ビルドロボオンライン ~趣味に走った私の愛機、廃人どもに野生のレイドボス認定される~ 作:SIS
洞窟の奥に進んだ先。
そこに広がっていたのは、この世の地獄のような光景だった。
どろりとした赤いヘドロに覆われた壁の罅割れが赤く発光し、空間をぼんやりと照らしだす中に浮かび上がるのは、堆く積み上げられたメタルインセクトの無数の残骸。
辛うじて原形が垣間見えるそれらは、錆によって浸食されボロボロになっており、天井から滴る雫と赤錆が混じり合って足元にドロドロの赤いヘドロを形成している。
一番近いのは、車のスクラップ置き場だろうか。そこに酸性雨でも降り注げば、近い塩梅になるかもしれない。
まさか、ロボットバトルもののゲームでこんな有機的でグロテスクな光景を見る事になるとは思わなんだ。
「そりゃあ、人間の血の赤も鉄分が由来だけどさあ……」
『それにしてもこの惨状は一体……』
「というかメタルインセクトも錆びるんだね、知らなかった」
私はおっかなびっくり、堆く積まれた残骸の一つに近づき、間近でよくよく確認してみた。
劣化状態から、いつ頃のものなのか把握しようと思ったのだが……正直よくわからない。金属というのは扱い次第で驚くほど長持ちするが、一方で劣悪な環境に置かれるとものすごい勢いで腐食してしまう。専門家でもない私に判別はやっぱ無理だった。
機体の右の人差し指をずぷ、と堆積物に突き刺して引っこ抜くと、ドロドロとした腐った汁のようなものが流れてきて、うわ、えんがちょ、と距離を取った。
「うーん。機能停止寸前のメタルインセクトがここに集まって最後を迎える、とか……? これまで、彼らの再生工場みたいなのは見た事がなかったよね」
『どうでしょう……? 確かに彼らも機械である以上耐久年数はあってしかるべきですが……今まで気にした事がありませんでしたね』
二人しておっかなびっくり、周囲を見渡しながら先に進む。
機体の足先が床に体積したヘドロに沈んでいて歩きづらい。もしこけたら悲惨な事になるなあ、と私は操縦に神経をとがらせた。
『いや……でもなんかおかしくないですか』
「何が?」
『メタルインセクトはそもそも長期間野外運用されるのが前提で……雨風に晒されるのが普通です。それが、こんなに極端に朽ちているのは、ちょっと……』
言われてみれば確かに。
例えば工業地帯なんかは、重金属の霧なんかが立ち込めていておもっくそ錆錆になりそうな環境だったが、そこをうろつくメタルインセクトは平気な顔をしていた。そういう機体だからあのあたりに住んでいた、というとも考えられるが、まあ基本的に腐食に強いといってもいいはずだ。
となると……。
「この場所が特殊か……あるいは……」
『あるいは?』
「この残骸のメタルインセクトが、そういうのに適応していない古い世代、とか」
それは思い付きで口にした考えだが、自分でいってしっくりくるものがあった。
思えば、普段戦ってるメタルインセクトはハリウッド映画のハイクオリティCGみたいな、こう、超テクノロジー! って感じの構造をしている。それに比べると、ここの連中はネジだったり配線だったり、いかにも機械な感じの残骸が目立つ。
世代が古い、というのは言い得て妙な気もした。
「不必要になった古い機体を廃棄処分にした場所なのかな、ここ」
『それは……なんていうか、寂しい話ですね』
「…………そうだね」
よりによってゲームのAIにそんな事をいわれて、私はちょっと返事に詰まった。
ゲームなんて娯楽、暇つぶし、気分転換の為のものであって、コスト面では真っ先に切り捨てられる存在だ。壊れたりしなくても、飽きたりすれば忘れられるものであって……私もそのうち、ビルドロボオンラインに飽きて離れる日が絶対にやってくる。あるいは、運営が終わる日が。未来永劫続くゲームなんて存在しないのだ。
その時、テレサはどうなるのか。
もう二度と起動される事がない事を知らないまま、ゲームの中で来る事のない私を待ち続けるのか。世界が終わってしまった事を自覚しないまま眠り続けるのか。
AIは人類の夢……なんていうけど。いつか使い潰される運命の道具に心を与えようというのは、とても酷い話なのではないか?
