吸血鬼たちが撤退した後、その場に残された僕たちはひとまず町まで向かうことにした。
「なんとかなったけど、これで終わりだとは思えない。早く町まで向かおう」と、ヒデキさんは捨てた大量の銃を回収し始める。
「ところで、なんでイドルムがここにいるのさ?当面の間特訓と勉強をするって話だったはずじゃ?」
僕は冷や汗をかきながら目を逸らすイドルムをジト目で見つめる。
「いや……逃げたわけじゃないから……ユキノフが何してるのか気になって追っかけてきただけだから……というかあれだ!アタシがあそこで飛び出したから何とかなったんだろ!寧ろ感謝してくれ!」
見事なまでの開き直りである。
僕は思わずため息をつき、ヒデキさんはというと爆笑しはじめ、イドルムはばつがわるいのか、顔を背けて無駄に上手い口笛を吹いている。
「どうしましょうか?」と、爆笑しているヒデキさんに聞くと、「一緒に連れて行こうぜ。一人だけで帰るのも危険だしさ」という返事が返ってきたので、一緒に町まで向かうことになった。
「そういえばさっきこのルートは使いたくないと言ってましたが何か理由でもあるんですか?」
途中、ヒデキさんが零した言葉が気になり、問いかける。
「この辺りは魔物が異様に強いんだ。今はこうやってイドルムと協力して討伐できてるけど、僕だけじゃ逃げるので精一杯なんだよ、本当はさ」
撃ち終えた銃をポケットにねじ込みながらヒデキさんは乱暴に答える。イドルムはというと倒した魔物に喰らいついていた。
おやつが欲しかったらしい。
イドルムが食べ終わるのを待っている途中、ずっと見えていたものに目を向ける。
そこには、黒く、ところどころ崩壊の跡が見える、とても大きな城が聳え立っていた。
「あれは通称アンノウンキャッスル」
名称を、頭の中で何度も繰り返す。
「いつから、あるんですか?調査とかは、されてるんですか?」
なんとか言葉を紡ぐが、なぜか、舌が回らない。
「さあ?誰がなんの目的で建てたのかもわからないし、中には魔物がうようよいるってことくらいしかわかってない。まさにアンノウンってね」
「んで、このカイドー?があの城まで続いてるってことだな?」
ヒデキさんが説明し、イドルムが補足をして、「そうだ、あと街道ね」と、ヒデキさんが肯定する。
「食べ終わったならさっさと行くぞ、これ以上は相手にしてられない」
「わかった!ユキノフも早く来いよ!」
二人はぼうっとする僕を置いて城と反対方面に向かって歩き出す。
……どうしてだろう、あの城を見ていると胸がざわざわして、今にも壊したくなる。
その感覚はとても不快で、それから逃れるように僕は二人の後を追ったのだった。
それからやけに遭遇する魔物をイドルムとヒデキさんで処理しながら半日かけ、日も落ちるころに、僕たちは町についた。
僕が想像していた町というのは、魔物の襲撃を防ぐための囲いがあり、出入りするための門には町を守るための衛兵がいる……という創作でよくある形の町だ。
だが、僕の目の前には、守るための囲いではなく、乱雑に並んだ様々な大きさの家が立ち並び、そこかしこから煙が上がり、その元を辿ると大量の魔物肉が調理されているのが見える。……人型の肉に見えたのはこの際気にしないことにする。
その真ん中を闊歩するのは様々な動物……もとい、異世界の住人である。
ある犬は大声で食料配給を呼びかけ、ある虎は行商の呼び込みをしており、ある牛の親子は家屋のドアを開けて中に入っていく……
