Fate CROSS strange FAKE 作:N40
シグマは屋敷内にて己のサーヴァント──と呼んでいいのか良く分からない──ウォッチャーに自らの半生を語っていた。
取り敢えずはコミュニケーションをとることが目的であったが、語りながらシグマは自分の人生を客観視していた。
シグマは物心付いた時には兵士としての訓練を受けており、その頃に魔術実験を受けて今のような体になった。
シグマを少年兵に仕立て上げたのはとある独裁政権であり、魔術回路を持つ兵士たちによる名も無き特殊小隊──という使い捨ての駒が使い潰される前に生き延びたのがシグマである。
本来ならば秘匿するべき魔術を大っぴらに使おうとしたので他の魔術師たちにより独裁政権ごと部隊は潰されてしまった。
これにより完全に解放され自由の身となったシグマ。その時にとある人物から自分のルーツを知る。それが真実なのかは分からない。何せその情報をくれた人物の口癖は『噓だけどね』という噓に噓を重ねるような愉快犯的思考の持ち主である。
だが、他に情報は無かったし、シグマ自身もどうでもいいと思っているのでそれを取り敢えず信じている。
シグマの母、というよりも彼を生み出した母体となったのはとある魔術使いの助手だった。衛宮切嗣という有名な魔術師殺しとのこと。
極東の冬木で行われた第四次聖杯戦争にて衛宮切嗣と共に戦い、その過程でシグマの母は命を落とした──と彼の雇い主は言っていた。与えられたものが噓か本当かは知らないが。
「──これぐらいしか俺が俺自身を語れることがない」
「他人事のような口調で喋っていたけど、君、もう少し主観で喋っても良いし、感情を込めても良いと思うよ? 客観的に見過ぎて終始淡々としているけど結構過酷な人生だよ?」
ウォッチャーの影法師の一人である蛇杖の少年がシグマにそう助言を送る。
「そういうものなのか?」
「……これは重傷だね」
シグマの返答に絡繰り翼の青年が苦笑する。
影法師の反応を見て、やはり自分は普通ではないことを実感する。過去を語っても心が騒めくこともなく、振り返っても虚しいという思いも無い。頭の中の記憶を引っ張り出しているだけの過去語りでのコミュニケーションは微妙なものであった。
船長と姿を変え、シグマに問う。
「お前が毎日を惰性で生きて来たのは良く分かった。生きる理由も無ければ、死ぬ理由もない。まあ、その覇気の無い面通りの生き方だな」
船長の皮肉にもシグマは特に反論をしない。全くもってその通りだからだ。
「自分のルーツを追うとか、それこそ母親の痕跡を探す気にはならなかったのか? 数少ない君に関する情報だろ?」
船長が引っ込み、蛇杖の少年が出てくる。
「どうだろうな。ただ、母の最期を聞いて少し羨ましくはある」
「羨ましい?」
「少なくとも母は、どんな感情を抱いていたかは知らないが衛宮切嗣という男と共に生き、その男の為に死んだ。きっと衛宮切嗣という存在に自らの生きる意味や理由を見出したんだと思う。それに比べ、俺には何もない。尊敬する相手も憎むべき相手も」
無表情のまま語るシグマ。相変わらず感情が見えないが、自分の母に対する想いは本音のように見えた。
「──はっ。母親になれなかった女の野垂れ死にそんなに羨ましいか? お前はやはりイカレているな」
吐き捨てられる苛立ちと嘲りを含んだ言葉。蛇杖の少年から唐突にロールシャッハへと姿が変わる。今まで沈黙していた男の口から出たのはシグマと彼の母への侮辱であった。
「ドライな奴だと思っていたが、どうやら俺の勘違いだったようだ。自分を捨てて他の男と一緒になった売女をそんな風に言えるなんて螺子が外れたロマンチストか頭の中が空っぽの馬鹿だけだ」
悪意ある台詞が止まらない。平然と売女と罵るロールシャッハ。女嫌いなのかその言葉だけ他よりも少しだけ言葉に棘と力が込められている。
「……」
シグマはロールシャッハの発言に怒りを──覚えることはせず、逆に当惑していた。ロールシャッハが滲ます程度だが怒りを露わにしているからだ。
(俺の母みたいな存在が許せないのか?)
