Fate CROSS strange FAKE 作:N40
「女神の私が降臨してあげているのに、他の相手に目移りなんて不敬じゃない?」
フィリアが指を鳴らすと旋回していた矢がアルケイデスへ投げ返される。
アルケイデスは思考するよりも先に体が動き、矢を射た。投げ返された矢と射った矢は空中で真正面から激突。同等の力を持つので相討ちとなり粉砕。衝撃が両者の間で発生する。
ハルリは広がっていく衝撃波と前面に立つフィリアを見て「危ない!」と心の中で念じた。すると、フィリアの前に何かが立ち塞がり放たれる衝撃波をその身で受け、フィリアを守る。
バズディロットの方にも衝撃波が襲ってくるが、アルケイデスがマスターを守るつもりはないので魔術で肉体を強化させ、衝撃波を力尽くで弾き返す。
「そうそう。敬うというのはそういうことよね、ハルリ。貴方も良い子ね」
自分を守ったことを褒めるフィリア。そして、自分の前に立っている見えない何かを撫でる。ハルリのサーヴァントであり真バーサーカーは、霊体化をしても恐ろしい気配を無意識に放つのでフィリアの力で存在と気配を完全に遮断した状態になっており、彼女が力を解除しないと不可視のままであった。
「それに比べて貴方たちは本当に礼儀がなっていないわね? 作法というのを知っているのかしら? 何処かの皇帝並に傲慢なんじゃない?」
「尤も、それよりも傲慢な人がいるけどね」とフィリアは小さく呟き、クスクスと笑う。
「土足で我らの拠点に踏む込む輩が礼儀を語るとは厚顔だな。言葉の意味を調べてから話せ」
「あらー? これって聖杯戦争なんでしょう? 手紙でも送れば良かった? 『私が来るから持て成しの準備をしなさい』って? まあ、戦争とは言っても人間同士の小競り合いだし、私が貴方たちの都合を考える必要なんてないでしょ?」
嘲るように語るがフィリアの言葉にバズディロット、アルケイデスに向けられる感情は皆無。路傍の草よりも興味を持っていない。それでも言葉を返すには女神としての慈悲からであった。
「ならばその言葉通り持て成してやろう」
バズディロットが両手を広げ、魔力を放出する。それに応じて食肉工場内の空間が変貌していく。
地下倉庫なのに天井が開き、螺旋状に捻じれていく。空間が作り替えられ、一部が異界と化していく。
「やっと結界を発動させたの? 言われてから持て成しの準備をするなんて愚図って言われるわよ?」
「いいや。これが本来の使い方だ」
「……ああ、そういうこと」
バズディロットの言葉でフィリアは全て理解する。これは外敵から守る為の防衛機構ではない。最初から侵入者を捕らえ、生きて帰さない為のもの。捕獲と処刑を兼ねた檻なのだと。
防衛機能が発動した食肉工場もとい工房に余裕の態度をとりながらフィリアはハルリの傍に寄る。
「さあ、どうするハルリ?」
「え……?」
「言われるがまま流されてここまで貴女は来たけど、そろそろ
この状況になってフィリアはハルリの覚悟を試しにきた。導くように、堕とすように、愉しむように。
「あの子は貴女の為に何でもするわ。ただし、貴女が命令を出したらだけど」
真バーサーカーは強い。しかし、あるべき意思が存在しない。強いだけの傀儡そのもの。意思の抜けた穴はハルリの命令によって埋められる。
「敵は誰? 何を壊す? 放っておいたらあの子は何もしない。リタイアしたいなら別に構わないけどね」
ハルリの言葉一つで全てが変わる。人を殺すことにもなるかもしれない。直接殺すのは真バーサーカーだが、それを命じるのはハルリ。召喚した英霊に自主性が皆無なせいで全ての責任はハルリへと圧し掛かる。
ハルリは魔術師らしく心を静め、思考する。
魔術師らしく現在の倫理観から己を引き離すか。
それとも、言い訳をしようとも、自分を誤魔化そうとも、まだ自分が人間であると信じ、そう振る舞うのか。聖杯戦争に参加した時点で如何に事実から目を逸らしているのかが分かる。
それでもハルリは──
「バーサーカー!
