「本当にごめん、うちの子には言い聞かせとくわ」
「ごめんなさーい、不思議な人間のかたー」
「いえ……気にしてないので大丈夫です……」
謝るティフルさんと人魚に連れられて僕達は海中を渡っている。
道中でティフルさんが事情を説明したらしく、人魚の対応も、柔らかいとまではいかないが普通の客人に対するものになっていた。
「それにしても、結構潜るんですね。僕はともかく、他の皆は大丈夫なんですか?」
「もちろん大丈夫じゃないわ。だからこいつを使って息を保ってもらってるの」
そう言いながらティフルさんはどこかから黒い何かを取り出す。見た感じ、昆布のようにも、わかめのようにも見える。
「こいつはふくらし昆布、口の中に入れとくと新鮮な空気を出してくれるのよ。あんたには必要なかったみたいだけど」
どうやらこの世界には、こんな都合のいい植物まであるらしい。
魔物の定期襲撃以外での異世界を感じさせる要素は久しぶりな気がする……
「ちなみに食ったやつの腹が面白いくらいに膨らんだのが名前の由来ね」
そんな恐ろしいものを食わせようとしたのかこの人。
「そんなこと言ってたらそろそろ着くわね、眩しくなるから目、閉じてなさい」
言われた通り、目を閉じておき、人魚に引っ張られる感覚に身をゆだねる。
すると、瞼越しでもわかるほどの強烈な光が目を刺激する。
刺激に耐えながらなんとか目を開くとそこには――
「ようこそ!海の者達の海底都市へ!」
暗い海を照らすほどの光を放つ、見事な都市が広がっていた。
「すげえ!水の中なのに息ができる!」
「凄いでしょ?水の中だから普通に泳げるし、なにより明るいってのがいいのよね。一部からは不評だけど」
都市の中をティフルさんの案内で進む。都市の中は石造りの建物が並び、どことなく荘厳さと神聖さを感じさせる。都市の外から見えた強烈な光とは裏腹に、内部は石そのものが淡い光を放っていた。明るすぎず、かといって暗くもない、絶妙な明るさに包まれている。
「何度か来たことがあるけど、いつ見ても見事なものだねえ。つっても、マグナは初めてだっけ?」
「ああ、実際に来るのは初めてだが……なるほど、移設したのか」
マグナさんの言葉に、背泳ぎで泳いでいたティフルさんが固まる。
「なんでアンタがそのことを知ってんのよ」
「さて、な」
そのままズンズンと歩いて行くマグナさんにティフルさんは頭を叩きながら追いかける。
移設したという話も気になる。
だが、それ以上に、マグナさんがそれを知っていることが気になった。
「あの、ヒデキさん、マグナさんって普段何をやっているんですか?不在の時が多くて、聞く機会もなくて……」
「魔物の討伐がメインって言いたいけど、最近マグナが何やっているのかわからないんだよね。気づいたら居なくなってることも多いし、何やってるんだろうね」
魔物の討伐依頼が傭兵に回ってくることは少ない。だから、それをメインにしているマグナさんは、普段ならギルドで暇をしていてもおかしくない。なのに、マグナさんをギルドで見た記憶はほとんどない……
「ユキノフ!見ろよあれ!遠くからでも凄かったけど近くで見るともっとすげえぞ!」
僕の思考を遮るようにイドルムが僕を呼ぶ。
促されて見上げると、周りの建物よりも一回り、いや二回りも大きく、ただそこに佇んでいるだけで自然と頭を垂れてしまいそうな建物が、都市の真ん中に鎮座していた。
「あ、ティフル様ー、おかえりなさいませー。そちらはお客様ですかー?」
「ええ、いつものヒデキと、そこのデカブツがマグナ、角が生えたのがイドルムで、冴えないのがユキノフ」
酷い言い草だ。
「とりあえず、工場に案内するから着いてきて。面倒だから逸れないように」
そう言って、ティフルさんが進もうとし、そのまま硬直する。
すると、ティフルさんの前から、とても優しげで、どこか高貴な声が聞こえてきた。
「あら、ティフル。珍しいですね、ヒデキさん以外のお友達を連れてくるなんて。初めまして。私はティフルの母親の、ミロ=カロスと申します。どうか、カロスとお呼びください」
ティフルさんとは対照的な短い銀髪に濃い蒼の瞳。そして、ティフルさんと同じ黒い肌をした、美しい人魚が僕らに挨拶をする。 その美貌に一瞬、言葉を失ってしまう。
「あら、お母様。お久しぶりです。こちらは、ギルドでお世話になっているマグナ様。そして新しく加入した、ドラゴンの亜人のイドルム様。人間で雑用のユキノフ様です」
