潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第五幕 雨が空に堕ちる頃に(5)

 先行していた漂泊者とアンコに合流し、追跡者たちは中央エレベーターのコンソールを操作して地下に降りた。「遅かったね。何してたの?」という追及については、調べものだと適当にはぐらかした。

 地下は広い空間になっていた。『神の偽物』の実験場を兼ねていたのだろうか。途中で千切れた懸架アームらしき物体が天井から幾本も吊り下げられており、その中央には無数のケーブルに雁字搦めにされた巨大な機械の塊があった。死んだようにぴくりとも動かないが、その身にはぱりぱりと紫電を纏っている。顔らしきモノがあるのを見るに――これが『神の偽物』、あるいはその残骸?

 

 

「わああ……おっきい金属怪獣だ!」

稷廷(ショクテイ)の奴ら、変なものばっか作りやがって……」

 

 

 奇怪な物体に目を輝かせるアンコとは対照的に、アールトは呆れたように見上げるばかりだった。追跡者も似たような感想だったが、それよりも気がかりなことがある。

 

 

「――漂泊者。嫌な予感がするのは俺だけか」

「私も」

 

 

 こういう時は、決まって暴力沙汰に発展する。こちらの都合などお構いなしに、有無を言わさぬ闘争の坩堝が顔を覗かせる――腸をほじくり返すような不快な予感に、二人は佩剣を構えつつ近寄った。

 その隣で、デバイスを起動し信号塔の調査を開始したアールトは、信じられないものを目にした。

 

 

「信号塔のシグナルは――……こ、こいつの体の中? まさか、あれを飲み込んだってのか!?」

 

 

 その動揺を合図とするかのように、金属怪獣を縛るケーブルががらんと解け、轟音を立てて落ちてきた。二つの前腕で這いずるように体を起こし、赤く光るカメラアイで四人を睨みつけている。塗装の剥げたその表情は、神というよりも遥かに稚拙で野性的な存在に見えた。

 

 

「どうも穏やかに話せる相手じゃあない。この戦いは……避けられないな!」

 

 

 ごん、ごんと轟音を立てながら這いずる金属怪獣――“機械アボミネーション”の接近を前に、アールトは勇ましく拳銃を構えつつも、腰が引けているのを追跡者は見逃さなかった。一方、アールトの言葉にアンコが目を輝かせたのを、漂泊者が目撃した。

 

 

「アンコとアールトはいつも通り?」

「ああ、いつも通りだ!」

「にししっ。じゃあこのおっきいのはアンコがもらっちゃう!

 黒メェ、白メェ! 行くよ!!」

 

 

 ごぉぉぉぉと雄叫びを上げる機械アボミネーションを前に、アンコはにぃっと意地の悪い笑みを浮かべ、黒白一対の羊のぬいぐるみを連れながら突撃した。まるで()()を思わせる獰猛さを前に、たじろいでいる場合ではない。追跡者もいち早くワイヤークローを飛ばし、機械アボミネーションへと吶喊した。

 機械アボミネーションが絶叫しながら前腕を振るう。喰らえばひとたまりもない質量攻撃は、しかしそれゆえに大振りで隙が大きい。アンコはその小柄な体躯を丸めてさっと躱すと、そのまま転がるように機械アボミネーションの懐へと入り込み、すぐさま黒メェと白メェに周波数エナジーを送り込んだ。

 

 

「幕開けだ!」

 

 

 どばばばば、と焦熱の砲丸が放出され、機械アボミネーションの体躯に突き刺さる。鋼の機械で構成された機械アボミネーションは、しかし故にこそその焦熱を余すことなく伝導し、中枢を嬲るような灼熱に悶えた。さらにアンコが大きな焦熱の花を放てば、その不格好な体躯は火傷のように赤熱する。すかさず振り払われた追跡者の袈裟斬りによって、ざくりと大きな傷ができた。

 そのはるか後方で、アールトはデバイスを起動し機械アボミネーションの体躯をスキャンしていた。

 

 

「こいつの弱点は……どれどれ……そうか! こいつの体は無理やりくっつけた金属パーツでできてる!

