潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第五幕 雨が空に堕ちる頃に(1)

 真っ赤な流血とともにスカーを引き摺りながら、辺庭の地下牢へ移動し、肉塊だかボロ雑巾だか分からなくなった姿のスカーを放り込んだ後。辺庭地上階に戻ってきた追跡者は、『瑝覧類書』で今汐(コンシ)と別れた漂泊者と合流した。

 なお『瑝覧類書』には緊急で清掃業者が入り、令尹(レイイン)近衛の指揮で丸一日かけて血痕の清掃が行われることになった。今州城落成以来、前代未聞の出来事である。

 

 

「――“ブラックショア”?」

 

 

 それはそれとして、辺庭を出た二人。追跡者は、漂泊者から新しい単語を聞かされた。

 何でも、悲鳴の観測と対策を専門とする特殊な組織らしい。今汐(コンシ)でさえその全貌を掴めない秘匿された組織だそうだが、あの残星組織(フラクトシデス)とは異なり、今州と漂泊者の味方になってくれる可能性が高いとのこと。

 

 

「で、今度はこの写真を渡された」

「また謎解きか……今州人はそういう謎かけが好きなのか?」

 

 

 言葉とともに漂泊者が差し出した一枚の写真に、追跡者は閉口した。今度は隠されたメッセージを追う謎かけではなく、数少ない手がかりとして提示されたものだが、まあ押し付けられた二人にとってはあまり違いのない話である。

 ちなみに追跡者は『写真』という概念を知らず、漂泊者に一から教わった。()()ならばもう少し芳しい反応を返してやれただろうか、と小さな後悔を覚えながら歩いていると、辺庭外縁に秧秧(ヤンヤン)熾霞(シカ)の姿が見えた。

 

 

「……わかりました。私も感じます……流れ息に潜む微かな不安を……

 今州に……何かが起きています」

「あ、漂泊者と追跡者だ。おかえり!」

 

 

 近づく二人に気付いた熾霞(シカ)が、元気よく声を掛けた。見たところ、白芷(ビャクシ)と通信をしている最中らしい。

 

 

「何かあった?」

『研究院が大量の無音区異常を探知した。城外に向かうつもりなら注意して。デバイスの手入れは丁寧に。それと配布された防護装備も忘れずに。あと体には気をつけて。

 それじゃ、私実験があるから』

 

 

 言うだけ言うと、白芷(ビャクシ)はつんとすまし顔のまま通信を切った。まるで事務連絡を機械的に述べたかのような冷たい表情だったが、その割には注意が多く丁寧だ。彼女なりの気遣いというべきところか。秧秧(ヤンヤン)熾霞(シカ)も承知の上なのか、気分を害した様子もなく、漂泊者たちに話を振った。

 歳主“角”の行方不明を伏せ、漂泊者は一通り説明した。瑝瓏の心臓部たる『瑝覧類書』にまで侵入を果たしたスカーの所業に、熾霞(シカ)は分かりやすく地団駄を踏んだ。好き放題に暴れたスカーは、しかし漂泊者たちの反撃に遭い、トドメに追跡者の致命的な一撃で昏倒するに至ったが――そんなショッキングな暴挙が、彼女の憤懣を晴らすに足るか、どうか。逆にドン引きしそうだな、と漂泊者は話題を変えることにした。

 

 

忌炎(キエン)令尹(レイイン)、それと“角”はどういう関係にある?」

忌炎(キエン)というと……現在の夜帰軍将という話だったか?」

「うん。その人と会う必要性があるそうだ」

 

 

 漂泊者の問いかけに、熾霞(シカ)秧秧(ヤンヤン)はうーん? と首を捻った。

 

 

「うーん、私は知らないなぁ……忌炎(キエン)将軍って確か軍医だったんだよね」

「はい。ですが、お二人の関係をお話しする前に、少し今州の歴史について紹介する必要がありますね」

 

 

