駐屯地の一角で休ませてもらい、翌朝。三人は
その道中、現場に近づくにつれて、周波数エナジーで汚染された不気味な植物や、海蝕現象の残骸である黒棘で覆われた岩山などが姿を見せ始めた。とても人が住めるような正常な土地ではない。
「以前も葉っぱから厭な気配を感じたのですが、あまりにも微かなものだったので、その時は断言できませんでした。
ですが、今は意識せずとも伝わってきます。この場所に溢れる惨苦や憎悪の感情はとても強い……漂泊者さん、ここには何かおぞましい過去があるはずです」
「“無音区”とやらか」
「まずは安全を確保しましょう。気を付けてください」
三人に気付いたかのように、無音区の十字裂傷がかっと輝いた。
導かれるように落ちてくるのは、片腕が手斧に変異した戦士が三体。“審判の戦士”という、水風級の残像らしい。北落野原の前線でもよく出現するらしく、これを難なく斃せるようになれば一人前なのだとか。
まず漂泊者が飛び出し、迅刀を振るって戦士の一体へと斬り付けた。
「はっ!」
黄金の軌跡が戦士の体躯を引き裂き、周波数エナジーを散らす。無防備に突出してきた素人に、その報いを与えんともう一体が手斧を振りかぶる。その腕に絡み付くように、ひゅんと鉤爪が飛んできた。
鉤爪の主――追跡者がぐいと左腕を引き、ワイヤーを巻き取る。その勢いで姿勢を崩した審判の戦士が、地面をがりがりと引き摺られる。
「ふん」
反射的に立ち上がろうとした戦士へと、追跡者の大剣が振り下ろされた。ぼろぼろの刃が火焔を纏い、戦士の体躯を叩き潰し、淀んだ周波数エナジーを放散させた。
最後の戦士も素早く行動を起こした。先の戦士と格闘中の漂泊者を狙い、その背後を衝くように突進する。その疾走がトップスピードに乗った瞬間、
「せいっ!」
「あっ――」
「
はっと気づいた頃に現れたのは、重厚な体躯を持つ“冥淵の守り手”。無数の黒棘を生やした巨躯は、北落野原の最前線でも大きな脅威として扱われ、迅刀の一撃ではびくともしない強靭さを備えている。
ひゅんと鉤爪が飛び、
ガァン!! と轟音が響いた。
爆熱とともに射出された杭が、冥淵の守り手の巨腕に炸裂した。大気を引き千切るような強烈な衝突が、冥淵の守り手と追跡者をそれぞれ吹き飛ばす。追跡者ががりがりと地を削りながら踏ん張る一方、冥淵の守り手は楔の一撃でその身の周波数エナジーを粉砕され、はらはらと消えていった。
「すみません、助かりました」
「気にするな。敵に集中しろ」
とはいえ、残る敵はほとんどいない。手傷を負った審判の戦士が残り二体といった程度だ。程なく片付けられ、無音区は再び沈黙を取り戻した。
三人は、静寂を取り戻した
「……村というより、廃村だな」
「ここで何があったの?」
漂泊者の問いに、
詳しく見て回ってみよう。漂泊者が廃屋の一角に踏み込んだ途端、物陰でもぞりと影がうごめいた。
「あ、気を付けてください!」
「残像か」
「攻撃……してこないですね……」
残像とは、海蝕現象で発生した不完全な周波数エナジーの塊だ。その外形も生態も、生物のそれを模倣するだけで、決して固有の生存本能があるわけではない。『ただそこに在る』というのも、珍しいが決して特別なわけではないようだ。
ウカカは漂泊者を見て、その大きな口から音を生じさせた。
『……おにいちゃん……たすけて……』
「お兄ちゃん……?」
響くのは少女の声。漂泊者に向けられた、しかし明らかに漂泊者を指しているものではない言葉に、三人は首を捻った。問い返してみても、『たす……たすけて……』と言葉を繰り返すばかり。何を伝えたいのだろうか?
