【7話:掌の中の太陽】
日が沈んだ、その日の夜。
彼は、特徴のない少女から受け取った魔剣を眺めていた。
彼を、彼と定義するもの。
その全てが、この小さな栞に乗っている。
果たしてそれは、彼にとってどういう意味を持っているのか。
少なくとも、彼以外には分からない。
ただ――最も優秀で、最も優秀ではない彼女の言葉を、皆が見落としていた。
それこそ、彼女自身ですらも。
――【物語を運ぶ物語】 それが彼の魔法である。
太陽を主題にした物語は、太陽が人格を得てしまうように。
運ばれている物語が注目されるように。
彼の物語の本質は、限りなく「背景」である。
つまり――結局はこの魔剣も、彼に「運ばれている」だけなのだ。
魔剣が、彼を見えるようにしたのではない。
彼が、魔剣を見えるようにしたのだ。
主と従は、常に違った色に見える。
哲学のことを知らない人間に限り、
哲学のことを「人間的な矛盾や感情を言語化している作業」であると誤解する。
実際には「知性や感情を、ロジックで屈服させようとしている作業」に近い。
だから哲学のロマンチズムは、常に哲学を知らない者が感じてしまう。
きっと、少女たちも同じなのだろう。
極まったロジックとは、何故かロマンチックに見える。
つまりは、いつものことである。
彼は、じっと栞を眺めていた。
物語を運ぶ彼の魔法は、魔剣を物語であると認識している。
初めて見た時と、変わらずに。
~~~~~
人は、太陽のことを光と呼ぶ。
温かさと呼ぶこともある。
希望と呼ぶこともある。
しかし、すべて同じ太陽だ。
太陽は、ずっと空を回っている。
太陽に意味を見出すのは、人の特権である。
そして、太陽とは色々なものを照らし出してしまう。
ただし、しばしばそれは邪悪のみを焼くと伝わる。
理由は簡単だ。
見えてしまって困るのは、常に見られたくない者である。
太陽の光は虚飾を剝ぐのだが。
剥き出しの中身をどう扱うのかは、
太陽ではなく人が選んできた。
何時だって。
「そこにある」とは、そういうものだ。
~~~~~
彼が見つめていた魔剣の名前が変わる。
【栞の形をした魔剣】から【掌の中の太陽】へ。
効果は、何も変わらない。
ただ、己の情報が記されているだけである。
しかし、確かに名前は変わった。
この名前を見て、彼女たちは何を感じるのだろうか。
驚くのだろうか?
それとも、気にしない?
便利になった……とは、言わないだろう。
なにせ、変わっていないのだから。
ただ――カッコよくなっていない、と言われると、彼は笑うかもしれない。
しかし、今は何も変わらない。
何かが変わるとしたら、この小さな太陽が照らす時。
つまり、明日の話である。
色んな表情を見せてくれるのだろうなと、彼は楽し気に笑みを浮かべた。
主と従は、常に引き合っている。
征服が共存に見えるように。
何も間違ってはいない。
彼はいつものように、物語を運んでみるだけだ。