潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第五幕 雨が空に堕ちる頃に(3)

 熾霞(シカ)の勢いに乗せられるがまま駆け出した一同は、そのルート上にもう一つの白い影を見つけた。先ほどと同じ、アールトの影だ。今州城のヒーローショーを思わせるポーズを決め、その視線は道の先に続いている。

 

 

「くっそ~……あいつ、わざとやりやがったな!

 あたしは巡寧所に行ってくる! 地の利ならこっちのもんだ!」

 

 

 おちょくられたことがよほど腹に据えかねたのか、熾霞(シカ)は息巻いて巡寧所に向かった。今州城内なら罠が張られている可能性は低い、こちらはアールトの影を追ってみよう。

 やがて分かれ道に出、またしても違うポーズのアールトの影があった。考えられるルートは、広場か駐屯地か。

 

 

「ここも別れ道ですか……広場の方は私に任せてください。そっちは頼みます!」

 

 

 広場の方は秧秧(ヤンヤン)とヴェリーナに任せ、漂泊者と追跡者は駐屯地へのルートに入った。

 またしてもアールトの影が見つかった。共鳴能力で構築されていることを考えると、こちらが当たりだったか。駐屯地の脇を進んでいくと、だんだん分身の間隔が狭くなってきた。どうやらこの通りの一番奥にいるようだ。

 駐屯地の隅、商業区域の奥――果たして、そこにアールトが一人立っていた。行き止まりで道に迷っている様子はない。まるで二人を待ち構えていたかのように、アールトは不敵に笑った。

 

 

「鬼事は終いか?」

「とんでもない。()()()()()()()()()()()

 

 

 背負った大剣に手を掛ける追跡者の気迫を前に、しかし笑みを崩さないアールトの豪胆たるや。その挑戦的な言葉に、漂泊者も反射的に佩剣を構えた。二人や夜帰軍の予想を裏切り、街中でいきなり交戦開始、となる可能性は大いにある。まさに今日、スカーがなした凶行だ。この謎めいた人物が同じことを考えている可能性は、決して否定できない――とそこで、彼女は一つの違和感に気付いた。

 

 

「お兄ちゃん! お姉ちゃん! 遊ぼうよ!」

 

 

 背後から響いた甲高い声に、いち早く追跡者が大剣を振るい、重い刃がぶおんと空を斬った。

 一瞬遅れて漂泊者が背後を振り返ったのと、「めぇあ!」とアンコが悲鳴とともに尻餅をついたのは、ほぼ同時だった。白黒一対の羊のぬいぐるみがふよふよと浮遊し、アンコを気遣うように庇っている。一方、大剣を鋭く抜き放った追跡者は、そんなアンコに冷徹な視線を向けていた。

 

 

「――アンコとやら。悪気がないのなら、武装した人間の背後を迂闊に狙わないことだ。

 でなければ、こうなる」

「うぅ……ごめんなさい……」

「ほどほどにしとけ、アンコ。お客さんを脅かしすぎだ」

「アールトには言われたくない! アンコだって普段こんなことしないからね」

 

 

 アンコは追跡者の冷たい忠告を素直に聞き入れる一方、アールトの軽口にふんと不満げな表情を浮かべた。見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)を体現する追跡者の剣を間近で見せられながら、何とも胆力のある少女だ、と漂泊者が思ったのを場違いと咎めるべきか、どうか。

 

 

「ま、そう警戒するな。ちと聞きたいことがあってね。

 あの二人に花を身につけて街を歩いてもらうってのは――君のアイデアかい?」

「……だとすれば?」

 

 

 二人の警戒心をほぐそうと、軽い調子で問いかけてくるアールトに、しかし漂泊者は警戒心を残したまま問い返した。

 ()()()()秧秧(ヤンヤン)熾霞(シカ)自身ではなく、二人が付けていた花に注目する――考えられる候補は、ブラックショアの関係者か敵対者の二択に絞られる。

 

 

「あの花自体は、素人を騙し通せる素晴らしい出来だ。この俺も素直に拍手を送ろう。

 植物系共鳴者……さては、あの金髪のお嬢さんかな?」

「植物系~? だったらアンコも一人知ってるよ!」

「そうだな、別に驚くことじゃないか」

 

 

 隣に並んだアンコも混ざり、ふんふんと推測を進めていくアールト。その品評は、まさに『本物を知っている人間』だけが語ることのできる内容だ。漂泊者は沈黙を守ったまま、アールトに続きを促した。その意を汲んだアールトは、いよいよ決定的な質問をぶつけた。

 

 

「では聞かせてもらおう――君たちは、なぜブラックショアを探す?」

「――()()()()()()

 

 

 漂泊者の端的な言葉に、アールトはにっと笑みを深めた。

 

 

「ははっ! いいね、分かってるじゃないか!

