機動警察パトレイバー Exchange Edition 作:リキ256
今回はコミック版の、試験でシミュレータに乗るシーンが好きなので、ストーリーの下敷きにして考えてみました。
それでは、
デーン↓デーン↑デーン↓
レイバー。それは産業…
東京湾湾岸線沿い、出島のように周りから隔離された小さな埋め立て地に、特車二課棟はある。
二課棟を広く囲むコンクリート塀に一箇所だけある正門の出入口に、所轄の警察署のマイクロバスが停車し、3名の乗員を降ろしバスは去っていった。
「さ、寒いわね…埋め立て地とは聞いていたけど、こんな地の果てとは思わなかったわ」
寒いのは春先の気温なのか、目の前の光景に対してなのか。
濃紺のスーツとパンツルックの出で立ちの遊馬が呟いた通り、二課棟の周囲は荒地かひとけの無い倉庫がぼつりポツリとあるだけで、コンビニや飲食店などは見当たらない。
「まあバビロンプロジェクトが進めば、少しはにぎやかになるんじゃない?ステーツにもよくあるわよ。こういう所」
女性としては身長の高い遊馬よりわずかに高い女性が、遊馬の愚痴を引き継いだ。
彼女の名は香貫花クランシー。白い肌、黒髪の切りそろえた前髪にストレートのロングヘアー、切れ長の目が冷たい印象を持たせる。白のスーツ、タイトスカートが黒髪とのコントラストで彼女をいっそう引き立たせている。
埋め立て地の地面からの反射光が眩しいのか、胸元からサングラスを取り出して掛ける。
二課と同じく98式を導入予定のニューヨーク市警の警察官である。二課には98式の実地調査、研修として籍を置いている。
二課のメンバーとは、98式への完熟訓練の為合宿を行った、東京奥地にあるレイバー訓練所で合流していた。
「空想を抱いてどうする。警察官たるもの、現実を見んか、現実を」
((殺伐としたやつねー))
二人の感想をバッサリ切り捨てたのは太田功。
角ばった顔、太い眉毛、堅物に服を着せているような男で、今はスーツ姿だ。短躯で筋肉質な体で柔道の実力者でもある。
3人が今後の食事事情の懸念の話しをしながら二課棟のオフィス側の入り口についた。
二課棟は、元々倒産した工場を買い取った建物だ。建物は十字の形をしていて、南北の太い縦棒がレイバーの整備棟。細い横棒の東側がオフィス、西側が宿直、夜勤用の隊員寮となっている。
「そう言えば、太田、野明は?一緒じゃないの?」
遊馬の問いに太田が答える。
「知らん。寝とるんじゃないか?」
「同じ寮でしょ。起こしてあげればいいじゃない」
「何で俺が、起こしてやらなきゃならんのだ!」
そりが合うのか、合わないのか、2人がいつもの言い合いを始めていると、正門の方から聞こえてくる軽排気量のバイクの音に香貫花が気がついた。
「遊馬、来たんじゃない?」
2人が振り向いた所で、彼らの傍でバイクがタイヤを鳴らしてスライドしながら止まった。
「間に合ったぁ」
野明が小型のレジャーバイクから降りて、ヘルメットを取る。
スーツ姿の3人と比べて、野明はフライトジャケットとジーンズだ。
「初日にその格好は…それと寝癖」
遊馬が呆れ気味に言う。
「今日98式に乗れるか決まると思うと、なかなか寝れなくてね」
アハハハと照れながら手ぐしで寝癖を直しつつ野明は答える。
「おら、さっさと隊長に挨拶しに行くぞ」
太田はそう言って二課棟に入って行ってしまう。香貫花もそれに続く。遊馬もついていこうとした所で野明が整備棟の方に走っていく。
「野明、どこに行くのよ」
「先に98式見ときたくて!」
しょうがないと遊馬も野明についていく。