人間であることを選ぶ。
ハルリからの命令が下されたタイミングで頭上から魔獣たちが召喚され、降ってくる。
魔獣たちは侵入者を食い千切る為に大口を開けて降下するが──尽くレーザーのような魔力に射られ、全て落下中に葬られた。
空間が歪み、壊れ、中から姿を現す真バーサーカー。フィリアが隠蔽を解除したのではない。自力で女神の力をこじ開けたのだ。
真バーサーカーの出現と同時に場の空気が一変する。冷たく悍ましい死の気配が無差別にばら撒かれる。
見た目は光る不可思議な紋様を入れた十代の少年。だが、数多の強敵を倒してきたアルケイデスや敵対者を殺害してきたバズディロットですらも感じたことがない死の気配を放っている。
フィリアの中の女神もまた真バーサーカーと会った時から彼らと同じ感覚を味わっていた。しかし、それでも彼女は真バーサーカーを消そうとは思わない。女神としての在り方なのか、自分に矛先が向けられない限りは真バーサーカーは生かし、彼の力を楽しむつもりである。
真バーサーカーは混沌の中に産み落とされ、生きる為に魔も獣も神も人も殺し、死の上に更なる死を積み重ね、その中で激しく、昏く、輝く生を得た混沌の頂点にして王。
「お前も……何だ?」
アルケイデスは弓を構えながら問う。真バーサーカーもまた金髪の少年と同じ得体の知れない気配を発している。
真バーサーカーはアルケイデスの問いに答えない。そもそも答える能力が無い。意思の無い金色の瞳がアルケイデスを壊すべき魔術工房の一部として捉える。
アルケイデスに無反応を示しながら真バーサーカーは前進する。駆けるのではなく一歩一歩足を運んで。
アルケイデスを前にそれは挑発に等しい。だが、アルケイデスの感情は燃え盛ることはない。アルケイデスが怒りと憎悪を向けるのは神のみ。得体の知れない相手であろうと神でなければ心が沸き立つことはない。ただ、冷徹に障害として排除するのみ。
弓から音を超える矢が射られた。矢尻を放し、張られた弓の弦が戻った時の衝撃だけで工房内が揺れる。
音越えの矢は瞬時に真バーサーカーの眼前に迫り、鏃がガラス玉のような眼球へ突き刺さる──と同時に矢は落ちた。
「──何?」
貫く筈であった
アルケイデスは確かめるように真バーサーカーへ続けて矢を射る。結果は全て同じ。額、喉、胸に矢が命中しても刺さることはなく、真バーサーカーの歩みを遅らせることも出来ない。
真バーサーカーはアルケイデスの矢を完全に無効化させている。これに関しては驚くべきことではない。アルケイデスが被っている神獣の裘も人が作り出した兵器ならば無効化出来る。
アルケイデスは真バーサーカーが何かしらの加護、もしくは肉体そのものが宝具になっているのではないかと推測する。古今東西無敵の肉体を持つ英雄や怪物の逸話が存在する。思い出すと吐き気を覚えるが、アルケイデスがヘラクレスであった時に類似した宝具を持っていた。
アルケイデスの矢を受けても平然としている真バーサーカーを見てフィリアはアルケイデスを揶揄う。
「あらあら? あの子の歩み一つ止めることが出来ないの? 貴方の中に流れる神の血が泣くわよ?」
アルケイデスが神を憎悪しているのが分かった上でのこの煽り。アルケイデスの憎悪を煮え滾らせるには十分な威力がある。
当初の予定ではフィリアはアルケイデスの相手をするつもりであったが、真バーサーカーに任せることにした。わざわざ汚い泥に触れる必要もないし、真バーサーカーの実力が見たくなったからだ。