 そして秧秧(ヤンヤン)は、近くの講談師から聞いたという話を語り始めた。

 ざっくりまとめると――前任の令尹(レイイン)が辞任した後、後任が定まらないまま長い期間が経った。そして、のちに『湾刀の戦い』と呼ばれる大戦にて、当時の夜帰軍将であった哥舒臨(カジョリン)が鳴式“無相燹主(ムソウセンシュ)”との戦いの中で行方を晦ませてしまった。絶望の中、夜帰軍は青龍の共鳴者こと忌炎(キエン)の指揮によって帰還に成功し、これを機に歳主“角”が今汐(コンシ)を見出し、新たな令尹(レイイン)に任じた――ということらしい。

 

 

「そんなことがあったのか……」

 

 

 ほへーと感心の声を上げる熾霞(シカ)の隣で、漂泊者はその顔を暗くしていた。この講談には、意図的に伏せられた情報がある。恐らくは講談師さえ知らない、しかし何より重要な情報が。

 

 

「何故……“角”は今の令尹(レイイン)を選んだの?」

 

 

 漂泊者の問いに、秧秧(ヤンヤン)熾霞(シカ)は顔を見合わせた。

 

 

「そりゃあ……何か秘密の選抜基準でもあるのかな?」

「……人と神の間にある絶対的な違いが生み出す、不可視の基準みたいなものがあるのではないでしょうか?」

「うーん、確かに……明日突然“角”が私を令尹(レイイン)に選んだとしても、別に驚かないしな!」

「そこは驚け」

 

 

 熾霞(シカ)の能天気な発言に、追跡者が呆れた声でツッコんだ。彼女が令尹(レイイン)の務めを果たすことができるかどうかはさておき、突然一介の巡尉を州のトップに据えるなど、辺庭は大混乱に陥ること間違いなしだ。

 ――ましてや、何の由縁もない幼子ともなれば。漂泊者は、変わらず暗い面持ちで言葉を続けた。

 

 

「“角”は……人の意思を考慮に入れるのかな?」

「おっしゃりたいことは分かります、漂泊者さん」

 

 

 漂泊者の意図を察した秧秧(ヤンヤン)が、同じように暗い表情を浮かべた。

 

 

「本来青春を謳歌すべき時に、何の前触れもなく令尹(レイイン)に選ばれてしまった彼女……一体どういう心境なのでしょうか……」

 

 

 “角”が今汐(コンシ)を見出したのはたった十年前、当時六歳のことである。故郷から遠く離れ、親しい友達もおらず、たった一人で大勢の官僚(おとな)たちを差配しなければならない――それも、今州という戦禍絶えない最前線で。

 どう言い繕っても、普通の子供が送るべき当たり前の生活ではない。そんなものを押し付けられ、生涯を捧げさせられている今汐(コンシ)の本心とは――

 

 

「――理屈など、あるものか」

 

 

 ぎりり、と追跡者がグローブを堅く握った。その異様な雰囲気に、残る三人が戸惑いの表情を浮かべた。

 

 

「追跡者さん……?」

「合理などあるものか。思慮などあるものか。連中は、ただ連中に都合のいい()を見繕っているに過ぎない。

 たまたま神の目についた、たまたま誰かの血を引いていた――そんなふざけた理屈で、勝手に『罪』を作り上げ、『罰』を与えているに過ぎない。

 ただの傲慢が、ただの横暴が、御大層な肩書一つで許される……神とは、そんなものだ」

 

 

 ゆらりと気炎が昇り立つような気迫に、少女三人は圧倒された。敵対者には容赦しない性格というのは充分理解しているが、まるで歳主を『横暴で傲慢な神』と侮辱するかのような、神への畏敬すら見せない強烈な気迫に、口を挟むことができなかった。重苦しい緊張に、最初に耐えられなくなったのは熾霞(シカ)だった。

 

 

「え……えっと、なんだっけ……そう、そうだ! その令尹(レイイン)様がどうしたんだっけ?」

「もしかして……令尹(レイイン)様から、漂泊者さんに関わる手がかりが得られたのですか?」

 

 

 熾霞(シカ)の言葉に秧秧(ヤンヤン)も同調し、ひとまず話は漂泊者自身へと流れた。漂泊者は、今汐(コンシ)との別れ際に教えられた内容を思い起こした。

 

 