 瑝瓏にこんな(ことわざ)がある――『釣れるものは、釣られに来たものだけ』。つまり、君たちは合格だ」

 

 

 まさに以心伝心、つうといえばかあ、ぴったり息の合ったやり取りに、漂泊者も挑戦的な笑みを浮かべた。「どこでそんな表現を覚えたんだ」と疑問符を浮かべている追跡者は脇に置いておく。あるいは、他ならぬ彼女が広めた慣用句であるかも知れないというのも、あながち冗談ではない。

 それはさておき、二人を釣り上げたアールトとアンコの正体は――

 

 

「君たちが探してた人は、なんと――目の前にいる俺たちでした!

 どうだい? なかなか有益な情報だったろ?」

 

 

 他ならぬブラックショアの諜報員ということだ。

 ばばーん、とポーズを決めた二人に対し――……漂泊者と追跡者は、無言でそれを見守るだけだった。何というか、今更な話である。

 反応が芳しくない二人に対し、あからさまにがっかりするアールト。こんなノリの人たちばかりなのかな……と漂泊者は不安になった。

 

 

「ガッカリしないでよ。ブラックショアって、そんな嫌なイメージでもあるのかな……?」

「『秘密組織』とやらに清いイメージを求める方が間違っているだろう」

 

 

 こんな扱いあんまりだ、俺たちってもっとこう……と嘆くアールトに対し、追跡者が冷たい声音でツッコんだ。間の悪いことに、二人は彼らより先にツバキと接触してしまった。二人にとっては、あんな危険人物を身内として飼っている怪しい組織である。

 それはさておき。アールトは気を取り直し、二人に正対した。

 

 

「何やらブラックショアに聞きたいことが山ほどあるようだが、まぁまずは俺の話を聞いてくれ。

 前にも紹介した通り、俺は『情報屋』を生業にしている。だから俺も商売人の端くれ、俺の情報には対価が必要だ」

「迂遠な話は詐欺の常套句だ。言いたいことははっきり言え」

「まぁそう急ぐなよ、追跡者さん。俺たちはただ、君たちと取引がしたいんだよ」

 

 

 訝しげに腕を組む追跡者に対し、アールトはまぁまぁと気取った言い回しを並べた。

 

 

「君たちには一緒にある稷廷(ショクテイ)の遺跡に潜り、ある信号塔のデータ回収に協力してもらいたい。それが終わったら、俺たちの知る全ての情報を教えよう」

「はいそうですか、って信用できるとでも?」

「信用できるからさ! 世界中で誠実な商売をしてきた俺たちじゃなきゃ、ブラックショアの諜報員なんかになれるわけないだろ?」

 

 

 漂泊者の反問に、しかしアールトは自信をもって断言した。残念ながら彼女は記憶喪失なので、彼の言う『誠実な商売』の正否は分からない。胡乱げな表情を隠しもせず、横目で追跡者に問いかけた。

 

 

「どう思う?」

「俺が知る限り、『情報屋』と『詐欺師』は紙一重だ」

「はぁ、仕方ない……せっかくのご新規様だ、ここは出血大サービスと行こう!」

 

 

 懐疑的な姿勢を崩さない二人に業を煮やしたのか、嘆息したアールトはぱちんと指を鳴らした。小さな違和感を覚えた二人が目を落とした先には、自分の胸元に差された黒い花。ヴェリーナによる複製品ではない、本物の『ブラックショアの証』か。

 

 

「これは手付け金、そして贈り物だ。ブラックショアにとってのこの花の意味を知った君たちへのね。

 俺たちのことが信用ならないのなら、あの植物に詳しいレディに見せてあげてくれ。それでもダメなら……」

 

 

 アールトの言葉に、漂泊者と追跡者は反射的に身構えた。次は何をしてくるやら――

 

 

「――アンコ、今だ! あの悩殺ポーズを!」

「うぅ……お姉ちゃん……」

 

 

 アールトの叫びに呼応し、アンコが花模様の瞳をうるうるとさせながら漂泊者を見上げた。その可憐な姿に、漂泊者はうっと怯んでしまう。

 

 

