵に集中しろ」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の謝罪に短く応答すると、追跡者はその背後を守るように立った。

 とはいえ、残る敵はほとんどいない。手傷を負った審判の戦士が残り二体といった程度だ。程なく片付けられ、無音区は再び沈黙を取り戻した。

 三人は、静寂を取り戻した祈池村(きちむら)を見回した。人影はなく、家屋というより廃屋と瓦礫が立ち並び、無音区の周波数エナジーに汚染された異様な植物がざわざわと蔓延るのみ。とても人が住んでいる雰囲気ではなかった。

 

 

「……村というより、廃村だな」

「ここで何があったの?」

 

 

 漂泊者の問いに、秧秧(ヤンヤン)はふるふると首を振った。どうやら廃村になって長いようで、ここで何が起きたかは彼女も知らないようだ。

 詳しく見て回ってみよう。漂泊者が廃屋の一角に踏み込んだ途端、物陰でもぞりと影がうごめいた。

 

 

「あ、気を付けてください!」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)は咄嗟に迅刀を構えた。しかし出てきたのは――一体の小さな残像。丸い身体に手足を生やし、ふよふよと宙に浮いている姿。“ウカカ”と呼ばれる、水風級の弱い残像だ。

 

 

「残像か」

「攻撃……してこないですね……」

 

 

 残像とは、海蝕現象で発生した不完全な周波数エナジーの塊だ。その外形も生態も、生物のそれを模倣するだけで、決して固有の生存本能があるわけではない。『ただそこに在る』というのも、珍しいが決して特別なわけではないようだ。

 ウカカは漂泊者を見て、その大きな口から音を生じさせた。

 

 

『……おにいちゃん……たすけて……』

「お兄ちゃん……?」

 

 

 響くのは少女の声。漂泊者に向けられた、しかし明らかに漂泊者を指しているものではない言葉に、三人は首を捻った。問い返してみても、『たす……たすけて……』と言葉を繰り返すばかり。何を伝えたいのだろうか?

 

 

「同じ言葉を繰り返しているようですね。……しかし、これは普通の残像ではありません。残像とは本来、他の周波数を吸収することによって生まれた存在……

 恐らく、この残像は人間の周波数を呑み込んだのでしょう。繰り返される言葉は、襲われた人が遺した意識の再生……つまりこれはその人の断末魔であり、ここで起きた血塗られた事件の一端……」

 

 

 つまりその周波数が詳しく分かれば、事件の詳細を知ることができるということだ。秧秧(ヤンヤン)はウカカの頭に手を置いて、流れ息を感知した。その横顔は、暗い。

 

 

「……ごめんなさい……」

「意思疎通できるの?」

「いえ、そういうわけではないのですが……とても、複雑な感情を感じ取りました。……深い悲しみと、ほんの少しの()()……

 漂泊者さん、追跡者さん……私に考えがあります」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)は、暗い面持ちのまま二人に提案した。

 

 

「私には、救済を切望する声に、この残像の悲鳴、そしてこの村の悲鳴が聞こえました。この村は助けを求めています。この奈落の苦しみから解放されることを期待しています。

 ここで起きたおぞましい事件……そして遺された被害者の“反響”……これらの痕跡を見る限り、それほど時間が経っていないようです。風に残されたメッセージもまだ消えていません」

 

 

 “反響”――霊体や怨念のようなものだろうか。特に感受性が強い彼女は、それに引かれてしまったのだろう。

 

 

「無音区の影響か、ある人為的な介入なのかは分かりませんが、この出来事はまだ表沙汰にされていないようです。でも、私は……

 私は、今私たちにしかできないことをすべきだと思います。被害者がまだこの場にいるかもしれません。それに……危険な何者かの気配も感じました」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の最後の一言に、追跡者はぐるりと村を見回した。不気味なほど静まり返っている廃村は、確かにただならぬ気配を放っている。何者かの悪意によって惨劇が起きた可能性は、決して低くない。

 

 

「この状況は熾霞(シカ)にも伝えます。ですが、正式な調査隊が到着するまで、私たちで調査を進めてみませんか?

