「傭兵のやる仕事といってもほとんどが雑用さ。荷物運びだったり掃除だったり……魔物の討伐はよほどのことでもない限り頼まれない。正規軍もいることだしね」
「それで、今回はどんな仕事なんですか?イドルムは当面訓練だとは言ってましたが」
「手紙の配達だね、今回は町まで行くからペース早めで行くけど、無理なら早めに言ってくれよ?」
返事をし、歩くペースを早める。
マスター曰く、「雑用任命したからにはまず地理から覚えんとな」とのことで、行きやすい所から覚えていくとのことだ。
「妙だな……ユキノフのスキルを加味しても静かすぎる」
「そうですか?イドルムとレスさんと一緒の時もこんな感じでしたけど……」
「ああ、もう少し魔物の気配があってもいいはずなんだけどねえ」
僕の場合、比較のしようがない。
丁度魔物が活発になる時期に送り出されたらしいけど、いまいち魔物がいるという実感に欠ける。
今まで襲われたことがないというのが大きいが……
「止まれ、何か来る」
合図と共にその場に止まり、いつでも走りだせるように脚は構えておく。
ヒデキさんは進行方向とは別の方向に向かって銃器を構え、叫ぶ。
「僕はヒデキ!傭兵だ!手紙配達の依頼を受けて町に向かっている!そこで止まって素性を言え!」
……沈黙。
何故だろう?どこか懐かしく、慣れ親しんだ気配がする。
なのにヒデキさんは、警戒を段々と強めていっている。
「ユキノフ、いつでも走れるようにするんだ。得体のしれない何かが来る」
有無を言わせない迫力に、僕は何も返せなかった。
ヒデキさんと同じ方角を見ると、木々の隙間を縫うように複数の影がこちらへ近付いてくるのが見えた。
人間ほどの背丈。
だが、その歩き方には妙な違和感がある。
やがてそれらは、木々の間から姿を現した。
先頭に立つのは、白髪に赤い瞳を持つ女だった。
身体を包む黒いスーツはどこかコウモリの翼を連想させる。
その後ろにも男女の姿が続いている。
しかし、頭部が犬だったり、足が異様に細かったりと、まるでファンタジーの亜人を思わせ、誰一人として純粋な人間はいなかった。
だけど、僕が一番目を惹いたのは、先頭の女が持っている黒い剣だ。
見ていると、深い喪失感を覚える。
あれを、回収しなければならないと、僕の中の何かが言っている。
「吸血鬼……ああ、マスターハウスとは違う傭兵集団だ。最近様子がおかしいと聞くが……」
冷や汗を流しながらヒデキさんは説明する。
その間にも、集団は歩みを止めない。
「止まれ!それ以上近づくなら対話の余地なしとみなす!」
足音、同時に銃声が鳴り響き、散弾は確かに女へ命中した。
――だが。
女は、何事もなかったように、歩き出す。
「逃げるぞ!走れ!」
銃を捨て、ヒデキさんは先導するように走り出す。
剣に気を取られていたせいで数瞬遅れ、ヒデキさんの後を追う。
「急にどうしたんですか!?」
「銃が通らなかった!硬いとかそんなんじゃない!これは僕の手に余る!」
叫びながら振り向き、長銃を二挺同時に放つ。
後ろを振り返る余裕はなかったけれど、舌打ちをするヒデキさんの様子で状況はわかってしまう。
「できればこのルートは使いたくなかったが……ユキノフ!スキルは使ってるんだろうな!?」
「はい!ですが、そこまで警戒する必要があるんですか?」
「あるんだよ!ただでさえ扱いがめんどくさい亜人の集まりだってのにその上反乱まで企ててるって話だ!本当なら手も出したくなかった!」
銃を撃っては捨て、撃っては捨てを繰り返しながら走るヒデキさんは妙に焦っている。
銃を大量に持っているのは知っているけれど、湯水のように捨てているのは何故なんだろう?