「同じ言葉を繰り返しているようですね。……しかし、これは普通の残像ではありません。残像とは本来、他の周波数を吸収することによって生まれた存在……
恐らく、この残像は人間の周波数を呑み込んだのでしょう。繰り返される言葉は、襲われた人が遺した意識の再生……つまりこれはその人の断末魔であり、ここで起きた血塗られた事件の一端……」
つまりその周波数が詳しく分かれば、事件の詳細を知ることができるということだ。
「……ごめんなさい……」
「意思疎通できるの?」
「いえ、そういうわけではないのですが……とても、複雑な感情を感じ取りました。……深い悲しみと、ほんの少しの
漂泊者さん、追跡者さん……私に考えがあります」
「私には、救済を切望する声に、この残像の悲鳴、そしてこの村の悲鳴が聞こえました。この村は助けを求めています。この奈落の苦しみから解放されることを期待しています。
ここで起きたおぞましい事件……そして遺された被害者の“反響”……これらの痕跡を見る限り、それほど時間が経っていないようです。風に残されたメッセージもまだ消えていません」
“反響”――霊体や怨念のようなものだろうか。特に感受性が強い彼女は、それに引かれてしまったのだろう。
「無音区の影響か、ある人為的な介入なのかは分かりませんが、この出来事はまだ表沙汰にされていないようです。でも、私は……
私は、今私たちにしかできないことをすべきだと思います。被害者がまだこの場にいるかもしれません。それに……危険な何者かの気配も感じました」
「この状況は
すみません……根拠のない主観的な意見で……」
申し訳なさそうに眦を下げる
「大丈夫。信じているから」
「やれることはやってみよう。情報は新鮮なほど価値があると、
◇ ◇ ◇
さて、調査を始めたいところだが、三人は素人である。異様な雰囲気もあるし、ひとまず固まって行動したほうがいいだろうと、三人は揃って家屋の瓦礫を見て回った。
発見はさっそくあった。真っ二つに
「変わった木札ですね」
「見覚えがある。儀式か何かに使うものじゃないか」
「どうしてここにこんなものが……? 普通は祠堂とかにあるはず……それに、かなり古いもののようですね……」
「何か記録は残っていない?」
「――……過去の記録によると、この村の人々にはある信仰があり、定期的に大規模な古い祈りの儀式を行っていたようです。その儀式で使われていたのでしょうか」
とりあえず木札は回収した。おそらくもう片方が存在するし、儀式があったのなら、それが執り行われた場所も残っているかもしれない。
さらに歩き、三人は村はずれに大量の足跡を見つけた。ついでに焼け焦げたカードと、くすんだ深紅の痕がある。
「この跡……小さいですが、何か変ですね……敵との戦闘でできたものではないような……負傷者が引き摺られた跡にも見えますね」
「――足跡だ。かなり大人数だぞ」
「争いの痕跡っぽいね」
「ここで何かしらの争いが起き、そして負傷者が出たということでしょうか……」
すでに血は硬くこびり付いており、古いもののようだ。足跡もかなり風化しており、跡を辿ることは難しい。誰が誰を連れ去ったのか、どこに連れていかれたのかを特定することは難しそうだ。
しかし
「これは……もしかしたら……
「なんだ、それは」
「私も詳しくはないのですが、過去に踏白として、
「人間と残像を……」
恐ろしい想像に、
「
さらにその上には、指導者である“監察”がいます。それぞれ異なる能力を持ち、格別に危険とされる存在です……
彼らの本当の目的……それは世界の滅亡、永遠の力を手に入れるなど……その主張は様々で、正確には誰も分かりません」
「そいつらが、この村の惨状を引き起こしたと……何のために?」
「分かりません……ですが……『実験』なのではないかと」
「実験?」
追跡者のオウム返しに、
「
名を、スカー……これは彼のものです」
漂泊者と追跡者は、焼け焦げたカードの痕を見た。粘っこい執着を象徴するかのような、深紅の周波数エナジーが燻っている。
