「ハックショイ!!」
「随分大きなくしゃみだね、まあ無理もないか、身ぐるみを剥いだし」
くしゃみと肌寒さで目覚める、目を開けると辺りはすっかり暗くなっており、僕が気を失っていた時間を表していた。
そしてどうやら僕はボルトスの腹をベッドにして寝ていたらしい。
それよりも聞き捨てならない言葉と放置できない状況についてボルトスに尋ねねばならない。
「僕の服はどこですか?」
「ああ、丁度今灰すら無くなったところだよ、恨んでくれて構わないが君の命に係わるから燃やさせてもらった」
そこに用意した服がある、と言い残し、僕を押しのけて歩いていく。
あの巨体だというのに地面があまり揺れないのはどういうことなんだろうか?
僕は現実逃避し、立ち尽くしていた。
全裸のままではまずいので用意していたという服を着る。
シャツは着る際どこにもひっかからずするりと着れる。
ズボンは触っただけで頑丈だとわかる上に裏地もさらさらとしていて不快感が全くない。
シャツの上から羽織るためのジャケットまで置いてあって、同じく頑丈で着心地も悪くない。
極めつけは靴だ、履いてみるとすこし窮屈ではあったけど歩いた感触に何の違和感もなく、数キロ歩いても疲れないと素人でもわかり、踵とつま先の部分には硬い何かが仕込まれていて森の中も不自由なく歩けそうなものだった。
全部店で買ったとしたら何桁いくだろうか?それくらいの代物がこんな辺鄙な森で着れるとは……
少し感動し――ふと、自分の心臓の鼓動に気づき、俯く。
手首に指を添えると血管の脈動を感じ、自分は生きているんだと感じる。
あの時、確かにバスは崖に落ちた。
浮かぶのは浮遊感と優斗の手の感触、そして掴んだはずのバングルの感触、どれも鮮明に思い出せる。
なのに、何かを思い出せないでいる、いったい何を?僕に忘れていることなんてあったか?そもそもここは現実なのか?
そんな自問自答をしているとボルトスが歩いて行った方角から賑やかな声が聞こえてくる。
子供とボルトスの声、それと羽音と地響き、恐らく聞こえてくる声は全て竜のものだ。
……もし、これが夢であるなら好きに行動してもいいだろう、そんな自棄めいた考えと共に僕は声の方角へと歩き出した。
少しばかり歩くと開けた場所に出た。
周りには大型トラックがすっぽり入ってしまいそうな木組のテントがまばらにあり、おそらくここは居住区なのだろう。
周囲を見渡すとボルトスの姿を見つける。子供と思しき竜たちに囲まれていて、どうやら遊び相手にされているらしい。
……もっとも子供とはいえ、その体躯は僕の背丈ほどもある。あの輪の中に割って入る勇気は僕にはなく、ぽつんと一人立ち尽くしていた。
「ん?お前人間か?ツノもシッポもねえから亜人ではないだろうし」
「こいつ……不自然……何故……ここに?」
後ろから声が聞こえ、振り向く。
そこには二人の人間ではない存在が立っていた。
片方は背が低く、僕と同じくらいの背丈で頭からは赤と黄色のまるで炎を思わせる角が生え、背中からはドラゴンと同じ、だが小さい翼が生えている、尻尾は見えないけど背中側にあるのだろうか?