そして、この世界の事情に明るくはないけれど、なんとなく亜人と関わりたくないというのは伝わってくる。
でも、警告を無視しただけで攻撃した理由を、僕は思いつかないでいた。
「クソ……!しこたまぶち込んでるのに効いてるそぶりすら見せない!このままじゃ……!」
言い終わるが早いか、後ろから小さい何かが飛んできてヒデキさんの方を掠める。
慌てて後ろを見ると、その正体は直ぐにわかった。
コウモリだ、小さいコウモリが大量に女の周りに浮いていた。
どうやらそれを飛ばして攻撃してきたようだった。
僕の方にも何匹か飛んでくるが、ヒデキさんが撃ち落とす。
それでも全ては撃ち落とせずにコウモリの突進を受けてしまう。
掠り傷で済んだけど、思わず足を止めてしまい、止まりきれずに転んでしまった。
ヒデキさんも即座に僕を庇える位置に移動をする。
周りを見ると森を抜け、街道らしき場所に出ていた。
気づけば攻撃が止み、集団の動きも止まっている。
僕たちの足止めが目的だったらしい。
「そこの人間!ケガしたくなけりゃ金板置いていきな……ってうわ!ヒデキじゃねえか!」
「大将の力は見ただろう?何しても無駄なんだよ……ゲエッ!ヒデキ!」
「あれ?あいつヒデキじゃないか……?私だけでも逃げようかな……」
亜人達が好き勝手に叫ぶ、威勢がいい割にはどこか様子がおかしい。
「大将!マスターハウスを敵に回すのはマズイって!」
「言ってる場合か!こうなったらこいつらの口を塞ぐしかねえ!」
一触即発
いつ、戦闘が起こってもおかしくない状況だ。
ヒデキさんはポケットに手を突っ込み、目線で隠れていろ、と促す。
隠れ場所を探すために起き上がろうとしたその瞬間、動きを封じるように矢が眼前に突き刺さる、後ろのほうにいる亜人が撃ったもののようだ。
そして、それを皮切りに、亜人たちが僕たちを抹殺せんと動き出し、ヒデキさんは目にもとまらぬ勢いで銃を乱射することで制圧する、撃たれた亜人は死んではいないようだ。
「お前らなにやってんだ!僕だからいいけど他のやつらだったら魔物認定で殲滅されるところだぞ!」
ヒデキさんの言葉に亜人達が反応する。
「うるせえ!俺たちはいっつも日陰者になってたんだ!これくらいはいいだろ!」
「いつも襲撃に反対してた大将がいきなり乗り気になったもんだから暴れてやってるのよ!」
「というかお前一人でこの人数を押し返してんじゃねえ!どうなってんだ!?その動き!」
どうやらヒデキさんが優勢らしいが、ガシャガシャと積みあがっていく銃の山を見るとヒデキさんにも余裕はなさそうに見える。
そんな僕はというと、その場から動けずに転がっていた。
――ブウン
そんな音とともにスキルウィンドウが唐突に開かれる。
ウィンドウをみるとそこには
【スキルの成長により、呪いや毒への適応が可能になりました。魔剣の呪いにも対応。】
と書かれていた。
……あまりにもご都合主義すぎるが、今のこの状況を打破できるならなりふり構ってられないというのも事実だ。
後は適応を大将と呼ばれている女に付与するだけなのだが、近づく隙がない。
大将が持っている剣を見る。
長さは僕の身長と同じくらいあり、それに反して太さはそれほどでもない。
色は夜を感じさせる黒、だが、白い靄を常に発しており、そのせいで剣の輪郭が若干ぼやけていた。
あれを取り戻さねばならない。
そう考えていると、何かが急速に迫ってくる音が聞こえる。
何かが、僕らが来た方向から迫ってくる。
「GAGYAGOOOOOOOO!!!!!!」
咆哮と共に、茂みが爆ぜ、飛び出してきたのはイドルムだった。
突然の登場に全員が動きを止める。
イドルムは飛び出した勢いで大将に向かって飛び蹴りを放つが、片手で受け止められ、こちら側に投げられる。
「なんでイドルムが……!チィ!」
舌打ちしながらヒデキさんがイドルムを受け止め
「亜人!?まさかあいつらが!?」
亜人達が動揺し
「アジンヲ……マモラネバ……」
大将が、イドルムに意識を向ける
互いの攻撃が止み、静寂が訪れる。
ここだ
立ち上がり、一直線に大将の下へと走る。
咄嗟のことだったので全員反応できていない、射程内に大将を捉え、適応を発動する。
「ぐあ……!ぐう!私から……!離れろ!」
大将が呻き、剣を振るう、僕はそれをギリギリで躱し、慌ててヒデキさんの足元へ滑り込む。
ヒデキさんもイドルムも亜人達も、そして僕も唖然としていた。
離れろと、大将は言った、恐らく呪いのことを指していると思ったのだけど、何か胸の内にモヤっとしたものを感じた気がした。
「ふう…ふう…撤退!撤退だ!」
大将がふらつきながらどこかへ行こうとする。
イドルムは「待ちやがれ!」と追撃しようとするが、それをヒデキさんが止めていた。
亜人達もケガ人を抱えて慌てながら大将を追いかけ、気づけばこの場には、僕らしかいなかった。