ティフルさんが急に背筋を伸ばし、聞いたことない声色と口調で僕らを紹介する。先ほどの酷い紹介はなんだったのか?皆を見ると、ヒデキさんとマグナさんは肩を震わせて笑いを堪え、イドルムはぽかーんと口を開けている。
「ふう……ティフル、貴女は相変わらずのようですね……」
「な、なんのことでしょうか、お母様」
眉間の辺りを押さえるカロスさんと無理矢理取り繕うティフルさんを見て、ついジト目になってしまう。
「こんな娘ではありますが、どうか皆様、ティフルをよろしくお願いします。それとティフル、話がありますから後で私の部屋に来るように」
ティフルさんが何か言いかけるが、カロスさんが目でそれを制すると、観念したかのように項垂れて返事をする。
僕らに向かって綺麗なお辞儀をすると、カロスさんは建物の奥へと泳いで行った。
「話くらい合わせてもいいでしょ!?」
「いや……無理だって……アタシの知るティフルとマジで違いすぎるし……」
「すみませんティフルさん……僕もあの変わりようは擁護できません」
建物内にはしっかりとした通路や階段もあり、僕たちはティフルさんの案内で進んでいく。
僕は、水中を歩くことに慣れていないイドルムに時折手を貸していた。
「身内に見られても恥ずかしくない振る舞いを心がけないからそうなるのだ。諦めてカロスとやらの折檻を受けるのだな」
「カロスさんみたいなことを言うねマグナ……というかユキノフもそうだけど、妙に歩くの上手いね、僕も慣れるまで少し時間かかったのに」
マグナさんとヒデキさんがそう呟く。
忘れがちだけど、ここは水の中であり、気を抜くと浮力の関係か、すぐ浮いてしまうのだ。僕はスキルによって適応しているためなんともないが……
「まあいいわ……とりあえず工場まではもうすぐだけど、不用意に歩き回ったりしないでね。機械に巻き込まれたら焼き魚やスルメじゃ済まなくなるから」
僕たちは妙な言い回しをしながら進むティフルさんについていく。
階段を下り、石造りの扉を複数開け、やがて、水の中でも聞こえる、慣れ親しんだ、機械の音が聞こえてきた。
「ほんじゃま、ようこそ。私自慢の海底兵器工場へ」
最初に見えたのはベルトコンベアに乗って運ばれる銃弾らしきものであり、それをヒラメのような魚が仕分けている。
次に目にしたのは、とても大きな動力炉のような何かであり、それをタイのような魚が他の魚に指示を飛ばしつつ、操作している。
奥に見えたのは海藻らしきものを死んだ目で貪る魚達の姿で、食べ終わるとあちこちに泳いでいく。
なんという汚い竜宮城だ。
「何度見ても壮観だねこりゃ」
「街中に魚の姿が見えなかったがここで働いていたのか……」
「すげー、ヒデキの言う通り、よくわかんないや」
それぞれが感想を口にする。僕が言いたかったことを全て言われたので黙るしかなかった。
「街中に魚の姿がなかった……?まあいいわ、とにかく、設備見るなら私の親衛隊の案内に従って頂戴、私は用があるからまた後で合流しましょう」
「僕、何か弁明した方がいいですか?」
「遅いのよユキノフ、んなこと気にするなら銃の撃ち方でも教わりなさいな。
親衛隊二名!」
急にティフルさんが叫ぶと、入り口で見たような人魚が二人ほどこちらに泳いでくる。
ティフルさんより一回り小さく、くすんだ白のショートヘア、濃い青色の肌。手には小型の小銃のようなものを持っている。
「お呼びですかーティフル様ー」
「こいつら適当に案内してやって、私は街の様子を見てくるわ」
ティフルさんはそう言い残すと僕たちが通ってきた方向とはまた別の方へと泳ぎ出す。
どうやらティフルさんにしかわからないルートがあるようだ。
「じゃあどこに行きましょうかー」
「弾の生産ラインは見てても面白くないのでー銃の本体の製造かてーなんてどーですかねー」
親衛隊と呼ばれた人魚がそれぞれ話し合っている。
それに疑問を抱いたイドルムが「なあなあしんえーたいってなんだよ?」と、口にすると――
「ティフルが作った……ちょっと特殊なギルドのようなものです」
後ろから、カロスさんの声が聞こえて来て、振り向くとその本人がそこにいた。
「あ、カロス様ーそのー、ティフル様はですねー」
「知っています、見てましたから。お客様を放っておくのは今回に限ってはいいとして、私の部屋に来るようにと言ったのに……」
額を手で押さえて首を振るカロスさんはどこか哀愁が漂う。
……一体いつから見ていたのだろう?