「くっ……卑怯だぞ!」

「どうだ! こんな可憐なアンコちゃんを断るなど、誰にもできまい!!」

「……何の茶番だ……?」

 

 

 乞い縋るようなアンコの表情、してやったりというアールトの得意げな言葉、逆らえない漂泊者……よく分からない空気感に付いていけず、追跡者はただ困惑するばかりだった。どう対処するのが正解なのだろうか。

 

 

「じゃあ決まりだ! 怨鳥の沼近くの中枢信号塔で待ってるよ~! あ、一応二人で来てね」

 

 

 それだけ言い残すと、アールトは再びぼふんと白い煙を撒き散らし、その目くらましに紛れて消え失せた。あとに残されたのは、何とも言えない空気の二人。

 

 

「……行く?」

「行こうか……」

 

 

 漂泊者の問いに、追跡者はため息を吐きながら答えた。せっかく得たブラックショアの手がかり、ここで失ってしまうわけにはいかない。

 ともかく、今州城を離れるということで、一旦秧秧(ヤンヤン)たちに伝えておこう。二人が商業区域に戻ると、ついでに巡寧所から戻ってきたらしい熾霞(シカ)とも合流した。同僚の巡尉らしき者たちも居、絶対に捕まえてやると息巻いている。残念ながら、その意気は徒労に終わることを伝えなければならない。

 

 

「漂泊者! 追跡者! 見つかった?」

「見つけた。何ならアレが()()()()だった」

「うわ、マジか? 全然そんな風に見えなかったけど……」

「で、この花をもらった」

 

 

 呆れたようながっかりしたような熾霞(シカ)の前に、二人は黒い花を見せた。見た目だけでは、秧秧(ヤンヤン)たちが持つ複製品との判別がつかない。しかしヴェリーナは、違うものを見出したようだ。

 

 

「やっぱり! この黒い花は反響植物の一種です。それに、含まれている反響エナジーはとても独特で……エナジーレベルも、普通の反響植物と比べ物にならないくらい高いです」

「……ってことは、本当にそうなのか……

 ちぇ、あれがブラックショアかよ。逃げ足の早いやつ!」

 

 

 感心するヴェリーナとは対照的に、熾霞(シカ)はひどくがっかりしたようだった。謎めいた組織らしい神秘的な振舞いを期待していたようだ。仕方ないと言えば仕方ない、と思いつつ、秧秧(ヤンヤン)は話題を変えた。

 

 

「彼らと何を話したのですか?」

「俺たちを、稷廷(ショクテイ)の遺跡とやらに導きたいらしい」

 

 

 追跡者の返答に、秧秧(ヤンヤン)は首を捻った。稷廷(ショクテイ)の遺跡などという辺鄙な場所で、何を企んでいるのだろうか?

 

 

稷廷(ショクテイ)の遺跡……長年放置された科学研究機関で、寂れてるということ以外特筆すべきことはない場所ですね。

 しかし、現在怨鳥の沼で気象異常が頻発していて、その一帯が危険な状態にあります」

「もー秧秧(ヤンヤン)、そう心配するなって! 二人の実力はあたしたちが一番よく知ってるだろ?」

 

 

 暗い顔で二人の身を案じる秧秧(ヤンヤン)の肩を、熾霞(シカ)がゆっくりとほぐした。細やかな気配りが上手な彼女だが、その気性が祟って余計な心配で気を揉んでしまうのが欠点だ。彼女の不安をほぐすように、漂泊者はぐっとサムズアップした。漂泊者と追跡者が揃えば、大抵の脅威には対処できる。

 

 

「分かりました。私は研究員に連絡して、あなたのデータを中枢信号塔経由で怨鳥の沼近くの信号塔に転送し、開放させるよう手配してみますね。

 ここ最近無音区の動きが活発になっています……お二人で向かうつもりでしたら、くれぐれも注意してくださいね」

「必要ならいつでも呼んでくれよ! ソッコーで駆けつけるからさ!」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)熾霞(シカ)の送り出しを受けつつ、二人はまず拾方薬局へと降りていった。備えあれば憂いなし、まずは支度を万全に整えることから旅が始まる。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 翌日。今州城の南西からぐるりと伸びる街道を通り、巨大な沼地を望む丘の上で、アールトとアンコが待っていた。

 

 

「よっ、来たな!」

 

 

 薄暗い曇天の下、しとしとと雨が降る中、雨合羽を被った二人が声を掛ける。こちらも準備は万全のようだ。

 