 関節部を狙え! 落っこちたパーツで攻撃して、この図体だけの出来損ないをぶっ潰してやろうぜ!」

 

 

 機械アボミネーションの叫喚の合間にアールトの指示を聞き、追跡者は素早く身を捻ると、機械アボミネーションの前腕に向けてワイヤークローを飛ばした。ぎゃりぎゃりと機構がワイヤークローを巻き取る勢いで、追跡者が空中に躍り出る。咄嗟に身を捻り大剣の刃を鋼鉄の床に擦らせ、その火花を刀身に巻き込みごおと火焔を滾らせた。その勢いのまま、灼熱の刃が袈裟掛けに振り下ろされ、機械アボミネーションの前腕へと深く食い込んだ。

 追跡者の全体重を乗せた重い斬撃に、機械アボミネーションの前腕が激しく軋み、ついにばきんと両断された。巨大な前腕に重心を引っ張られていた機械アボミネーションが、その反動で大きく仰け反る。がらんと弾き飛ばされた前腕の残骸へ、回り込んでいた漂泊者が飛び上がった。

 

 

「せぇいッ!」

 

 

 迅刀の一撃に乗せてありったけの周波数エナジーを放出し、前腕の落下軌道を強引に逸らす。横からの衝撃に吹き飛んだ残骸が、機械アボミネーションの顔面に衝突し、勢いよく弾き飛ばした。

 ぐらりと傾いた機械アボミネーションは、もう一方の前腕を支えに姿勢を戻す。そのカメラアイが捉えたのは、ゆらゆらと身を震わせるアンコだった。

 

 

「アンコに――近づくな!」

 

 

 アンコの小さな体躯から焦熱の周波数エナジーが放出され、それを吸い上げて巨大化した黒メェが墜落する。ぼこんと爆発が生じ、機械アボミネーションの体躯を揺らした。

 その巨大な体躯を、しかし満足に活かせず、小さな三人にいいように甚振られている現状に、苛立ちを覚える知性があるのか、どうか。機械アボミネーションは大叫喚を上げ、無数の雷電を召喚した。

 地下の実験室を満たすかのように、ばりばりと雷電が炸裂する。思慮も技量もない甚大な電圧の炸裂は、しかし三人をまとめて焼き尽くすだけの破壊力を発揮するだろう――“螟懊?辷オ”繧ィ繝?Ξのように。それを止めるには、一撃で強烈な衝撃を与えなくてはならない。

 追跡者は機械アボミネーションの頭蓋に向けてワイヤークローを飛ばすと、その勢いに乗せて空中へ躍り出た。左腕の弩状の機構を構え、鋼鉄の弓柄を展開して弦を引く。狙いは一点、その頭頂。

 

 

「頭が高い」

 

 

 ガァン! という轟音とともに、機構が爆熱を解き放ち、機械アボミネーションの脳天へと鉄杭が叩きつけられた。甚大な衝撃は追跡者を吹き飛ばし、しかしそれ以上に機械アボミネーションに強烈な一撃を与え、その頭蓋を強引に床へと叩き落した。

 好機。アンコは黒メェと白メェを引き戻し、ゆらゆらと震えながら周波数エナジーを解き放った。

 

 

「メェーに飲まれろー!」

 

 

 頑是なき幼子に似合わぬ悪辣な笑みとともに、アンコは跳ねるように突撃した。全身を焦熱の砲弾と化し、縦横無尽に飛び回り、機械アボミネーションの体躯を蹂躙する。暴力の化身となって敵を甚振るさまは、まるで()()の切り札たる蝮ゥ蝣昴?隲ク逶クのようだ。辛うじて起き上がろうとする機械アボミネーションの体躯を、しかし漂泊者が音素の圧を解き放って縛り付け、強引に床へ縫い付け続ける。

 

 

(――お姉ちゃんの“刹那”は長続きしない。さっさとトドメを刺さなきゃ)

 

 

 そんな焦燥がアンコの脳裏を支配したか、どうか。縦横無尽に疾走するアンコはいよいよ焦熱を纏い、機械アボミネーションの全身を駆け巡った。合間に放たれる灼熱の花と合わせ、機械アボミネーションを橙色に染め上げる。やがてその灼熱が、紛い物の命に届くかという瞬間――

