「だあああああ!!!やってられねえ!!!」
イドルムの絶叫が辺りに響く。
ギルドに来てからというもの、イドルムは主に身体能力強化訓練……という名の筋トレに勤しんでいた。
それが嫌になって逃げ出したりする辺り、イドルムは8歳児なんだなあと感じる。
ボルトスさんのところで世話になってた頃はこのような癇癪は滅多に起こさなかったんだけど……
「アタシはもっと派手に強くなりたいの!こんな地味なことやってて強くなれるか!」
僕の背中に乗っかってパイプを吹かすマスターに向けて、イドルムが指を突きつける。
僕は今、マスターを乗せた状態で腕立て伏せをしている最中だ。
「何言うとるんや?ボルトスも言ってたやろ?地道な訓練がイドルムを強くするんやって。あーせや、ユキノフはスキル訓練どないや?」
急に話を振られて力の配分を間違えてしまい、腕を下敷きにしながら倒れてしまう。
「うぐ……なんとか複数人への適応ができるようになりました……範囲は変わってませんが……」
「ほなら次はそっちを伸ばすべきやな……んでイドルム、派手に強くなりたいとはいうが、具体的にどう強くなりたいの?」
マスターが意地の悪い声色でイドルムに問いかける。
イドルムも、うんうん唸って答えが出ないようで……あっ目が合った。
「ユキノフ!なんかないか!?」
「ユキノフ頼みかーい」
急に話を振られて困惑する。というかマスターはいつまで乗っかっているんだろう…
「ええと……ブレスの種類を増やすとか?」
「種類?」
イドルムが頭にハテナマークを浮かべる。
「うん、炎だけじゃなくて例えば氷とか雷とか煙とか……色々なブレスを使えれば戦い方に幅が出ていいんじゃないかなって」
「よしそれ採用!早速やるぞ!氷は……息をふーってやれば出るだろ!」
「んなてきとーな……」
マスターが呆れながら僕から降りる。重すぎず、かといって軽すぎず、不快な重さだった。
「ほんでユキノフ、記憶はどうや?少し戻ったんやろ?」
マスターが煙を吐きながら言う。この間の吸血鬼との戦いの際、転生した直後の記憶が少しだけ戻ったのだ。
「はい、僕達を呼んだのは女神、という存在で、スキルは鍛えれば鍛えるほど強くなって、でも僕はここ数日の訓練以外で鍛えた記憶がなくて……」
言い淀んでしまう。転生する前の記憶はどうしても触れたくないからだ。
「言いたくないなら言わんでええわ。それにしても、女神、女神ねえ……」
キセルを咥えてマスターは考え込む。僕が失くしている記憶は、主に転生直後のものだ。どうせなら全部の記憶を失くしてしまいたかった。
「フー!フー!」
イドルムの真っ直ぐさが、とても眩しく思える。僕にはない、その真っ直ぐさが……
「フー!フー!――BYUOOOOOOOOO !!!」
「「嘘だ(や)ろ!?できやがった!?」」
「よっしゃあ!サンキューユキノフ!今度はカミナリを吐くぞ!確かあのバチバチしてビリビリするやつだったな!」
……考えるのが馬鹿らしくなってきた。マスターと二人で次のブレスの特訓に勤しむイドルムを微妙な目で見ていると、誰かがこっちに歩いてくるのを感じた。マスターが「お、ヒデキと吸血鬼んとこのフィンとレゴラスやんけ」と声をかける。イドルムは訓練に夢中でヒデキさんに気づいていないようだ。
「ユキノフ、と、マスター。あれ以来だな」
「やっほーあの時は世話になったわね」
フィンさんが皮袋を抱えながら、レゴラスさんが軽く手を上げて挨拶をする。マスターも「おーう」と、気の抜けた返事で二人を出迎えた。
「話はユキノフとヒデキから聞いとんでー。ユキノフなんか随分と大活躍だったと聞いたぞ」
「ああ、大将の意識も戻って今はバカ供の締め付けをしている。それが落ち着き次第改めて詫びに来る」
「それと、これは迷惑料だ」と、フィンさんは抱えていた皮袋を僕に渡してくる。袋は結構な重さで、なんだろうと、袋を開けてみると中には大量のリンゴがぎっしりと詰まっていた。