 すみません……根拠のない主観的な意見で……」

 

 

 申し訳なさそうに眦を下げる秧秧(ヤンヤン)に対し、しかし漂泊者はぐっとサムズアップし、追跡者も頷いた。

 

 

「大丈夫。信じているから」

「やれることはやってみよう。情報は新鮮なほど価値があると、()()が言っていた」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)を力強く肯定する二人の言葉に、彼女はその心に光明が差した気分を覚えた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 さて、調査を始めたいところだが、三人は素人である。異様な雰囲気もあるし、ひとまず固まって行動したほうがいいだろうと、三人は揃って家屋の瓦礫を見て回った。

 発見はさっそくあった。真っ二つに()()()()ような木札が、家屋の隅に転がっていたのだ。その表面には、何か紋様が刻まれている。

 

 

「変わった木札ですね」

「見覚えがある。儀式か何かに使うものじゃないか」

「どうしてここにこんなものが……? 普通は祠堂とかにあるはず……それに、かなり古いもののようですね……」

「何か記録は残っていない?」

「――……過去の記録によると、この村の人々にはある信仰があり、定期的に大規模な古い祈りの儀式を行っていたようです。その儀式で使われていたのでしょうか」

 

 

 とりあえず木札は回収した。おそらくもう片方が存在するし、儀式があったのなら、それが執り行われた場所も残っているかもしれない。

 さらに歩き、三人は村はずれに大量の足跡を見つけた。ついでに焼け焦げたカードと、くすんだ深紅の痕がある。

 

 

「この跡……小さいですが、何か変ですね……敵との戦闘でできたものではないような……負傷者が引き摺られた跡にも見えますね」

「――足跡だ。かなり大人数だぞ」

「争いの痕跡っぽいね」

「ここで何かしらの争いが起き、そして負傷者が出たということでしょうか……」

 

 

 すでに血は硬くこびり付いており、古いもののようだ。足跡もかなり風化しており、跡を辿ることは難しい。誰が誰を連れ去ったのか、どこに連れていかれたのかを特定することは難しそうだ。

 しかし秧秧(ヤンヤン)は、残されたカードの破片から、ひとつの推測に思い至った。

 

 

「これは……もしかしたら……残星組織(フラクトシデス)の仕業かも知れません」

「なんだ、それは」

「私も詳しくはないのですが、過去に踏白として、残星組織(フラクトシデス)絡みの事件に関わったことがあります。

 残星組織(フラクトシデス)は人間と残像を融合させようとする狂気的な組織です。規模も大きく、過去には各国で何度かテロを起こしています」

「人間と残像を……」

 

 

 恐ろしい想像に、秧秧(ヤンヤン)と漂泊者はぶるりと身を震わせた。ただでさえ脆弱な周波数エナジーしか持たない人間の魂に、雑多な反響エナジーで構成された残像を混ぜ合わせる――導き出される成果など、素人でも簡単に推測できる。一縷とてあるかどうか分からない、夜明けの星より儚い希望に挑戦し、ために無辜の人々を手にかけるなど、およそ正気とは思えない。

 

 

残星組織(フラクトシデス)は今州でも活動の爪痕を残していて、確認された組織の末端人員は被験者(アーティファイサー)と呼ばれています。

 さらにその上には、指導者である“監察”がいます。それぞれ異なる能力を持ち、格別に危険とされる存在です……

 彼らの本当の目的……それは世界の滅亡、永遠の力を手に入れるなど……その主張は様々で、正確には誰も分かりません」

「そいつらが、この村の惨状を引き起こしたと……何のために?」

「分かりません……ですが……『実験』なのではないかと」

「実験?」

 

 

 追跡者のオウム返しに、秧秧(ヤンヤン)ははっきりと頷いた。曖昧だが、しかし確信に満ちた表情だった。

 

 

残星組織(フラクトシデス)の中でも、特に目立つ監察がいます。全ての秩序を破壊し悪行に興じる、混沌と狂乱の代弁者……残星組織(フラクトシデス)に関連する証拠ファイルで、()()()()()を見たことがあります。

 名を、スカー……これは彼のものです」

 

 

 漂泊者と追跡者は、焼け焦げたカードの痕を見た。粘っこい執着を象徴するかのような、深紅の周波数エナジーが燻っている。

 

 

「もし彼が関与しているのであれば……この村の人々は、残忍で非道な仕打ちを受けたに違いありません……」

 

 

 祈池村(きちむら)の片隅に座り込んでいた三人に、びょうと風が一筋吹いた。無音区の歪んだ周波数エナジーを孕んだ風が、三人の心をざわつかせた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 その後、しばらく廃墟を見て回ったが、これといって目ぼしい成果は得られなかった。秧秧(ヤンヤン)の直感は、ただの気のせいだったのだろうか?

