潮騒を追う夜雨   作:竹河参号

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第六幕 千里の猛襲(6)

 大彫像と巨人が殴り合うすぐ隣に、旧時代の廃墟が浮遊している。漂泊者たちはその瓦礫を足場に飛び跳ねながら、少しずつ接近していった。

 ごぉん、ごぉん、ごぉん――と、怪物たちは未だ殴り合っている。その度に衝撃波が大気を叩き、小さな四人を怯ませる。激突のタイミングを読んで手近な瓦礫にしがみつき、衝撃波をやり過ごさなければ、あっという間に押し出されて滑落してしまう。幸いと言っていいのか、大彫像が展開していたはずの“地波の気障”は、巨人による攻撃で有耶無耶になっており、四人の進撃が堰き止められることはなかった。それにしても、旧時代から存在する建物の瓦礫にしては、随分と頑丈だ。これもまた、“無相燹主(ムソウセンシュ)”の権能のうちなのだろうか。

 四人がいよいよ大きな瓦礫の端に辿り着いた時、怪物たちの闘争にも動きがあった。蓄積されたダメージに、大彫像ががくんと身を崩し、ついに決定的な隙が生じたのだ。それを待っていたかのように、巨人は両手で巨剣を構え、まるで大上段のように高く振り上げた。刀身に宿る暗青の輝きが、いっそう強く北落野原を照らし――

 

 

 ずどん、と天地が割れた。

 

 

 昏い輝きを放つ巨剣が振り下ろされ、甚大な衝撃波とともに大彫像へと墜落した。どがぁん、と轟音を響かせながら炸裂するその一撃に、大彫像はその頭頂から足元まで余すことなく揺さぶられ、ついにがっくりと膝をついた。一際重いダメージを受けたのか、今度は立ち上がる様子もない。胸の中心の暗紫の音痕も、心なしか輝きが弱まっているように見えた。同時に、巨人も精根尽き果てたのか、巨剣を振り下ろしたきり動かなくなった。

 突入するなら今が好機だ。まさにこれを待っていたかのように、忌炎(キエン)の腰元のデバイスがぴろりと電子音を鳴らした。ホログラムで登場したのは、『裂空』の管理と修繕を務めていたモルトフィーだ。彼はいつぞやと変わらない、冷徹な表情のまま口を開いた。

 

 

『裂空、砲撃準備整っています。そちらの突入準備が整ったら、合図をしてください』

 

 

 お前は人を焦らす才能でもあるのか、と漂泊者は叫びそうになった。今、この瞬間、この場以上に、砲撃が必要な瞬間などない!

 

 

「――ぶちかまして! 今! ここで!!」

 

 

 勢いのままに叫んだ漂泊者に対し、モルトフィーは『了解しました』と冷淡に答えるのみだった。

 地平の彼方――先ほど駆け抜けてきた崖の向こうで、じりじりと白光が輝いた。きゅんっと灼光が迸った瞬間、四人を突き飛ばすような強い衝撃が走り、大彫像の胴体が爆裂した。音すら置き去りにする強烈な一撃が、巨像の胴体の装甲を爆砕したのだ。果たしてその効果は覿面で、被弾した胴体の中心はもうもうと煙を上げ、その奥に暗紫の輝きを滲ませている。

 これで、大彫像の体内へ突入する入口ができた。しかし砲撃の衝撃波で、瓦礫の足場も吹き飛んでしまった。どうやってあそこまで辿り着くか――漂泊者がそう考えた刹那、ぎゅんと翡翠色の光が駆け抜けた。

 忌炎(キエン)の長槍だ。翡翠色の軌跡を描く長槍の大投擲が、たった今できた入口に飛来していき、がちりと刺さった。そして忌炎(キエン)が己の丹田に念を込めると、深緑に輝く青龍がずわりと現出した。

 

 

「乗れ!」

 

 

 素早く青龍の背に跨った忌炎(キエン)の言葉に、三人は迷わず続いた。三人が忌炎(キエン)の背にしがみつくと、青龍はがおおおと咆哮を上げながら飛び立った。

 暗青の雨と崩落する瓦礫を掻い潜り、青龍は暗天を駆けた。やがて入口へ辿り着いた青龍は、四人を転げ落とすように運んだあと、跡形もなく消失した。忌炎(キエン)が長槍を引き抜いて構える横で、残る三人は慌てて身を起こした。