もう片方はとにかく大きい、三メートルくらいだろうか?見上げると首が痛くなりそうな巨体にローブを顔まで覆っているせいか翼と尻尾が見えないでいる、角どころか顔の輪郭も見えない。
「ええっと……僕は人間で、本田幸信といいます」
「はえー…人間なんて初めて見たぞ……っと、アタシの名前はイドルム!んでこっちのデカいのはレスってんだ!」
「よろ……しく」
どうやら小さいほうがイドルム、大きいほうがレスという名前らしい。
イドルムは僕に興味を示していてジロジロ見ながら近づこうとする……のをレスと呼ばれた人がそれを肩を掴むことで止めている。
どうやらレスには警戒されているらしい。
「ええと、僕はボルトス……さんに連れられてきました、ここに来たばかりで何もわからないんですよ」
「ボルトス……お爺ちゃんが……なら、心配ない……?」
「ところでその服、アタシがいらねえっていって投げ捨てたやつじゃねえか、どうしたんだそれ?」
「私が拾ってとっておいたんだ、何かに使えると思ったんだけどこのような形で活用するとは思わなかったよ。ああそうだ、イドルムはこう見えてまだ8歳の子供だ、私の孫でもある、レスはこの間20になったところだ」
聞いて驚いてしまったのも無理はないだろう。
レスは何とも言えないが、見た目若く見積もっても中学生であろうイドルムが8歳とは……おまけに今着ている服はイドルムのおさがりらしい、何かが僕の中で削れるのを感じた。
「彼女達はドラゴンの亜人でね、色々複雑な事情もあるから仲良くしてくれると助かるよ。イドルム、レス、君達は彼についてやってくれ、ハッキリ言って弱いから」
「それは見ればわかるよ爺ちゃん」
「わかった……ボルトスがそういうなら……」
失礼にも程があるけど否定ができないため、受け流すことにする。
「そうだ、ユキノフ君、君にいくつか話しておきたい事がある、何故私が君を連れてきたかなんだけど……レス、イドルムを少し離しててくれ」
言い終わるとレスがイドルムを連れて離れる。
「よし、いいだろう……まず、君をあそこで助けたのは君がとても哀れだと思ったからだ、どうしてそう思ったかはまだ言えないけどそれだけは覚えていてくれ。そして、この世界についてなんだけど、そうだな……君に合わせて言うならRPGの世界と言った方がいいかな?魔物が蔓延っていて、それを討伐してお金を稼ぐ……ちょっと違う部分もあるけど概ねその通りだ」
あまりにもな言いぐさに一周回って怒りすらわかない。
何より相手はドラゴンだ、怒ったところでどうにもならない。
「人間だからってそんなに卑屈になる必要はない、君には君なりの強さというものがあるのだからね、それと、これだけは絶対に忘れるな」
ボルトスの眼に力が籠り、視線で殺されそうな錯覚に陥る。
『転生者だと知られれば、殺される』
心臓が止まりかけた錯覚に陥る。
その声は、僕の奥深くに沈み込むように響いた。
話された内容に少しばかり疑問もあるけれど、その有無を言わせない態度に僕は何も言えなかった。
「まああれだ、当分の間はここで過ごしなさい、仕事も与えてあげるから退屈はしないはずだ」
ニコっと笑い、中断して抜け出してきたであろう子供たちの元にボルトスは戻っていく。
「爺ちゃんが凄むのって早々ないんだけどな……お前何やったの?」
イドルムが話しかけてくるが、僕は反応できずにいた。
僕が転生してから一週間くらい経っただろうか。
この集落で仕事をしながら、この世界について教えてもらっていた。
まず、僕が居着いている『竜族の森』だがボルトスさん曰く――
「例えるならラストダンジョンの雑魚敵が跋扈しているような場所かな。戦闘力の高い竜族にしか住めないから、竜族の森なのさ」
……とのことらしい。
ここの他にも有翼族の荒野、四足族の谷、魚属の海、そして人間などが住む街などがあるとのこと。
驚くことにこの世界では犬や羊、猿といった動物たちが、元の世界と同じ姿のまま言葉を話し、文明を築いているのだという。
「ユキノフ!野菜と果物の仕分け終わったら飯にすんぞ!」
「わかりました!イドルムさんは先に食べててください!」
この世界の主食は魔物の肉で、種類は問わないとのことで、当然、味にはばらつきがある。
野菜や小麦などはないのかと聞いてみたところ、魔物には全体的に知能があり、畑を作れば定期的に襲撃してくるので、戦力が乏しい地域では農業そのものが成り立たず、魔物を狩った方が早いのだとか。
