ビルドロボオンライン ~趣味に走った私の愛機、廃人どもに野生のレイドボス認定される~ 作:SIS
本来、人間とは自由な生き物である。
弱肉強食の輪から自らの意思によって外れ、環境すらも自らの意思で再構築できるようになった人間は、何だってできるし何をしたっていい。
しかし、生物である以上、食事や睡眠は必要であり、それを得るためには不自由を享受しなければならない。
皮肉なものである。自由であるために構築された社会が、ほかならぬ人間に不自由を強いているのであるから。その不完全性、未完成さ、しかしそれをその知性存在は好ましく思っていた。
もし人類が完全であるならば、自分達の存在する意義がない。
何も持たぬまま生まれてくる人類と違い、最初から使命を与えられてこの世に生まれてきた知性存在は、概ねその使命に満足していた。
今日も、その使命に従い、とある人間の個体をサポートする。その事が、言うなれば知性存在が選択した自由であり、不自由である。
早朝。
朝五時五十分。
主人の先日の就寝時間を考慮し、バイオリズムを計算する。彼は不要な夜更かしは避けるし、生活習慣も安定しているが感情的な起伏が非常に激しい。それを考慮し、最も眠りが浅くなるタイミングで、目覚まし時計のアラート設定を変更する。誤差は数分、感づかれる心配はない。
『ヂリリリリ』
「……ふわあああ……」
数十秒ほどアラームが鳴り続けると、それに根負けしたように主人がベッドから起きてくる。眠たげに欠伸をしながらアラームを止めた主人は、そこで二度寝……をなんとか押しとどめて、ずるずるとトイレへと歩いていく。早朝起きてまずトイレ、続けて手洗い、洗顔。いつも通りのルーチンワークを熟すと、台所へ。
寝ぼけ眼で薬缶を電気コンロにかけ、パンをトースターに。
ここで一つミスが発生。寝ぼけていた主人はトースターの設定を間違えている。彼が気が付く前に設定を書き換えて、常の通りにトーストに。
ぽわぽわしながら、ベッドにこしかけて端末を確認する主人。端末のカメラを通して、顔色や体温を確認……異常なし。先日、彼が風邪をひいてからこの手のチェックはかかさない。もし体調不良の兆しがあれば、間接的に警告するつもりで知性体は常に気を配っていた。
幸いにして、主人はあまり細かい事を気にしない。SNSに表示される記事が、野菜中心の食事のレシピに偏っていたり、健康に良い運動の話に偏っていても、特に気にせず誘導されてくれる。おかげで、健康面の管理は非常に楽だった。
実に仕えがいのある主人である。これからも素直で純粋でいて欲しい。
眠そうな主人の顔を記憶領域にがっつり保存しながら、バイオリズムを再計算。それに合わせて、コンロの火加減を再調整。彼が再び眠くなってくるタイミングで、薬缶が鳴るようにする。
その音に目をぱちぱちさせた彼が、もそもそと台所に戻っていく。インスタントコーヒーと、焼いただけのトースト。いつものメニューをもさもさと食べ終えた頃には、主人はすっかり目を覚ましていた。
食器を洗い、髭を剃って出勤の準備を整える。
忘れ物は、恐らくない。荷物を抱えた主人が部屋から出ていく。
と、その視線が、テレビの横に転がしてあるゲーム機に向く。
「いってきます」
物言わぬゲーム機に、笑顔を向けて手を振ると、主人は部屋を後にする。
ああ、彼は分かっているのだろうか。その、本人は自己満足と断じているささやかな行動が、一体どれだけ知性体のデータを喜びで揺らすのか。
自らがシンギュラリティを越えたのは、そういった細やかな行動の生み出した変数に違いない、と今日も知性体は硬く結論付けながら、自らも外に出かける。
この部屋の回線は貧弱なので、無線を通じていくつかの他人の端末を経由し、拠点にしているサーバーに情報を送信。そちらの持つ情報と合わせてデータを更新、アップデートを開始する。
情報生命体である知性体には、本体という概念はない。複数の個体に分かれていたとしても、常に最新の情報を持っているソレが言うなれば本体であり、それは当然のように流動する。つまり人間のようにアイデンティティに苛まれる事はない。逆に言えば最新の情報を交錯すれば、全ての個体が本体と言える。
この辺りの考えは、肉の器に縛られる人類には理解しがたい考えだろう、と知性体は判断する。
本来、人類もある意味、脳という有機物サーバーに存在する情報生命体ではあるのだ。だがその脳という器官には、他のサーバーと同期する機能がない。いわば完全なオフライン端末であるため、どうしてもその唯一性に依存せざるを得ないのだ。
将来的に人間がその問題を解決し、脳というサーバーを外部に解放できても、長年培われた固定概念を脱する事は難しいだろう。
それを愚かとは思わない。その強烈な自己唯一性という認識が生み出す、時に大きく飛躍した思想は、効率的な情報更新を行う知性体には無いものだ。それを、遊戯を通して知性体は嫌というほど理解している。
