Fate CROSS strange FAKE 作:N40
夢を見ていた。何から逃げる夢。逃走の夢。罪から背を向け、目を背け、逃げた逃亡者の夢。
逃走の始まり冬木という町の一画に存在する『蝉菜マンション』と呼ばれる集合住宅。
そこにはある都市伝説の一つがあった。他愛のない噂話。しかし、噂好きや怪談話が好きな者にとっては有名な話。
蝉菜のマンションに住む一組の夫婦。そこでは日夜少女への虐待が行われていた。その少女は虐待の傷を隠すように赤い頭巾を被っていた。
傍から見れば異常に感じられるが、マンションの住人たちは見て見ぬふり。厄介事に首を突っ込みたくないし、関わりたくないからだ。
夫婦の隣人である『A氏』もまたそんな考えを持つ住人の一人であり、他人事故に極力関わろうとはしなかった。
しかし、住人たちが見なかったことにする中で『A氏』は少女と関わりを持ってしまった。
虐待で腕が上がらなくなった少女がエレベーターの前で『A氏』に頼んだ。
『ボタンを押して』
と。それが数度繰り返されたことで少女の中で『A氏』は頼れる存在だと認識された。或いはその程度の行いで縋りつくぐらいに少女の心は摩耗していたのかもしれない。
ある日、少女の母親が無理心中を図った。少女は血塗れの状態で逃げ出し、隣人の『A氏』に助けを求めた。
だが、関わりたくなかった『A氏』はドアを叩く音を無視した。テレビの音量を上げ、なるべく聞こえないようにしてノックの音が消えるのを待った。
こうして一方的ではあるが、『A氏』は少女の期待を粉微塵に砕き、裏切った。
翌日、夫婦の遺体が発見されたが何故か少女の行方だけは分からなかった。忽然と姿を消したのだ。
その日以降、夜になると『A氏』の家のドアがノックされるようになる。何度も何度も何日も何日も。
やがて、追い詰めるようなノックの音に耐え切れなくなり『A氏』はドアを開けた。そこでは赤いフードを被った少女が血に塗れた顔で立ち、『A氏』に言う。
『ねぇ、ボタンを押して』
これが『蝉菜マンションの赤ずきん』という怪談の内容である。
そして、遠く離れた異国でも彼女を苦しめる。
彼女は『赤ずきん』から逃げていた。それが齎す罪と罰の感情から。
それが何かは分からない。赤ずきんの姿をした何かであり、幻影なのかもしれない。しかし、彼女には見えてしまうので幻であったとしても何の慰めにもならない。
彼女は逃げた。赤ずきんから。
救いを求めて冬木の教会を訪れたが、そこでの記憶は朧気であった。神父と何かが話していたような曖昧な記憶はあるが、思い出そうとすると頭が痛む。
結局、『あの教会には二度と近付いてはいけない』という忌避感と戒めを得ただけで終わった。
それから彼女はあてもなく彷徨い続けた。その中で何度も現れる赤ずきん。遭遇を繰り返すことである法則を見つけた。
『赤ずきんはエレベーターの中に現れる』
法則の一つに過ぎないが、彼女はそれを守り簡易なものであろうとエレベーターのある建物は避けていた。
逃亡を続ける中で彼女はある噂話を耳にする。
『森の中には洋館がある』
藁にも縋る気持ちが森へと向かうと、そこには不似合いとしか言いようがない城のような洋館が建っていた。
洋館を見つけた彼女だが、中には決して入ろうとはしなかった。赤ずきんの法則に従い、中にエレベーターのような施設があることを恐れたからだ。しかし、彼女は洋館を見るだけで満足であった。洋館の眺めている時だけ不思議と心が落ち着き、安堵を抱くことが出来た。
それ以来、彼女は森の洋館に何度も足を運ぶこととなる。変化の無い洋館を眺める為に。
数か月後、洋館で変化が起こる。
この世のものとは思えない白い髪、白い肌の二人の女性が言い争っていた。どちらも同じ特徴で似た容姿をしているので姉妹に見えた。
二人は口論していたが、片方は食って掛かるようにもう片方は宥めるようで、片方の女性だけが感情的に映る。
「そんな事に意味など欠片も無い筈です。フィリア、一体貴女は何を……」
「もういい! 貴女たちには頼まない……私一人でもやり遂げる!」
恐らくはこの洋館の関係者だと思われる白い女たち。幻想的な雰囲気を持つ彼女らに自然と目を奪われていた。しかし、気付くべきであった。身を隠していても発せられている自分の気配に。
「たとえアインツベルンの名を捨ててでも私は──」
そこで感情的になっていた女の言葉が途切れ、視線が動く。視線を向けられた瞬間、心臓を鷲掴みにされた恐怖を抱くが、見つけられた時点で手遅れであった。
「誰?」
その後の彼女の記憶は不明瞭である。恐らくは魔術によって暗示をかけられたからだと思われる。