「まず、ある()に合わせて北落野原に行って、忌炎(キエン)将軍を探す必要があるんだって」

「北落野原!? あそこは昔の戦場だよ!?」

「漂泊者さん……今の北落野原は鳴式と戦う最前線……とっても危険な場所です……行くとしても慎重にお願いします」

 

 

 先日の情報が正しければ、忌炎(キエン)将軍は北落野原に出ずっぱりで、長らく今州城に戻っていない。漂泊者が接触して事態が動くとすれば――残像の掃討に成功するか、鳴式“無相燹主(ムソウセンシュ)”が動き出すか。いずれにせよ、戦局に大きな動きが生じるのは間違いないだろう。

 

 

「それと、“監察”とやらはスカーだけではないらしい」

「まさか、あの時の……!?」

 

 

 漂泊者の説明に、秧秧(ヤンヤン)は愕然とした。祈池村(きちむら)でスカーに同行していたあの女――只者ではないと思っていたが、まさか“監察”だったのか。

 

 

残星組織(フラクトシデス)……私たちの想像以上に厄介ですね。確かにあの人たちは、あなたに関する情報をたくさん持っていますが……あの人たちの手段と理念……やはり認められません。

 ですが敵は闇の中……下手に動けばその中に陥ってしまいます」

「それで、“ブラックショア”っていう組織にも監視されてるらしいんだけど」

「“ブラックショア”? 聞いたことないな。瑝瓏の地図にもそんなとこないし……」

 

 

 どうやら巡寧所でも取り沙汰されていない、機密性の高い組織のようだ。この分では収穫がなさそうだと思いつつ、漂泊者は黒い花の写真を見せた。

 

 

「この黒い花……写真だけでは、私の能力でも情報を引き出せませんね……」

「具体的に何を指しているんだ?」

「ブラックショアのメンバーは、みんなこの花を身に着けているんだって」

「でも、写真一枚で人探しですか……さすがに難しいですね……」

 

 

 漂泊者の説明に、秧秧(ヤンヤン)は考え込んだ。周波数エナジーを読み取れない、希少な花を探す方法……先に閃いたのは、熾霞(シカ)だった。

 

 

「だったら林ばあさんに聞いてみようよ!」

「林ばあさんは商業区域で盆栽店をやっています。花についても詳しいそうなので、何か分かるかもしれません!」

「林ばあさんも講談が好きなんだ。うーん、さっきもどこかで見た気がする……とりあえずここらで探してみよっか」

 

 

 そして四人は商業区域に下り、林ばあさんこと林素を探して講談小屋に向かった。果たして熾霞(シカ)が見つけたのは、精々中年くらいの、とても『ばあさん』とは呼べない容貌の人物だ。

 

 

「おや? 熾霞(シカ)ちゃんと秧秧(ヤンヤン)ちゃんだね。今日は語りを聞きに来たのかい?」

「へへっ、それだけじゃない。今日はある友達と一緒に来たんだ、林ばあさん!」

 

 

 親しげな林素の呼びかけに、熾霞(シカ)はばっと漂泊者と追跡者を盛り上げた。

 

 

「じゃじゃーん! 残像を素手で千切る! 烈火を浴びようがビクともしない! どんな強い相手もデコピンひとつでやっつける!

 人呼んで無双のコンビ――漂泊者と追跡者!!」

 

 

 熾霞(シカ)の大声を聞きつけた講談師が、ててーん、と景気よく太鼓を鳴らし、周囲の観衆がぱらぱらと拍手をした。なるほど講談好きが集まっているだけに、ノリがいい。

 肝心の漂泊者と追跡者はといえば、

 

 

「……デコピンで酒瓶を壊す知り合いならいたな」

「あなたはむしろ烈火を浴びせる方だよね」

「漂泊者さん、そこですか?」

 

 

 ノリがいいのだか悪いのだか、どこかズレた反応を見せるだけだった。

 「何だよノリが悪いなー!」と騒ぐ熾霞(シカ)を、追跡者は無言でしっしっと追い払った。講談や見世物は、遊牧民の一族でも馴染みのある娯楽だったが、それは見せられる側だから楽しいのであって、自分がやらされるのは好きではない。聞かされた当事者である林素も、大して気にした様子はなかった。