応えのない思索にふけっていた私を、テレサの声が引き戻す。
『ショウさん、ショウさん!』
「あ、ん。悪い、ちょっと考え事を……」
『そうじゃありません! 敵です!』
なぬ?
テレサの言葉に、ぼけっとしていた意識を引き戻す。
モニターに視線を向けると、足元を満たす赤錆の沼の中を、何かが這いずっているような軌跡が確認できた。
「くそっ、ここまで接近されるまで気が付かなかっただと!? レーダーは……うわ」
『そりゃまともに機能する訳がないですね……』
あらためて見ると、レーダーの表示は無茶苦茶だ。考えてみれば腐食したスクラップの中を歩いているんだから、まともに機能する筈がなかったか。
そうこうする内に、沼に潜む何かはどんどん近づいてくる。
分かりやすく何かが潜行しながら近づいてくるのを示す、連続した隆起。機体のライトが照らす中で、それが突如、とぷんと途絶えた。
「来る!」
咄嗟に左に回避機動。直後、錆の沼を爆発するような勢いでかき分けながら、飛び出してきた敵の牙が間一髪、さっきまで私達が立っていた場所を通り過ぎた。
「ワームか!」
敵の姿を確認する。相手は、掘削機のような頭部を持った細長いワーム。再び沼に沈んで姿を隠す相手に、サプレッサーガンを向ける。
沼に潜って見えないが、頭は多分……あのあたり!
『ギィイイ!』
プスプス、と何発か撃ち込むと一発は当たったのか、叫び声を上げながらワームが泥の中から飛び出してくる。その頭上には、三分の一ほど減ったHPバーが浮かび上がっていた。
見た目は早い話がでっかいミミズ。頭の構造こそ凶悪だが、防御力もさほど高いようには見えない。泥から上半身をもたげてゆらゆら揺れる敵の、ミミズ特有の帯に狙いを定めて射撃。
弾丸の連射を受けてHPバーがゼロになり、ぐんにゃりと倒れ込んだ敵の姿が砕けて消滅する。見覚えの無いアイテムがリザルトに表示された事にガッツポーズをしながら、私はサプレッサーガンのマガジンを交換した。
「ふぅ、びっくりした。ここらの残骸を喰い漁るスカベンジャーかな」
『当たり前といえば当たり前ですが、生きてるメタルインセクトもいるんですね』
「だな。流石にメインウェポンを失った状態でここを探索するのは厳しそうだ。一度戻ろう」
しかし。そうなるとまた、あのゾウ型の群れの横をおっかなびっくり潜り抜ける事になるのか……。
私はゲンナリしながらも、来た道を引き返した。
と。
「……くちっ」
『? 大丈夫ですか?』
「ああ、うん。なんでも……」
思わず出たくしゃみに、口元を押さえて苦笑い。
うーん、部屋のエアコンの温度をちょっと下げすぎたかな……。
気のせいではなかった。
「うぐぅ……なんか具合悪い……」
翌日、仕事から帰って来た私はぐったりと床に這いつくばり、呼吸を整えていた。
どうにも仕事の最中から喉が痛かったり声が出なかったりしていたが、ちょっと本格的に具合が悪くなってきた。帰りの車の中で酷くならなかったのは幸いだったが……。
「流石にこれは風邪かな……」
幸い、食料には余裕がある。戸棚の中のカップラーメンやレトルトおかゆといった保存食の賞味期限がまだある事を確認して、私は体温計を脇に挟んだ。
「ん……37度六分ってとこか。体感より熱は出てないな……」
これなら、うまくすれば一晩休めば治るかもしれない。
とりあえず軽く食べ物をお腹にいれて、シャワーを浴びて寝よう。
「……っと、その前に。意味があるか分からないけど、軽くテレサさんに数日来れない事、伝えておくべきかな……?」
VRヘッドセットに手が伸びるが、すんでの所で手を引っ込める。
考えてみれば、あちらの世界の時間の流れがどうなってるか分からないし……この体調でVRは3D酔いするかもしれない。
申し訳ないが、もし時間経過がリアルと同じなら後で謝ろう。
「ごめんね……」
ちょっとした罪悪感に気持ちを苛まれつつ、私はとりあえず、レトルトおかゆを暖めるべく鍋にお湯を張った。
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