 赤く光るカメラアイと、目が合った。

 機械アボミネーションが、ごりごりと身を軋ませながら起き上がり、飛翔するアンコに向けてぼろぼろの前腕を振り上げた。立て直しを許してしまったか。突撃の勢いに乗っているアンコは、その軌道を変えることができない。超重量に叩き潰される未来に、アンコがぐっと目を瞑る寸前――その視界を、一筋のワイヤーが駆け抜けた。

 何か重いものが横から覆い被さり、そのままアンコを抱え、軌道を強引に変えた。はっと目を開けたアンコの視界を覆っているのは、青いサーコート――追跡者だ。彼はアンコと機械アボミネーションの間を駆け抜けるようにクローショットを打ち込み、横合いから割り込んでアンコを抱え離脱したのだ。機械アボミネーションによる必殺の一撃は、こうして虚しく空を掠め、鋼の床にがぁんと墜落した。

 

 

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「礼はいい。さっさと仕留めるぞ」

 

 

 腕の中に抱えたアンコの礼を受けながら、追跡者は滑走の勢いに乗って大跳躍した。並の人間相手なら容易く追わせない跳躍は、しかし図体の大きな機械アボミネーションにとって、少々の距離を稼がれた程度に過ぎない。反対側から気を引こうと迅刀の連撃を重ねる漂泊者にも構わず、機械アボミネーションは追跡者に向けて前腕を薙ぎ払う。がりがりと床を擦る前腕が、無防備な追跡者とアンコを今度こそ叩き潰さんと迫った瞬間――

 

 

「――BANG!」

 

 

 そのカメラアイに周波数エナジーの弾丸が衝突し、視界がショートした。

 アールトの拳銃による狙撃だった。三人と一体が激しく戦闘を繰り広げている中で、この小さなカメラアイを、よくもまあ正確に射抜くことができたものだ。()()の技量に引けを取らないかも知れない。そのまま機械アボミネーションの追撃から逃れた漂泊者の腕の中で、アンコが渾身の周波数エナジーを放出した。

 

 

「やっちゃえ!」

 

 

 機械アボミネーションの頭上に浮かぶ、巨大な黒メェの姿。アンコの周波数エナジーを限界まで吸い上げ、たっぷり巨大化した漆黒の勇者が、灼熱とともに機械怪獣の頭上へ墜落した。

 どごん、と重い衝撃音が響いた。黒メェの強烈な一撃に身を潰された機械アボミネーションは、そのまま起き上がることなく沈黙した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「一丁上がり!」

「ふっふーん、アンコはできる子だからね!」

 

 

 大物狩りを成し遂げたアールトとアンコは、合流とともにハイタッチを交わした。このくらいの修羅場は日常茶飯事、といったところか。アンコはその勢いのまま、追跡者や漂泊者ともハイタッチを交わした。

 

 

「でもこんなおっきいの……どうしてここに現れたのかな」

「少し長い話になるな。おそらく失踪した稷廷(ショクテイ)メンバーこそが、こいつを造ったんだ」

 

 

 アンコの疑問に、アールトは考え込みながら説明を開始した。あまり興味のない追跡者は、機械アボミネーションに向き直り、その体躯へと大剣を突き立てた。本来の目的――これに喰われてしまったらしい信号塔を回収するためだ。

 

 

「怨鳥の沼にいた稷廷(ショクテイ)のメンバーは、この組織の一握り……おそらく何かしらの“神”の研究の最中に、過激な手段を取ったせいで追放されたんだ。

 それでも研究を続けた彼らは、“あの神”がかつて怨鳥の沼にいたという証拠を掴み、溯洄雨(そかいあめ)の性質を利用し“奇跡”の再現を試みた。

 だが、それも失敗に終わる。そして次に打った手段が、“神”の模倣――つまり偽物の創造だ」

 

 

 ここまでは、漂泊者と追跡者が見てきた霊体の思念と一致する。アールトの裏付けによって確定した事情に、追跡者はふんと鼻を鳴らした。

 

 

