大彫像と巨人が殴り合うすぐ隣に、旧時代の廃墟が浮遊している。漂泊者たちはその瓦礫を足場に飛び跳ねながら、少しずつ接近していった。
ごぉん、ごぉん、ごぉん――と、怪物たちは未だ殴り合っている。その度に衝撃波が大気を叩き、小さな四人を怯ませる。激突のタイミングを読んで手近な瓦礫にしがみつき、衝撃波をやり過ごさなければ、あっという間に押し出されて滑落してしまう。幸いと言っていいのか、大彫像が展開していたはずの“地波の気障”は、巨人による攻撃で有耶無耶になっており、四人の進撃が堰き止められることはなかった。それにしても、旧時代から存在する建物の瓦礫にしては、随分と頑丈だ。これもまた、“
四人がいよいよ大きな瓦礫の端に辿り着いた時、怪物たちの闘争にも動きがあった。蓄積されたダメージに、大彫像ががくんと身を崩し、ついに決定的な隙が生じたのだ。それを待っていたかのように、巨人は両手で巨剣を構え、まるで大上段のように高く振り上げた。刀身に宿る暗青の輝きが、いっそう強く北落野原を照らし――
ずどん、と天地が割れた。
昏い輝きを放つ巨剣が振り下ろされ、甚大な衝撃波とともに大彫像へと墜落した。どがぁん、と轟音を響かせながら炸裂するその一撃に、大彫像はその頭頂から足元まで余すことなく揺さぶられ、ついにがっくりと膝をついた。一際重いダメージを受けたのか、今度は立ち上がる様子もない。胸の中心の暗紫の音痕も、心なしか輝きが弱まっているように見えた。同時に、巨人も精根尽き果てたのか、巨剣を振り下ろしたきり動かなくなった。
突入するなら今が好機だ。まさにこれを待っていたかのように、
『裂空、砲撃準備整っています。そちらの突入準備が整ったら、合図をしてください』
お前は人を焦らす才能でもあるのか、と漂泊者は叫びそうになった。今、この瞬間、この場以上に、砲撃が必要な瞬間などない!
「――ぶちかまして! 今! ここで!!」
勢いのままに叫んだ漂泊者に対し、モルトフィーは『了解しました』と冷淡に答えるのみだった。
地平の彼方――先ほど駆け抜けてきた崖の向こうで、じりじりと白光が輝いた。きゅんっと灼光が迸った瞬間、四人を突き飛ばすような強い衝撃が走り、大彫像の胴体が爆裂した。音すら置き去りにする強烈な一撃が、巨像の胴体の装甲を爆砕したのだ。果たしてその効果は覿面で、被弾した胴体の中心はもうもうと煙を上げ、その奥に暗紫の輝きを滲ませている。
これで、大彫像の体内へ突入する入口ができた。しかし砲撃の衝撃波で、瓦礫の足場も吹き飛んでしまった。どうやってあそこまで辿り着くか――漂泊者がそう考えた刹那、ぎゅんと翡翠色の光が駆け抜けた。
「乗れ!」
素早く青龍の背に跨った
暗青の雨と崩落する瓦礫を掻い潜り、青龍は暗天を駆けた。やがて入口へ辿り着いた青龍は、四人を転げ落とすように運んだあと、跡形もなく消失した。
四人の目の前では、暗紫に輝く巨大な音痕が、今まさに反響エナジーを吸い上げている。――ようやく、鳴式“
「ここからは鳴式との戦いになる。皆、準備はいいか」
振り返った
「……あの、巨人の攻撃は……」
不安げな
――あれ自身が、あるいはあそこに、追跡者がいる。