他の影法師の反応とは異なり、導くようなことはせずロールシャッハはただ感情をぶつけてくる。ウォッチャーが映す影法師の筈なのだが、そのせいで異常さが際立つ。
「
つい思ってみたことを口に出す。ロールシャッハは白と黒が混じり合わない常に変動するマスクをシグマへ向けた。マスク越しでもロールシャッハの殺気を込めた視線がビリビリと伝わってくる。
「……お前みたいな考えの奴は殺したくなる」
ロールシャッハはそう吐き捨て、船長に交代した。
「相変わらず好き勝手に振る舞う奴だ。小僧を殺す、か。まあ、奴ならやりかねんな」
ロールシャッハがシグマへ殺意を向ける様を船長は愉快そうに言う。
「奴に殺される前にお前も生きる理由の一つぐらい見つけてみろ。何度か死に物狂いになれば、自然縋るものも見つかる。死地を潜り抜け、神に抗え。そうすればあの変人も少しはお前を見る目が変わるかもしれん」
果たして極限状態で見つけたものが自分の生きる理由になるのだろうか、と船長の言葉に疑問を抱く。適当に言っている風には見えないが、それでもシグマの性格上、その言葉を素直に受け取ることは出来ない。
船長は愉快そうにしながら視線をシグマの背後へ向ける。部屋の入り口を見つめながら船長はシグマへ警告する。
「おい小僧。死にたくなければ一歩前進しろ」
シグマは「どういう意味だ?」と問い返す前に言われた通り一歩前に出る。すると、シグマが立っていた場所に鋭利な何かが通過した。
振り返りながら体に染み付いた動作で拳銃を構えるシグマ。
入り口の扉が時間差で両断され、前に倒れる。破壊された扉の向こう側には『影』が立っていた。
月の光によって映し出された影ではない。影は黒衣を纏う女性──偽アサシン。
「最初の試練だ。幸先が良い」
船長の他人事のような発言に「何処がだ」とシグマは内心で反論する。
「試練っていうやつは求めても早々やっては来ない。向こうから来てくれたお前は幸運にして不運だ」
運が良いのか悪いのか、先程から愉しそうな船長。シグマは言っていることの意味が理解出来ないので無視することに決めた。
「拘束してから問うつもりだったが仕方がない。貴様は……聖杯を求める魔術師か?」
死を人の形に押し留めた。偽アサシンへのシグマの第一印象はそれであった。対峙した瞬間から何をしても敵わないことを認める。だからこそ、初手を回避出来たのは──ウォッチャーからの助言があったが──幸運であったし、二度目の攻撃前に話し掛けてくる事態も幸運と言えば幸運であった。
どう答えるべきか、とシグマは脳を働かせる。返答一つがシグマの命を握っていた。
ウォッチャーはこれが最初の試練と言っていた。サーヴァントと対峙するなど最初にしてはハード過ぎる。
普通に考えればここで自分は死ぬ。しかし、直前に船長が「抗え」と言った。諦めることは容易だが先は無く、抗えば地獄を見るかもしれないが先へと繋がる。
短時間で脳をフル回転させたシグマは、少々癪に思いながらも抗うことを決めた。
「半分、は」
「半分だと……?」
シグマの抽象的な回答に偽アサシンは眉をひそめる。
「言葉通りだ。俺は魔術師として半端。魔術使いに近い。聖杯を求めるかどうかもまだ迷っている」
「聖杯を求めて聖杯戦争に参加したのではないのか?」
「その求めるというのはどちらの意味だ? 聖杯そのものか? それとも聖杯で願いを叶えることを指すのか? 今の俺は聖杯を手にしても願いを叶えるつもりはない」
「だが、聖杯を手にすればいずれはお前も願いを叶えようとするだろう。もう一度問う。お前は聖杯を求めるのか? 曖昧な答えが二度通用すると思わないことだ」
「……こちらは君と敵対するつもりはない」
「敵かどうかは私が見極める」
分かっていたことだが主導権は偽アサシンの方にある。交渉する余地もない。視線を動かせば船長がどう切り抜けようか四苦八苦してしいる姿を見て笑っている。仮にもサーヴァントならもう少しマスターの心配をしてくれ、と思いながら船長を睨む。
「……何を見ている?」
シグマのその行動を不審に感じた偽アサシン。
シグマは表情を出さず心の中で怪訝に思う。あれだけ堂々と船長が座っているのに何も思わない方がおかしい。
すると、絡繰り翼の青年が現れる。