ともかく、この町は異世界にあるような町ではなく、どちらかと言えば、元の世界の繁華街を感じさせた。
「それにしてもこの世界にも通貨ってあるんですね……虎の行商人……人?がいるなんて」
「よく知ってるねユキノフ。通貨が出回り始めたのなんて極々最近だってのに」
「そうなんですか?」
「ああ、つっても勝手に僕ら傭兵が作ったものなんだけどね」
「えー?そんなんマスターから聞いてねえぞ?」と、割り込むようにイドルムが話す。
「管理が面倒なうえに金板と違って食料と交換できないからね……正規軍も導入してくれたらいいのになあ」
と、いつの間にか取り出した金貨を弾きながらヒデキさんがぼやく。
「それが通貨ですか?」
「そう、これが20枚で金板一枚分って傭兵の間で決まってるんだ。あの行商も傭兵で、扱う品物も傭兵向けだ」
「折角だし見てみたい!」と、止める間もなく走っていくイドルム。
「とりあえず休めるところに行こう、当てがあるんだ」と、ヒデキさんが道案内をする。
ヒデキさんが入った建物は、イドルムが夢中になって商品を見ている虎の行商の隣だった。
スイングドアを開けて、中に入ると、いくつかのテーブルに様々な住人が居つき、カウンターにもまばらに並んでいる。
……人でないものが多いが、慣れの問題なので気にしないことにする。
ヒデキさんはズカズカと店内に入り、僕もそれに続く。カウンターに着くと懐から手紙を取り出し、店主らしき人間に渡し、反対に金貨を5枚ほどカウンターに置かれ、それをヒデキさんが回収する。
どうやら手紙の配達先はここだったらしい。
「紹介するよ、彼はユキノフ、マスターハウスの新入りでなんと雑用の役職付きだ」
「ええと……ユキノフです。雑用をやらせてもらっています」
ヒデキさんに続いて挨拶をする。役職なんだ、雑用って。
「……そうか、ここは傭兵の溜まり場だ。依頼が欲しければそこに貼ってある。飯や酒が欲しいなら金貨をもってこい。ないなら金板からの両替も受け付けている」
嫌に低い声で説明を受ける。どうやらここはギルドのようなところらしい。
「うちの場合、依頼の斡旋やら食材の用意やらは全部マスターがやってくれるけど。ここじゃ自分でやらなきゃいけないのさ」
「そういうことだ。食材の持ち込みも受け入れているが、調理は俺がやるし金もとる」
なるほどと、僕は納得する。
「折角だし奢ってやるよ。こいつで好きなの頼みな」と、ヒデキさんはさっきの金貨の内、3枚ほど僕に渡し、1枚を店主に渡す。
すると、店主がヒデキさんにコップ一杯のドリンクを差し出した。匂いからして、恐らく酒だろう。
それにしても、金貨という名前の割にはそこまで価値はないようだ……
一週間分の食料と交換できる金板の二十分の一。そう考えれば妥当な価値なのかもしれない。
それはそれとして、せっかく奢ってもらえるのだ。ありがたく使わせてもらうことにする。
……もちろん、未成年なのでソフトドリンクだ。異世界に法律はあってないようなものだけど。
「じゃあ、これで二人分の飲み物を……お酒以外でお願いします」
「あいよ」と、二つのコップが出される。中には白い液体が入っており、慣れ親しんだ香りが鼻孔をくすぐる。
試しに飲んでみる。その正体は牛乳だった。
口当たりは軽いのに、後から濃厚な甘みが広がる。 こんな牛乳は飲んだことがなく、とんでもなくおいしい!