「下らないな。魔術師共らしい傲慢さだ」

「その報いが下った、ということなんだろうな。

 彼らはその偽物に周波数とデータを無制限に投与した。成果に飢えていたんだろう……挙句に同類の残骸まで差し出した。

 その結果、食への渇望だけが残った怪物が生まれてしまった。稷廷(ショクテイ)メンバー失踪の犯人は……おそらくこいつだ」

 

 

 アールトは言葉を濁したが――要するに心血注いで創り上げた『神の偽物』は、喰うことしか能のない怪物にしかなれず、挙句それを制御しきれなくなり、そのまま食われてしまったのだろう。傲慢な探求者らしい末路だと言えば、それ以上のことはない。追跡者はごりごりとケーブル群を押し退け、信号塔の断片を探した。

 

 

「それと、研究員日記に出たあの残星組織(フラクトシデス)“監察”……おそらくそいつとも何か関係がある……

 結局、ここにいた人たちは……かつて経験した『神業』を証明することに囚われ、作り出した怪物に魅入られ、自ら破滅する道を選んだ……

 『怪物に食われた』じゃ些か足りないな。『執着と狂気に呑まれた』が表現として真っ当だろう。まさに狂人だよ」

 

 

 アールトの言葉を、漂泊者は神妙に聞き入っていた。人智を超えた目的のためにあらゆる手段を講じ、海蝕現象すら掌中に納める――あるいはそういう狂気者こそが、彼女の敵として立ちはだかるかも知れない。

 一方、追跡者の大剣ががちりと硬い鋼板に当たった。追跡者はケーブル群の奥底に手を突っ込むと、引き当てた鋼板を掴み、力いっぱい引き抜いた。――当たりだ。怪物の咀嚼によってひしゃげてしまった、二枚羽の信号塔。絡みついたケーブル群をぶちぶちと引き千切りながら、追跡者はアールトの前に突き出した。

 

 

「お望みの信号塔だ。これで、こちらの約束は果たしたぞ」

「さっすが、仕事が早い。――じゃ、こっちも約束を果たさなきゃな。

 ブラックショアについて、何を知りたい?」

 

 

 追跡者の言葉に、アールトは神妙に頷いた。ここからは、漂泊者の探求だ。

 

 

「あなたたちの『役』は?」

「俺らブラックショアは、悲鳴の観測・研究を行う組織で、各国に信号塔を設置した――というのは前話した通り。

 ブラックショア自体が巨大な黒石なんだ。その中に含まれる膨大なエネルギーが、今でも俺らの活動を支えている。この花も、ブラックショアのエナジーに影響された産物だよ」

 

 

 アールトは胸元の黒い花をつつきながら、軽い調子で説明した。なるほど、巨大な黒石による周波数エナジーの曝露――人によっては腰を抜かすほど驚愕の事実だろう。

 

 

「俺たちは特殊な場所に位置している組織。悲鳴の観測と予測に関してはピカイチの精度を誇る。

 ……と言っても、現状はただ悲鳴の発生を追ってるだけなんだけどな。その真相に至るには、まだまだ研究が必要だ……

 今は被害を最小限に抑えるために、悲鳴の“潮汐時間”の測定と、その発生パターンを見て次の発生予測を行っているよ」

 

 

 アールトは悔しそうな表情を浮かべていたが、『悲鳴を追う』というだけでも立派なものだ、と追跡者は思った。まさに『“夜”の追跡』という形で、その苦労を知っているが故に。

 

 

「ひょっとして、前から尾行してた?」

「今更隠しても無駄か。確かに、長いこと君たちを見張っているが……別に悪意があったのことじゃない。ただ、君たちが信頼に値する仲間かどうか確かめたかっただけだ。

 ブラックショアのメンバーは、トップクラスのハッカー、爆薬の専門家、風水を操る達人といった具合に、悲鳴を抑え世界を救うに相応しい腕の立つ猛者たちで構成されている。

 で、君たちの腕もやり方も俺たちにぴったりだと判断した。どうだい? いっそのこと入ってみる?」

 

 

 突然の勧誘に、漂泊者は返答に窮した。未だ自分の素性さえ明らかになっていない身の上で、去就まで決めてしまう覚悟は持てない。しかし『悲鳴に立ち向かう』という目的意識を共有している以上、これからも関係を持つことは間違いないだろう。