 いったん思考を整理してみようと、三人は村の広場に戻ってきた。その視界の隅で、何かががさりと茂みをざわつかせた。

 

 

「何でしょうか……?」

 

 

 先のウカカのような、反響生物の類が見つかるかもしれない。秧秧(ヤンヤン)は茂みへと足を踏み入れ、やがて何かを見つけたのか、がさりと茂みを掻き分けながらそれを拾い上げた。とがった耳、月のような目、肉球を見せつける四肢、白黒茶色、三色の模様――猫だ。

 

 

「なんだ、野良猫か」

 

 

 漂泊者と追跡者は脱力するような気分を覚えつつ、しかし野良猫を抱き上げる秧秧(ヤンヤン)の柔らかな笑顔を見て、少しだけ気が休まる思いを抱いた。惨劇の残響が、知らないうちに三人の心を張り詰めさせていたのかも知れない。

 それにしても、無音区に汚染された土地で生きていくとは、なかなかしぶとい猫だ。秧秧(ヤンヤン)の腕の中で毛繕いをしているあたり、神経が図太いというかなんというか。少し撫でてやろうかと歩み寄った追跡者は、

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の背後に現れた濁り火の亀裂に、ぎょっと目の色を変えた。

 

 

「――秧秧(ヤンヤン)!」

「離れろ、漂泊者!」

 

 

 反射的に叫んだ漂泊者を制止し、追跡者は強く踏み込んだ。突然のことで反応が遅れた秧秧(ヤンヤン)を、橙色の濁り火があっという間に飲み込んでいく。追跡者は咄嗟に左腕を突き出し、弩状の機構からワイヤークローを射出した。ずぶり、と橙色の闇に三又の鉤爪が食い込む。機構がワイヤーを巻き取る反動で、追跡者は濁り火の闇の中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 橙色の闇の中を、どこまでも落ちていく――

 じりじりと焦熱を放つ橙色の濁り火を掻き分けながら、追跡者は秧秧(ヤンヤン)の細腕を掴み、力強く引き寄せた。吹けば飛んでしまいそうな細い体を抱きしめ、力強く支える。

 終わらない垂直落下に、しかし追跡者は動揺しなかった。終わらない“夜”の果てだろうと、()()()()()()()辿()()()()――それが“夜渡り”に課せられた宿命だ。

 

 

 果たして、落ちゆく二人の視線の先で、橙色の闇が強く輝いた。

 果てしなく燃える真紅の空、燻り続ける瓦礫の海――悪意ある周波数エナジーで構成された夢幻の世界、“幻境”。

 その一角、一際大きな瓦礫へと、二人は墜落した。激突の瞬間に追跡者は身を捻り、だんと両足で瓦礫の地面を踏みしめた。秧秧(ヤンヤン)を抱きかかえた追跡者の着地に、しかし瓦礫は揺らがず、ぼふんと埃が巻き起こるだけだった。

 瓦礫が安定した地面であることを確認したうえで、追跡者は秧秧(ヤンヤン)を抱きしめる腕の力を緩め、彼女も地面に降り立った。猫はいつの間にか姿を消していた。濁り火の闇に耐えられず消滅してしまったのか、あるいは――

 

 

「――ここは……?」

「気を付けろ。()()()()()()()()()

 

 

 真紅の幻境を見回す秧秧(ヤンヤン)に警告すると、追跡者は背負った大剣に手をかけ、周囲を威嚇しながら構えた。見れば、海草のような不気味な光沢を放つ残像たちが、磯臭い周波数エナジーを滲ませ、うぞうぞと地面を汚しながら這い出して来る。

 伝道師の空殻――サンゴを骨とし、海草を肉とし、邪教に耽溺する醜い巫覡(ふげき)

 そして狂信者の血肉――サンゴを骨とし、海草を肉とし、愚信を導きとする亡者の残骸。

 これらが遥か彼方海の向こう、“リナシータ”に蔓延る残像であることなど、二人の知る由もない。二人はすぐさま得物を構えた。今はただ、見知らぬ脅威を排除し、安全を確保するだけだ。