完熟しているであろう芳醇な香りが僕の鼻腔を叩きつけ、思わず涎が出てしまう。
「お?リンゴやんけ!しかもこんな大量に!?返さへんぞ?」
「構わない、こんなもので詫びになるかはわからないが……」
「構へん構へん」と、マスターとヒデキさんが横から手を伸ばしてリンゴを取っていく。
普段見ないから意識しないけど、野菜や果物なんかはこの世界だとかなりの贅沢品だ。
リンゴ一個で確か金板2、3枚くらいは必要だった気がする。値段は上下するらしいため、曖昧な値段となっている……それを袋いっぱいに渡してきたのだ。これだけの量を渡してくるあたり、先日の件を相当気にしているのだろう。
「それじゃあ、俺達はこれで」
「よかったら吸血鬼の住処にでも遊びに来てよ。案内するからさ」
そう言い残し、二人は去っていった。
……今更ながら、太陽の下に出ても大丈夫なのだろうか?
「吸血鬼の連中も大変やねえ、こんなもん用意するなんてなあ」
「そうだねえ。ユキノフ、もう一個くれ」
ヒデキさんにリンゴを手渡すと、懐から取り出した小さいナイフで皮を剥き、その端から皮を食べていく。「これが美味いんだまた」とのことらしい。手袋のままでいいのだろうか?
……そういえば、ヒデキさんの戦い方にふと疑問に思ったことがあり、気になったので聞いてみよう。
「ヒデキさんが使ってる銃って、一体どこで手に入れたんですか?それも大量に……」
「んあ?銃?どこで手に入れたも何も、貰い物だよ。使用感とか使った感想を細かく聞かれるけどね」
ヒデキさんの戦闘スタイルは銃と体術を組み合わせたものだ。それもリロードはせずに銃本体を捨てて新しく銃を取り出すという聞く人が聞けば卒倒ものだ。たまにリロードはするらしいが。
おまけにロケットランチャー、バズーカ、ミサイルなどの大型火器も存分に使っている。というか初対面でぶっ放された。
それを貰った?使い捨てられるほどに?
「一体、誰から貰ったんですか?」
「ティフルさ、今は中で事務作業してる」
ティフルさん?あの人魚の?銃と人魚の関連性がわからず、僕は目を回してしまう。
「気になるなら本人に聞けよ、銃を作った本人にさ。おーいティフル!ユキノフが銃について聞きたいってよ!」
ヒデキさんがギルドの建物に大声で呼びかける。少しした後……
「なによ?今休憩するところだったんだけど?」
ガシャガシャと歩行器の音を立てながらティフルさんが現れた。
ミロ=ティフル 種族は人魚。マーメイドやセイレーンではないらしく、本人は自分のことを魚類だと言っている。
ギルドマスターハウスに所属していて、役職は事務員。
普段はマスターが取ってくる仕事を整理したり、報酬の管理やみんなのご飯を作ったりなどをしている。
性格は少しキツく、言葉も強い。
体長……もとい身長は、尾鰭を含めると僕より高く、恐らく180近くはあるだろう。
パーカーを好んで着ていて、今日はエビに翼が生えたプリントパーカーを着用している。エビフライってか。
本来は海中に住んでいるのだが、とある理由により、地上のマスターハウスに世話になっている。移動する際腰辺りにつけている歩行器は自作らしい……
ティフルさんのことを列挙するとこんな感じで、とにかく属性が多すぎる。
そんな人……もとい魚がティフルさんだ。
「んで、銃の何を聞きたいのよ?」
ブレスの特訓をしているイドルムとそれの監督をしているマスターを置いて僕とヒデキさんはティフルさんの淹れてくれたお茶を飲みつつ話を聞くことにした。ヒデキさんは賑やかしだそうだ。
「ええと……何が聞きたいか……ああそうだ、なんで人魚が銃を?」
なんとか捻り出した質問がこれである。
「私が作ったからよ。それと質問を纏めてから聞いてよね」
当然であるようにティフルさんは答える。余計な一言付きで。