 四人の目の前では、暗紫に輝く巨大な音痕が、今まさに反響エナジーを吸い上げている。――ようやく、鳴式“無相燹主(ムソウセンシュ)”とご対面だ。漂泊者はぐっと拳を握りしめた。

 

 

「ここからは鳴式との戦いになる。皆、準備はいいか」

 

 

 振り返った忌炎(キエン)の言葉に、漂泊者と鑑心(カンシン)は力強く頷いた。しかし残る一人――秧秧(ヤンヤン)は、不安そうな表情を浮かべていた。

 

 

「……あの、巨人の攻撃は……」

 

 

 不安げな秧秧(ヤンヤン)の言葉に、漂泊者は何を言えばいいか分からなかった。

 ――あれ自身が、あるいはあそこに、追跡者がいる。

 明確な証拠があるわけではないが、四人の誰もが直感していた。あれこそが追跡者の語っていた共鳴能力の真価であり、彼自身なのだと。魂を焼く災いの雨を呼び、大彫像に匹敵する巨人となって乱入し――そして今、決定的な隙を作り上げた張本人なのだと。

 問題は、ここから彼がどう動くのか。この北落野原の全ての状況を支配しているのなら、それでいい。だが彼は、事実上「見境なく攻撃する」と言った。取りも直さず、それは「追跡者自身が状況を制御できなくなる」「“無相燹主(ムソウセンシュ)”に続く新たな脅威となりうる」という意味ではないか。今は沈黙しているあの巨人が再起動した時、自分たちに対してどう動くのか――

 秧秧(ヤンヤン)の不安に、しかし漂泊者も忌炎(キエン)も、何も返すことができなかった。

 

 

「今のところは動きがないようだ。再び動き出す前に、“無相燹主(ムソウセンシュ)”を一気に叩くぞ」

「『人心測り難く、遠くとも近くとも慎むべし』――ですね」

 

 

 忌炎(キエン)はかぶりを振ってそう言うと、長槍を構え、改めて“無相燹主(ムソウセンシュ)”の大音痕に向き直った。問題の先送り――そんな自覚はあった。だがここで手を拱いていても、事態は進展しない。それこそ、大彫像と巨人との三つ巴の戦いが再開されてしまう。そうなる前に、少なくとも片方を仕留めることができなければ、打つ手はいよいよなくなる。

 

 

「みんなのためにも、頑張らないとね」

「そうだ。俺たちは数多の期待を背負っている。

 ――さあ、この戦争を終わらせよう」

 

 

 漂泊者の言葉に、忌炎(キエン)は深く頷くと、先陣を切って大音痕へと突入した。残る三人も、それに続いていく。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 暗紫の輝きを潜り抜けると、そこには巨大な空間があった。

 せり出す鋭い岩棘が押し退けられた、円舞台のような、決闘場のような広間だ。ここが主戦場となる以上、広いに越したことはないが――最初に違和感の正体に気付いたのは、忌炎(キエン)だった。

 

 

「――こんな場所に月が……? 一体どういうことだ……」

 

 

 大広間の奥には、巨獣の背骨を抉り出したような空の玉座と、それを望むように、どろどろと滲む大きな月の影が輝いていた。暗紫の周波数エナジーを吸い上げ、三つ巴の紋様をなすそれは、もはや遥かな天よりソラリスを見守るモノではなく、地表を塗り潰すために墜落する破滅の岩礫――“虚影の月”だ。

 “虚影の月”の前に、一つの残像が立ち上がった。白い装甲に覆われたそれは完全なヒトガタを成し、背には黒い翼、右手には暗紫の長槍を携えている。

 

 

「あれは……?」

「“無冠者”だと……奴の周波数まで組み直すというのか……」

 

 

 忌炎(キエン)の愕然とする言葉に反応したか、白い残像こと“無冠者”が振り向いた。白い骸骨と鬣を組み合わせたような兜から、ぎろりと眼光を輝かせてこちらを見据える。

 ぎゅんと疾走した無冠者に対し、漂泊者もまた反射的に駆けだした。怯んでいても事態は進まない。立ちはだかる敵がいるのなら、斬り伏せて押し通るのみ!