「もし彼が関与しているのであれば……この村の人々は、残忍で非道な仕打ちを受けたに違いありません……」
◇ ◇ ◇
その後、しばらく廃墟を見て回ったが、これといって目ぼしい成果は得られなかった。
いったん思考を整理してみようと、三人は村の広場に戻ってきた。その視界の隅で、何かががさりと茂みをざわつかせた。
「何でしょうか……?」
先のウカカのような、反響生物の類が見つかるかもしれない。
「なんだ、野良猫か」
漂泊者と追跡者は脱力するような気分を覚えつつ、しかし野良猫を抱き上げる
それにしても、無音区に汚染された土地で生きていくとは、なかなかしぶとい猫だ。
「――
「離れろ、漂泊者!」
反射的に叫んだ漂泊者を制止し、追跡者は強く踏み込んだ。突然のことで反応が遅れた
橙色の闇の中を、どこまでも落ちていく――
じりじりと焦熱を放つ橙色の濁り火を掻き分けながら、追跡者は
終わらない垂直落下に、しかし追跡者は動揺しなかった。終わらない“夜”の果てだろうと、
果たして、落ちゆく二人の視線の先で、橙色の闇が強く輝いた。
果てしなく燃える真紅の空、燻り続ける瓦礫の海――悪意ある周波数エナジーで構成された夢幻の世界、“幻境”。
その一角、一際大きな瓦礫へと、二人は墜落した。激突の瞬間に追跡者は身を捻り、だんと両足で瓦礫の地面を踏みしめた。
瓦礫が安定した地面であることを確認したうえで、追跡者は
「――ここは……?」
「気を付けろ。
真紅の幻境を見回す
伝道師の空殻――サンゴを骨とし、海草を肉とし、邪教に耽溺する醜い
そして狂信者の血肉――サンゴを骨とし、海草を肉とし、愚信を導きとする亡者の残骸。
これらが遥か彼方海の向こう、“リナシータ”に蔓延る残像であることなど、二人の知る由もない。二人はすぐさま得物を構えた。今はただ、見知らぬ脅威を排除し、安全を確保するだけだ。
「はっ!」
伝道師の空殻が放つ巨大な水泡を躱し、
「鈍い」
狂信者の血肉の一体が放つ海草の蔦を躱しながら、追跡者もワイヤークローを飛ばし残像の群れに突っ込んだ。体格も構成物質も大して重量がないように見えるが、巻き取られる鉤爪にも引っ張られる様子はない。ならばと即断で突っ込んだ追跡者は、その大剣の刃に激しい火焔を伴い、炎の大太刀を振り下ろした。
ぎゃああと湿った悲鳴が響き渡る。どうやら“気動”の属性を帯びた攻撃を得意とし、同時に身を守る周波数も同じ属性を帯びているようだ。共鳴力に“気動”の属性を帯びる
「高く舞い上がれ!」
その瞬間を待ち構えていたかのように、追跡者がワイヤークローを地面に打ち込み、巻き取る反動で残像たちの足元に潜り込んだ。ぐっと身を屈めて左腕の弩状の機構を構え、鋼鉄の弓柄を展開して弦を引き――
ガ コ ォ ン !!
轟音とともに爆裂が轟いた。限界まで引き絞られた弓柄が、弾けるようにしなり、赤熱する鉄杭を射出した。突き上げられた爆炎が残像たちを飲み込み、深紅の景色を引き裂く烈火として炸裂した。サンゴを骨とし、海草を肉とする脆弱な狂気者たちは、一撃でその五体を爆破され、貧金の周波数エナジーとなって四散した。地面に焼け付き延焼する炎が、その遺骸すら食い潰していく。
残像たちがすべて灰燼に帰し、自分たち以外がいなくなったのを見届けてようやく、追跡者と
しかし、燃えるカードが囲う紅蓮の景色は、一向に変化する様子がない。このまま自分たちを閉じ込めるつもりだろうか。仕手である何者かすら現れず、一向に変わらない景色に、
「まさか――狙いは漂泊者さん……!?」
はっと思い至った
「焦るな、
「ですが、漂泊者さんが!」
「落ち着け。危険なのは
右往左往する
「この手の……魔術師の結界には見覚えがある。
敵が何者かは知らないが、この結界の方が奴の本領だ。漂泊者が捕食者の目の前にいるとすれば――俺たちはすでに
追跡者の言葉を肯定するかのように、瓦礫の地面がぬらぬらと汚れ始めた。胃の中に閉じ込めた獲物を始末する狩人か、はたまた同じように食われた被害者の成れの果てか――いずれにせよ、這い出して来る残像の群れを始末しなければ、この幻境を脱することさえできない。