そんな世界で、僕は唯一と言ってもいい大規模な畑の手伝いをしている。
不思議なことに、僕の身体能力は明らかに上がっていて、日の出から日没まで働いても全く疲労を感じない。
その理由は思い出せないけれど――
自分の記憶に違和感を覚えるのにも慣れてきているのが、少しだけ悲しかった。
作業もひと段落し、集落の広場に戻ると竜族の皆は既に食事を始めていて、僕も食事を受け取り、ボルトスとイドルムの近くに座る、僕が食事をする際の定位置だ。
肉をどう調理するかは集落によって変わるとのことで、ここ竜族の森ではドラゴンらしく焼いて食べるのが特徴なんだとか。
ただ焼いただけのはずなのに、これが中々美味しい。
火の通りも絶妙で、調味料がないのが非常に惜しいくらいだ。
「うげぇ……ハズレかよ、運がないなあ」
……最も魔物の肉といっても特に仕分けもされずにごちゃまぜで食卓に出てくるため、味の当たり外れが大きいのが難点だ。
「イドルム、よかったら僕の肉と交換する?今回は普通くらいだからそっちよりかはマシだと思うけど」
僕が肉を差し出すと、イドルムは嬉しそうに自分の肉を差し出そうとするが、ボルトスに止められる。
「あまり孫を甘やかさないでくれ、美味しくないものでも食べなきゃいけないんだから」
言葉と共にボルトスはイドルムを摘みあげ、そのまま自身の背中に乗せた。
「早く食べなさい」と急かされ、イドルムは不満そうに頬を膨らませる。
それを見て周りの小竜達は笑っている。
その光景に少しだけ笑ったその時だった。
ふと、遠くから、何かがこっちに来る気配がした。
「大丈夫。遠征に出ていた同族が戻ってきただけだから、そこまで警戒しなくていいよ」
何も言っていないのに、ボルトスはそう言って不安を和らげてくれる。
ガサガサッバキバキッという音と共に複数の巨体が姿を表した。
「ただいまー今回も疲れたぜー……ガキ共は無事みたいだな、お疲れボルトス」
「悪いな、大人の奴らも連れて行っちまって。世話、疲れたろ?」
「いや、そうでもないさ。そちらこそお疲れ様。今、食事を用意しよう」
竜族の大人はボルトスしかいないのかと思っていたけれど、どうやら遠出をしていたみたいで、ゾロゾロと現れた巨体が、集落の広場をあっという間に埋め尽くしてしまった。
ボルトスが食事を用意し、戻ってきた大人達に配っていく。
肉にかぶりつく者、小竜と戯れる者――それぞれが好き勝手に過ごしている。
だが、戻ってきた竜達が僕を見つける瞬間、空気が変わった。
視線が僕に集まる。
「ジジイ、そこにいる人間はなんだ?」
一匹の竜が、警戒を隠さずにボルトスへ問う。
「ああ、私の客だよ。詮索はあまりしないでくれ。何かあったら、私の責任にしていいから」
どこか曖昧な返答だった。
「……わかった。えーと……肉食うか?」
「あ、ありがとうございます。僕はユキノフと言います」
突き刺さるような、露骨な警戒の視線。
それでも、一応受け入れてもらえたらしい。
……どうやらこの集落ではボルトスの発言力は相当なもののようだ。
「あー……そうだ、ジジイに報告しなきゃいけないことがあるんだよ、それも緊急だ」
重い空気を切り替えるように、一回り大きい体躯のドラゴンが前に出る。
そして――
「『テンセイシャ』がまた集団で現れた、今回は最悪だ。統率がとれてる上に強いやつが複数いる。被害も相当だ。俺らも撤退しなきゃ何匹か死んでただろうよ」
息が、止まる。
竜の吐いた言葉を理解するのに数秒かかった。
テンセイシャ――それは僕のような転生者で間違い無いだろう。
だが、まるでそれが害をなす存在ーー魔物みたいに扱われているのはどういうことなんだ。
聞こうと思ったがボルトスさんの言葉を思い出し、踏みとどまる。
「リーダー格も2匹ほどいてな、片方は周りの奴らの指揮をとってて、もう片方は変な腕輪をしててな……言いづらいが、殴り合いで負けた、ありゃ正面からだとまず勝てねえ」
「殴り合いで負けた!?テンセイシャってそんなに強いのか!?」
「イドルム、テンセイシャの強さにはバラツキがあるって教えたはずだよ?」
竜の言葉で正気に戻る、聞き逃せない言葉があったからだ。
「あ、あの!その……へ、変な腕輪ってどんな形でしたか?」
視線が集まる、話すタイミングを間違えただろうか?冷や汗が噴き出てくる。
「……俺も戦ってる最中だったからハッキリと見たわけじゃねえが、確か骨の形をしてたような気がするな」