「仕方ない、ユキノフさんは私が案内します。貴方達は他の皆様をお願いしますね」
そう言うとカロスさんは、僕の両肩を掴んでどこかに連れて行こうとする。
「おいこら!ユキノフをどこに連れて行く気だ!」
勿論イドルムが黙っているわけもなく、僕とカロスさんを追いかけようとするが……
「安心してください、悪いようにはしません。彼も私に聞きたいことがあるでしょうし……」
『テンセイシャの事とか』
身体が硬直する。
僕にしか聞こえなかったが、ハッキリと、聞こえてしまった。
それを出されてしまったら、僕も引き下がるわけにはいかなくなる。
「イドルム、悪いけど、僕はカロスさんに案内してもらうよ。少しの間だけ別行動だ」
「……年上好きか」
「しかも子持ちの人妻」
「ふけつですー」
「違うよ!?」
あらあらまあまあと、変な反応をするカロスさんを無視してカロスさんに連れて行ってもらうとする。
「安心してください、私は貴方を害す気はありませんから」
今はその言葉を信じざるを得ない。
僕がテンセイシャだというのも見抜かれているかもしれないのだから。
「地上ではこういう時、飲み物を出しますが、流石に水中では出せないので……代わりにこちらをどうぞ」
そう言われて出されたのは、一口サイズの海藻のような何かだ。それも数枚ほどある。
「……いただきます」と、口に含む。
そして噛んだ瞬間、僕の口いっぱいに水が溢れ出す!
「それは逆流若布と言って、食べると勢いよく口から水を逆流してしまうことから名付けられたんです」
そんなものを客に出すな!と叫びたいが、喋れずに睨むことしかできない。
「食べる量さえ間違えなければ地上での水分補給に丁度いいんですよ?私も何度かお世話になりました」
だからなんだ……と流しそうになってしまうが、なんとか水を飲み干し、若布を捨てる。
「地上にいたんですか!?」
「ええ、こう見えて戦闘員だったんですよ?と、言っても動けなかったので固定砲台としての役割でしたけどね。マスターには何度もご迷惑をおかけしました……」
まさかティフルのお母さんがマスターハウスにいたとは……でも聞きたいのはそんなことじゃない。
「……いくつか質問があります。聞いてもいいですか?」
「ええ、私に答えられることなら」
ティフルさんに言われたことを思い出す。質問はここに来る途中で纏めておいた。
「バングルをつけたテンセイシャについて、心当たりはありますか?」
「バングルをつけたテンセイシャについては……ごめんなさい。心当たりはありません。ただ、私が知っている、テンセイシャなら一人います 」
早速出鼻を挫かれるが、この程度で躓いてたら話にならない。
「そのテンセイシャって……」
「生きているわ。ティフルに銃の存在を教えたテンセイシャは、今でも生きています」
生きている?
テンセイシャが?
僕の混乱を他所に、カロスさんは話を続ける。
「町に行ったことは?」
「……あります」
「なら、その町が魔物に襲われた、という話を聞いたことはありませんか?」
言われてみれば不自然だ。というより、不自然だとすら思わなかった。
町を魔物が襲撃した痕跡も、襲撃されたという話も、一切なかった。
そう、一切だ。
「海の魔物は極端に少ないため、遭遇することは稀ですが、魔物の生態として、密度の高い場所を襲撃する傾向があります。それは、生物だったり、物だったり、土地だったり……」
カロスさんは説明を続ける。一つ一つの言葉を理解するだけでも精一杯だ。
「そのテンセイシャは、ニンシキカイヘンというスキルを持っていて、それを使って『この町は安全だ』というニンシキをばら撒くことで、安全な町を作ったのだそうです。本人から聞いたので恐らく、本当のことでしょう」
待ってくれ、情報は少ないのに、その重さで眩暈がする。
「その人は、今、どこに?」
「最後に会った時には、町の要職に就いていたので、恐らくまだ町にいると思います。暇なときにでも会ってみてはいかがでしょう?