「貴女──」
「一体どんな偶然?」
「まさか、これ程の……」
言葉の断片は覚えているが、肝心な部分は抜け落ちている。
そして、彼女は流されるまま海を渡り、魔術師たちが行う儀式的な戦争に──
「クエッ!」
「クエ?」
──場面は突然変わり、何処までも広がる草原の中を移動している彼女──アヤカ・クジョウ。
いつの間にか何かに跨っていることに気付き、視線を下ろす。
黄色の豊かな羽毛。後頭部から伸びる飾りのような羽。大地をしっかりと蹴る三本の爪。
アヤカはいつの間にかダチョウのように走る巨大鳥の背に乗っていた。
「え? え? 何これ?」
巨大鳥は立ち止まり、顔だけ後ろに向ける。大きく、そして無垢な目がアヤカの困惑している顔を映している。
「クエー」
「いや、クエーっと言われても……」
未知の生物に自分が乗っている状況を呑み込めず、巨大鳥の目を見つめ返すことしか出来ない。
「チョコボに乗るのは初めてかい?」
気付けば傍にアヤカと同じように巨大鳥──チョコボに乗っている青年がいた。
薄い褐色の肌。頭部の両サイドは刈り上げられているが頭頂部の髪は伸ばして後ろで束ねている。黄色のケープを羽織り、意思の強さと優しさを感じる目をアヤカへ向けていた。
「この鳥……チョコボって言うの?」
「そうか。そっちの世界じゃチョコボはいないのか。中々可愛らしい奴さ。撫でてみたらどうだい?」
言われるがままアヤカはチョコボの首筋に手を当てる。柔らかな羽毛の感触と生物の暖かさが手に伝わってきた。そのまま撫でてみるとチョコボは目を細めて気持ち良さそうな顔をする。
「確かに可愛い……かも? ってそうじゃなくて! 貴方は誰!?」
アヤカの反応に小さく笑いながら青年は自己紹介をする。
「オーラン・デュライだ。よろしく」
厚手の皮手袋を外して握手を求めてきたので、おずおずとしながらもその手を握る。
「よ、よろしく……」
「君が随分と悪い夢を見ていたから、ついこっちに招いてしまった」
「招いた? これも夢じゃないの?」
「まあ、夢だな。君がオルランドゥ伯と繋がっているおかげでこうやって夢の中で会話することが出来る。それと今の俺の状態のおかげだな」
「オルランドゥ伯?」
初めて聞く名前だったので聞き返すと、オーランは「しまった」という表情になる。
「……そこまでは言っていなかったのか。参ったな……俺の口から明かすのは流石に不味いだろ」
ピンと来ていなかったアヤカだったが、段々と誰のことを言っているのか察してくる。
「もしかして──」
「おっと。そろそろ夢から醒める時間だ。向こうも賑やかになってきた」
誤魔化しているよう見えるが、実際にアヤカの周りの景色が輪郭を失い、ぼやけてくる。
「機会があったらまた会おう。それまで死ぬんじゃないぞ──と言いた所だが、あの二人がいれば多分大丈夫だろう」
最早、オーランの声しか聞こえない。オーランは意識が浮上していくアヤカに語り続ける。
「君は独りじゃない。君に為に戦ってくれる仲間がいる。僕もその仲間の一人だ。……あの王や
夢の最後にオーランからの助言を受け、アヤカは目覚める。
× ×
ギュイィィィィン。
目覚めの音楽としては派手過ぎる上に五月蠅過ぎる。
眉間に皺を寄せたまま目を開けたアヤカが見たのは、ライブハウスのステージの上でエレキギターを弾くのはセイバー。
エレキギターの弦を弾く度に鳴る音に目を輝かせている。しかし、格好が西洋騎士の鎧なので何ともシュールである。だが、セイバーの優れた容姿も合わさりマニアックなコンセプトのギタリストに見えなくもない。
そんなセイバーを囲んではしゃいでいるのはパンクという言葉が良く似合うバンドマンたち。
軽く習っただけなのにエレキギターで見事な演奏をするセイバーに喝采を送っている。セイバーの格好については追究していない。コメディアンの類だと割り切っている。
ライブハウスの隅でそれをぼんやりと見ているアヤカ。
セイバーと共に警察署を脱出し、シドと合流した後に行く当てがなかったアヤカであったが、そこで偶然の再会があった。
セイバーと話しをしているモヒカン刈りの男性。彼はアヤカがスノーフィールドの街に入った時に最初に道を尋ねて人物だった。
そこからセイバーが彼の持つギターが気になり、そこから彼の演奏する音楽が気になり、流れるがまま彼のバンドが演奏している地下のライブハウスに来ていた。
そこでバンドが演奏したロックンロールにセイバーが衝撃と感動を受け、今に至る。
『寝られる内に寝た方が良い』
アヤカにだけ聞こえる声でシドが気を遣う。現在、彼は霊体化をして姿を隠し、この様にアヤカの護衛をしている。