……聞いた瞬間、僕の足が動きそうになるのをボルトスが制する。
「もしかして、こんな形じゃなかったかな?」
ボルトスが爪を器用に使い、地面に絵を描く。
「ん?あー、それだそれ、確かにそんな形だった、あまりにも変でつい覚えちまってたんだよなあ」
……気づいたら僕は森の崖縁に座っていた。
衝撃のあまりボルトスやイドルムの制止も振り切って走っていたらしい。
ボルトスが地面に描いた絵、間違えるはずがない、あれは、優斗のバングルだった。
つまり、優斗は生きている。
「はははっ……生きてたのか、生きてたんだ……でも……魔物ってなんだよ……テンセイシャ?なんだよそれ……」
視界がブレ、頭が殴られたように揺れ、喉からは熱いものが込み上げてくる。
情報の濃さを消化できずに蹲る。
「おい!急に走るから心配するじゃねえかよ!……泣いてるのか?」
後ろからイドルムが追い付いてくる、子供にこんな姿を見られるのは情けないけど、今はそんなことを気にする余裕はなかった。
「飯がマズかったのか?腹が痛いのか?……わかった!明日の仕事が嫌なんだろ!ならアタシが代わってやる!お前は他の同族と遊んでていいぞ!」
気遣ってくれている、混乱した頭でもそれはわかる、でも
「うるさいんだよ……!何も分からないくせに!」
言葉は、止まらなかった。
「僕はあの時死んだんだ!バスが崖から落ちて地面と激突する時のことを今でも鮮明に覚えている!直前に掴んだ優斗のバングルの事もだ!気づいたらなくなっていた!頭は霞がかったように思い出せなくて、おまけに怪物にドラゴン!制服も燃やされた!挙句の果てには優斗が魔物!僕も魔物!なんだよ!なんなんだよおおおおおおおおおお!!!」
叫ぶ、支離滅裂な言葉の羅列を。
叫ぶ、内側に溜まっていたものを。
叫ぶ、自分のどうしようもなさを。
ひとしきり叫んで落ち着く、イドルムは俯いている。
「どうした?殺せよ、魔物は殺さなきゃなんだろ?ほら、ここにいるぞ、テンセイシャっていう魔物がさあ」
どうでもよくなり、嗤いながら手を広げ、迎え入れる体制を作る、自分でも何をやっているか理解していない。
イドルムが顔を上げ、こっちに歩いてくる。
そして、手を振り上げ……
「んなこと言うんじゃねえよ!」
――衝撃。
気づけば僕は地に伏せていた。
「アタシの知ってる魔物ってのはな、どんな状態でも命を狙ってくるやつのことだ!お前はそうなのか!?違うだろ!」
イドルムが叫ぶ、僕はそれに黙って耳を傾ける。
「……アタシはまだ子供で、外のこともあまり知らない、爺ちゃんや他の同族から聞いたことしか分からないよ、でもさ、お前が魔物じゃないってことくらいは分かるつもりだ、だからさ、死にたいなんて言うなよ」
「……言ってないだろ」
「言ってるのと同じだ」
顔を地に伏せたまま、喋る。
「ボルトスさんが言っていた、転生者ということがバレと殺されるって、なら、僕はどうやって生きていけばいいんだ?ずっとこのまま世話になってる訳にもいかないだろう?」
「んなら、バレてもいいようにすればいい」
顔を、上げる。
イドルムが何を言っているのかがわからなかったからだ。
「デカいことをしてさ、周りに認めさせるんだ、『こいつを魔物扱いできない』ってさ、そうすりゃ翼を広げて生きていける」
「大手を振って、って言いたいのか?そんなことできるのかよ」
「できるよ、爺ちゃんの孫であるアタシが言うんだ、間違いない」
涙が、零れる。
所詮は8才の子供の言うことだ、根拠もない
でも、僕には、それが、凄く……
「僕には記憶がないんだ」
「おう」
「それを、探しに行きたい」
「それで?」
「お願いだ、イドルム、僕を、守ってくれ」
「それは無理だ、でも、お前の敵を代わりに殴ってやる、んで、自分の事は自分で守るんだ」
なんだよそれ……と泣きながら苦笑する、でも、表裏もない真っすぐな言葉が、僕には響いた。
「今度の誕生日にアタシとレスはギルドってところに行くんだ、爺ちゃんは色々とアタシに知ってもらいたいことがあるらしい、それについてこいよ、そんで、デカいことをするんだ」
「できるかな?」
「やるんだよ!アタシとお前で!」
イドルムは拳をこちらに向ける、少し、戸惑ったものの
「ああ、一緒にやろう、デカいことをして、記憶を探して、友達も探すんだ」
答えは見つからない。
……でも、探すことはできる。
息を吐く。
涙を拭いて、イドルムの拳に僕の拳を、合わせる。
「生きるぞ、僕は」