 ――それに、もしかすると。決定的な問いを突き付ける前に、訊きたいことを処理することにした。

 

 

「『ツバキ』は何者?」

「あぁ、あいつか。すこ~しクレイジーなところもあるが、間違いなくメンバーの一員だね。

 君と関わる任務と聞いて、自ら志願したんだぞ。なかなかにモテるね、漂泊者」

「……いいことだそうだ。よかったな、漂泊者」

「…………」

「おや、もう会ったことがあるのかな? なら、紹介する手も省けそうだ」

 

 

 アールトの軽口に、漂泊者も追跡者も無言で顔をしかめた。他人事だと思って……とむくれる資格があるのか、どうか。

 

 

「今州で何をやっている?」

「テティスシステムによると、次に鳴式が復活する場所は――今州。今回はこの情報を伝えるために今州に来たんだ」

「『次の』? 過去に復活したことがあるの?」

「そうだ。復活した鳴式に滅ぼされた場所だってある……こんな悲劇を繰り返させるわけにはいかない」

 

 

 アールトの硬い表情には、救えなかった人々のことが去来しているようだった。懸命に生きた人々が、『犠牲の記録』という名の過去に押し流される――そんな無常を許すわけにはいかない。漂泊者は決意を固めるように、ぎりりと拳を握った。

 これで、訊きたいことは大体片付いた。つまり問うべきことは、あと一つ。

 

 

「――ブラックショアは、私と関係があるの?」

 

 

 漂泊者の決定的な問いに、アールトもまた真剣な目つきに変わった。

 

 

「俺はブラックショアの下っ端、ただの一構成員に過ぎない。だからこの組織の秘密なんてほぼ知らない。

 だが――今から伝えるこの情報は、今回の報酬に相応しいと自信を持って言える」

 

 

 アールトの言葉は、漂泊者の聞きたい事実をほぼ裏付けていた。

 ――ブラックショアは、彼女を知っている。それもただの一個人ではない、組織にとっての重要関係者として。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 漂泊者――前の君は、ブラックショアで目覚めた。俺らの目的は、今の君たちと同じだ。お互い、鳴式と悲鳴を消すために動いている」

 

 

 突き付けられた事実に、漂泊者は大きく息を吸って、吐いた。この二人の先――潮騒を見通す黒い海岸の先に、彼女が求める答えがある。

 

 

「そうだよ! アンコは断言する! 鳴式は悪の根源で、アンコとアールトは正義の味方! だから悪をやっつけるの!」

「もちろん、こんな話をすぐ信じろ、今すぐ味方になれ――なんて言うつもりはないけどね。

 この前あげた花はちゃんと持ってるか? あれはメンバーの証、そしてブラックショアに至るための鍵だ。いずれ使う時が来るはずさ」

 

 

 緊張で顔が強張る漂泊者に対し、アールトは猶予を用意した。まずはこの今州の危機を凌ぎ、安泰をもたらさなくてはならない。

 これでひとまず、この場の話は終わったかに見えたが――

 

 

「――では、()との関係は?」

 

 

 追跡者が、そこに割り込んだ。

 

 

「今州にとって、残星組織(フラクトシデス)にとって、俺の漂着はイレギュラーだった。

 ――ならばブラックショアは? 『俺というイレギュラー』の存在を、どう見ている?」

「……さすが、鋭いね」

 

 

 追跡者の鋭い視線に、アールトはにっと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「テティスシステムによると、少し前に今州で、()()()()()()()()()()()

「!? それは、話が――」

 

 

 まさかの事実に、漂泊者は激しく動揺した。鳴式の復活を止め、悲鳴を止めるために動いているはずなのに、それは前提の崩壊ではないか!