「まあそうね……機械式時計は知ってるかしら?といっても、正規軍本部にしかないから知るわけないか。簡単に言うと時間を記号化して正確に測る装置のことよ。私はそれを見て機械製造に目覚めたのよ」
空になった僕のカップにお茶を注ぎながらティフルさんが流暢に喋り始める。僕が聞きたいことを的確に答えてくれ、口はともかく、話はとても分かりやすい。
「と言っても最初は金属の確保が難しくてね……海底に沢山あることに気づくまでは相当苦労したけど、それは置いといて。私の技量がある程度上がった頃、とある人間に会ったのよ」
「その人が、銃の作り方を?」
僕はティフルさんに質問をする。するとわなわなとし始めたティフルさんを見て、ヒデキさんが少し離れ……
「作り方!?んなもん私が編み出したわ!アイツ作り方どころか仕組みすらロクに知らなかったのよ!?カヤクってので鉄の玉を飛ばすって情報だけでどうしろってのよ!本体じゃなくて弾の方が重要だと気づくのにどれだけ苦労したか!」
ティフルさんが捲し立てるように怒鳴る。 どうやら銃の知識を中途半端に得てしまったせいで開発に相当苦労したようだ……
「あーティフル、少し落ち着いてくれ。ユキノフが困ってる」
ヒデキさんがティフルさんを宥め、お茶を飲ませる。息を切らしながらなんとか落ち着くと、「まあ今はなんとか工場を作って私がいなくても量産できるようにしてるけど」と、話を締めた。
「工場が、あるんですか?」
「ああ、僕も一回見たけどアレはすごいぜ?よくわからない機械がよくわからない動きをして気づけば銃や弾ができてるんだ」
「細かいところはどうしても手作業になるけどね……というかなんなのよその感想は」
じゃれつく二人を尻目に思考する。ティフルさんは工場をどこかに構えていてそこで兵器を作っているみたいだ。
以前どこかで正規軍が銃を使っているとのことで、恐らくヒデキさんがそのテスターなのだろう。
あれからテンセイシャ達の情報も入ってない。一度自分から動くべきだろうか……?
少し考えた後、僕は結論を出す。
「ティフルさん、その工場って見学することはできますか?」
「見学?別にいいけど……銃が欲しいならヒデキから貰えばいいのに」
「色々な場所を見て周りたいんじゃないか?んであわよくば人探しできれば……てな所だろ」
……なんで僕の思考がわかって――
「「わかりやすいし」」
遮らないでほしい。
「工場に行くなら余も行くぞ」
ギルドの扉が開かれ、ヌッと、イドルムを担いだ巨体が現れる。
どこか異国を感じさせる赤と白の外套に、黒いズボン。足元は妙に安っぽい靴だ。
それ以上に目を引くのが、腰近くまで伸びたモジャモジャの長髪。そして、いかにも機嫌が悪そうな鋭い目つき。
あの髪と顔を見間違えるはずもない。マグナさんだ。
「少しばかり用事ができた。ティフルが断っても行くつもりだ」
「いや、別に隠すもんでもないから別にいいけど……どうしたのよ?イドルム」
担がれてるイドルムを見るとどうやら息を異様に切らしているようだ。向きのせいで尻しか見えないが。
「ブレスの特訓のし過ぎだ。マスターは気づいたらいなくなっていた」
マグナさんは適当な椅子にイドルムを座らせる。
「ア……タシも……」
「行くんだろう?心配しないでも置いていかないから」
息も絶え絶えのイドルムにそう返し、ティフルさんに向きなおす。
「イドルム回復してからでも大丈夫ですか?」
「マグナ、アンタは?」
「いつでも構わんが、遅すぎるのも困る」
「だ、そうよ」と、ティフルさんは出かける準備をし、「一応僕も行くよ」と、ヒデキさんも準備をする。マグナさんは「出かける時に起こせ」と、安楽椅子に座って揺れ始めた。
以前、畑などは下手に作ると魔物が襲撃してくると教わったけど、武器の工場、それも銃の工場など作って魔物に襲撃されないのだろうか?