 

 

「ははは……熾霞(シカ)ちゃんはいつも通りだね」

「今日はね、物知りの林ばあさんにちょっと聞きたいことがあって来たんだけど……」

「この黒い花についてなのですが……」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)は、漂泊者から預かった黒い花の写真を差し出した。訝しげに写真を覗き込むその様子は、芳しくない。

 

 

「うーん……今州に生えてる草花ならすぐ分かるはずだけど……これはどう見ても違うわねぇ。

 それに、今州に伝わる植物図鑑にもこんな奇妙な花は載っていないよ」

「そんなぁ……林ばあさんでも分からないのかぁ……もうお手上げだよぉ……」

「よしてくださいな、熾霞(シカ)ちゃん。もう一人植物に詳しい共鳴者がいるでしょ?」

 

 

 がっくりと肩を落とした熾霞(シカ)を見、しかし林素はふふふと意味ありげに笑った。誰か、思い当たる人物がいるのだろうか。

 

 

「遠方から今州に来たというあの子のことでしょうか? よくお店でもお手伝してますよね」

「そうそう! あの子はとっても働き者で、植物にもとっても詳しいから、いつも助けられているのよね。背も低くて優しく……笑う時のお目々なんかもキラキラで本当に綺羅花みたい!

 『綺羅花ちゃん、ご飯だよ』って呼ぶと返事までしてくれて、もう本当可愛い……!」

 

 

 思い出し笑いならぬ思い出し愛で、といった感じの林素の様子からして、どうやら随分と可愛がっているらしい。年若い人物なのだろうか?

 そんな気持ちも分かるような、分からないような。追跡者は一旦話を進めることにした。

 

 

「その『綺羅花ちゃん』とやらは、今どこに?」

「今は多分……裏山で生態調査をしているはずよ。この前、裏山に花畑を作りたいって何気なく言ったら、こうやって実地調査をやってくれてね」

 

 

 随分と働き者のようだ。一行は裏山への道筋を聞くと、その『綺羅花ちゃん』とやらに会いに行くことにした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 商業区域の大広場を抜け、滝壺の裏を潜り抜ける。険しい山道を進む四人の足元に、一輪の花が咲いた。

 普通の花ではない、淡い周波数エナジーをまとった黄色の花だ。四人の視線を誘導するように、ぽん、ぽんと間隔を置いて同じ花が咲いていく。その後を辿っていくと、ちょうど四人が歩む山道に沿っていた。道案内をしてくれるのだろうか?

 花の後を辿っていくと、大きな川が行く手を横切っていた。どうやって渡ろうかと思案する間もなく、草花がわぁっと生い茂り、茎と蔦を伸ばして花の橋を成した。なんとも親切なものだ、と追跡者は感心した。

 少女三人と武装した男一人の渡川を万全に支え切った後、花の道案内は変わらず続く。やがて崖の一角に出、そこには色とりどりの花が生い茂る花畑があった。紺菫(すみれ)清芬草(せいふんそう)忍冬(すいかずら)雲露(れんげ)……あらゆる色の花々が、まるで天地を塗り替えるかのように広がり、風に揺れてざわざわと揺れている。

 その中心で、一人の少女が土いじりをしていた。花飾りのついた黄緑のワンピースに身を包み、背嚢にも多数の花を抱えて――いや違う、()()()()()()()()()()()()()。近付いてくる一同に気付いて立ち上がったその背丈は、漂泊者たち三人と比しても低い。柔らかなブロンドの髪を風になびかせながら、見知らぬ大人たちの姿に戸惑いの表情を浮かべていた。

 

 

「あの……どうかしましたか?」

「あなたが『綺羅花ちゃん』?」

「え? 林ばあさん以外にそう呼ばれるの初めてです……」

 

 

 どうやら目的の人物だったらしい。が、それはそれとして、漂泊者のこの軟派な雰囲気をそろそろ咎めるべきかどうか、と追跡者は少し悩んだ。

 

 

「あっ、す、すみません、まずは自己紹介ですよね! 瑝瓏の慣習ですから……

 あ、あのご高名はかねがね伺っております……! わたくし、ヴェリーナで……ございます! 今日はこうしてお会いできて……()()ですっ!」

「そこは『光栄』じゃない?」

「あ、あれ? そうなのですか?」

 