「ああ、言っていなかったね、ごめん。僕たちの姿を見たり、声が聞こえたり出来るのはウォッチャーのマスターである君だけなんだ。僕たちはウォッチャーによって君の脳内に投影される影法師だからね」
重要な情報をこの土壇場で報せてくれた。シグマの脳内にしか存在しない影法師たち。何の戦力にもならないことを理解した。
「──まさか、サーヴァントを控えさせているのか?」
今の行動により状況は更に悪化。シグマの視線を待機させている英霊への合図だと誤解される。そのせいで偽アサシンの殺気まで増す。
こうなってしまってはその誤解に便乗するしかない。
「脱出の最短ルートはここだよ」
蛇杖の少年が窓を指す。
「今だ!」
シグマは居もしない相手に指示を飛ばす。偽アサシンはシグマの視線を追ってしまう。
その間にシグマは携帯していたスタングレネードを投げ放ち、結果を見る前に窓に向かって駆け出す。
視線を外していた偽アサシンは飛来する物体の気配を感じ取り、『狂想幻閃』によりそれを反射的に斬り飛ばそうとした。
刃が届く前にスタングレネードが炸裂。激しい閃光と爆音が偽アサシンを襲うのと同時にシグマは窓から飛び出した。
二階の高さであったが空中で姿勢を立て直し、着地と同時に走る。まだ偽アサシンから逃げ延びる方法は思いついていないので、なるべく彼女から離れて時間を稼ぐ──つもりであった。
その時、シグマは目を見張る。視界の先に両耳を塞いで座り込んでいる少女がいた。明らかに先程投げたスタングレネードの影響を受けている。
こんな人気の無い場所に居る場違いな少女。考えられる可能性は──
「言っておくが、あのお嬢ちゃんはアサシンのマスターじゃねぇ。聖杯戦争に巻き込まれた小さくて可哀想な被害者だ」
──船長がこの場に於いて最悪の正解を教えてくれた。
「逃げろ! ここにいると巻き込まれる!」
叫ぶと同時に後悔した。今の声で間違いなく偽アサシンに場所がバレた。しかも、これで少女の存在も偽アサシンに認識される。目撃者として処分されるかもしれない。咄嗟の行動であったが最低の行動だった。らしくない行動により二つの命が失われるかもしれない。あの少女を囮にすれば自分の命は助かったかもしれない。
ウォッチャーと出会い、言葉を交わしたせいで今まで機械のように冷静であった行動にバグが生じた。
気付けばロールシャッハがシグマを見ている。蠢くインクの紋様。シグマにはその紋様が相変わらずただの染みにしか映らない。
殺すと言った自分の最期を見届けに来たのかと思われたが、ロールシャッハは忌々しそうに舌打ちをする。
「
直後、黒い影──偽アサシンが手刀でシグマの首を断とうとする。シグマも苦し紛れに拳銃を向けようとする。
次の瞬間、偽アサシンの手刀は横から伸びた革ジャンの男──セイバーによって止められ、構えようとしていたシグマの拳銃もローブの男──シドの手が上から押さえていた。
「無力化すると言っていたが、今のは明らかに急所を狙っていなかったか?」
「……この魔術師からは殺意は感じられなかった。それにまだ質問の途中だった。多少痛い思いはしたかもしれないが、殺すまでには至らない」
「俺と君の基準は普通の人間よりややズレていると思うんだ。君にとっては多少だとしても彼にとっては致命傷になるかもしれない」
セイバーと偽アサシンが会話をしている。シグマはセイバーと偽アサシンが同盟を組んでいることを知った。
「彼はアヤカに逃げろと言った。自分が襲われている立場にも関わらずだ。そこまで危険視する相手じゃないと俺は思う」
セイバーが偽アサシンを説得する様子を見ながら、どうにかこの場から逃げられないかシグマは考える。
「止めておけ」
それに船長が待ったを掛けた。
「余計な真似をすれば折角良い流れになっているのに台無しだ。それにそのセイバーからはお前の足じゃ逃げられん」
シドのクラスがセイバーとウォッチャーから教えられた直後、偽アサシンへの説得が成功したセイバーがシグマに話し掛ける。
「俺はセイバーのクラスで顕現したサーヴァントだ。よろしくな」
もう一人セイバーが増えたことにシグマは表向きノーリアクションであったが、心の中では首を傾げる。
(どういうことだ? 何故セイバーが二人いる? フランチェスカがまた何かをやったのか?)