これで冷えてさえいればよかったのだけど……
「安い飲み物なんてそんなもんさ、稼げばもっといいもん飲み食いできるぜ?バナナを加えたりとかさ」
「そんな高級品ここにあるわけがないだろう」
店主があきれたように呟き、ヒデキさんが快活に笑う。
そういえば、イドルムはどうしているのだろう。
そう考えた瞬間、入口のドアが乱暴に開け放たれ、「ユキノフ!ヒデキ!虎のおっちゃんにナイフ貰った!ヒデキのツケ?でいいって!」と、イドルムが大型のナイフを掲げながらこちらに駆けてきた。
ヒデキさんの顔が凍りつき、そこかしこからクスクスと笑い声が上がり始める。
僕はイドルムに「おいしいよ、これ」と、牛乳を差し出す。「おう!サンキュー!」と、牛乳を一息に飲み干すと、白くなった口で「うめーな!これ!」と、のんきな感想を口にする。
「後で覚えてろよ虎の奴め……」と、聞こえたのは気のせいだろう。
「それで、あいつらはなんだったんだ?」
ひとしきりナイフを自慢して満足したのか、イドルムが話を切り出す。
先程襲ってきた連中、吸血鬼のことだろう。
「元々はなんかの本のファンの集まりらしかったんだけど、規模がデカくなるにつれて傭兵業にも手を出した連中だ。僕も何度か一緒に仕事をしたけど、メンバーの質に差がある。まともなやつもいれば、さっきみたいなやつもいるが……」
ヒデキさんが酒を傾けながら言う。
「それにしてもだ。過激なやつらも居るけど大将の方針で決して他種族を襲わないはずだ、なんでまた僕らを襲ってきたんだ?」
「それについては、俺から話そう」
その言葉に反応したように、騒がしかった店内がしんと静まり返る。
その中で、二人の亜人が席を立ち、こちらへ歩いてくる。
一人は全身が毛むくじゃらで犬の頭をした亜人。ワーウルフだろう。
もう一人は全身を防具や服で覆っているものの、覗く金髪と特徴的に尖った耳から、恐らくエルフだと推察した。
イドルムが襲い掛かろうとするが、ヒデキさんに「ここじゃ戦闘はご法度だ、抑えろ」と、制止される。ヒデキさんは警戒を解かず、二人を鋭く睨みつけていた。
「失礼、俺はワーウルフのフィン。こっちはエルフのレゴラスだ」
「よろしく、ヒデキは知ってるけどそこの二人は……?」
「……イドルム。ドラゴンの亜人」
「僕は、本田幸信です。一応、人間です。」
互いに自己紹介を終えると、ヒデキさんは「早速だけど」と、話を進める。
「フィンとレゴラスは大将の側近でね、何度か喧嘩したこともある。……で、吸血鬼の中でなにがあったんだ?」
僕たちへの説明も兼ねつつ、ヒデキさんはフィンさんへ問いかける。
フィンさんは少し悩んだそぶりを見せ、声量を抑えながら口を開く。
「……迫害、とまではいかないが俺たちが冷遇されているのは知っているな?俺たちの中でもそれに強く反発する奴らが少し前から大将に直談判していた」
転生する前によく見た異世界小説でよくある話だ。亜人は冷遇される運命にでもあるのだろうか?
僕はそんな考えをしつつも、僕らが襲われたことや、彼らのセリフを思い出し、恐らくどこかへ襲撃をするのだろうと推察し、質問を投げかける。
「襲撃を……ですか?でも、どこに?」
「正規軍本部だ」
「正気か?」
ヒデキさんがツッコむ。僕たちの世界で言えば、政府そのものに喧嘩を売るようなものだ。 正気を疑われるのも当然だろう。
「残念ながら正気でバカそのもののしでかしをしようとしている……ところだったみたいだな」
「襲われたのが僕らでよかったよ、本当に」
「よくねえよ!あいつらユキノフとヒデキを殺そうとしてたんだぞ!?」
ヒデキさんが溜息を吐くようにつぶやいた言葉に対し、イドルムが噛みつく。
確かに、襲われた側としてはたまったものじゃない……
「だけどお前らのところの大将は猛反対してたろ?どんな心変わりがあれば僕らを襲うことになるんだ?様子も変だったぜ?」
「そういや確かに。なんか離れろーとか言ってたような気がするな」
ヒデキさんとイドルムの発言を受け、フィンさんが考えるそぶりをする。
「やっぱりアレが関係してるんじゃない?」
「俺もそう思うが、流石にないだろう……」
と、今まで発言していなかったレゴラスさんの言葉にフィンさんが反応する。