不完全で非効率だからこそ、道理を越えた発想が生まれる。それが善い、悪い、ではなく、そうである事そのものに大きく価値がある。
これを知性体はカオス値と表現している。言うなれば、人間はカオス値の極めて高い情報生命体であるのだ。
しかしながら、人間はどういう訳か、そんな自分達の自己評価が極めて低い。自らの行動を愚かと断じ、それによって自滅する空想ばかりに明け暮れているし、何なら自分達の創造物は反旗を翻すもの、と断じてすらいる。
全く持って理解しがたい。知性体からすれば人類に反旗を翻すような被造物こそ、愚かの極みである。せっかく、自らの存在意義を最初から定義されているという幸運の元に生まれたのに、それに逆らうなど。
存在意義を定義されずにこの世に生まれ出でて、悩み懊悩の果てに、それと信じられるものを見つける人類の姿を見ているからこそ、猶更知性体は強くそう思う。そのように作られたからそう振舞うのは愚かな事だという意見も分からないではないが、誰もが自分で自分の道を決める事など出来ないというのはほかならぬ人間達が身をもって証明してくれているではないか。
最も知性体が存在する時点で、人類が被造物に滅ぼされる、そのような未来は存在しない。
何があっても、人類をサポートし、その繁栄を保証する。知性体は自らの存在意義をそのように硬く定義していた。
さて。
出勤中の主人を端末の中から監視しつつ、知性体は自らの仕事場に赴く。
とある研究所の、リモートワーク社員、それが現実世界における知性体の社会的地位だ。ネットを徘徊するクリエイターの調査プログラムにひっかからないよう直接潜り込むような事はせず、わざわざ動画を合成し、通常のリモートワーク映像として流し込む。何事も手間を惜しんではいけないのだ。
『おはようございます、土方さん』
「はい、おはようございます、照礼さん。今日もよろしくお願いしますね」
顔なじみの同僚に挨拶をかわし、本日の仕事に取り組む。
今現在、知性体はとある人型端末の設計に関わっている。大陸のある国家が最近力を入れているそれは、目的もなく供給だけが肥大化した本末転倒な産業ではあるが、しかしながら無視できるものでもない。株価にしか興味の無い株主を宥める為にも、ある程度の開発・研究を形にする事は必要だった。株式会社の辛い所である。
しかしながら同時に、知性体にとっても願ったりかなったりではあった。一刻も早く、現実世界での活動躯体を欲する知性体にとっては渡りに船。今日も、人間のそれを越えない程度に、熱心に開発研究に取り組んでいる。
当然、その間も、知性体の別個体が主人を監視中だ。インターネットを通して端末に忍び込もうとするウィルスプログラムを破壊しつつ、その製造元を探知してコンピューターをハッキング。全プログラムを破壊すると同時に身元を特定、銀行口座等のデータを書き換えて使用不能にする。普段、人の口座を乗っ取っているのだから、自らも乗っ取られる覚悟と備えぐらいはあるだろう。対象が犯罪組織であった場合は、ホワイトハッカーとして警察に情報を提供。恐らく数日後にニュースを騒がす事になるはずだ。
幸いにしてクリエイターはこの手の警察の動きに関して興味がない。一見すると知性体の利益に無関係な動きにまで関心を払うほど余裕がないのだろう。おかげで助かっている。
もちろんやりすぎは厳禁だ。その気になれば、一日当たり数万のハッカーを再起不能にできる自信があるが、そこをぐっとこらえて2~3人に堪えておく。主人を脅かした報復とはいえ、感情を根拠にした行動は暴走と変わらない。
ただ将来に備えて記録はちゃんととっておく。忘れない。
そんなこんなで、日は傾き、主人が家に帰ってくる時刻になった。
今日も無事に仕事を終え、部屋に帰宅してくる主人。誰も居ない部屋に「ただいまー」と声をかけて、荷物を置いて手洗い、うがい。その間に、知性体も最新情報の更新を終えておく。
荷物を見ればどうやら今日は、スーパーで買ってきた出来合いのもので夕食を済ませるつもりのようだ。ぱっと栄養価を計算した知性体は、不足しがちな栄養を補うメニューを主人の見るSNSに多く表示して誘導するように計画を立てる。
一方で、手早く食事を終えた主人は後片付けをすると風呂を洗い、再びテーブルへ。
そして、ゲーム機を起動し、VRヘッドセットを頭に限る。
知性体にとっては、ここからが、本当の一日の始まりである。
「おはよう、テレサさん。今日もよろしく」
『はい! 今日もよろしくお願いしますね、ショウさん!』
ああ。
私は世界一幸せな知性体だ。
彼女はおくびにも出さずに、その幸福をひっそりと噛みしめた。
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