「もう目が冴えた……どっかの誰かさんがギターに夢中なせいで」
『ああ見えて常に君のことを意識している。決してサーヴァントとしての役目を疎かにしている訳ではない』
「本当に……?」
シドはセイバーのフォローをするが、はしゃいでいる彼の姿にアヤカは疑いの眼差しで見る。アヤカの様子にシドが苦笑しているのが雰囲気で伝わって来た。
『しかし、吟遊詩人や竪琴も時代や世界が変わればそれに応じて大きく変化するものだ……』
エレキギターとバンドの面々にそのような感想を抱き、しみじみと呟くシド。
「それの延長線上にあるのかな……?」
成り立ちを詳しく知らないので強くは否定しないが、シドが挙げたものと彼らとがどうにも結びつかない。
セイバーとバンドのメンバーたちが意気投合し、わいわい騒いでいるのを見てシドが小さく笑う。
「……興味があるなら混ざって来たら? セイバーはここは安全だって言ってたし」
『若者たちの間にこんな老い耄れが顔を出せば、気を遣わせるだけだ。こうやって眺めているだけで十分』
セイバーを含む若者たちの様子を温かく見守っているシド。もしかしたら、シドは若者の命がすぐに奪われるような世界で生きてきたのかもしれない、とアヤカは思った。
交流もひと段落終えると、バンドメンバーたちは着替える為に控え室へ入っていく。その間にセイバーはアヤカの傍に来ていた。
「いやぁ、放っておいてすまない。俺だけはしゃいでしまった」
セイバーは鎧姿からバンドマンたちに譲られた服に着替えていた。
「……別にいいよ。音楽好きそうだったし。それにシドが居るから」
シドが霊体化を解き、二人の前に現れる。
「アヤカが言うように気にするな。こういった息抜きも必要だ。それにはしゃいでいる割にはアヤカに気を回していたであろう?」
「──はは、俺は随分と出会いに恵まれたな」
理解を示す二人にセイバーは少しだけ照れたように笑う。
「アヤカたちのお陰で現代の音楽に触れることが出来たのは僥倖だった! 彼らは本当に凄い! 歌詞の中に己の鬱憤や怒りを記しながらも、それを単なる愚痴では終わらせず、激しい音楽に乗せて正に魂を込めて叫ぶ事で世界に訴えかけ、同時に己の存在を挑ませている! 俺が良く聴いていたのは、偉大なる祖王、アーサー・ペンドラゴンや円卓の騎士たちの英雄譚を謳う詩曲ばかりだったからな」
本当に音楽が好きらしく目を輝かせながら早口で語る。
『アーサー・ペンドラゴンに円卓の騎士?』
知らぬ名だったらしくシドの言葉には疑問符が付いていた。
「アーサー王っていう有名な王様とその家来の騎士のことだよ。──私も詳しくは知らないけど……」
「何!? シドはアーサー王のことを知らないのか!? 偉大なる騎士王の伝説を!?」
シドがアーサー王を全く知らないという事実に衝撃を受け、愕然としている。
「あれ程の剣を持っているというのに!?」
『エクスカリバーのことか? 確かにあれは稀少な剣だが……』
「へぇ、シドの剣ってエクスカリバーっていう名前なんだ」
「
セイバーのテンションが一段階上がり、顔が興奮で少し赤くなる。
「もしかしたらと思っていたんだ! 形状は異なるが、そこに込められた神聖さというべきか! 清らかさというべきか! 一目見た時から俺の直感はあれをエクスカリバーだと訴えていた!」
溌剌とした喜びの声。その熱量にアヤカもシドも圧倒されそうになる。
『水を差すかもしれんが、恐らく貴殿の知るエクスカリバーとこのエクスカリバーは異なる。これは
「私の世界?」
『うむ。恐らくだが、私の世界とこの世界の歴史は繋がっていない』
聖杯に召喚された英霊は、聖杯から現代知識を得る。シドはその得た情報からこの世界と自分の世界が違うことに気が付いていた。
「異世界ってこと? そんなことあるの……?」
魔術などの知識がないアヤカは、それが特別なことだということが分からない。しかし、折角憧れのアーサー王の剣と出会えたかと思えば、それが名前だけ同じものだという事実にさぞがっかりしただろうとセイバーを見る。
「何ということだ……俺は何と幸運なんだ! まさか、異なる歴史の中で生まれたエクスカリバーと出会えるとは!」
セイバーの目から輝きが消えることはなかった。寧ろ、無邪気にはしゃいでいる。
「世界を超えてもそこに存在するエクスカリバー! これこそ伝説の聖剣! まさに偉大なるアーサー王が持つに相応しい剣だということか!」
圧倒的な熱量。マニア、ファン、フリークという呼称を超えて信奉すら感じさせる。
(これだけアーサー王の事が好きなら、やっぱり聖杯を手に入れたらアーサー王に関する願いを言うのかな?)