 

「座標は君たちのデバイスに転送しといたよ。

 ここからは協同作戦――というわけで、作戦前のブリーフィングを始めよう」

 

 

 アールトの言葉とともに、ぴろりと二人のデバイスが電子音を鳴らし、中空に地図を投影した。向かう先は沼地の中心部、大沼を挟んだ向こう側に建つ円形の建物らしい。

 

 

稷廷(ショクテイ)とは、極めて神秘的な科学研究組織。そのメンバーは皆、機巧術を修めた秀才たちなんだが……世間に認知されたのはやはり彼らによる、()()()()()()()()()の数々だな。

 怨鳥の沼で七彩の黒い光が輝くのはなぜ? 湖から浮かび上がった輪っかは怪獣の仕業? 漆黒の夜に空を舞った若い研究員が消息不明に……まさか、あれもこれも誰かに仕組まれた陰謀なのか――?」

「あれれ? もう寝る時間? アンコまだ眠くないよ? もうお話読んでくれるの……?」

「子供相手に何を聞かせてるんだ……」

 

 

 どんどん盛り上げていくアールトの語り口と、反射的にくしくしと目をこするアンコの様に、漂泊者はげんなりした声でツッコんだ。まさか毎晩、こんな陰謀論を聞かせているのだろうか。

 怪しいおじさんによる怪しい陰謀論を寝物語に育つ、アンコの将来やいかに。ブラックショアに引き取られている時点で、すでに過酷な運命に晒されていることに触れてはいけない。

 

 

「悪い悪い、いつものくせで……でも大事なのはその後! ある日を境に、稷廷(ショクテイ)のメンバーは()()()()()()()()()()

 稷廷(ショクテイ)の責任者であるハイセン老教授は、後ほど回収された録音データでこう言った――『わしの実験成果か? 欲しいんだったらくれてやる! 探せ! このわしの成果をそこに置いてきた――そう、稷廷(ショクテイ)に!』

 どうだい漂泊者さん! 好奇心がくすぐられるだろう!? こんなありったけな話を聞いてしまったら!」

「……くすぐられたか?」

「それなりに」

「そうか……」

「いいね! さすが漂泊者さん、そう来なくっちゃ!」

 

 

 まるで煽動家(アジテーター)のような語り口で説明するアールトの胡散臭い物言いに、しかし漂泊者は興味を惹かれたらしい。素直というべきか、俗っぽいというべきか。いまいち乗れない追跡者にできることは、ただ話を続けさせることだけだった。

 単なる宝探しなら、勝手にすればいい。墓荒らしという訳でもなし、生きる糧を得る方法は人それぞれだ。だが『ブラックショアとしての活動』という前提があるのなら、話は変わる。

 

 

「でも、大事な任務があるってのも本当だ。令尹(レイイン)さんから、俺らブラックショアの役割は聞いたよな?

 俺たちは“信号塔”を世界各地に設置した。悲鳴のデータ収集、分析、そして予測を行うためにな。それらの一つ一つが、俺たちの大事な()ってことだ」

 

 

 信号塔――今州の各地にある大きな鉄塔。城外の探索に便利ということで追跡者もデバイスに登録しているが、まさかブラックショアが関わっていたのか。それに、この流れで名前を出したということは――

 

 

「つまり、その『目』に何か異常があったということか」

「さすが、話が早い。――稷廷(ショクテイ)のメンバーの失踪後、稷廷(ショクテイ)区域に設置した信号塔に損傷が出た。

 で、少し前にブラックショアのテティスシステムの一部に異常が発生した。その原因は稷廷(ショクテイ)区域の信号塔の破損にあるかもしれない。だからこうしてこの足で稷廷(ショクテイ)に出向き、実際に調査するってわけよ。

 今回の任務は信号塔の回収だ。けどひょっとしたら、珍しい宝をゲットできたりするかもな」

 

 

 つまり、損傷した信号塔の調査こそが真の目的であり、こうして呼び出された二人は作業要員ということだ。稷廷(ショクテイ)の探索は二人の成果報酬を兼ねており、ついでに小遣い稼ぎができれば儲けもの……というところか。

 

 

「アールト……あんたの考えはアンコでもわかるよ……」

「まだガキんちょのアンコに分かるもんか。さ、行くぞ」

 

 

 どこで覚えたのか、大人ぶった物言いで睨むアンコを黙らせつつ、アールトが先頭に立って丘を下りていった。

 

 

 

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