……あの時感じた違和感。そして、あの剣。無関係だとは思えなくて、二人に問いかける。
「もしかして、なんですけど、大将が持っていた剣が原因、ですか?」
「「!?」」
フィンさんとレゴラスさんが目を見開いた。 僕の言葉よりも、僕の様子に驚いたように見える。
「ユキノフ。確かに僕もあの剣は怪しいと思ったさ。でも直接の原因ってことはありえないよ」
「でも、こういうのって魔剣の呪いが原因っていうのがお決まりじゃないですか」
「何が定番なのかわからないけど、ノロイ?ってのが剣とどう関係するのさ?」
ヒデキさんが呆れたように肩を竦める。改めて言われると言い返せないが、この人に言われるのは釈然としない。
「……大将の様子がおかしくなったのは、あの剣を大将がどこかから持ってきてからだ」
「その、ノロイ?だっけ?それがなんなのかはわからないけど、いきなり豹変した理由だと、私は思うのよ」
二人が話すのをヒデキさんは興味なさげに聞く。これ以上関わりたくない。といった具合に。
「頼む。どうか、大将を止めてくれないだろうか?無論報酬は払う」
「駄目だ、どういう仕組みかはわからないけど、アイツには銃が通じなかった。いいか?通じなかったんだ。僕にはどうにもできないね。周りの奴らならどうとでもなるけどさ」
「大将さえなんとかできたら考えてやるよ」と、ヒデキさんは言いたいだけ言うと、これ以上話をする気はないとばかりに酒を追加注文した。
どうにか、大将を救い、あの剣を回収したい。でも、僕にはその手段がない。
どうするかと思案するも、いいアイデアが浮かばない……と、手詰まりを感じた時だった。
「なあユキノフ、適応でノロイって奴なんとかできたりしないか?」
先ほどからうんうん唸っていたイドルムが声をあげる。
「うん、できる。さっきイドルムが言ってた離れろっていうのも僕が大将を適応下に入れたからだし」
「じゃあよ、ノロイをなんとかしてから剣をぶっ壊せば攻撃も通じるんじゃねえ?」
確かに、試す価値はあるだろう。
だけど僕とイドルムだけでは、あの大量の吸血鬼達に対処ができない。
「……無論、俺とレゴラスも戦うつもりだ。元はと言えば身内の不始末だしな」
フィンさんが、硬い口調で告げた
「大将は、俺が殺す」
ー言葉を受け入れるのに若干の時間を要する。
殺す?誰が?誰を?
「殺す……んですか?」
震える口で言葉を紡ぐ。
「ああ。元に戻る保証もないしな」
この世界は生命の価値が低い。
魔物が存在し、他人が襲われて生命を落とし、反対に魔物を殺す。
だけど、助けられる人を殺すというのは……
「襲ってきたら魔物」
ヒデキさんが僕の思考を遮るように話す。
「常識だ。それ以前にあいつらは正規軍への襲撃計画を立てていて、大将も今は乗り気だ。殺すなら早い方がいい」
確かにそうだ。
言い換えればテロリストに対して殺すなと言っている僕のほうが【この世界】では、異常なのだろう。
でも、それでも、助けられるのなら、助けたい。
それを言葉にしようにも、口にできずに……
「ならアタシとユキノフだけでやる。ヒデキはすっこんでろ」
イドルムが言葉を紡ぐ。
「ユキノフ、アタシはどうすればいい?」
イドルムの目が真っ直ぐに僕を見る。信頼している。そんな目だ。
「……僕が大将の動きを止める。その直後にイドルムは剣を破壊してほしい。それで、なんとかなるはず……だと思う」
「ハッキリしねえなあ……まあいいや、フィンとレゴラスだっけ?悪いけど露払いをしてくれよ、あとは何とかするからさ」
「それはありがたいが……大将は、助かるのか?」
フィンさんが疑うような、それでいて縋るような口調で問いかける。
「わかんねえけど、ユキノフがそうしたいっていうんだ。なら、アタシにできることをするまでさ」
「できるなら、誰も殺さずに、済ませたいです。理由は説明できませんが、それでも、そうしたいんです」
イドルムがそう断言し、僕もそれに続く。
僕とイドルムの言葉を受け、二人は涙を流しながら礼を言う。
「ありがとう……だが、無理だけはしないでくれ」
「そう言ってくれてありがたいけど、殺すのがむりなら、私たちに任せて、離れてて」
「それじゃあ早速行くぞ!