もっとも、その人を認識できれば、のはなしですが」
認識できれば、ときたか……
聞いた話を整理すると、その転生者は確実に現代人で、僕達の転生に巻き込まれたであろう人だ。
恐らく、転生スキルは『認識改変』で、それを利用して自分の居場所を作ったのだろう。
カロスさんとの繋がりはわからない。
ただ、ティフルさんに銃の存在を教え、海底に兵器工場を作る動機を与えた人でもある。
「……もう一つ、お話ししましょうか」
少し待ってもらい、息を整える。今の状態で更なる情報をぶつけられると正気でいられる自信がなかったからだ。
よし、心の準備ができた。カロスさんに話を続けてもらう。
「では……私が、マスターハウスにお世話になるきっかけを、お話しましょうか。あれは確か、マスターが海の中で昆布締めにされそうになっていた時の―― 「待ってください!なんの話ですか!?」何って、お話ですけど」
キョトン、とした顔でカロスさんは話を続けようとする。
……もしかして、この人は――
「僕がテンセイシャだから二人で話そうとしたんじゃないんですか!?」
「ええ、そうですけど……貴方、そんな調子じゃまともに話せないでしょう。まずはリラックスしてください。私は貴方を害す気はないのですから」
一気に脱力する。この人は、ただ僕と話をしたかっただけなんだ。さっきのテンセイシャの話もこの人にとっては雑談のつもりだったのだろう。
「ええと……若布、お召し上がりに……」
「いらないです、それより、さっきのマスターの昆布締めについての話を聞きたいです。スライム……なのになんで昆布締めだったんですか?」
「フフフ、それはですねえ……」
一方そのころ、イドルムは工場見学をしている最中で――
「おー、これがバズーカで、これがロケットランチャー。んでこれがミサイルと……違いがわからねえな」
「バズーカは弾を筒内で爆発させてその衝撃で攻撃する近距離武器。ロケットランチャーは貫通性のある弾を敵の内部で爆発させる中距離武器。ミサイルはとにかくデカい弾をぶち込む遠距離武器さ。僕は適当に使い分けてる」
「ほへー、よく考えられてるなぁ……アタシは使う必要ないけどな。銃も撃ってみたけど近づいて殴ったほうが早そうだ」
イドルムはヒデキや親衛隊に指導してもらいながら銃についての知識を深めていた。
そこに、中型マグロサイズと書かれた銃器を手にしたマグナが近づいてくる。
「ドラゴンの亜人ともなればそうだろうな。余もこいつを試し撃ちしたがいまいちしっくりこない」
「それーヒデキさんがたまに注文するやつですねー弾も専用のやつなので生産が面倒なんですよー」
「ハッキリ言うなお前ら……ところで気になってたんだけどよ、親衛隊って結局なんなんだよ?」
イドルムが撃ち飽きた銃を近くの人魚、親衛隊に手渡しながら質問をする。それに答えようとヒデキが銃を手で弄りながら口を開く。
「さっきカロスも言ってたろ?ざっくり言うならティフルをマスターにしたギルドみたいなものさ。仕事は海中の取り締まりや雑用、それとこの工場で働く奴らの管理とかだね。他にも色々やってる」
ほへーと、イドルムが頷きながら興味津々にヒデキの話を聞く。マグナはあまり興味なさそうで、様々な銃を構えては別の銃に手を伸ばしている。
「他の種族っつーか魚にもいるのか?」
「いえー親衛隊は私たち人魚族だけですねー親衛隊の掟に従えない魚が多くてみんなやめちゃったらしいですよー」
「掟?」
「はいー『ティフル様の言うことには絶対服従』っていう掟ですねーこれだけしかないから緩い掟ですよー」
「なんだそれ……」
想像したのか、イドルムは嫌そうな顔をする。マグナは話に興味が湧いたのか、銃を置いて質問を親衛隊に投げかける。
「命を捨てろと言われたら、それに従うのか?」
「はいー死にますねー」
あっさりとしすぎた物言いに、イドルムは少し遅れて驚愕の表情を浮かべる。ヒデキは態度も表情も変えず、マグナは眉間が少し動いた。
「……絶対服従ってそういうことかよ……なんで、そうまでしてティフルに従うんだ?」
イドルムの中で、命は軽いようで重いものだ。
魔物との訓練で死んだ者もいる。子供を庇って死んだ者もいる。
死ぬときはいつもあっさりだ、だからこそ、命は大事だとイドルムは考える。
親衛隊の考えが、イドルムにはわからなかった。
「ティフルに、何か、貰ってるってのかよ?」
震える声で、イドルムが問いかける。
「はい、貰ってます」
「それは、なんなんだ?」
「全部です」
あっさりとした即答だった。
その真意を聞こうとしたその時、ティフルが慌てた様子で部屋に駆け込んでくる。
「あんた達!武装して直ぐに第五エリアまで来なさい!魚共のクーデターが起きたわ!」
「っ!僕も手を貸す!カロスは?」
「ユキノフもだ!確か一緒にいるんだろ!?」
ヒデキは思考を傭兵時に切り替え、イドルムはユキノフの心配をしつつも、戦う覚悟を決める。マグナは妙に落ち着いた様子だ。
「最悪よ……このタイミングでなんで……って言ってる場合じゃなかった!
お母さまとユキノフは、あいつらの人質になったわ」