 

 

『戦争……吸収……進化……』

 

 

 先手は無冠者が取った。ぶおんと長槍を振り下ろし、その斬撃が暗紫の波濤となって襲い掛かる。四人はそれぞれ横っ飛びに回避し、その勢いに乗って無冠者へと突撃した。がりがりと地面を削るだけに留まった暗紫の斬撃を、しかし無冠者は頓着する様子もなく、まず漂泊者に注目した。ぐおんと風を斬りながら振りかぶられる長槍は、当たれば重傷は免れない。だがその程度の分かりやすい一撃、恐るるに足りない!

 

 

「見切った!」

 

 

 漂泊者の迅刀がきらりと煌めき、迫りくる長槍と衝突した。トップスピードに乗る寸前の槍穂が堰き止められ、ぎぃんと金属音と火花を散らしながら弾かれる。強い殺意と周波数エナジーを込められた一撃を、しかし鋭い応報で払いのけられた無冠者は、それでも負けじと長槍を突き出して漂泊者に襲い掛かった。

 直突、斬撃、薙ぎ払い――知性なき残像でありながら、何と鋭い連撃だろう。それらを迅刀で払いのけながら、漂泊者は背筋に冷や汗が走る思いだった。それでも心に迷いはなく、剣筋は過たず無冠者の長槍に重なり、その一撃を弾いていく。ぎぃん、ぎぃん、ぎぃん――必殺の一撃を何度も弾かれ、しかしその度に手を変え品を変え攻め立てるさまは、忌炎(キエン)のような勇猛さと追跡者のような執念を感じさせる。陰ることのない殺意の怒涛に、漂泊者は一向に反撃に転じることができなかった。

 一つ幸運なことは、彼女が一人ではないことだろう。

 

 

「蹤跡(しょうせき)っ!」

「局を開く!」

 

 

 秧秧(ヤンヤン)の巻き起こす風迅が、忌炎(キエン)の風を纏う長槍が、それぞれに割り込み、無冠者の体躯を蹂躙した。深緑の周波数エナジーをまとった強烈な攻撃が、その五体を深く抉る。ぐおと仰け反った無冠者に、ようやく漂泊者が畳みかけようと飛びかかって――

 

 

(――拳!?)

 

 

 強く握られた無冠者の左手が、ぎりぎりと軋みながら漂泊者の胴に照準を合わせられた。すでに跳躍し空中にいる漂泊者は、回避ができない。苦し紛れに構えられた迅刀ごと、無冠者の拳が打ち砕かんと迫り――

 

 

「鎮まれ!」

 

 

 横合いから割り込んだ鑑心(カンシン)の拳が衝突し、その勢いを殺した。元々仰け反りかけで無茶な姿勢から攻撃を繰り出した無冠者は、それすらも遮られたことで完全に姿勢を崩し、がっくりと膝をついた。

 

 

「“無冠者”が弱体化した! 今だ!」

 

 

 言うが早く、忌炎(キエン)は長槍を振り払い、烈風を纏って突撃した。漂泊者の光気、秧秧(ヤンヤン)の風迅、鑑心(カンシン)の儀拳も殺到し、息つく暇もなく無冠者の五体を蹂躙する。四方からの容赦ない怒涛の攻撃に、白い外殻が削られ、砕かれ、その奥の臓腑の模倣まで抉られていく。ごりごりごりごりと全身を破砕され、あっという間に限界以上の攻撃を浴びせられた無冠者は、ついにばったりと倒れ伏した。

 

 

「――これで……!」

「いや、待て!」

 

 

 思わず勝ち鬨を上げようとした漂泊者を、忌炎(キエン)が制した。

 倒れた無冠者は貧金の周波数エナジーに変わり、はらはらその身を崩壊させている。しかし、それは四散するのではなく、“虚影の月”へと流れているようだ。

 

 

「砕かれた周波数が……あの月に集まっている……?」

 

 

 まさにこれが、“無相燹主(ムソウセンシュ)”の権能。壊れた周波数エナジーを何度でも吸い上げ、自らの力としながら、何度でも作り直し何度でも差し向ける。本体を叩かない限り、永遠に終わらない無限ループだ。迅刀を構え直した漂泊者だったが、予想外の事態はさらに続いた。

 

 

「月が……割れて……」

 

 