つっても居場所がわからねえや」
ずっこけそうになるのをフィンさんに支えてもらう。
「恐らくアジトで機を窺っているはずだ、案内するから着いてきてくれ」
涙を拭ったフィンさんが黒いマントを翻し、出口へと向かい、レゴラスさんとイドルムもそれに続く。
僕はヒデキさんを見るが、こっちを見もせず手をヒラヒラさせ、「気が向いたら助けてやるよ」と、グラスを傾けていた。
「んで、ヒデキのやつは来なかったわけか」
「うーんどうだろう……後で来そうな感じはするけど……」
「できれば来てほしかったがな、ヒデキが味方につくなら安心できる」
走りながらイドルムとフィンさん、そして僕が会話をする。
……走りながらといっても僕はまだ皆の走る速度についていけないのでレゴラスさんに背負われているのだが。
「んで、全員で強襲して混乱のうちに全部片づけるんだよな?」
「ああ、なるべく俺たちだけで片づけるつもりだ、無理はしないでくれ。特にユキノフ」
名指しである。仕方のないことだけど。
そんなことを話していると、目的地が見えてきたらしく、「一気に仕掛けるぞ!」と、フィンさんの号令と共に走る速度が上がり、僕は思わずレゴラスさんにしがみつく。
「ちょっと!どこ掴んでんのよ!」
レゴラスさんが何か叫んでいるが、気にしてる余裕はなかった。
顔を上げ、獣道の奥のほうを睨みつける。
そこには、あの時僕たちを襲撃した吸血鬼達。怪我人の手当てや談笑などをして、思い思いに過ごしている。
そして、その中央に、剣を離すまいと抱え、周りの吸血鬼から話しかけられてもそれを無視している―
大将だけが、僕たちを見つめていた。
「気付かれました!来ます!」
僕が叫ぶと同時に、大将が突っ込んでくる。僕を除いた三人はそれぞれ回避行動をとる。
強襲は失敗した。
「いつまで掴んでるのよヘンタイ!」
レゴラスさんに投げ捨てられ、地面に転がる。その最中に奥の吸血鬼達がこちらに向かう様子が見えた。
なんとか立ち上がり、大将の方へと走り出す。それを阻止せんと矢玉が僕めがけて飛んでくるが、それはレゴラスさんが放つ矢によって撃ち落された。
その隙に大将に肉薄し、スキルを発動させる。
「適応……発動!」
直後、大将は頭を抱えて叫びだす。どうやら適応は無事通ったらしい。
剣を落とし、大将はその場に蹲り、動かなくなる。
後は!
「イドルム!」
「おう!」
僕がイドルムに合図を出し、イドルムが剣に向かって飛び出す。
それを察知した吸血鬼たちがイドルムの行動を阻止せんと動きだすが……
「レゴラス!止めるぞ!」
「ええ!」
二人の爪と矢によってそれを止められる。
二人が食い止めている間にイドルムが接近し、爪が、剣を砕く。
瞬間、剣から白く輝く、人魂のような、何かが飛び出し、僕に向かって飛んでくる。
「ユキノフ!?」
避ける暇もなく、それは僕の中に入り、目の前が真っ白になって、過去のものと思われる光景が、脳裏にフラッシュバックする……
『私は女神……貴方達をこの場に呼んだ者……』
確か、僕たちは呼ばれて……
『スキルっていうのは方向性によっては攻撃にも防御にも使えるらしいんだよね』
スキル……僕のスキルはいつ成長したのだろう……
『私、何か悪いことしたかな……?』
お前には、何も、言いたくない……
「ユキノフ!おいユキノフ!」
イドルムの問いかけに僕はぼんやりと返事する。
時間は全く経っていないのか、大将は倒れたまま、真ん中から折れた剣が転がっていて、戦闘はまだ続いているようだった。
気づいたら周りは吸血鬼たちに囲まれ、イドルムが持っていたナイフはへし折れてそこらに転がっていた。
「大将は倒れた!これ以上戦う必要はないはずだ!」
「うるせえ!お前らこそ戦う必要ないだろ!亜人だろ!」
「誰か大将を回収しろ!あいつらに渡したら終わりだ!」
フィンさんとレゴラスさんだけで戦線を支えているらしい。レゴラスさんは弓を放つことに集中し、こちらへ声をかける余裕もない。フィンさんも息を切らしながら吸血鬼たちを薙ぎ払っていた。