明確な証拠があるわけではないが、四人の誰もが直感していた。あれこそが追跡者の語っていた共鳴能力の真価であり、彼自身なのだと。魂を焼く災いの雨を呼び、大彫像に匹敵する巨人となって乱入し――そして今、決定的な隙を作り上げた張本人なのだと。
問題は、ここから彼がどう動くのか。この北落野原の全ての状況を支配しているのなら、それでいい。だが彼は、事実上「見境なく攻撃する」と言った。取りも直さず、それは「追跡者自身が状況を制御できなくなる」「“
「今のところは動きがないようだ。再び動き出す前に、“
「『人心測り難く、遠くとも近くとも慎むべし』――ですね」
「みんなのためにも、頑張らないとね」
「そうだ。俺たちは数多の期待を背負っている。
――さあ、この戦争を終わらせよう」
漂泊者の言葉に、
◇ ◇ ◇
暗紫の輝きを潜り抜けると、そこには巨大な空間があった。
せり出す鋭い岩棘が押し退けられた、円舞台のような、決闘場のような広間だ。ここが主戦場となる以上、広いに越したことはないが――最初に違和感の正体に気付いたのは、
「――こんな場所に月が……? 一体どういうことだ……」
大広間の奥には、巨獣の背骨を抉り出したような空の玉座と、それを望むように、どろどろと滲む大きな月の影が輝いていた。暗紫の周波数エナジーを吸い上げ、三つ巴の紋様をなすそれは、もはや遥かな天よりソラリスを見守るモノではなく、地表を塗り潰すために墜落する破滅の岩礫――“虚影の月”だ。
“虚影の月”の前に、一つの残像が立ち上がった。白い装甲に覆われたそれは完全なヒトガタを成し、背には黒い翼、右手には暗紫の長槍を携えている。
「あれは……?」
「“無冠者”だと……奴の周波数まで組み直すというのか……」
ぎゅんと疾走した無冠者に対し、漂泊者もまた反射的に駆けだした。怯んでいても事態は進まない。立ちはだかる敵がいるのなら、斬り伏せて押し通るのみ!
『戦争……吸収……進化……』
先手は無冠者が取った。ぶおんと長槍を振り下ろし、その斬撃が暗紫の波濤となって襲い掛かる。四人はそれぞれ横っ飛びに回避し、その勢いに乗って無冠者へと突撃した。がりがりと地面を削るだけに留まった暗紫の斬撃を、しかし無冠者は頓着する様子もなく、まず漂泊者に注目した。ぐおんと風を斬りながら振りかぶられる長槍は、当たれば重傷は免れない。だがその程度の分かりやすい一撃、恐るるに足りない!
「見切った!」
漂泊者の迅刀がきらりと煌めき、迫りくる長槍と衝突した。トップスピードに乗る寸前の槍穂が堰き止められ、ぎぃんと金属音と火花を散らしながら弾かれる。強い殺意と周波数エナジーを込められた一撃を、しかし鋭い応報で払いのけられた無冠者は、それでも負けじと長槍を突き出して漂泊者に襲い掛かった。
直突、斬撃、薙ぎ払い――知性なき残像でありながら、何と鋭い連撃だろう。それらを迅刀で払いのけながら、漂泊者は背筋に冷や汗が走る思いだった。それでも心に迷いはなく、剣筋は過たず無冠者の長槍に重なり、その一撃を弾いていく。ぎぃん、ぎぃん、ぎぃん――必殺の一撃を何度も弾かれ、しかしその度に手を変え品を変え攻め立てるさまは、
一つ幸運なことは、彼女が一人ではないことだろう。
「
「局を開く!」
(――拳!?)