 

 『綺羅花ちゃん』、もといヴェリーナは、目をぱちくりとさせて戸惑いの表情を見せた。瑝瓏に来て日が浅いのだろうか。追跡者は踏み出すと、ヴェリーナの前に屈んで目線を合わせた。

 

 

「肩肘張らなくていい。こっちは漂泊者、俺は追跡者だ。お前に、尋ねたいことがある」

「は、はい! ありがとうございます! ()()()が教えてくれた通り、優しい人ですね」

 

 

 追跡者の端的な物言いに対し、ヴェリーナは朗らかに返答した。『あの子』というのは、もしかして道案内をしてくれた花のことだろうか?

 

 

「こんにちはヴェリーナちゃん! あたしは熾霞(シカ)、こっちは秧秧(ヤンヤン)! 今日は林ばあさんの紹介で来たんだ」

「あなたたちのことは林ばあさんから聞いています。()()()たちも、普段はばあさんの案内をお願いしてるんですよ」

「……情報早いね、今州」

 

 

 熾霞(シカ)とヴェリーナのやり取りに、漂泊者は少しだけ顔を引き攣らせた。漂泊者と追跡者が目覚め、今州城を訪れたのが僅か数日前のことである。しかもそのうち二日ほどは中部台地に行っていて、城内で活動していない。にもかかわらずここまで広がるとは――噂話もよい肴、ということなのだろうか。

 

 

「ところで皆さん何かお困りですか? お手伝いしますよ」

「私たち、ある特別な花を探しているんです」

 

 

 ヴェリーナの問いかけに、秧秧(ヤンヤン)が黒い花の写真を差し出した。一目で花の特定を諦めた林素と異なり、ヴェリーナは細部を隅々まで観察した。

 

 

「ふむふむ……確かに特別な花ですね。こういう真っ黒な花は、大抵誰かによって手を加えられたものですが、自然の中で咲くものもごくわずかにあります。そうですね……形と性質から考えると……

 鳶尾花(あやめ)――花びらの形はこの黒い花と近い楕円形ですが、花の外側の部分が違いますね……

 えっと、紺菫(すみれ)は――花びらの形が明らかに違うのでハズレですね……

 うーん、崖仙子(どっこんそう)は――花蕊(かずい)がもう少し短いし、花びらの数も一枚少ない……

 あと、レモングラスと呼ばれるユニオンの植物があります。瑝瓏の皆さんにはあまり馴染みがないものですね。――花蕊(かずい)の長さは一緒ですが、円錐形に花が咲くことを考えると、これも違いますか……花冠もラッパ状ですし……

 忘れるところでした、金陽鳳(おおごちょう)です! ――花びらの枚数、花の形状、あと花蕊(かずい)の長さも近い! あ、でも金陽鳳(おおごちょう)には特徴的な花柄があります。この黒い花のものとは違いますね……」

 

 

 流れるようにすらすらと出てきた言葉に、一同は唖然とした。

 微に入り細を穿って観察するヴェリーナの様子は、まるで頭の中に植物図鑑があるかのようだ。植物に由来する共鳴者だけに、植物に詳しいのだろう。それにしても、まだ十を過ぎたばかりに見える彼女が、よくもこれだけの知識を得たものだ。

 

 

「知らなかった……これは勉強になったね……」

「その歳でよく学んだな」

「えへへ……ありがとうございます」

 

 

 熾霞(シカ)と追跡者の賞賛に、ヴェリーナは思わず頬を赤らめた。

 

 

「とにかく、この黒い花は本当に特別で、似たような植物はほとんどありません。だからこれは人工的に作られた新種なのではないでしょうか?