整備棟は、元々工場だけあって全高8メートルのレイバーでも余裕の高さと、レイバーを運搬するトレーラも含めて格納できる広さがある。
その整備棟の中は、第一小隊のレイバーの95式2機とトレーラー、それらをキビキビ動いて整備している整備員のみだった。
「あれー。98式まだきてないのか〜」
野明のがっかりな声を聞きつけたのか、整備棟の中で、ドスの効いた下町口調で整備員に指示をとばしている人物が振り向いた。
「部外者が入ってくるんじゃねえ!とっとと出てけ!」
顔に刻まれているシワは熟練の職人であるこを示し、サングラスで目元は見えない。背筋がすっと伸びていて、顔のシワとは正反対の印象だ。
野明が厳しそうな人だなあと撤退しようとすると、
「榊さん!」と遊馬がその人物に駆け寄っていく。
「誰かと思えば、篠原さんの嬢ちゃんじゃねえか!こんなとろに何の用…って聞くだけ野暮だったな。隊長さんから聞いてるぜ。新人に一人跳ねっ返りのおてんば娘がいるってな。嬢ちゃんのことだったとはな」
久しぶりに慕っている親戚のオジサンに会えたような遊馬が、おてんばはひどいと抗議しているのを野明は見て、遊馬に尋ねる。
「知ってる人?」
「榊 清太郎さん。車両整備の神様と呼ばれる人。あたしの小さい頃からの知り合いよ」
すごい人なのよと榊 を野明に紹介する。
「榊 だ。ここでは整備班を預かってる。よろしくな、ボウズ」
「よ、よろしくお願いします!」
野明は緊張気味に挨拶を返す。
「積もる話は後だ。隊長さんに挨拶してこい」
忘れてたと二人は一礼して隊長室に向かった。
(篠原さんよ、あんたいつまで嬢ちゃんほっておくつもりだ)
榊のサングラスに隠された目は遊馬を見送りながら、どこか彼女を痛々しく見ていた。
二人が去った後に、朝の準備で騒がしいはずの工場棟に静寂が広がっていた。榊の後ろに眼鏡をかけた青年が立っている。
「班長、今のきれいな娘、誰です?」
若干頬が緩みながら榊に尋ねたのは、整備班の若頭ポジションのシバ·シゲオだ。
榊は一呼吸の間を置いてからシゲに振り向き、底冷えする声で答えた。
「シゲ…。嬢ちゃんも新人だ。厳しく指導するのは構わねえ。だがな、嬢ちゃんに薄汚え根性でちょっかいかけたら、東京湾に沈めるからな…」
榊の「東京湾にたたっこむぞ!」は、整備班に活を入れる口癖だ。
だが今回は本気だと、榊の次の言葉で理解した。
「そして、俺は篠原に詰め腹を切って詫びを入れなきゃならねえ…」
シゲはゴクリと唾を飲む。
「あと、この事をお前の口から全員に伝えておけ。いいな?」
これは、整備班の誰かに不届者が出たら、お前も同罪だという意味を含んでいる。
「了解しました!」
シゲは背筋を伸ばして回れ右して、小走りしながら自分の担当に戻る。
まだ榊の様子を見ている整備棟内の班員に、榊の活が飛ぶ。
「何ボサッと手を止めてやがる!手を動かせ手を!チンタラやってるヤツは海にたたっこむぞ!」
慌てて班員は作業に戻る。いつもの整備棟の喧騒が戻った。
野明と遊馬はオフィス棟に入り、2階の隊長室への階段を登っていた。
フォワード、フォワードに、98式に乗れますようにと呟く野明の後ろで、遊馬は階段を登っている。
(フォワード、フォワードってもっと堂々としてたらいいのに。フォワードじゃないわけ、無いと思うけど…。あの適性試験の結果を考えれば)
そう考えながら、遊馬は少し悔しいのか、何か眩しいのか、半々の表情をしながら、遊馬は野明を見上げていた。
◆
遊馬はつなぎの整備服を着た係員につれられ、分厚い鉄製の自動扉を係員がパスワードを入力して開かれた部屋に入る。