「……その無駄に回る舌を余程千切られたいと見えるな、多弁な女神よ」
アルケイデスは弓の角度を変え、上空に矢を射る。一瞬で数百の矢が撃ち放たれた。
よく見れば今まで射っていた矢と質感が異なる。くすんだ金色からして矢の材質は青銅。
無数の青銅の矢は落下しながら形を変えていく。集まった矢は翼を、爪を、嘴を形作り巨大な鳥の姿となった。
「あれは……ステュムパリデスの鳥?」
フィリアの中の女神がアルケイデスの造り出したものの正体を見破る。
戦の神が飼っていた、或いは創ったと言われる青銅の体を持つ人食いの鳥。アルケイデスの宝具がそれを再現する。
「へぇ……」
フィリアはステュムパリデスの鳥を喚び出したことに感心しながらハルリを見る。
「どうする?」
蠱惑的な笑みでハルリに指示を出すよう促す。
「ッ! バーサーカー!」
工房を破壊しようとしていた真バーサーカーは、ハルリに命令されるまでステュムパリデスの鳥に見向きもしなかったが、命令されたことでようやく巨大な怪鳥を見上げた。
そして、無言のまま腕を一振りする。ハルリはそれを見た時、濃密な魔力を感じ取り、全身を震わせる。
虚空に腕を振ったようにしか見えず、怪鳥は真バーサーカーを嘴で貫く為に突撃を続ける──が、怪鳥の巨大な体に五本の線が入り、音も無く縦に五分割された。
真バーサーカーは避ける必要もなく、切り分けられた怪鳥の隙間を通り抜けていく。
直後、金属を引っ掻くような甲高い音が鳴る。ハルリは音のする方を恐る恐る見上げる。
螺旋状に捻じれた天井の一部に刻まれる五本線。怪鳥を引き裂いただけでなく通過して魔術工房の一部も破壊していた。振り抜かれた真バーサーカーの手。その手の開かれた五指。怪鳥と天井の様子から察するに真バーサーカーはただ指先に魔力を集中させ、引き裂いたのだ。
「ペットとはいえ神が創造した命にそんな酷いことしたらダメじゃない。同じ神として複雑な気持ちだわ……ふふ」
とフィリアは嘆くようなことを言っているが、満面の笑顔であった。神というカテゴリーの中にあるとはいえ、所詮は時代も背景も支配する土地も違う神。それが虚仮にされる様子は彼女を笑わせるのに十分な催しであった。
「賢明な判断だったわね、ハルリ」
「ひやっ!?」
視界から一瞬で消えたフィリアがハルリの肩に顎を乗せ、頬を寄せてきた。驚きと間近にある人知を超えた美貌にハルリは裏返った声を出してしまう。
「あの力を魔術工房だけに向かわせて正解だったわね? 人相手だときっと
「そ、そういうつもりじゃ……」
「ああ、勘違いしないで。私、責めている訳じゃないの」
フィリアは言葉に出来ない色香を放ちながら、童女のような純真無垢な笑顔を浮かべる。
すると、魔術工房の機能はまだ生きているらしく、召喚された魔獣たちがフィリアたちに向かって来る。真バーサーカーはアルケイデスの方へ向かっているのですぐには呼び戻せない。
フィリアは魔獣たちを一瞥する。それだけで全てが終わった。魔獣たちは魂を抜かれたようにその場から動かなくなる。
「目障りだから死んで」
その言葉に従い、魔獣たちは共食いを始める。互いを貪り合う光景にハルリは生理的嫌悪を覚える。フィリアはそれを子犬たちの戯れを見るかのように眺めている。
ハルリは無慈悲な行いをしながらもこのように悪意の無い笑みを浮かべられるのが心底不思議に思えて仕方がない。
「命を奪うことなんて簡単に出来るの。だから、あそこでその選択をしなかった貴女を私は褒めてあげるわ」
上からの言葉。だが、そこには確かにハルリへの慈しみがあった。