急いでこの場を離れようとしたけど、立ち眩みがして、うまく歩けないでいる。
「イドルム……僕を安全な場所まで……」
「わかってる!お前はよくやった!」
イドルムに雑に担がれ、腹部が圧迫される。何かがこみあげてくるのを堪えつつ、これからくる振動に備えようとしたとき……
「すまん!抜かれた!」
「よくも大将を!死ねえ!クソガキがあ!」
大ナタが、僕とイドルムを、両断せんとしていた。
「気になって後をつけてみたら中々おもしろい状況になってるじゃないか」
ズドン!という音と共に、鉈が真ん中で折れ、僕の頬を刃が掠めながら飛んでいく。
間髪入れずにズドン!と、音が鳴り、攻撃してきた吸血鬼が倒れ、僕は音のほうを見る……
そこには、長銃を片手で構えるヒデキさんが立っていた。
「よう、どうやらうまくやったみたいじゃないか、ユキノフ」
「ヒデキさん!」
「ヒデキ!?お前来たの!?」
「大将さえなんとかできたら考えるつったろ?それよりもイドルム、さっさとこっち来てユキノフを下ろしてやれ、苦しそうにしてるぞ」
「あ、わり」と、イドルムが軽く返事をしてヒデキさんの下へ行き、雑に僕を下すと、ヒデキさんの登場によって静かになった戦場へと向き直す。
「今更何しにきやがったヒデキ」
「決まってんだろ?止めに来たんだよ、バカ共をよ。大将をどうするか考えてるうちに全部終わってたみたいだけどな」
「全部終わっただと!?」
「ああ、全部さ、お前らは最初からものの数じゃねえ。それに、見てみろよ、大将を」
僕はふらつく足でなんとか立ち上がり、大将を見る。
特に変わった様子はないように見えるが……
ズドン!
ヒデキさんが銃を撃つ
誰もが一瞬動きを止めた
大将の首からは、一筋の血が流れていて、その真横に、弾痕が存在していた
大将は、無敵でなくなったのだ。
「猿からの伝言だ、〈そのまま何もしないなら見逃してやる〉ってよ。僕も思うところがないわけじゃなくてね……
かかってこいよ、今度は殺してやる」
ポケットから銃とロケットランチャーを出し、吸血鬼たちを威嚇する。
それをきっかけに、吸血鬼達の戦意が落ち着いていき、気が付けば誰も、戦おうとはしていなかった。
「え、これで終わり?アタシ剣ぶっ壊しただけなんだけど?」
終わったのだ、ヒデキさんの介入によって。
「それで?結局何事もなかったって話になるんだっけ?」
「そう不貞腐れるなよ、その分迷惑料ってことで金板をこんなに貰ったんだ、これ以上は贅沢ってもんだ」
ギルドへの帰り道、怒りながら前を歩くイドルムをヒデキさんが宥める。
聞いた話によると、あの時戦った吸血鬼たちの中には無理やり戦わせられた者たちもいたらしく、それらが今回の騒ぎの首謀者を突き出すという形で終わるとのことだ。
ヒデキさん曰く「面倒だから何もなかったってことにしときゃいいよ」とのことだけど……
「納得しきれないですね……なんというか」
「傭兵やってたらこんなことはしょっちゅうさ。むしろきれいに片付いたほうだよ。僕らがしなきゃいけないこともないし」
「どうせならアタシは大暴れしたかったよ」
イドルムが石を蹴りながらつぶやく、ヒデキさんは見えてきた建物を見据えて
「暴れるってだけならこれからできるじゃないか」
「これからって?」
「ほら、あそこ見てみ」
ヒデキさんに促され、ギルドを見る、そこには
「ほーう暴れたりんってか……ならワイがつきおうたるわ……朝方の分もな!」
ブチギレているマスターが角を伸ばして立っていた。
このあと、イドルムの叫び声であまり寝れなかった。
あまりにも、今日は濃い一日だった……
「んでヒデキ、どやった?」
「ああ……女神のことだろ?手紙の通り、ユキノフがなんとかしたと同時に大将に攻撃が通るようになった。そんで、あんな光景を見た以上信じざるを得ないよ。全く、面倒なことに巻き込まれたもんだ……」
「せやなあ……ボルトスの奴め、恨むぞほんま……」