部屋の中央に、AV98のコックピットブロックが設置されている。コックピットには、操縦に応じてコックピットを傾けたり振動させるアクチュエータと、電源、制御用ケーブルが接続されている。
係員がハッチを開けて、遊馬をシートに座らせる。係員はジェットコースターでも見られる身体や肩を固定するショルダーハーネスを降ろし、腰のシートベルトを締める。左手首に心拍数、血圧を計測するベルトが巻かれる。最後に遊馬は外側は紙製で内側はビニール製の小袋を渡される。
「これは?」
遊馬が小袋の用途を尋ねる。
「気持ち悪くて我慢できなかったらそれに吐いてください。中で他の機器に掛けないように、お願いします。」
係員が説明を続ける。
「右手側のスティックとボタンで操作をお願いします。手前の赤いボタンが緊急停止ボタンです。気持ち悪いなどで続行出来ない場合は押して下さい。こちらで続行出来ないと判断した場合も停止します」
一通りの説明が終わると、ハッチが閉じられ、係員は部屋を出ていく。
以降は隣の部屋の制御室からコックピット内のカメラを通して観察され、合否の判断の材料とされる。
後藤もこの部屋で志願者一人一人の様子を観察していた。
遊馬は暗くなったコクピットで、これからのテストメニューを思い出す。
テストは大きく分けて2つのステージに分けられる。
第一ステージは、急激なレイバーの動きを想定した、対G、振動への耐性の確認である。
テストの最中、シートが激しく振動、大きく傾けた状態から反対側に加速を付けて傾けたりなどしながら、制御室からの名前や生年月日などの簡単な質問に答え、正常な判断ができるかを試される。
第二ステージは、第一ステージと同様な振動の中で、モニターに写るターゲットをスティックでロックオン、トリガーを押して撃破していくものだ。
実際の現場での操作の適性を試される。ターゲットは正面だけでなく両側面のサブモニターにも現れるので、素早く状況を把握する冷静な判断力を保てるかが鍵となる。
モニターやインジケータの電源が入る。
(レイバーに乗るのは初めてじゃないし、乗り物酔いなんてなるわけないじゃない)
「テスト開始します」
コクピット内のスピーカーからの係員の声の後、コクピットが揺れ始める。
制御室で白衣を着た研究者がシミュレータの操作を始める。
最初は98式の歩行を想定した振動から始まる。
制御室は、被験者を観察するモニターと、データを取るための機器が所狭しと置かれている。シミュレータを提供する篠原重工にとっては貴著なデータ取りの機会なのである。
一つのモニターが遊馬の顔を正面から捉えている。歩行、軽い走行までは余裕の表情だった。
だが、歩行と走行の短い繰り返し、急なターンに入ると、血圧、心拍数が急激に上昇し、カメラ内の遊馬の表情も顔面蒼白、汗を浮かべている。
操作している研究者は、この被験者はもうすぐギブアップするだろうと判断していた。
(上からこの名前の被験者を必ず落とせと指示が来たけど、お嬢様ってことか…。まあ、規定通りのメニューで落ちるでしょ)
制御室内に被験者が緊急停止ボタンを押したブザーが鳴る。
研究者の後ろで試験の様子を見ていた後藤が話し掛ける。
「…ここまで、搭乗者の適性ありとみとめられる者はなしですか?」
「そうですね。98式はその用途として近接格闘が想定されます。一般のレイバー乗り程度では難しいですね」
「全員落第だと困るんだけどな〜」
後藤が制御室のモニターを見ると、ようやく動けるようになった遊馬が係員につれられシミュレータ室から出ていく所だった。
(なんなの、あの乗り心地!うちはあんなもの売りつけるつもりなの!)