 三つ巴の紋様をなす“虚影の月”が、少しずつその身を断割させていく。まるで、雛鳥が産声を上げるために、卵の殻を内側から破るように、びきびきと軋み――ぐらり、と宙に浮かんだ。本来天にあるべきものが、しかし岩棘の瓦礫から浮上し、中天に昇りゆく異様を、どのように形容すればよいか。四人はなすすべもなく、ただ暗紫の月が昇りゆくさまを見届けることしかできなかった。

 

 

 十字の斬痕を宿す、どろどろと黒い光を放つ瞳。

 それが全貌を顕した瞬間――ぱっくりと、暗天が十字に裂けた。

 

 

 黒い瞳の一角が水面のようにどろりと淀み、一つの残像の姿を零した。

 白い装甲に覆われた姿は、無冠者に似ているようで、違う。がっしりとした屈強な戦士を模した無冠者と比して、すらりとした細身をしている。激しく振り乱された鬣や、揚羽蝶の翅を散々に引き千切ったような翼は、どちらかというと女性性が強い。いわば――“無妄者”といったところか。たおやかな丸みを帯びた胸元には、心臓の代わりに空洞がぽっかりと空いており、煌々と輝く十字の音核が宿っている。

 

 

「月が“無冠者”の周波数を吸収し……新たな化け物を作り出したというのか……

 まるで、湾刀の戦いの時のように……」

「来ます! 構えて!」

 

 

 大広間へ降り立った無妄者は、産声のように絶叫を上げ、四人に向かって突撃した。黒翼を巻き込んで勢いよく旋回し、大広間をかち割らん勢いで叩きつける。

 

 

『近……寄るな……!』

 

 

 渦巻く黒い波濤がごおと迫り、咄嗟に防御した四人をまとめて吹き飛ばした。黒い竜巻のような一撃が晴れた先に、無妄者の手に握られていたのは――

 

 

「――鎌!?」

「くっ……夜帰の剣術だと!? ふざけやがって――!」

 

 

 ぐおんぐおんと風を斬る大鎌の刃が、まるでかまいたちのように四人を襲う。その立ち振る舞いに夜帰軍兵士たちの剣筋を、亡き戦友たちへの冒涜を見出したのか、忌炎(キエン)が咆哮を上げながら突撃していった。

 

 

「風に乗れ!」

 

 

 深緑の龍姿が現出し、その雄姿を煌々と見せつけた。翡翠色の槍が振るわれるのに乗せて、縦横無尽に駆け巡る龍姿が、無妄者の五体を蹂躙する。無妄者もまた負けじと黒い斬撃を応報し、大広間中に漆黒と深緑が放散する。

 その隙を辛うじて見出し、漂泊者たちも突撃した。光気が刃をなして旋回し、風を纏う斬撃がぐるぐると渦巻き、気を込めた拳打が暗黒を削る。自然、忌炎(キエン)を軸とするような猛攻の型が出来上がった。漂泊者が無妄者の気を引き、秧秧(ヤンヤン)と鑑心(カンシン)で反撃を遮り、威力の高い忌炎(キエン)を無妄者への攻撃に集中させる。翡翠色の尾を引く怒涛の連撃が、大広間中を駆け巡り、無妄者の五体を蹂躙していった。

 とはいえ、言葉ほどに容易いことではない。消滅の周波数エナジーを扱う無妄者は、その翼をぶんと振るうだけで漂泊者たち三人を薙ぎ払い、吹き飛ばす。隙こそ大きいものの、ごく単純に強大な斥力によって、忌炎(キエン)を含む四人は幾度となく突き飛ばされた。その中でも鑑心(カンシン)はいち早く立ち上がると、流れるように演武『混元一気・大周天』を始め、防御膜を張り直した。

 敵は強大だが、四人が怯むことはない。無妄者の体躯を覆う白い装甲は傷だらけで、幾度となく突き込まれた攻撃によって割がれ、ひしゃげ、歪んでいる。完全無欠の現象存在ではなく、斬れば倒せる程度の敵だ。ここまで来たからには、このまま倒させてもらう――!

