「獣人種とは、まあ皆も知っていると思うが、平人種と動物の特徴を併せ持つ人種だ。平人種の誕生と同時期に現れ、平人の亜種に分類されている。世界各国に多くの文献が残されているが、その中でも日本は特殊だ。世界の獣人種の割合は10%から、多い所でも20%ぐらいだと言われているが、日本では35%に上る。歴史的には――」
2Bの芯を入れたシャープペンシルがノートの上を滑る。日本史Bの記念すべき第一回目の授業はあまりに一般的な常識を鹿島先生が読み上げるだけの場になっている。一応、テストを警戒しノートはとっているがそれでも既知の事実を再度確認することほどつまらないものはない。
先生が黒板にまた文字を書きだした。しかしそれは前の席に座る人の耳に隠れてしまう。
「おーい、北白さん。耳下げてくれ」
「わふっ! ご、ごめんね」
前の席の女の子は
「――このように数世紀に渡る世界的な獣人差別を是正しようと、我が国が世界に先駆け1996年に公布したのが獣人種特別保護法だ。主に、獣人種への差別の撤廃と格差の是正を目的として様々な取り組みを行っている。しかし、そもそも諸外国と比べて獣人種の数が多く差別も少ない日本でそこまでの意義があるのかは疑問だな。まあ、世界に先駆けてというのが大事なとこなんだろう」
先生は耳と角の付け根の間をポリポリと搔きながら教科書を置いた。その瞬間、教室のスピーカーから聞きなれた音が流れる。
「よし、今日はここまで! 皆、来週のところも目を通しておくように」
教室がざわざわと騒がしくなる。各々の生徒が各々の時間を有効に使うための計画を立て始める。家でゲームでもするのか、カバンを肩に掛け足早に教室を去る人、同じ部活の人同士で集まりグラウンドに向かう奴ら、遊びの計画を立てる騒がしいグループ。
本来なら、僕も駅前で遊ぶか、家に一直線に帰っていただろう。しかし、今日はそうともいかない。なぜかというと――
*****
「――来たか、
ガラリと音を立てて、職員室のプレートが付いた引き戸を開けると、膨大な量の紙の束やファイルが重ねられたスチールの机が幾つも並んでいる。俺の名前を呼んだのは、入り口から三つ隣の机に向かって座る女性だった。
支給のノートパソコンの上に無造作に置かれた、どこのクラスのものかも分からない生徒名簿をチラリと見ながら彼女の前に進む。
「……大事な用件と聞いたんですが、何か用ですか」
「何か用……か、相変わらずの口の利き方だな」
彼女は椅子をくるりと回転させて俺のほうに向き直る。薄い青のブラウスとネイビーのパンツスーツ姿だが、目の前でゆっくりと足を組む姿と相まって、教師というよりは遣り手の女社長のようだ。
この女教師こそ我が
黒いパンプスのヒールが、カッ! と音を立て床にぶつかった。思わす背筋が伸びる。
「一つここで抜き打ちテストといこう」
「抜き打ちテスト?」
彼女が頷いた。口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「獣人種特別保護法……知っているな?」
「はい、今日も授業で習いました。殆ど常識みたいなもんですけどね」
「フフ、復習だ。この法律の正式名称と目的を言ってみろ」
「えーっと、獣人種特別保護法。正式名称は獣人種の保護及び管理並びに人口の適正化に関する法律。明治期における西洋化の影響から減少した獣人種人口、増長した差別を是正することを目的とした法律です。」
頭の引き出しから引っ張り出した知識をどうにか文章にする。
「ふんふん、まあ及第点といったところか」
言葉とは裏腹にヒラモモ先生は満足そうだ。
「――そしてその第九条(獣人種人口増加計画)にはこうある。基準を満たした認定獣人種の申請により都道府県知事はその承認と配偶者の決定を行わなければならないと」
「はあ……?」
「基本的に使われること自体が珍しい制度だが、この度、我が校のとある生徒がその配偶者に選ばれることになった」
話の雲行きが怪しくなってきた。嫌な予感がする。僕の予感は結構当たるのだ。
「――それが君だ。四ツ脚高校2年C組、
「……つ、つまりどういうことですか?」
「馬鹿なふりをするな。分かるだろ? つまり君の許嫁が決まったということだ」
「い、許嫁……ちょっと待って下さ──」
慌てて言葉を紡ごうとしたそのとき、ガラガラと音を立てて戸が開いた。引き戸の向こうから、練習を始めた部活生たちの声掛けやトランペットの音が聞こえてくる。
「失礼します」
「おお、来たか」
入室を知らせる女性との声、先生は片手を挙げ答える。
僕はゆっくりと振り向く。しかしそれ以上のスローモーションで脳は視覚的情報を受容し解析する。
少し色の落ちたブラウンのローファー、そこから伸びた白い靴下、柔肌の下に確かに筋肉が見える下肢、短いスカート、ネイビーのベストとブレザー。そして目が合う。
赤い目だ。まるで透き通ったルビーのような目。そして、ふわふわとした白い髪の毛のうえには長い耳が生えている。僕の動物的知識が正しいのなら、彼女は兎の獣人だった。
「よろしくお願いします。井狩さん」
丸いルビーの目がにこりと細められる。
僕は唖然とした。
続きを忘れました