強く握られた無冠者の左手が、ぎりぎりと軋みながら漂泊者の胴に照準を合わせられた。すでに跳躍し空中にいる漂泊者は、回避ができない。苦し紛れに構えられた迅刀ごと、無冠者の拳が打ち砕かんと迫り――
「鎮まれ!」
横合いから割り込んだ
「“無冠者”が弱体化した! 今だ!」
言うが早く、
「――これで……!」
「いや、待て!」
思わず勝ち鬨を上げようとした漂泊者を、
倒れた無冠者は貧金の周波数エナジーに変わり、はらはらその身を崩壊させている。しかし、それは四散するのではなく、“虚影の月”へと流れているようだ。
「砕かれた周波数が……あの月に集まっている……?」
まさにこれが、“
「月が……割れて……」
三つ巴の紋様をなす“虚影の月”が、少しずつその身を断割させていく。まるで、雛鳥が産声を上げるために、卵の殻を内側から破るように、びきびきと軋み――ぐらり、と宙に浮かんだ。本来天にあるべきものが、しかし岩棘の瓦礫から浮上し、中天に昇りゆく異様を、どのように形容すればよいか。四人はなすすべもなく、ただ暗紫の月が昇りゆくさまを見届けることしかできなかった。
十字の斬痕を宿す、どろどろと黒い光を放つ瞳。
それが全貌を顕した瞬間――ぱっくりと、暗天が十字に裂けた。
黒い瞳の一角が水面のようにどろりと淀み、一つの残像の姿を零した。
白い装甲に覆われた姿は、無冠者に似ているようで、違う。がっしりとした屈強な戦士を模した無冠者と比して、すらりとした細身をしている。激しく振り乱された鬣や、揚羽蝶の翅を散々に引き千切ったような翼は、どちらかというと女性性が強い。いわば――“無妄者”といったところか。たおやかな丸みを帯びた胸元には、心臓の代わりに空洞がぽっかりと空いており、煌々と輝く十字の音核が宿っている。
「月が“無冠者”の周波数を吸収し……新たな化け物を作り出したというのか……
まるで、湾刀の戦いの時のように……」
「来ます! 構えて!」
大広間へ降り立った無妄者は、産声のように絶叫を上げ、四人に向かって突撃した。黒翼を巻き込んで勢いよく旋回し、大広間をかち割らん勢いで叩きつける。
『近……寄るな……!』
渦巻く黒い波濤がごおと迫り、咄嗟に防御した四人をまとめて吹き飛ばした。黒い竜巻のような一撃が晴れた先に、無妄者の手に握られていたのは――
「――鎌!?」
「くっ……夜帰の剣術だと!? ふざけやがって――!」
ぐおんぐおんと風を斬る大鎌の刃が、まるでかまいたちのように四人を襲う。その立ち振る舞いに夜帰軍兵士たちの剣筋を、亡き戦友たちへの冒涜を見出したのか、
「風に乗れ!」
深緑の龍姿が現出し、その雄姿を煌々と見せつけた。翡翠色の槍が振るわれるのに乗せて、縦横無尽に駆け巡る龍姿が、無妄者の五体を蹂躙する。無妄者もまた負けじと黒い斬撃を応報し、大広間中に漆黒と深緑が放散する。
その隙を辛うじて見出し、漂泊者たちも突撃した。光気が刃をなして旋回し、風を纏う斬撃がぐるぐると渦巻き、気を込めた拳打が暗黒を削る。自然、
とはいえ、言葉ほどに容易いことではない。消滅の周波数エナジーを扱う無妄者は、その翼をぶんと振るうだけで漂泊者たち三人を薙ぎ払い、吹き飛ばす。隙こそ大きいものの、ごく単純に強大な斥力によって、
敵は強大だが、四人が怯むことはない。無妄者の体躯を覆う白い装甲は傷だらけで、幾度となく突き込まれた攻撃によって割がれ、ひしゃげ、歪んでいる。完全無欠の現象存在ではなく、斬れば倒せる程度の敵だ。ここまで来たからには、このまま倒させてもらう――!
――
「
――ずどん、と天地が割れた。
「うわぁっ!?」
「
暗紫の天をかち割るように落ちてきた暗青の輝きが、無妄者と
――この暗青の輝き、この昏い紋様には見覚えがある。無貌者が背負っていた巨剣、そして外で沈黙しているはずの巨人が振るっていた巨剣だ。まさか、もう再起動してしまったのか。そして、今の一撃は無妄者と自分たちのどちらを狙ったのか。巻き込まれた
ぼろぼろの道士服に、煤けた黒い髪――
「無事か!」
「何とか!」
(――信じていいんだよね、追跡者……!)