 ――鑑心(カンシン)の背筋にぞわりと悪寒が走ったのは、まさに天啓だった。

 

 

「秧秧(ヤンヤン)殿、下がって!」

 

 

 鑑心(カンシン)は、隣を走る秧秧(ヤンヤン)を、ほぼ反射的に突き飛ばした。秧秧(ヤンヤン)自身、当惑に呑まれながらも、その勢いに逆らわず大きく飛び退く。鑑心(カンシン)が何に気付いたのか問い質そうとして

 

 

 ――ずどん、と天地が割れた。

 

 

「うわぁっ!?」

「鑑心(カンシン)さん!」

 

 

 暗紫の天をかち割るように落ちてきた暗青の輝きが、無妄者と鑑心(カンシン)を巻き込んで大広間に墜落し、衝撃波と粉塵を巻き上げた。予想外の攻撃に備えがなかった無妄者はともかく、鑑心(カンシン)は無事か――焦燥に呑まれた漂泊者の目に映ったのは、表面にびっしりと異郷の紋様が刻まれた、暗青に輝く壁(・)だった。

 ――この暗青の輝き、この昏い紋様には見覚えがある。無貌者が背負っていた巨剣、そして外で沈黙しているはずの巨人が振るっていた巨剣だ。まさか、もう再起動してしまったのか。そして、今の一撃は無妄者と自分たちのどちらを狙ったのか。巻き込まれた鑑心(カンシン)は無事なのか――憔悴で動けない漂泊者の前に、ごろごろと何かが転がってきた。

 ぼろぼろの道士服に、煤けた黒い髪――鑑心(カンシン)だ。もうもうと上がる土煙から、無妄者が出てこないのをいいことに、漂泊者たち三人が駆け寄った。

 

 

「無事か!」

「何とか!」

 

 

 忌炎(キエン)の言葉に気丈に返しつつ、しかし一向に立ち上がらない様子を見る限り、すぐに戦線復帰できるわけではないようだ。庇われた右腕が不自然に曲がっているのは、衝撃で骨が折れてしまったのか。防御と回復に特化した彼女でさえここまでのダメージを負うとは――あるいは彼女だからこそ、この程度で済んでいるのかもしれない。直前に『混元一気・大周天』で防御膜を張り直していなければ、どうなっていたことか。

 

 

(――信じていいんだよね、追跡者……!)

 

 

 漂泊者は、ごりごりという轟音とともに押し上げられる暗青の巨剣を見ながら、縋るような思いを抱いた。いかな鑑心(カンシン)といえど、あの超重量を受ければひとたまりもない。こうして腕一本の骨折で済んでいる以上、彼女を狙ったものではないはず。つまり、無妄者を狙った一撃であるはず……そう信じることしか、彼女にできることはなかった。

 暗青の壁が暗天の上へと消え、その下からぼろぼろの無妄者が出てきた。まさに巨剣の一撃に圧し潰されたことで、白い装甲のあちこちが砕け、ひび割れ、満身創痍の有様だ。それでも黒翼をはためかせ、再び漂泊者たちを始末するべく構えた無妄者は、

 

 

「――恐れなし!」

 

 

 背後で大跳躍する忌炎(キエン)の姿を見過ごした。

 煌々と輝く翡翠色の槍を構え、忌炎(キエン)が無妄者めがけて墜落した。膨大な周波数エナジーを込められた一撃は深緑に輝く青龍を伴い、大広間を満たすほどの強烈な光を放散した。ぎちぎちと軋む風圧が四方八方に循環し、無妄者の五体を余すことなく蹂躙する。ばきり、と重いものが砕ける音が響いた。

 ぼろぼろになった無妄者の五体が頽(くずお)れ、糸が切れたように沈黙する。今度こそ、と秧秧(ヤンヤン)は歓喜した。

 

 

 きぃぃぃぃ――と劈くような金切り声が鳴り響くまでは。

 

 

 四肢が壊れても強制的に動かされる操り人形のように、無妄者が再び浮かび上がった。先ほどまでのように翼を振り乱し大鎌を振るうのではなく、周囲に八つの暗黒球を生み出した。近距離では反撃に遭うとして、遠距離攻撃に切り替えたか。

 

 

「奴の遠距離攻撃に気をつけろ! うまく回避するんだ!」

「散って! 的を絞らせないで!」

「――秧秧(ヤンヤン)殿! 貧道に構わず、己の身を!」

「は、はい!」

 

 

 忌炎(キエン)と漂泊者の言葉に従い、四人は散った。身動きできない鑑心(カンシン)を庇おうとした秧秧(ヤンヤン)だったが、他ならぬ鑑心(カンシン)本人によって、その行動は遮られた。

