【2話:戦王兵の戦槍】
「……ねえこれ、いいのかしら?」
彼のいる一団は、どうやら戦王を守り抜いたらしい。
それは、戦王も同様に。
既に屈強な兵たちを守り切り、
一丸となって包囲を抜けるつもりらしい。
「戦場は生き物だ、という言葉もあります。おそらく最適解の話ではありません」
「人間の物語を見るのは疲れますよねぇ」
豊満な少女がそう言うと、特徴のない少女はそう言った。
口では何だかんだと言いつつも、内心は一致しているらしい。
「……でも、大丈夫ではある筈よ」
髪の長い少女は溜息をつきながらも、息を吸い込み頭を上げた。
力を取り戻した彼女の瞳には、確かな確信が滲んでいる。
物語は、佳境に入りつつある。
逃げ切れたなら、命の危険はもうあるまい。
「私の加護がある」
「そういえば……あなた、何を書いたの?」
四人の視線が集中するが、髪の長い少女は気にしない。
本の中に視線を落としながら、当然の様にこう言った。
「【一歩先を歩く自分】私なんだから、それに決まってるでしょ」
~~~~~
そこは、敵味方の入り乱れる戦場であった。
しかし、この戦場はいつもより不気味であった。
虫の知らせとでもいうべきなのだろうか。
いつもの戦場よりも重く、暗い何かが渦巻いているような気がしてならない。
――誰かに、見られているような気がする。
誰も口に出さないが、誰もがそれを感じていた。
その警戒が、突撃の勢いを半歩だけ削ぐ。
矢の雨を防いだ後の動き出しが、一呼吸だけ遅くなる。
――そして、戦場ではそれが命取りであることを、戦兵たちは知っていた。
しかしその事実に気が付けたのは、知勇を兼ねると有名な敵将軍の罠にかかってからであった。
誘い込まれた。
その事実に、無敗の軍勢は確かに動揺してしまった。
「――――様っ!」
常勝無敗の戦王の利き腕が切られ、しかしそれでも王は強かった。
奪った槍で敵を薙ぎ、満身創痍で血路開く。
血を流して凄惨な笑みを浮かべるその王は、
満身創痍でありながら、この戦場で死というものから最も遠い。
「踏み越えろ! ここを抜ければわれらの勝ちだ!」
いつものように、王は先陣を切っていた。
もっとも分厚い包囲の壁を、最も最短で突っ切る構え。
できるできないの話ではない。
やらねば死ぬ。
己が、ではない。次の戦いを行えないから国が死ぬ。
故に彼は、一国の王として命を賭けるしかなかったのだ。
だからこそ、勝つしかない。
ただそれだけで、全くいつものことである。
「押せ押せぇ! 勢いを止めるな! 止まれば死ぬぞぉオッ!」
固い筈の盾ごと敵兵を串刺しにして、王は戦場を切り裂いていく。
王を先頭にした突撃陣形。
必勝を約束する勝利の流れは、しかし今日は追い立てられて崩れている。
――しかし、ギリギリの部分で崩れない。
どうやら少し遅れていた一団が、退路を確保する形で合流してくれたらしい。
一歩遅れた偶然が、命を救うこともある。
やたらと動きの良い見覚えのない兵士の横を通り過ぎ、王は完全に包囲を脱出した。
従う兵も、同様に。
――渾身の一手を回避されたかの国は、停戦に応じるしかなかった。
王と共に包囲を抜けた一団は、戦王の尖兵と呼ばれることなる。
尖兵たちは、味方が倒れるごとに力を増したとも伝わっている。
~~~~~
「……これ、持ち帰れるわよね?」
「ええ。どのような名前になるのかは分かりませんが、間違いなく物語の筈です。……世界の余白は、埋まっているかと」
山場は超えた。
ほっと息をつきながら、5人の少女は向かい合った。
さてどうするのか、と。
そんな感じの表情を浮かべながら。
「……皆で彼を迎える?」
「傷は癒しますよ」
「それが良いかと。見ていた感じ、無傷はあり得ないでしょう」
豊満な少女が譲れないとばかりにいち早く手を上げて、眼鏡の少女が頷いた。
「良かった~ これは褒めてあげても良いよね!?」
「あんたのは褒めると言うか、構ってるでしょ」
「そうともいうのかも。自分じゃよくわかんないんだよね」
髪の長い少女にそう言われ、幼い少女は悪気が無さそうに明るく笑った。
なんにしても、これで彼の物語は一区切りだ。
安堵の息を吐きながら、特徴のない少女が席を立つ。
「では、私は図書館の外がどうなっているのか確認しておきます」
「私も行きます。……今話をしてしまうと、嫌われそうなので」
「気にしないと思うけどなぁ」
「私が気にします」
そんな自己分析と共に、眼鏡の少女も席を立った。
幼い少女に軽い感じで見送られながら、二人の少女は図書館の奥へと消えていった。
そうしていなくなった二人の代わりのように、
暫くすると本の中から彼が音もなく現れる。
まるで最初から居たような自然さでそこに立ち、
その背には見覚えのない剣と槍を背負っている。
……怪我も、負っているようだった。
「お帰りなさい」
「まずは怪我を治しますね」
髪の長い少女がそう聞いて、豊満な少女が彼の怪我に手を添えた。
少女の指が這うたびに、不規則だった文字列が整えられるように、怪我がすぅっと消えていく。
それはまるで、乱れてしまった文字が整うような自然さであった。
その様子に……人を支えられたことに喜びと満足を覚えるように。
豊満な少女は「これでよし」と静かにほほ笑む。
「これでもう大丈夫ですね」
「お兄さん、ありがとう! これでちょっと世界が埋まったかも?」
幼い少女の言葉に、彼は小さく頷いた。
そんな彼に二人の少女は笑いかけている。
しかし髪の長い少女は、彼の背中にある剣と槍に向いていた。
「……それが、あなたの魔法なのね」
呟かれるような少女の言葉に、彼は小さく頷いた。
魔法。
またの名前を、物語。
魔法とは語られることでその効果を発揮するのだが、彼の魔法は少し毛色が違うらしい。
その魔法は、髪の長い少女の目には……とても、異端なものに映った。
あるいは——異端な物語だったからこそ、この場所に現れてくれたのかもしれないが。
「あの2人には、私が話をしておくわ。それで良い?」
あの2人が席を外していたのは偶然か、あるいは必然か。
神ではない少女に真意は分からないが、今この場に居なかったのは正解だっただろう。
少なくとも、2人のためには。
「ねえねえ、ちょっと外を見に行こうよ。何もないけどさ」
幼い少女に手を引かれ、彼の背中が遠ざかる。
そんな背中を眺めなら、豊満な少女の視線は髪の長い少女の横顔に向いていた。
「……彼の魔法、何か特別なのかしら?」
「背負った物語を、魔剣として手元に生成する魔法。それだけではあるんだけど……」
少しだけ、言葉を選ぶように。
髪の長い少女は細い指で口元を覆いながら、質問に答える。
「……とても、読むのが難しいわ。私たちでもね」
先回りする少女は、後ろで支える少女にそう言った。
予告する様に。
あるいは、予言する様に。
聞きたいことはあったのだが、豊満な少女は割り切ることにした。
きっと彼女にしか見えないものがあるのだろう。
彼女は優秀だ。
でも。
少なくともこの場には、
二人とも、彼を背中から見ている。
それもまた、事実ではあった。