 

 

「そう。ブラックショア本部も疑い、観測データを再精査した。鳴式という大規模な残像の復活が、予兆もなく発生することなんてありえないからね。

 ところが、鳴式復活のアラートは一瞬で消えた。テティスの自己解析の結果、『悲鳴観測システムの誤作動』という結論が出たが……もしかすると、今州に潜む鳴式の予兆かもしれない。とある最高幹部の命令により、今州への厳戒態勢が敷かれた」

 

 

 アールトの説明に、漂泊者は目が眩みそうな思いに襲われた。謎が謎を呼び、不可解な状況に満ちている。鳴式という大災は一筋縄ではいかないとはいえ、ここまで複雑な事態があるとは夢にも思っていなかった。

 一方、追跡者は兜の奥で目つきを鋭くした。この流れで鳴式の名を出したということは、彼にある疑いが掛けられているということになる。

 

 

「……では、俺がその鳴式だとでも?」

「まっさか~。これだけバリバリ活躍してて、残像の兆候も出てこないなんてありえないでしょ」

 

 

 追跡者の追及を、アールトはおどけて躱した。

 実際、残像反応のモニタリングをしていたのは事実だ。しかしアールトのデバイスが示したのは、沼地の水風級の反応が複数と、機械アボミネーションの異常周波数のみ。追跡者個人に関しては、通常の共鳴者と何ら変わりないデータを提示している。

 

 

「とりあえず! 信号塔も回収したし、稷廷(ショクテイ)の秘密も暴いたし――今回の任務は完璧って感じ!

 やっぱり君たちを頼って正解だった。これからも一緒に仕事する機会があるといいな」

 

 

 アールトはぱんと手を叩き、行き詰まった空気を切り替えると、その場に屈んで信号塔のデータを読み込み始めた。損傷の原因そのものはこうして明らかになったとはいえ、それまでのデータは回収しておきたい。それに信号塔という繊細な設備は、整備課で修理する前に、見積もりを送信しておく必要がある。そんなブラックショアの世知辛い手続き事情に則った作業でしかない――はずだったが――

 

 

「――待て……これは……そんなはずは……」

 

 

 デバイスにダウンロードされるデータの内容を見、アールトは見る見るうちに表情を変えた。何かの見間違いだと思い込もうしたが、悲しきかな、彼の理性はそんな現実逃避を許さなかった。

 ――『神の模倣の失敗』どころではない。稷廷(ショクテイ)の連中は、とんでもない爆弾を残していきやがった。

 アールトは脇目も振らずに駆け出した。後に残されたのは、何が何だか分からない三人。

 

 

「ねえ、アールト! 待ってよ~!」

 

 

 アンコの呼び声すら届かず、アールトが急いで操作した中央エレベーターに、三人は慌てて飛び乗ることになった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 雨が降る。

 

 

 稷廷(ショクテイ)遺跡の外縁に飛び出したアールトは、雨に濡れながら立ち尽くしていた。ばりばり、と遠雷が鳴るのを聞きながら、漂泊者たちはその背中を見つめた。

 

 

「雷だ~! ドコンドコン! あ~めがふれば、か~さをさして……

 違った違った。アールトが言ってたのは、『こんな雨が降ってたら速やかに隠れろ』だっけ?」

 

 

 雨が降る。

 

 

 雷鳴にはしゃぐアンコの横で、漂泊者と追跡者は、しかし硬い表情でアールトの背中を見つめた。

 

 

「……これも、稷廷(ショクテイ)の実験?」

「……違う」

 

 

 微かな震えを宿した漂泊者の問いに、アールトは振り返ることなく答えた。

 

 

 雨が降る。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 大地に波紋が生じ、すいと水滴が浮き上がり、空へと還るように遡上していく。

 

 

「……この雨は――本物の溯洄雨(そかいあめ)だ」

 

 

 ぴりり、と漂泊者のデバイスが電子音を鳴らした。

 震える手でデバイスを取った漂泊者の目に飛び込んできたのは、秧秧(ヤンヤン)の名前。深呼吸をしながら応答のボタンを押すと、憔悴した様子の秧秧(ヤンヤン)の声が飛び込んできた。

 

 

『漂泊者さん! 今州が……今州が――

 残像潮に襲われました!』

 

 

 

 

 天地さかしまに昇る雨――それは、大いなる災禍の前触れ。

 今州に眠る鳴式、“無相燹主(ムソウセンシュ)”復活の凱歌なり。

 

 

 

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