 ぎゅんと暗黒のレーザーが迸り、四人を貫かんと迫る。漂泊者たち三人は、地を駆けずる虫のように走り回って回避した。唯一、満足に身動きができない鑑心(カンシン)は、しかし着弾の瞬間にくるりと身を捻ることで、最小限の動きで凌いでいった。

 いくら撃っても倒れない羽虫共に業を煮やしたのか、無妄者の暗黒球による攻撃は直線的なレーザーではなく、泡が弾ける水しぶきのような攻撃に変化した。射速で貫けないなら、追尾で捉えるつもりか。岸壁に砕かれる波しぶきのように、ぶわりと噴き出す無数の追尾弾に対し、しかし四人は怯まなかった。

 

 

「――忌炎(キエン)!」

「応!」

 

 

 漂泊者と忌炎(キエン)の言葉なきやり取りは、まさに阿吽の呼吸のごとし。呼びかけ一つで互いの意図を悟ると、忌炎(キエン)は槍を構えなおし、青龍とともに演武のように振り回した。風に浚われる水滴のように、ぎゃりぎゃりと追尾弾が弾き返される。

 ――無妄者は“虚影の月”を背に戴いたまま攻撃し、絶対に月へ当たらないように攻撃している。つまりあの月こそ、奴の急所だ。飛んでも跳ねても届かない上空に陣取っていようと、こうして向こうから弾を飛ばしてくれるのならば、それを弾き返せばいい。案の定、忌炎(キエン)の風によって強く弾かれた追尾弾は、そのまま吸い込まれるように月へ飛んでいき、その表面に水が滲むような衝撃波を生み出している。

 得物を振るい追尾弾を迎撃する二人の姿に、秧秧(ヤンヤン)と鑑心(カンシン)も同じ理解に至った。逃げ惑っていた足を止め、ぎりりと無妄者を見据える。

 

 

「――風を受け入れ……気を鎮める!」

 

 

 風を巻き込むような手掌の動きとともに、鑑心(カンシン)が襲い掛かる追尾弾を巻き取り、風と共に弾き返した。

 

 

「我が剣の指す先に――!」

 

 

 抜刀一閃、秧秧(ヤンヤン)の起こした大旋風が追尾弾を巻き込み、ぐるぐるとその軌道を捻じ曲げた。

 獲物共が逃げ惑わず、その場に留まって迎撃に切り替えたことで、ようやく無妄者もその意図を看破したようだ。苛立たしげに咆哮すると、大広間を寸断するように二筋の斬撃が走り、そこから消滅の周波数エナジーを纏う壁がせり出した。退路を塞いだところを、強力な攻撃で一掃するつもりか。その答え合わせのように、無妄者が周波数エナジーを濃縮し始めた。

 そうはさせじと、忌炎(キエン)が立ちはだかった。翡翠色の長槍を高く構え、右足を軸に大きく振りかぶる!

 

 

「ぬぅんッ!!」

 

 

 一つに集約された暗黒球が極太のレーザーを放ったのと、忌炎(キエン)が長槍を投擲したのは、ほぼ同時だった。

 青龍と暗黒が衝突し、天地を二つに分断する。がおおと咆哮を上げながら吶喊する青龍が、暗黒のレーザーに身を焼き焦がされ、鱗が剥がれ落ちるようにその身を削られていく。それに負けまいと、忌炎(キエン)は精根振り絞って周波数エナジーを注ぎ込んだ。

 一瞬か、十分か、それとも永遠が流れたか――やがて、青龍と暗黒は共に消失した。一方が他方を喰らったのではない。双方が相手の攻撃に耐えられず、同時に相滅びたのだ。

 

 

「――いま、だ……行け……!」

 

 

 まさに精根使い果たし、ぜいぜいと荒い息を吐く忌炎(キエン)が、“虚影の月”を指差して叫んだ。

 今にも倒れそうな彼を、気遣っている暇などない。漂泊者は一歩一歩踏みしめ、やがて走り出し、両足に気合を込めて大跳躍した。目指すは一点――無(・)妄(・)者(・)!!

 

 

「はぁぁっ!!」

 

 

 漂泊者の一挙手一投足を見据え、まさに待ち構えていた無妄者が、突撃する彼女を遮るように、消滅の周波数エナジーを対流させて障壁を作った。漂泊者は真正面から突っ込み、黄金の輝きを以てその身を突き立てた。

 

 

 

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