 それにこの十字の花冠……微かに反響エナジーの影響が見られます。おそらくこれは珍しい反響植物で、共鳴能力に影響された植物なのかもしれません。

 でも写真だけでは、どんな土地でどんな共鳴能力に影響されたのかまでは判断できないですね……」

「うーん……こっちも手詰まりか……花の性質は分からないし、花を身につけた人は見つからないし――」

「――それだ」

「へ?」

 

 

 熾霞(シカ)のぼやきに、しかし追跡者が一つの閃きを得た。同じ思いつきに、秧秧(ヤンヤン)も至ったらしい。

 

 

「ヴェリーナさん、この花を、現物として再現することはできますか?」

「はい、形だけでしたら。例えば、こう――」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の要望に対し、ヴェリーナはその手に周波数エナジーを集めた。柔らかな光が集ったかと思うと、掌の上にぽんと黒い花が現れた。その姿は、写真のものと瓜二つだ。

 

 

「マジか!? すごいすごい! 写真のまんまじゃん!」

「そ、それほどでも……」

 

 

 興奮した熾霞(シカ)が、「もっとやって!」と本来の目的を忘れてせがんだ。言われるがまま、共鳴能力で様々な花を咲かせるヴェリーナをよそに、黒い花を受け取った漂泊者が、追跡者に問うた。

 

 

「それで、この花をどうするの?」

「この花は、一般人には変わった花にしか見えないが、ブラックショアの者にとっては同志の証……精巧に再現されたこれを見つければ、仲間だと思って、向こうから接触してくるかもしれないだろう?」

「なるほど。冴えてるね、追跡者」

 

 

 『知ろうとする者』にのみメッセージを伝える、特別な符牒……要領は昨日までの『印』と同じだ。今度は解き明かす側ではなく、教える側の者として立ち回ることになる。

 であれば、動きは早い方がいい。熾霞(シカ)にせがまれているヴェリーナをそろそろ解放してやるためにも、花の複製を頼みたいところだったが……

 

 

「――漂泊者さん、気づきましたか?」

「うん。()()()だ」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の低い声に、漂泊者は同調した。

 花畑に舞う風の中に、黒い花びらが混ざり始めていた。それは、まさしく四人が求めていた写真の花そのものだったが――今しがた複製を作ったばかりのヴェリーナの手になるものではない。

 

 

「明らかに、ヴェリーナさんが作ったものではありません……それに、流れ息も乱れている……誰かいます」

「……またお前狙いだろうな。どうしてお前は、不穏な奴ばかり惹きつける?」

「人を誘蛾灯みたいに……」

 

 

 兜のスリット越しにじろりと睨む追跡者の言葉に、漂泊者は顔をしかめた。向こうから勝手にやってくるだけで、私は何も知らないのに……とむくれる資格があるのか、どうか。かつて、記憶を失う前の彼女は、いったい何をしでかしたのだろうか?

 

 

「釣り出してみようか」

「危険です! 相手が何者かも分からないのに――」

「『“監察”のご命令』も行き届いていない末端なら、二人で対処できる」

 

 

 漂泊者の大胆な提案に、秧秧(ヤンヤン)はぎょっと目を剥いた。つい先日、残星組織(フラクトシデス)の“監察”に拐かされそうになった彼女だ。相手の正体が知れない以上、下手に刺激するべきではない。

 しかし漂泊者には、明確な確信があった。“監察”たるスカーの主張が真実なら、残星組織(フラクトシデス)が彼女に危害を加えることはない。もしも違うとすれば、それは組織幹部の命令が行き届いていない下っ端ということであり、つまり彼女たちで対処可能な雑兵ということだ。

 漂泊者の推測に納得がいったのか、秧秧(ヤンヤン)は仕方なく引き下がった。

 

 

「……分かりました。私は熾霞(シカ)と一緒に、黒い花をつけてブラックショアメンバーを探してみます。

 くれぐれも用心してください。何かあったら、すぐに連絡をお願いします。いいですか?」

「まるで幼子のような扱いだな……」

秧秧(ヤンヤン)が母親か……悪くないね」

「ひ、漂泊者さん!?」

 

 

 漂泊者の冗談に対して、顔を真っ赤にして動揺する辺り、秧秧(ヤンヤン)も割と乗り気なのかもしれない。ここは笑い飛ばすべきところだったのだろうか、と追跡者はつい考え込んでしまった。

 

 

 




 レモングラスは、おそらくミント並みに繁殖力が強い植物なのでしょう。間違いなく侵略的外来種です。
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