遊馬は晴海でAVXから野明が、何でも無かったように降りてきた事を思い出す。
(あいつの三半規管どうなってるのよ!)
次の順番の野明が顔面蒼白な遊馬を気にかけて話し掛ける。
「大丈夫?そんなにすごい?」
「あなたなら大丈夫じゃない?後、胸が大変だったのよね。気をつけなさいよ」
冗談か、乗り物酔いで自己判断が怪しくなっているのか、男の野明には何の足しにもならない遊馬のアドバイスが、晴海での遊馬の水着の胸が揺れているイメージが湧いてきて、
「そんなの無いから!」
野明は顔を赤くしながら、係員に促され野明はシミュレータ室に向かった。
遊馬の時と同様の説明を受けた後、野明の試験が始まる。
歩行、走行、急加速ターンと中の人間をシェーカーに入れているような激しい振幅のなかでも、野明はAVXとさほど変わらないなとケロリとしていて、制御室からの質問にもよどみなく答えていく。
聞いていた課題が終わった後も、坂道加速、自転車の急な飛び出しを避けるなどの、何か恨みでもあるかの課題にも、野明には特段の変化はない。
野明は第一ステージをクリアした。
制御室でも今日一人目の第一ステージ通過者に安堵のような雰囲気が支配する。
篠原重工としては扱える人間無しで、契約破棄になっては困るのだ。
「ようやく一人目。よかった、よかった」
晴海での野明を見ていて、この結果を予想していた後藤は白々しく拍手をしている。
シミュレータ担当の研究者は何か悔しそうにしている。彼は昨日、シミュレータの最終確認で実際に自分が乗って、最短の3分でギブアップの記録を持っていた。
「第二ステージ開始します!」
第二ステージが始まり、目標を示す複数の光点がモニター、サブモニターに表示される。
中のカメラは搭乗者の視線もトレースしていて、どのターゲットを見て、トリガーボタンを押すまでの時間を計測している。
野明はカーソル自体を素早く動かしているのではないが、無駄なくブレなく動かしてトリガーを押してゆく。操作に合わせて振動で振り回される環境のなかでだ。これはどんな状況下でも思い通りにレイバーを操作できる可能性を示していた。
第二ステージの課題はプログラムによって自動で行われている。研究者は計測される数値をみていて、感嘆の声を上げる。
「すごいな、この被験者」
「そんなに?」
後藤の言葉に、研究者の口ぶりに熱が入ってくる。
「ええ、課題をクリアするのはもとより、その過程です。旋回、移動に最大トルクの60%までしか使っていないのですが、ターゲットを制限時間内に撃破しています。これは正確で無駄が無いということになります。これは機体に優しいことになります」
「ほうほう」
「正直、想定していたパイロット像を超えています!」
「なるほど」
「後藤さん、彼、うちのテストパイロットとしてください!」
「あげない」
操作が正確であることは、操作の再現性が高いということ。
開発中に不具合が発生した時、原因の特定、そして修整が正しく行われているかを確認するにはどうするか。通常は何度も動作を繰り返して、不具合が発生した時の動作を再現させて、原因を特定し、さらに修整後でも同様に、動作を繰り返して不具合が発生しないかを確認する。
ここに操作の再現性の高いテストパイロットがいたらどうなるか。不具合の再現に必要な回数が減らせるのだ。
これは、電力、時間、様々なコストを削減できることになる。開発の現場にしてみれば、喉から手が出る才能である。
モニター内の楽しくなって来た野明を見て、後藤はニヤニヤと笑っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
榊さんは実山さんを通じて遊馬と知り合いとしました。
映画版で榊さんは愛車に遊馬を普通に乗せたりして、他のキャラクタとは違う距離感があるなと妄想したのですが、どうでしょうか。
次回はサブタイトル通り特車二課の初出動となります。
そして内海さん達が動き出す予定です。
それでは、次回でお会いできれば。
この物語はフィクショ…