真の聖杯戦争を始める為にセイバーを召喚する手前、偽りの聖杯戦争ではセイバーは召喚されない。故にセイバーが二人いるのはあり得ないことであった。
雇い主であるフランチェスカに真っ先に疑うが──
「こいつが言っていたイレギュラーの一人だ。渓谷で戦っていたアサシンと同じな。さしずめ『
(……そういう重要な情報はこれからもっと早く言ってくれ)
ウォッチャーの影法師たちが自分以外に見えないことといい、優先すべき情報を土壇場で伝えてくる。
「我らはあくまで試練」
「ごめんなさい。でも、貴方が死地で試練に挑むならばちゃんとアドバイスをするから」
老齢の剣士は切り捨てるように答え、飛行服の女性が謝りつつもあくまでサポートという立場を崩さないことを伝える。
シグマは短く溜息を吐き、ウォッチャーが『幻想のセイバー』と呼称したシドを見る。
「敵対はしない。それよりも先ずは話がしたい」
「こちらもそれを望んでいる」
シドは押さえていた拳銃から手を離す。シグマも降参を示すように片手を上げ、もう一方の手で拳銃をホルスターへ戻した。
「……客間に案内する」
誰かの忍び笑いが頭の中で聞こえた。ウォッチャーの誰かが、或いは全員が笑っているのかもしれない。
ウォッチャーが言っていた最初の試練は辛うじて潜り抜けることは出来た。こういった今まで培ってきた経験や技術が通じない試練はごめんだ、と内心愚痴る。
そして、そこから数時間更なる試練が襲い掛かってくることをシグマは知らない。
× ×
スクラディオ・ファミリーが所有する食肉工場。そこでバズディロットとアルケイデスが戦闘態勢に入っていた。
バズディロットの部下の魔術師たちを全滅させ、彼らの前に現れた二人。アインツベルンのホムンクルスであるフィリア──に憑りついた何か──と彼女に同行しているハルリ。
アルケイデスはフィリアを見た瞬間、全身から怒気と怨念を噴射させ、復讐者としての己を全開にする。フィリアから放つ微細な気配、それを大海で一滴の血を嗅ぎつける鮫の如く敏感に感じ取っていた。
「貴様……」
「あら? ちょっと器から洩れてた? この体、神の器としては申し分ないんだけど、女神の私が収まるにはちょっとだけ小さいのよね」
アルケイデスの神への憎悪を浴びせられても、フィリアは涼風のようにそれを流す。
「
気品ある顔で嘲笑するフィリア。アルケイデスは沸き立つ憎悪に従い、音速の矢を射る。
そして、それに乗じてバズディロットはハルリへいつ抜いたのか分からない拳銃から銃弾を発射する。
アルケイデスの怒気に呑まれていたハルリはこれに対処出来ず──
「ちょっと!」
フィリアは口を尖らせ、不満の声を上げる。
「女神への敬いがこれ?」
フィリアの周囲では射られた矢が勢いそのままに周回している。フィリアの魔力がアルケイデスの矢のコントロールを奪い、自在に操っている。
一方でバズディロットは硝煙が昇る拳銃を構えたまま動かない。確かにハルリへ弾丸を発射した。しかし、ハルリは無傷。彼女はバズディロットが拳銃を構えていることに気付き、驚いている様子からしてハルリが何かやった訳ではない。
「貴様……
アルケイデスの問い。それがフィリアに向けられたものではない。気付いたら存在したハルリと手を繋ぐ金髪の少年へ向けたもの。バズディロットもアルケイデスが問うたことで初めてその存在を認識する。
「意外と優しいのね」
フィリアは金髪の少年に微笑む。金髪の少年は無表情のままポケットに仕舞っていた手を抜く。
小さな手が開かれるとそこから落ちていく何発もの銃弾。バズディロットがハルリへ放ったものである。
「……もう一度訊く。貴様は……
アルケイデスの目には金髪の少年として映らない。世界を穿つように開いた穴であり闇。それが人の形をしているだけの何かであった。
× ×
食肉工場への襲撃に並行し、シグマに第二に試練が訪れていた。
シグマは無言のままそれと対峙する。
「もう一度言う。
真アサシンこと扉間の冷徹な眼と声がシグマに向けられていた。
次回は戦闘回になる予定。