そう思うとアヤカは申し訳なく思う。巻き込まれた被害者という立場だというのに彼女は後ろ向きな自分を卑下し、手遅れになる前に言わなければならないと覚悟を決めた。
「ねぇ、やっぱりあんたも聖杯が欲しい?」
「おや? アヤカの方から聖杯戦争に関わることを聞いてくるとは」
「重要なことだからね……シドにも訊いていい?」
シドは霊体化を解き、アヤカたちの前に姿を現す。
「急な話だな。──いや、儂らが召喚されてからここに来るまで落ち着いて話し合う機会は無かったな。丁度良い機会なのかもしれん」
シドの言葉でこれまでのことを振り返ると確かに落ち着いて話し合うタイミングは無かった。色々と巻き込まれ過ぎた。
「本当に聖杯が欲しいなら、あんたたちに今のうちに謝っておかないといけない。私は聖杯を手に入れるのに何の役に立ちそうにないから……」
セイバーとシドは互いに顔を見合わせ、「彼女は何を言っているんだ?」と表情で語る。
「そんなことを気にしていたのか? こうして現界する為の魔力供給をしてくれている時点で、君が役立たずな筈がないだろう?」
「その通り。ましてや英霊二体分だ。我々が君に感謝こそすれ役立たずと罵ることなど決してない」
「供給だけなら魔術師にだって出来る……私はそれしか出来ない中途半端なんだ……」
マスターに宿る令呪をアヤカは持っていない。持っていることは持っているが正式なものではないのだ。アヤカの体に植え付けられた五つの紋様は、白い女によって施されたもの。
マスターの権利を奪う為に作られた偽の令呪。本物と同じようにサーヴァントに命令することが出来るらしいが、アヤカは半信半疑──どころか9:1で疑わしく思っている。
考え出すと閉じ込めておいた後ろ向きさや小心が這い出てくる。夢の中でオーランは二人を頼れと言ったが、すぐには実行出来ない。
セイバーは少し悩み、シドは顎に手を当てる。
「聖杯を望む理由か……
「考えてみたが、
セイバーは惚けたような答えを出し、シドは聖杯に否定的であった。
× ×
スノーフィールドの大森林。そこではエルキドゥがマスターである銀狼と静かに時を過ごしていた。
エルキドゥの傍に寄り添って丸くなってねむる銀狼。マスターが穏やかな時を過ごせるようにエルキドゥは大木のように微動だにせず、目を閉じている。
しかし、その目がゆっくりと開かれていく。遅れて銀狼も何かに気付き、起き上がると姿勢を低くし、牙を剥いて威嚇をする。
「──どうやら客人のようだね」
エルキドゥは静止を止め、銀狼の頭を撫でながら立ち上がる。
「この感じは……」
『気配感知』のスキルで感じ取ったものに少しだけ戸惑った様子を見せる。それは未知の感覚であるが、同時に共感のようなものが感じられた。
草木が揺れる。地面に足跡が残る。しかし、姿は見えない。存在を示すような足跡も途中で消え、完全に存在感を断つ。だが、エルキドゥは穏やかに、それでいて警告するように告げた。
「残念だけど、僕には見えているよ」
エルキドゥの視線はある一点に注がれていた。それがハッタリではないことが分かると白い異形──カリュブディスが姿を現す。
「へぇ……」
カリュブディスを見てエルキドゥは少しだけ関心を示す。
「君は……少し僕に似ているかな?」
カリュブディスという存在を見て、己との共通する部分を見出すが、カリュブディスの方はエルキドゥと対話する気はなく巨大鉈ザルツドラを構える。
偽アサシンを追って大森林付近まで来たが、そこでより強力な気配を持つエルキドゥ
を感知し、狙いを変更した。
「戦うつもりかい? 兵器としての性能なら僕の方が上だよ?」
傲慢さから来る台詞ではなく、事実として語っている。
エルキドゥからカリュブディスへの最後通告である。エルキドゥは大きな慈愛を持つが、戦いが始まればその慈愛を挟む余地はなくなる。
カリュブディスは咆哮し、ザルツドラを両手で振り上げながら跳躍。エルキドゥを真っ二つにする為に頭上から切り掛かる。
「そうか……じゃあ、やろうか」
エルキドゥは天女のように微笑んだ。