 

 

「はっ!」

 

 

 伝道師の空殻が放つ巨大な水泡を躱し、秧秧(ヤンヤン)が強く踏み込んだ。風を纏う迅刀の刺突が、ぎりりと狂信者の血肉の一体の体躯を抉るが、その傷は浅い。まるで海藻のぬめりに刃を鈍らされているかのようだ。

 

 

「鈍い」

 

 

 狂信者の血肉の一体が放つ海草の蔦を躱しながら、追跡者もワイヤークローを飛ばし残像の群れに突っ込んだ。体格も構成物質も大して重量がないように見えるが、巻き取られる鉤爪にも引っ張られる様子はない。ならばと即断で突っ込んだ追跡者は、その大剣の刃に激しい火焔を伴い、炎の大太刀を振り下ろした。

 ぎゃああと湿った悲鳴が響き渡る。どうやら“気動”の属性を帯びた攻撃を得意とし、同時に身を守る周波数も同じ属性を帯びているようだ。共鳴力に“気動”の属性を帯びる秧秧(ヤンヤン)にとっては不利な相手――だがそれはそれで、戦いようはある。何より、彼女は一人ではないのだ。

 

 

「高く舞い上がれ!」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の額の音痕が煌々と輝き、その手に握る迅刀からぶわりと風が溢れ出た。渦巻く周波数エナジーが巨大な旋風を巻き起こし、残像たちを取り囲んで斬り刻んだ。ぎりぎりと渦巻く刃のような旋風が、多数の残像たちを突き飛ばし、巻き込み、一ヶ所に掻き集める。

 その瞬間を待ち構えていたかのように、追跡者がワイヤークローを地面に打ち込み、巻き取る反動で残像たちの足元に潜り込んだ。ぐっと身を屈めて左腕の弩状の機構を構え、鋼鉄の弓柄を展開して弦を引き――()()()()()()()

 

 

 ガ コ ォ ン !!

 

 

 轟音とともに爆裂が轟いた。限界まで引き絞られた弓柄が、弾けるようにしなり、赤熱する鉄杭を射出した。突き上げられた爆炎が残像たちを飲み込み、深紅の景色を引き裂く烈火として炸裂した。サンゴを骨とし、海草を肉とする脆弱な狂気者たちは、一撃でその五体を爆破され、貧金の周波数エナジーとなって四散した。地面に焼け付き延焼する炎が、その遺骸すら食い潰していく。

 残像たちがすべて灰燼に帰し、自分たち以外がいなくなったのを見届けてようやく、追跡者と秧秧(ヤンヤン)は戦闘態勢を解いた。

 しかし、燃えるカードが囲う紅蓮の景色は、一向に変化する様子がない。このまま自分たちを閉じ込めるつもりだろうか。仕手である何者かすら現れず、一向に変わらない景色に、秧秧(ヤンヤン)はすぐに違和感を抱いた。もしや、ここに閉じ込めた時点で、仕手の思惑は果たされている……? だとすれば――

 

 

「まさか――狙いは漂泊者さん……!?」

 

 

 はっと思い至った秧秧(ヤンヤン)は、慌てて幻境の出口を探し求めた。しかし真紅の地獄を映し出す幻は、どこにも綻びを見せない。秧秧(ヤンヤン)はますます焦燥に駆られた。

 

 

「焦るな、秧秧(ヤンヤン)

「ですが、漂泊者さんが!」

「落ち着け。危険なのは()()()()()()

 

 

 右往左往する秧秧(ヤンヤン)の肩を掴み、追跡者が無理矢理に落ち着かせた。兜のスリットの奥の瞳は、決して油断していない。

 

 

「この手の……魔術師の結界には見覚えがある。

 敵が何者かは知らないが、この結界の方が奴の本領だ。漂泊者が捕食者の目の前にいるとすれば――俺たちはすでに()()()()()にいる。危機の瀬戸際に置かれているのは、俺たちの方だ」

 

 

 追跡者の言葉を肯定するかのように、瓦礫の地面がぬらぬらと汚れ始めた。胃の中に閉じ込めた獲物を始末する狩人か、はたまた同じように食われた被害者の成れの果てか――いずれにせよ、這い出して来る残像の群れを始末しなければ、この幻境を脱することさえできない。

 

 

 

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