「だってハルリが簡単に人を殺す選択をしていたのなら、貴女はもう人間の範疇じゃないでしょう? それは最早魔術師──
慈しむ言葉の裏にあるのは無情な殺意。フィリアはハルリを彼女なりに可愛がりながらも何か一つでも気に食わないことをすればすぐに切り捨てる。それこそ刹那の葛藤も無く。
「貴方はどう? 最後までハルリの味方をしてあげる?」
金髪の少年にもついでに訊く。
ハルリは未だにこの少年と手を繋いでいた。離すという選択肢は恐ろし過ぎて無い。
金髪の少年は口元に手を添え、耳打ちする体勢をとる。フィリアは金髪の少年に寄り、ひそひそと何かを囁く。
初めて少年が喋った。ずっと無言だったので喋れない、とハルリは勝手に思っていた。小声過ぎて内容は聞き取れない。魔術で聴力を強化すれば聞き取れるかもしれないが、ハルリは怖過ぎて出来なかった。
「ふふふ。そういうことにしておいてあげる」
フィリアは返答に概ね満足した様子で金髪の少年から離れた。その直後、鈍い音が鳴る。
「あら?」
今思い出したかのようにフィリアはアルケイデスを見た。
いつの間にか向かい合う距離で接近していた両者。アルケイデスの弓が真バーサーカーの首に打ち付けられ、真バーサーカーの拳はアルケイデスの鳩尾に裘の上からめり込んでいる。
「成程……」
直に攻撃をして分かった。真バーサーカーに弓が触れた瞬間、ギルガメッシュの財宝を弾き返す程の威力が霧散した。これでは肌に添えているのと変わらない。
「やはり、お前もまた
その台詞の後アルケイデスの口から血が零れ、裘を濡らし、伝って足元に垂れる。
アルケイデスが纏う神獣の裘でも素手での攻撃は無効化出来ない。そもそもアルケイデス自身、その穴を突いてこの神獣を倒していた。だが、仮に無効化出来たとしても真バーサーカーの拳の前では意味を為さなかったかもしれない。
真バーサーカーの拳を受けた瞬間、アルケイデスは拳が体に吸い込まれていくような感覚を味わった。そして体内に衝撃が駆け巡り、アルケイデスを微動だにせさせずに体外へ出ていく。純粋な破壊のみがアルケイデスの体を貫通していった。
すかさず次の拳がアルケイデスの顔に叩き込まれる。アルケイデスは打ち込まれる前に離れようとした。後退するアルケイデスの顔を小突くような形になったが、アルケイデス自身は頭の中を石が貫いたような衝撃を味わう。
後退したアルケイデスはその場で膝を折る。しかし、前傾姿勢になるだけで膝を地面に着けることはなかった。
「凄まじい……破壊し、蹂躙し、捻じ伏せる為だけの力だな、それは。……
真バーサーカーの拳から伝わってくる『死』。それはあらゆる生を奪って来たからこそ成せる
神にも届く、もしかしたら既に届いているかもしれない力に歓喜するが、胴体を殴られた時のダメージがまだ残っており、アルケイデスは再び吐血する。
「ちょっと、残り少ない稀少な神の血が零れているじゃない。早く舌を這わせて舐め取ったら?」
アルケイデスの中に残された神性が搾りカス程度しか残っていないことを知った上でのフィリアの嘲り。アルケイデスの中にあった歓喜もフィリアの声で一瞬にして冷める。
「流れ出るなら全て流れてしまえばいい。復讐者たるこの身に神の血など不要……! 人の血が残っていればそれで良い」
そこでアルケイデスはフィリアに勝るとも劣らない悪意を込め、口内に残っていた血を吐き捨て、踏み躙る。アルケイデスの憎悪に反応し、『泥』が蠢く。
「抜けた分を埋めるなら
「貴方って……本当に……不敬だわ」