漂泊者は、ごりごりという轟音とともに押し上げられる暗青の巨剣を見ながら、縋るような思いを抱いた。いかな
暗青の壁が暗天の上へと消え、その下からぼろぼろの無妄者が出てきた。まさに巨剣の一撃に圧し潰されたことで、白い装甲のあちこちが砕け、ひび割れ、満身創痍の有様だ。それでも黒翼をはためかせ、再び漂泊者たちを始末するべく構えた無妄者は、
「――恐れなし!」
背後で大跳躍する
煌々と輝く翡翠色の槍を構え、
ぼろぼろになった無妄者の五体が
きぃぃぃぃ――と劈くような金切り声が鳴り響くまでは。
四肢が壊れても強制的に動かされる操り人形のように、無妄者が再び浮かび上がった。先ほどまでのように翼を振り乱し大鎌を振るうのではなく、周囲に八つの暗黒球を生み出した。近距離では反撃に遭うとして、遠距離攻撃に切り替えたか。
「奴の遠距離攻撃に気をつけろ! うまく回避するんだ!」
「散って! 的を絞らせないで!」
「――
「は、はい!」
ぎゅんと暗黒のレーザーが迸り、四人を貫かんと迫る。漂泊者たち三人は、地を駆けずる虫のように走り回って回避した。唯一、満足に身動きができない
いくら撃っても倒れない羽虫共に業を煮やしたのか、無妄者の暗黒球による攻撃は直線的なレーザーではなく、泡が弾ける水しぶきのような攻撃に変化した。射速で貫けないなら、追尾で捉えるつもりか。岸壁に砕かれる波しぶきのように、ぶわりと噴き出す無数の追尾弾に対し、しかし四人は怯まなかった。
「――
「応!」
漂泊者と
――無妄者は“虚影の月”を背に戴いたまま攻撃し、絶対に月へ当たらないように攻撃している。つまりあの月こそ、奴の急所だ。飛んでも跳ねても届かない上空に陣取っていようと、こうして向こうから弾を飛ばしてくれるのならば、それを弾き返せばいい。案の定、
得物を振るい追尾弾を迎撃する二人の姿に、
「――風を受け入れ……気を鎮める!」
風を巻き込むような手掌の動きとともに、
「我が剣の指す先に――!」
抜刀一閃、
獲物共が逃げ惑わず、その場に留まって迎撃に切り替えたことで、ようやく無妄者もその意図を看破したようだ。苛立たしげに咆哮すると、大広間を寸断するように二筋の斬撃が走り、そこから消滅の周波数エナジーを纏う壁がせり出した。退路を塞いだところを、強力な攻撃で一掃するつもりか。その答え合わせのように、無妄者が周波数エナジーを濃縮し始めた。
そうはさせじと、
「ぬぅんッ!!」
一つに集約された暗黒球が極太のレーザーを放ったのと、
青龍と暗黒が衝突し、天地を二つに分断する。がおおと咆哮を上げながら吶喊する青龍が、暗黒のレーザーに身を焼き焦がされ、鱗が剥がれ落ちるようにその身を削られていく。それに負けまいと、
一瞬か、十分か、それとも永遠が流れたか――やがて、青龍と暗黒は共に消失した。一方が他方を喰らったのではない。双方が相手の攻撃に耐えられず、同時に相滅びたのだ。
「――いま、だ……行け……!」
まさに精根使い果たし、ぜいぜいと荒い息を吐く
今にも倒れそうな彼を、気遣っている暇などない。漂泊者は一歩一歩踏みしめ、やがて走り出し、両足に気合を込めて大跳躍した。目指すは一点――
「はぁぁっ!!」
漂泊者の一挙手一投足を見据え、まさに待ち構えていた無妄者が、突撃する彼女を遮るように、消滅の周波数エナジーを対流させて障壁を作った。漂泊者は真正面から突っ込み、黄金の輝きを以てその身を突き立てた。