その疑問を解決するため、僕はイドルムの回復を待つことにした。
「それで、僕は一体なんでこんなところにいるんでしょうか……?」
「武器工場に行くためだろ?周り見た感じそれっぽいのないけど」
イドルムの調子が戻ってすぐ、僕達は武器工場へと出発した。通るルートは一番危険が少ないルートらしく、当然のように出てくる魔物は出てきた瞬間にヒデキさんとマグナさんによって討伐され、暇しているイドルムは差し障りない程度にブレスの特訓をしていた。
そうして案内されたのは父さんと母さんが昔見ていたサスペンスに出てきそうな崖だった。
崖から下を見ると、波が崖の内側を叩いている。見た感じ岩は無いようだ。
「んじゃあ先に行ってるよ。銃と弾の補充も早くしたいしね」
そう言うとヒデキさんは僕の隣に立つ。
「あの、行くってどこに行くんですか?」
「海の者の住処さ」
言い終わるや否や、ヒデキさんは脚に力を溜めると、そのまま崖から身を投げた。
あまりの衝撃に僕はその場で尻餅をつく。
「おい!ヒデキ飛び降りちまったぞ!?」
「それでいいのよ、だって武器工場は海中にあるんだもの」
僕が何か言う前にティフルさんは歩行器を外してパーカーを脱ぎ始める。黒い地肌が見え、僕は慌てて目を閉じる。
「じゃあ私も先行ってるわ」
そう言うとティフルさんも身を投げていく。イドルムも口を開いて絶句している。
「歩行器とパーカーはそのままにしておくんだったな……なにを呆けている。さっさと行かないか」
残ったマグナさんはまだ動けないでいる僕とイドルムを引っ掴むと、そのまま崖下に放り投げた。その動きは自然すぎた。
周りの動きが妙にスローに見える。イドルムは崖上に向かって何か叫んでいるようだ。
下を見ると、水面が僕等を迎えようとしている。
瞬間、衝撃と共に水音が僕の鼓膜を叩いた。水面に上がろうともがくが、手と足はうまく動かない。
準備無しに投げ込まれたため、すぐに息を止めるのも限界になり、僕は水を……
吸い込まずに息を吸っていた。
「ブハッ!ッハーッハー……一体どうなって……息が、息ができる?凄い、これなら海中に工場があるのも納得だ……そうだ、イドルム!イドルムは……」
慌てて周りを見渡す。イドルムはすぐに見つかった。両脇を見たことがない人魚に抱えられて。すぐ側にティフルさんがいたので恐らく、ティフルさんの関係者なのだろう。落ち着いてみると結構な人数がいた。
でも何故だろう?人魚が僕を不審な目で見つめている……
「ティフル様ー、こいつ、人間なんですよねー?なんでこいつふつーに喋ってるんですかー?」
「あー……それはね……詮索しないで、命令よ。あとユキノフ、ちゃんと呼吸と会話ができるところがあるのよ。今からこの子達に案内させるから……」
ティフルさんが合図をすると、人魚の一人が僕の側に来て、手を引いてくれる。
その手は、何か汚いものを、触れるような手だった。
先に潜ったヒデキさんと、イドルムは丁寧に、運ばれていた。
恐らく、僕が海中で息をしていることに不信感を持ったのだろう……
そういえば、僕のスキルって適応だったな……